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Interview セイコーウオッチの内藤昭男社長が語る、グランドセイコーの未来

このインタビューをとおして内藤昭男氏は、価格設定や限定モデル数の縮小、ブレスレットの改善、さらにはブランドの特徴とも言える“自然からインスピレーションを得た文字盤”の見直しの可能性など幅広いテーマについて率直に語ってくれた。

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先日の日本出張の終盤、私の頭のなかはある貴重な機会とひとつの大きな疑問によって占められていた。その機会とは、セイコーウオッチ株式会社の代表取締役社長である内藤昭男氏との1対1のインタビューだ。どんなインタビューも簡単ではないものだが、特にそれが初対面の人物相手であればなおさらだ。そして優れたジャーナリストであれば、斬新な、もしくは驚くような答えを引き出すために少なくともいくつかの鋭い質問を用意しておくものだろう。しかし今回のインタビューで頭のなかを占めていたのは、“ブレスレットについて”だった。

The titanium bracelet on the recent SLGA025 'Atera Valley'

最近発表された、長野県の阿寺川をモチーフとしたSLGA025 のブライトチタン製ブレスレット。

 そう、グランドセイコーのブレスレットには改善の余地がある。内藤氏もそれを認識しており、彼がLinkedInでマイクロアジャストの導入を検討しているというコメントを行った際、その内容は(時計愛好家のあいだで)バイラル現象(情報拡散)を引き起こした。しかし2010年にグローバル市場に進出して以来、このブランドは著しい成長を遂げている。複数のGPHG(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)での受賞、象徴的な文字盤、シグネチャースタイル……、それらを考慮するとブランド全体をこのひとつの質問に集約するのはフェアではないように思えたが、それでもコミュニティにとっては重要な問題だ。そのため私は、内藤氏に読者に向けて直接計画を語ってもらう機会を作りたかった。もちろんそれだけではなく、ブランドの長期的な成功と存続に関するさらに重要な質問もいくつか用意していた。内藤氏は時計業界でも最も率直な経営者のひとりであり、その内容は過去の多くのインタビューよりもはるかに興味深いものとなった。

Grand Seiko Construction

アトリエ銀座を見学中、時計製造技術を駆使した“Kodo”プロジェクトの立役者である川内谷卓磨氏の姿があった。

 明確で円滑な意思疎通のために、私は事前に質問を提出した。これらの回答の一部は印刷された形で内藤氏から手渡され、その後で彼は「さて、本当に知りたいことは何ですか?」と尋ねてきた。これらの回答のなかには、文書で回答されたものもあれば、その場で説明されたものもある。なおインタビューは内容の長さと明確さを考慮して編集されている。

マーク・カウズラリッチ(以下、マーク)「私は現在の市場を見て、かつてロレックスが市場において1970年代から1990年代、さらには2000年代初頭において果たしていた役割を今後どのブランドが引き継ぐのかについてよく考えます。そのブランドとは特に腕時計に詳しくないながら品質とキャラクター性を求める一般消費者にとって、憧れを抱きながらも手が届くブランドを指します。グランドセイコーが愛好家のあいだで成功を収めているのはまさにそのような理由からであり、今やより広い層にアピールできるブランドになる際(きわ)に立っているように感じます。この分岐点を超えるために、何が必要だとお考えですか?」

Akio Naito

内藤昭男氏(以下、内藤氏)「グランドセイコーが世界市場に初めて進出したのは2010年のことですが、つい最近まで海外の腕時計愛好者のあいだでは“隠れた宝石”として認識されていました。しかし愛好家による草の根の運動と、マーケティングやコミュニケーションの努力、そして重要市場におけるグランドセイコーに特化した現地法人の設立により、現在では日本独自のアイデンティティを持ちながら世界中の腕時計ファンの心に響くクリエーションを提供する、真のラグジュアリーブランドへの着実な道を歩んでいると自負しています。今の目標は、愛好家の輪からさらに広いコミュニティに向けてグランドセイコーの認知を高めることです」

 「今年2月、私たちはニューヨークのマディソン・アベニューに新しいグランドセイコーフラッグシップブティックをオープンしました。この新しいブティックは、ふたつの非常に重要な役割を果たすと考えています。ひとつ目は世界中の時計愛好家がグランドセイコーの世界観を体験しに訪れる場所となること。もうひとつは、グランドセイコーをより広い層に認知してもらうことです。このような有名な都市での成功が、グランドセイコーをグローバルなラグジュアリーブランドとしてさらに成長させるための鍵となると信じています」

