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Four + One 日本のパテック フィリップ カラトラバの帝王、ジョン・永山氏のコレクション

日本は極上のヴィンテージ カラトラバのメッカとなっているが、その地にあっても永山寿一氏の情熱とコレクションは際立っている。

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時計愛好趣味にのめり込むほど、細部までこだわるコレクターの素晴らしさを理解できるようになるものだ。コレクションを構築する方法は人それぞれではあるが、注目を浴びるようなレアピースへの愛情はさておき、自分が見ているものが何なのかを理解しているときこそ、そのように“意図”を感じるコレクションのなかでもっとも静かで控えめなピースこそが印象に残ることが多い。このような時計コレクターのことを知りたい思っている人なら、東京を拠点とする時計コレクターであり時計ディーラーでもあるジョン・ナガヤマ(永山寿一)氏のことはすでにご存じのことだろう。

John Nagayama

 彼の時計がヴィンテージウォッチ愛好家たちのInstagramのストーリーでシェアされるのを以前から目にしていたが、正直、自分が見ているものの実体を理解するのに時間がかかった。永山氏はパテック フィリップに的を絞り、シェアする時計は厳密に定義されたカラトラバから奇妙な形状のモデル、さらには定番のノーチラスまでほぼすべてがタイムオンリー(時刻表示のみ)のシンプルな時計のみで、そのほとんどが1980年以前(あるいはずっと前の時代)製のものだ。一般の時計愛好家にとって、彼が見せる時計の多くは美しくもシンプルに見えるかもしれない。しかし、やがて彼が言うところの最も“シンプル”な時計ですら、(平均して見ても)まったくもって狂気の逸品であることが理解できるようになるはずだ。

 永山氏は彼が愛する時計が憑依したかのごとく、物静かで控えめな性格だが、彼の情熱はその雰囲気とは裏腹に伝わってくる。オークションで彼に何度か会ったことがあり、いつも楽しい会話を交わしているが、その一部をみなさんと分かち合いたいと思っていた。もちろん、そのような情熱と知識は一朝一夕に身につくものではない。

John Nagayama
John Nagayama

 「時計収集歴は35年です。この仕事を始めたのが2006年ですから、時計ディーラーになって18年になります。それ以前はアメリカやオーストラリアなどから商品を輸入する総合商社に勤めていました。時計コレクションを始めたころにRef.96を購入し、その後“トップハット(Ref.1450)”を入手。それからすぐにコンプリケーションに興味が移りました。たとえばワールドタイム Ref.1415やクロノグラフ Ref.130、そしてRef.2499ですね。Ref.2499を買える人は日本ではとても限られているので、商売としてはあまり成立しませんでした。その1、2年後、私はタイムオンリーのパテック専門で収集することに決めたのです」

 「ほかと比べてヴィンテージのパテック フィリップはとてもよくデザインされていて、プロポーションもいいと思いますね。Ref.3796のようにリューズが小さく、フォントが大きくなった後期のリファレンスと比べても、ヴィンテージモデルは熟考のうえデザインされているんです。初期の作品はダイヤルがとても重要です。そして50年代、60年代になるとケースがより重要になってきます」

 長年にわたって日本はヴィンテージ カラトラバのメッカとされてきた。とりわけRef.96やのちのRef.3796(市場の需要や嗜好のため限定モデルがいくつかリリースされた)のような小径モデルは顕著だった。2024年初めに永山氏は1932年から1973年まで製造された、この象徴的な時計に関する書籍を出版した。文中、このような小ぶりな(30-31mm)パテックが日本のコレクターに好まれたのは彼らの手首が細かったからだと分析している。しかしここ数年、Ref.96のマーケットは急成長した。永山氏は創業当初はほぼ日本市場のみを対象としていたが(つまり実店舗での販売のみ)、現在では販売の多くをオンラインが占め、日本と世界の顧客が半々といった構成になっている。

John Nagayama

プラチナ製のパテック Ref.96 ダイヤモンドインデックス。昨年、モナコ・レジェンド・グループの春のオークションで見かけた個体だ。永山氏に直接会うのは今回が初めてだったが、この時計は期待を裏切らなかった。

 彼のInstagramをざっと眺めただけでもセクターダイヤル(および“ルーレット”ダイヤル)と彼の希少なコレクションの背後に控えている大量の“Not For Sale(非売品)”に向けられた情熱が見て取れる。多くのディーラーは道義上最高の時計を独り占めにはできないと言うだろう。ベスト・オブ・ベストを買えないとなれば、顧客は不満を募らせるかもしれない。しかし永山氏ははっきり言い切る。クライアントのために本当にいいものを探すことはできるが、自分のためにも欲しいものがあるのだ。「私は本質的に時計コレクターなんですよ」

