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アクアノートは、パテック フィリップとしては比較的新しいコレクションであり、ノーチラスの弟分として1997年に初号機であるRef.5060が誕生した。その後、第2世代の5065(1998年)、現行の5167(2007年)へと続いているが今回実機レビューをするのは、第3世代機の大型サイズである"ジャンボ"の名を与えられたRef.5168(2017年から登場)である。
本機は、2019年のバーゼルワールドで発表されたモデルであり、42.2mmの18KWGケースにカーキカラーのダイヤルとラバーストラップを備えて登場した。初代の5060が35mm、5065が38mm(属に"ラージ"と呼ばれている)、現行の5167が40mmサイズであることを鑑みると、このジャンボはひと際存在感を放っている時計といえる。これは、パテック フィリップがアクアノートをよりスポーティなコレクションとして位置づけていることの表れだと思う。同社における42.2mmというのは最大級のサイズであり、他には42mmのカラトラバ・パイロット・トラベルタイムやフライバック・クロノグラフ・年次カレンダー、グランド・コンプリケーションであるセレスティアル(44mm)くらいしか存在しない。
兄貴分のノーチラスに至っては40mm、年次カレンダームーンフェイズやクロノグラフを搭載しても40.5mmを堅持していることから、同じラグジュアリースポーツ的立ち位置の時計でも明確に役割と個性が異なるのだ。ちなみに、"ジャンボ"サイズのケースを用いて複雑機構を備えたアクアノートには、自動巻きクロノグラフを搭載したRef.5968Aがある。
さて、このアクアノートで最大の特徴といえば見た通りのカーキカラーだが、パテック フィリップにとって非常に珍しいカラーリングだ。色調はビビッドではなく、落ち着きのあるマットなカーキのため最近トレンドとなっているグリーン文字盤の中でも着けるものを選ばない印象だ。トロピカル・ラバーブレスレットはダイヤルより若干濃いカーキだが、同じようなトーンでまとまっている。
このカーキというカラーはミリタリー由来の代表格といえるが、パテックにかかるとここまで上品になってしまう。それは、印象的な八角形ベゼルと、舷窓をモチーフとしたアイコニックなケース形状による効果だと、僕は思う。どんな色で彩っても(昨年、赤をキーカラーとした特別な5167Aもシンガポールで発表されている)、素晴らしい時計においては本来その1本がもつ個性を逆に強調する結果になるのではないだろうか。
この時計はケース径42.2mmであるが、厚さ8.25mmと非常に薄型であり、ケースと一体化したようなラバー・ストラップによって着け心地は軽快そのもの。ケースから流れるようなデザインを与えられたラグだが、短く太いスポーティな形状で用途が明確に考えられている。特に今のような時期であれば、職場の環境によってはジャケパンくらいの装いになら合わせられないこともない(そもそもテレワークであれば自由、という人も多そうだが)。
また、かなり語られていることではあるが、僕は今回改めてこの時計のバックルのクオリティの高さに驚いた。ちょうど腕に当たるメインプレート部分がボタンも兼ねた形状をしており、非常に小さなつくりを実現しているのだ。これは、バックルのプレートにバネ性をもたせているからこその構造なのだが、着け心地が快適なのと共に、開閉がとてもスムーズに行える。普通、時計を外す際にバックルのボタンを押すと指には抵抗が伝わってくる。しかしこのアクアノートのバックルは、指先にほぼストレスを感じないのだ。こういった細部の動作にこそ最高峰ブランドの品質が宿っている。
さて、高い着け心地にも寄与している薄型ケースであるが、この薄さを可能にしているのは、搭載するムーブメント・Cal.324 S Cである。これは2004年に初登場したキャリバーで、同社の多くのムーブメントのベースにも用いられている自動巻きの名作だ。機械式時計の品質のひとつとして、薄さはたびたび議題にあがるが、長年その分野で研鑽を重ねてきたパテック フィリップだからこそ生み出した傑作といえる。Cal.324では、厚みを減らすために自動巻き用のローターと干渉しやすい2番車をオフセンターにしたり、秒針を一般的な4番車で回すのではなく3番車がムーブメント中央の秒カナを駆動する方式にしたりと、大変な工夫がなされている。
さらにこのキャリバーでは、自動巻き機構の輪列を、手巻き機構や他の輪列と同じレイヤーに組み込むことで厚みを削り取っている。これには輪列を効率よくコンパクトに設計する必要もあるわけだ。アクアノート Ref.5168は、ジャンルとしてはありふれたカレンダー付きの3針ウォッチだが、その実、並の時計では比較にならないほど細部へのこだわりが詰まった時計なのである。
今回は非常に珍しいカーキグリーンのパテック フィリップを紹介したわけだが、最後にアクアノートという時計に与えられている役割について考えてみたい。それは、同じようなジャンルにカテゴライズされているノーチラスとは、完全に目指すところが違うと思うからだ。誰のための時計であるかというと、僕は、ノーチラスは既存顧客、アクアノートは新規顧客に向けられていると考えている。それは、アクアノートに今回紹介したような"ジャンボ"サイズを先駆けて採用していたり、新しいカラーを取り入れたりしているからだけではない。
パテック フィリップ社のティエリー・スターン社長は、2018年にHODINKEEのインタビューでこう答えたことがある。
「物事には限度があることを理解し、分かってもらわねばなりません。例えば、私は2029年のための仕事をしています。私は多くのことを計画しますが、それには全て時間がかかり、時間そのものを増やすことはできないのです。今いる私たちのスタッフは最高の人たちなので、例えば別の時計師を育成するとしたら15年はかかるでしょう。つまり、今日時計の増産を決めても実際に作る時計師を揃えられるのは10〜15年後のことなのです」
2000年を目前にして産声をあげたアクアノートが、2020年の今隆盛を極めているように、同社はまだ見ぬ顧客のため、10年、15年後を志向した時計づくりをしているわけだ。色であったりサイズであったり、腕時計において重要なファクターを次々と試すアクアノートは、パテック フィリップにとっての新規顧客=未来のための役割をもつ時計だと思うのだ。
パテック フィリップ アクアノート"ジャンボ" 5168G-010 カーキグリーン:ケース径42.2mm(10-4時)、厚さ8.25mm、18KWGケース、シースルーケースバック。ムーブメント:Cal.324 S C、4Hz(2万8800振動/時)、自動巻き、パワーリザーブ 最小35時間、最大45時間、Spiromax®ヒゲゼンマイ、ジャイロマックステンプ。パテック フィリップ・シール取得。機能:時、分、秒、日付表示。12気圧防水。カーキグリーンのコンポジット素材ストラップ。価格:433万円(税抜)
詳細はパテック フィリップ公式サイトへ。
Photographs by Masaharu Wada
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