 「グランドセイコーの認知を広めるためのもうひとつの重要な要素は、グランドセイコーの独自性と各クリエーションの背後にある独自のストーリーを明確に伝えることです。グランドセイコーは日本の美意識を体現している点で本当にユニークですし、多くのモデルが製造地の自然環境にインスパイアされています。日本の食文化や自然にとどまらず、その文化や伝統に対する関心が世界的に高まっていることはグランドセイコーにとって追い風であり、ブランドのさらなる発展に寄与することは間違いありません」

マーク「パンデミックのあいだに、グランドセイコーのコレクションが臨界点に達したように感じる時期がありました。私が話を聞いたコレクターのあいだでは、特に限定モデルにおいてSKU(品目数)が多すぎて飽和状態にあるというフィードバックも見られました。ここ1年ほどでグランドセイコーのコレクションが意識的に削減されたように思いますが、今後コレクターはブランドのコレクションに対して何を期待するべきでしょうか?」

SLGA025

最近発表された、長野県の阿寺川をモチーフとしたSLGA025。先日公開したHands-Onより。

内藤氏「ご指摘のとおりです。急成長している若いブランドであるグランドセイコーにとって、より多くのバリエーションや新しさを求めるファンの期待に応えることはこれまでは必要なことでした。しかしそれではブランドの“顔”、つまり長く売れる象徴的なモデルを育てることを優先できていなかったのです。今後はコアとなるSKUのグループに焦点を当て、エリア限定モデルの数を制限する方針です」

 「製品数を絞ることで、顧客が自分に最もクリエーションする作品に出会いやすくなることを目指しています。現在では、アメリカやヨーロッパ、アジアを含む全地域で人気を博している主要なプロダクトの傾向が見られるようになっています。春の川面に舞い落ちる桜を表現した“春分”や、世界中で高い人気を誇る“雪白”、そして2021年のGPHGでメンズウォッチ部門賞を受賞した“白樺”のハイビートモデルなどです。限定モデルではないこれらの強力なモデル群を通じて、グランドセイコーの美しさをより広い層に効果的に伝えることができると考えています」

「またグランドセイコーにおける中心的なコレクションとして“エボリューション9 コレクション”に引き続き注力していきます。このコレクションは、デザインと機能の両面で腕時計製造の理想を追求するブランドの姿勢を体現しています。昨年発表されたハイビートクロノグラフ“テンタグラフ”や、今年発表された手巻きのハイビートキャリバー9SA4を搭載したドレスウォッチがその例です。“エボリューション9 コレクション”は、今後ますます腕時計愛好者がブランドを連想するコレクションになると確信しています」

SLGA009 “白樺”。Photo: courtesy Grand Seiko

マーク「今挙げていただいた人気を博しているモデルに関してもそうですが、グランドセイコーといえば日本の伝統や歴史に結びついた自然や季節にまつわる時計が有名です。これらの時計にまつわるストーリーテリングは非常に魅力的で、多くのアメリカの消費者はこれが日本文化の核心的な要素だと信じているように感じます。しかし私の日本の友人たちはこうした要素、たとえば“二十四節気”などは、ほとんどの日本人が知っている概念ではないと言います。いずれこのような具体的なインスピレーションが尽きてしまうか、枠組みがデザイン上の制約になる可能性も考えられますよね。こういったデザインを今後一時中断したり、別の方向に進むことも考えていますか?」

私たちが今後も日本の独自性や自然への敬意に焦点を当てたコミュニケーションやマーケティングを続けるかどうかは、検討課題のひとつです。

– セイコーウオッチ株式会社社長 内藤昭男氏

内藤氏「現在のアプローチがデザインの観点から制約となっているかどうかを判断するのは難しいですが、私たちが今後も日本の独自性や自然への敬意に焦点を当てたコミュニケーションやマーケティングを続けるかどうかは、検討課題のひとつです。グランドセイコーが2017年に独立したブランドとなったとき、私たちはヨーロッパブランドとの違いを明確にすることに重点を置いてコミュニケーションを行いました。文化的、環境的な要素や日本の職人技が私たちに独自のアイデンティティを確立させ、それがブランドの成功と成長につながりました。現在の課題はより幅広い顧客層にアピールすることです。ブランドのアイデンティティを維持しつつ、ブランドをより広い層に伝えるための最も効果的な方法と戦略を検討する必要があります。これは社内で議論している課題です」