 「今でも見たことのない個体を見つけることがありますが、多くの場合は直感によるものですね」と彼は教えてくれた。「最近、見つけた30年代のRef.457は書籍にもインターネットにも載っていませんでした。でも、プライベート・アイズの遠藤さんがInstagramでシェアしていたので、彼に電話して“欲しい”と伝えたのです」

 上記のことから、日本滞在中に永山氏と彼のホームグラウンドで会い、彼の膨大な、しかし厳選されたコレクションのなかで最も特別で貴重な時計は何なのかを確かめなければならないと思った。銀座の北側にある本石町という小さなエリアにある小さな店に彼は私を招き入れ、腰を下ろして彼が最も愛するコレクションを見せてくれた。


彼の4本
パテック フィリップ Ref.3417A “アンチマグネティック” ラジウムダイヤル

 私たちはまず4本の時計のなかでおそらく最も目を引くであろう、アイコニックなパテック フィリップ Ref.3417を皮切りに会話を始めた。比較的モダンな35mm径のケースと美しい“Amagnetic(耐磁)”表記を持つRef.3417Aはコレクターに人気のリファレンスであり、標準的なRef.3417は日常的に着用できるヴィンテージパテックの候補となるだろう。しかしこの個体は標準仕様のRef.3417ではない。

Patek ref. 3417 Antimagnetic Luminous

 「この時計のことは長いあいだ知っていましたが、見つけるのは不可能だと思っていました。確か6本しか知られていないはずです」と彼は言う。「しかしこの時計が10年ほど前に日本のヴィンテージオークションに出品されたので、私はすぐに手に入れました。この時計はもともと日本に納品されたもので、おそらく私が2人目のオーナーだと思います」

Patek ref. 3417

 「ほかのヴィンテージパテックとはまったく違いますね。似ても似つかないから、どうやって思いついたのか、デザイナーが誰なのかすら分かりません。一方でこれほどつけやすいヴィンテージパテックはありません。夏でもつけられますしね」と34℃、湿度約70%の、うだるような熱気のなか彼は言った。「この特別仕様の存在を知ったら、これを手に入れるか、何も持たないかの二者択一だと思ったのです」

Patek ref. 3417

 黄色く経年変化した夜光の組み合わせ、非常にエレガントなフォント、大胆でスタイリッシュなアラビア数字を見れば、その理由は容易に理解できる。この時計の6本のバリエーションのうちの1本を所有するだけでは十分でないと言うかもしれないが、彼が持っていたのはこれだけではない。彼の販売サイトでは少し前に別の個体が売りに出されていたからだ。

パテック フィリップ ホワイトゴールド製Ref.2555

 見た目以上の時計がここにある。一見するとスタンダードな比較的小型の32mm径で、美しく経年変色したダイヤルを持つセンターセコンド仕様のカラトラバに見えるだろう。フラットベゼル、ファセットインデックス、ドーフィン針...すべてのデザインが1950年代のパテック然としている。まさしくそのとおりだ。しかし手に取ると少し重みがあり、スティール(SS)製のパテックではないことは確かだ。そして裏返すと、特別な作品を手にしていることに気づく。

Patek ref. 2555

 「これは市場に2本しか存在しないホワイトゴールド(WG)製のRef.2555のうちの1本で、もう1本はブレスレット一体型仕様となっています。つまり、ストラップ仕様はこの1本だけなのです」と彼は言う。この時計がおそらく唯一無二の存在であることを文章で表すと膨大な量になる。私がジョンから連想する“知る人ぞ知る”という言葉を完璧に体現する個体であり、存在として別格かつ控えめであることを除けばこの時計についてそれ以上言うことはない。

 「この時計は90年代の初めか半ばにサザビーズで販売された個体です。シェルマンが買い取ったのだと思います。彼らのウェブサイトのアーカイブにはまだこの時計が掲載されていますからね。やがてコレクターの手に渡り、最終的に私が手に入れるに至りました」

Patek 2555G
パテック フィリップ Ref.439 ピンク・オン・ピンク “エベラール・ミラノ”

 カラトラバの帝王と呼ばれるにもかかわらず、私を驚かせたのは永山氏がここまでカラトラバの厳密な定義に当てはまるような時計を1本しか見せてくれなかったことである。というのも彼はあらゆる格別なタイムオンリーのパテックも喜んでコレクションしているからだ。たとえば1920年代後半に作られたピンク・オン・ピンクの“タンク”スタイルの時計はそのひとつである。

Patek ref. 439

 この時計は永山氏が比較的最近手に入れたものだ。イタリアのディーラー、アンドレア・フォッフィ(Andrea Foffi)氏がInstagramに投稿しているのを見て、1年も前に購入したという。プライベート・アイズで購入した時計についても彼が言っていたように直感的に思い立ち、すぐに連絡を取ったという。私はジョン氏といえばWネームの時計を連想するが、これはその時代のスタンダードなものを別次元に引き上げるいい手法だ。このRef.439はピンクゴールド(PG)のケースにピンクダイヤルを組み合わせた少し風変わりな時計であり、エベラール・ミラノの文字が華を添える。

