オリジン・ストーリー
昨年の夏、カルティエのシニア・ウォッチ・デザイナーであり、クラシックなカルティエ デザインの再解釈から、「サントス デュモン リワインド」のような大胆な時計まで手がけた人物、ラファエル・アベイヨン(Raphaël Abeillon)氏がカルティエを離れ、聞いたこともないアルト(ALTO)というブランドに加わると聞いて少し驚いた。しかし、多くの点でそれは納得のいく話でもあった。
アルトはパリを拠点とする新ブランドであり、自動車、アート、建築に情熱を注ぐティボー・ギタール(Thibaud Guittard)氏によって設立された。ギタール氏はオーデマ ピゲに勤務していた経歴を持ち、数年前にラファエル・アベイヨン氏と出会い、一緒に仕事をするアイデアを持ちかけた。しかしその当時アベイヨン氏はカルティエに留まることに満足していたため、この話は実現しなかった。そこでギタール氏は約5年の歳月をかけて、自身の時計ブランドの構想を現実のものとするために取り組んだ。
このブランドのコンセプトは、時計づくりの根幹から芸術的なアプローチを採用し、1970年代のウェッジシェイプ(くさび形)を特徴とするカーデザインのアイコンからインスピレーションを得ることにあった。もしフィリッポ・サピーノ(Filippo Sapino)氏や彼がてがけたコンセプトカー(フェラーリ 512S ベルリネッタ・スペチアーレ、ランチア ストラトス HF ゼロ、VW-ポルシェ タピロ)の名を知っているなら、この時計はまさにあなたの琴線に触れるかもしれない。
この時計は、多方面の専門家によるコラボレーションの結晶である。作家兼写真家のマチュー・セザール(Mathieu Césa)氏、時計デザイナーのバース・ヌスバウマー(Barth Nussbaumer)氏、アーティストのヨルゴ・トルーパス(Yorgo Tloupas)氏、そしてムーブメント開発を手がけるル・セルクル・デ・オルロジェ(Le Cercle des Horlogers)が協力し、それぞれの知見を結集させた。そしてついに最初のアート 01が完成したとき、ギタール氏とアベイヨン氏は再びつながり、彼らが共有するクルマとアートへの情熱を再確認した。アベイヨン氏にとっても新たな挑戦を試みるには絶好のタイミングだった。その結果生まれたのがこの2本の時計、アート 01 モノクロームのグレーとブラックである。
新しいアート 01 モノクロームは、これまでと同様にファセット加工が施された角張ったデザインのチタンケースを採用し、サファイアクリスタル、ファセットと曲線を融合させた外装形状、そして半球状のインナースペースを備えている。文字盤には六角形の幾何学模様が刻まれた真鍮製のダイヤルを採用し、ビーズブラスト加工のあとにブラックコーティングを施している。これにより現在の時計業界でトレンドとなっているシェイプウォッチ(独自のケースフォルムを持つ時計)の流れに合致しつつも、カルティエ タンクやロレックス キングマイダスといった過去の名作の単なる焼き直しではない、独自の一体感を持つデザインに仕上がっている。さらに、チタンケースにはブラックまたはグレーのDLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティングをすることで新たな効果を生み出す。しかしこの時計の魅力はそれだけにとどまらない。
我々がなぜ気に入ったのか
これらがデザイン性を前面に押し出した時計であることは間違いない。風防、ダイヤル、ケースが光と影とともに織りなす表情は魅力的であり、デザインと時計製造の融合を目指したほかの時計と比べても単調さがない。彫刻的でありながら、従来の時計デザインとは一線を画す存在だ。時計業界はこうしたアプローチにもう少し注目すべきではないだろうか。だがこれは単なるデザイン重視のモデルではない。
本作に搭載されるCal.A01マイクロローター・ムーブメントは、文字盤側のデザインと見事に調和した魅力的な構造を持つ。メインプレートにはチタンを採用し、直線的なブリッジには無垢のままのサテン仕上げが施され、さらに高級ムーブメントに求められる面取りもていねいに施されている。そのフォルムは独特の角ばったデザインで、洗練されたインダストリアルな美しさを備えている。このムーブメントはバース・ヌスバウマー氏が設計し、ル・セルクル・デ・オルロジェが製造を担当。2万8800振動/時(4Hz)の振動数を持ち、約48時間のパワーリザーブを誇る。基本構造はスピーク・マリンやトリローブでも採用されているが、本作はそれらとは一線を画す独自の個性を放つ。
Cal.A01ムーブメントの最も奇妙な特徴は、秒針だけが逆回転することだ。これは最近登場したいくつかの時計が取り入れている“時間の概念を遊ぶ”アプローチに通じる。たとえばカルティエ サントス デュモン リワインドやジェブデ・レジェピ(Xhevdet Rexhepi)氏のミニット・イネルテが思い浮かぶ。ただし本作はそれらとは異なり、一貫した視認性の高い時刻表示を備えている。さらにサファイア風防の製造は複雑だったに違いないが、実際に着用してみると視認性に問題はなかった。
最後に、41mmのスクエアケースというサイズにもかかわらず、この時計の装着感はとても快適だ。重量はわずか56gと軽量で、ラバーストラップが手首にしっかりとなじむ。アートピースのような時計はしばしば実用性とのバランスに苦戦するものだが、アルトのアート 01はその点においても見事な仕上がりとなっている。
価格は“要問い合わせ”とされているが、最初のリリース時は約2万ドル(日本円で約300万円)であった。新興ブランドといえば“マイクロブランド”の価格帯を想像しがちだが本作はそれとは異なり、エントリーレベルの価格設定とは言えない。しかし最初のアート 01は非常に高い評価を受け、すでに完売している。この新作モノクロームも同様に、すぐに市場から姿を消すことになるかもしれない。
次に来るもの
アルトのチームは今後のモデル展開について多くの構想を持っているが、その詳細はまだ明かされていない。ただ、ギタール氏とアベイヨン氏は、今年後半に登場予定のアート 01の新バージョンを見せてくれた。それはコレクションに新たな魅力を加える、非常に興味深いモデルになりそうだった。アベイヨン氏は、アート 01で確立したデザイン言語をどのように進化させるかが、これからの大きな挑戦になると語っていた。カルティエでは長い歴史を背負ったデザインのなかでの仕事だったが、アルトではまったく新しいものを生み出す機会に恵まれている。この挑戦が彼にとって新たな創造のステージとなることは間違いない。
アルト アート 01 モノクローム ブラック&モノクローム グレー。Ref.MK2 TI(ブラック) 、Ref.MK3 TI(グレー)。41mmのグレード5チタン製ケース、ビーズブラスト仕上げ。30m防水。7つのパーツで構成されたマットなビーズブラスト仕上げのブラックラッカー仕上げ真鍮製ダイヤル。ファセット加工が施された針、スーパールミノバ塗布。時・分・秒表示(秒針のみ逆回転)。マイクロローター式自動巻きムーブメント、2万8800振動/時、パワーリザーブ約48時間。グレード5チタン製メインプレート。FKMラバーストラップ、フォールディングクラスプ。価格は要問い合わせ。