マーク「Kodoのリリースから約3年が経ちますが、このモデルは多くの点で人々を驚かせたと思います。しかし私が最も質問されたのは、その美観と価格に関してです。グランドセイコーの3つのデザイン原則を守りながらも、ブランドのほかのどのモデルともまったく異なる外観のものを作り上げました。Kodoに見られる未来的な美観を、ほかのグランドセイコーに適用する可能性はありますか? またKodoが持つ要素、時計製造やデザインがより手ごろな価格のモデルに採用される可能性はありますか?」

The GS Kodo

グランドセイコー Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン “薄明”、Ref.SLGT005。Hands-Onより。

内藤氏「Kodoは美的観点からほかのグランドセイコーの作品とまったく異なるように見えるかもしれませんが、その設計思想はすべてのグランドセイコーのクリエイションと同じです」

 「2022年に発表された最初のKodoも、今年のWatches & Wondersで発表された最新のKodoも、どちらもグランドセイコーのデザイン文法の中心である“光と陰”の日本的美学を表現しています。最初のKodoは、夕暮れ時の光と陰影の微妙な交錯を表現していましたが、最新のタイムピースでは光と陰影を使って夜明けを想起させます。どちらのKodoも、光と影のあいだに存在するさまざまな色合いを捉えるためのさまざまな仕上げを特徴としています」

 「2020年にはKodoのCal.9ST1の基礎となるコンセプトモデル“T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン”を発表しました。安定した高精度を達成するために従来とは異なるアプローチを採りつつ、T0と最新世代のCal.9SA系は並行して開発され、設計と製造のプロセスで互いに影響を与え合っていました。たとえばCal.9SA5のツインバレルとフリースプラング方式は、T0からインスピレーションを受けています。KodoはT0を再構築して作られたため、その特徴はCal.9SA5をベースにしたテンタグラフやCal.9SA4を搭載した最新のハイビートドレスウォッチなど、ブランドの多くの主要なクリエーションに確実に共有されています」

Kodo

グランドセイコー Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン “薄明”、Ref.SLGT005。Hands-Onより。

マーク「キングセイコーの復活、全体的な価格の上昇、そしてセイコーブランドがより広範な価格帯で多くのモデルを発売するようになったことで、かつてブランド間を明確に区別していた価格帯の線引きが曖昧になってきています。これらの価格設定の要素は、各ブランドでどれだけ厳密に管理されていますか? 各ブランドが特定の価格帯に留まるように上から指示があるのか、それとも姉妹ブランドとの競争を意識せずに各ブランドが自分たちの商品や顧客に最適だと思う設定を自由に行えるのでしょうか?」

内藤氏「私たちはブランドやコレクションを価格で区分しているのではなく、それぞれの特性に焦点を当てています。消費者の目から見た製品の価値を、私たちが一方的に決めることはできません。たとえばキングセイコーを見ると、キングセイコーはセイコーの機械式腕時計のなかでも最上級の位置づけであり、価格帯ではグランドセイコーに最も近い存在かもしれません。しかしグランドセイコーとキングセイコーは品質やデザインにおいて独自のアイデンティティを持っており、互いに競合するものではないと考えています。もし競合しているようであれば、それは私たちのコミュニケーションや製品開発戦略の失敗と言えるかもしれません」

 「グランドセイコーは腕時計製造のすべての分野で最高レベルを追求するラグジュアリーブランドであり、キングセイコーはセイコーブランド内で最高水準の機械式腕時計を提供するプレミアムコレクションです。グランドセイコーの機械式腕時計とキングセイコーの機械式腕時計の価格には大きな差があり、この違いは工房見学中にもご覧いただいたように精度や仕上げ、職人技などさまざまな要素に由来します。もちろん私はキングセイコーのコレクションにも誇りを持っています。グランドセイコースタイルのガイドラインでは実現が難しいデザインバリエーションを提供しており、日本国内に加えて国際的にも着実に成長しています。これからも異なる市場に向けて、それぞれのブランドを異なる方法でアピールしていきます」