パテック フィリップ SS製Ref.96 “E. ボナール” オブザバトリーダイヤル

 Wネームといえば、現存する最も伝説的なRef.96に触れねばならない。Ref.96は40年近く製造され、おそらく何百種類もの仕様違いが存在する。SSとプラチナ(Pt)ケースのRef.96はおそらく最も切望されているもののひとつだろう。ブレゲ数字やダイヤモンドインデックスが、その希少性をさらに高める。しかしRef.96の最も象徴的なバリエーションはセクターダイヤルだ。特に永山氏が好むところである。そのダイヤルスタイルさえも、いくつかのパターンが存在する。

Patek ref. 96 Observatory

  “オブザバトリーダイヤル”を持つRef.96(9時位置にスモールセコンドを配する)は5本しかなく、すべてSS製で、ダイヤルに刻印があるのは2本だけである。2014年、アンティコルムで1本の“オブザバトリーダイヤル”が11万1750スイスフラン(当時の日本円で約1300万円)で落札された。その時計は夜光針、5分間隔の夜光トラックとインデックス、ドット、3時位置に円形に描かれた刻印を持つ奇妙な構成だった。ところで、“E. ボナール”とはどんな小売業者だったか疑問に思わないだろうか。実は、小売業者などではなかったのである。

 ボナール氏はこのRef.96を特別注文したパテックの顧客であり、スイスに引退したフランス人医学教授、エミール・シャルル・ボナール(Emile-Charles Bonnard)という人物であった。もうひとつのオブザバトリーダイヤルを持つRef.96にも“M. Berphaudin”の刻印がある(タイプミスか、あるいはジュネーブ最大のワインディーラーのひとりであるマルセル・ベルトーダンのために作られた、過度にクリーニングされた時計かのどちらかだろう)。実際ベルトーダンとボナールは親戚関係にあり、この時計は1936年から1991年までボナール家に保管されていた。

Patek ref. 96 Observatory

 「この時計は何年も前にサザビーズとアンティコルムによって何度も買い付けられてきて、長い年月を経ています。最後の所有者はイタリアのディーラーで、自分のために購入したそうです。でも、彼はFacebookにこの時計をシェアしてしまったんです」と永山氏は言う。今回わかったのは、SNSに投稿すれば彼がそれを見つけ、最終的には彼が見つけて“ゲームオーバー”になるということだ。

 「先方は最初は売りたがらなかったのですが、私が説得しました」と彼は続ける。「まあ納得してくれたものの、当時でも大金でしたね。それが15年前のことです。今では年に1回つけるくらいです」

 金額の問題ではないが、このような本当に希少で“シンプル”なヴィンテージパテックがどれほどの値段で取り引きされているのか、人々はあまり理解していないと思う。1991年でさえ、アンティコルムで1万4000スイスフラン以上という当時としてもかなりの金額で売られていたのだ。今日の価値に興味がある人のために私が大まかな金額を提示すると、永山はためらうことなく同意した。 その金額とは20万ドル(日本円で約2900万円)だ。そう、今オークションに出せばRef. 96がそれほどの金額になるということだ。


もうひとつ
川瀬巴水による浮世絵版画 「妙本寺」

 20世紀の日本で最も重要かつ多作な版画家のひとりである、川瀬巴水の見事な浮世絵版画を何げなく撮っただけの写真で申し訳ない。反射しやすいガラスのオブジェを写真に撮るのはなかなか難しいものだが、実際に見るとこの版画は輝いている。

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 風景や自然にインスパイアされた浮世絵の伝統を受け継いで40年のキャリアを持つ川瀬巴水は日本文化への貢献が認められ、日本政府から人間国宝に選ばれた。彼の作品に少しでも触れれば、その理由が分かるだろう。このような木版画のディテール、コントラスト、色彩の深さは、なかなか出せるものではない。私はウィスコンシン州の木版画家のギャラリーを訪ねて育ったので、巴水の作品を実際に見ることは信じられないほど特別な機会だった。さらに特別だったのは、これが木版画家の作品のなかで最も切望されている初版であるという事実だ。

 スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)は20世紀に浮世絵に革命を起こした新版画のコレクターとして知られ、巴水の作品を誰よりも愛していた。永山氏にとってもっと重要だったのは、彼の祖父も巴水の版画を収集していたという事実だった。それが永山氏の巴水作品への情熱の始まりだった。この版画は永山氏の鎌倉の自宅から歩いて10分のところにある妙本寺を表したもので、芸術が持つさまざまな側面を見事に表現している。

John Nagayama