 「価格の上昇に関しては、いくつかの要因があります。ブランドのコアバリューに焦点を当てるため、素材やケースの仕上げやポリッシュの選定をより厳格に、または慎重に行う必要があり、これらすべてがコストを押し上げています。そのため、確かにグランドセイコーの平均単価は過去5〜6年でかなり上昇しました。しかしスイスのブランドを見れば、彼らの価格上昇はさらに大きかったと思います。私としては、価格はブランド間の競争のなかでブランドが提供する価値を消費者が判断し、定まっていくものと考えます。ブランドが一方的に決められるというものではありません。消費者がその価値を認めなければ、ブランドは衰退してしまうからです」

マーク「時計業界では依然としてコレクターの多くが“日本ブランド対スイスブランド”や“日本ブランド対ヨーロッパブランド全般”といった対立構図を意識しているように思います。この考え方は、クォーツショックの際の競争にさかのぼるものです。しかしマイクロアーティスト工房にあったフィリップ・デュフォー(Philippe Dufour)氏の写真を見ると、彼は喜んでその知識を広めていたように思えました。そこでお聞きしたいのですが、グランドセイコーが日本国外のブランドに教えられることは何だと思いますか? またその逆に、グランドセイコーがスイスから学べることは何だとお考えですか?」

Dufour in the Micro Artist Studio

マイクロアーティスト工房で見かけた、フィリップ・デュフォー氏のポートレート

内藤氏「そのテーマについて、私は企業間の競争と個人間の関係を分けて考えています。まず日本対スイスという対立構図は1970年代初頭に私たちが世界初のクォーツウォッチを発売し、業界全体を一変させたことが一因となって業界間の関係が悪化した点に要因があると私は考えています。日本のブランドは、伝統的にスイスの国民的産業とされてきた時計産業をほぼ壊滅させました。そしてそのことが、スイスの時計業界に日本に対する長期的なトラウマを与えました。しかしその時代以前、1950年代や1960年代に遡ればアイデアや技術の交換がありましたし、多くの機械をスイスから輸入もしていました。もちろん競争はありましたが、同時に友好的な関係も存在していました」

 「今日では、個人的なレベルではそのような有効的な関係が続いていると思います。たとえば時計師同士はスイスブランドで働く人々の技術を理解し、互いにその腕を尊重し合っています。Kodoの製作者である川内谷卓磨を例に挙げると、彼にはスイスの独立時計師の友人が多くいます。私が知る限り、多くの人々は個人としてアイデアを交換したり互いに教え合おうとしたりすることに前向きです。このような交流について、とても好ましく思っています。一方的に私たちが相手に教えるものではなく、私たちも彼らから学べることがたくさんあります。個人的にはそういった技術や技術の交流がもっと自由に行われることを望んでいます」

マーク「最後にもうひとつ質問させてください。この話題は最近注目を集めていますし、あなたも最近LinkedInでブレスレットについてコメントしていました。品質やデザイン、マイクロアジャスト機能についてなど、ブレスレットに関して寄せられたフィードバックについて何か教えていただけますか? またこの問題をどのように解決しようとしているのか、具体的にお聞かせください。またこれらの変更がなされた場合、それは新しいモデルにのみ適用されるのでしょうか? それとも既存のモデルを所有している人がそのブレスレットを購入して付け替えることも可能でしょうか?」

内藤氏「この課題については長年認識しており、私自身、社内でも改善を強く推進してきました。この件について改善が遅れている理由はいくつかありますが、課題のひとつに技術的な構造があり、また多くのブランドが保有する特許も要因です。現実的には、それほど簡単ではないのが実情です。私がマイクロアジャスト機能について“導入を検討している”とコメントしたのは、その時がアイデアを実現する可能性がついに見えた瞬間だったからです。しかしまだ完全には実現しておらず、具体的な導入日程を策定中であり、今もアイデアの実現に向けて推進しています」

この課題については長年認識しており、社内でも改善を強く推進してきました。

– セイコーウオッチ株式会社社長 内藤昭男氏のグランドセイコーのブレスレットデザインについての発言

 「歴史的に見ると、私たち製造者や時計職人、技術設計者にとっての優先順位は腕時計のなかで最も重要な要素とされるムーブメントであり、その次がケースや文字盤で、最後にブレスレットが来るという順番でした。そういう意味ではブレスレットの開発に割く人材や情熱、エネルギーがほかの要素と同じレベルには至っていなかったと言えます。この件については重要な課題と認識しており、変えようとしていますが、まだ道半ばです。改善策の適切な導入に向けて、今後も検討を続けてまいります」