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ヴィンテージウォッチの市場には常にトレンドが存在し、ヴィンテージロレックスはそれが顕著に現れるジャンルであると言って過言ではない。
手巻き時代のコスモグラフ デイトナは相変わらず人気が高く、そのわかりやすい指標のひとつとしてコンディションのいい個体は価格上昇が続いている。ここで重要視されるのは、状態に加えて個体ごとのオリジナリティ(パーツの整合性)にほかならない。現在の市場ではバランスが崩れた個体ならその分だけ安価になり、整っていれば希少なモデルでなくても高値がつくという方程式に基づいて売買が成り立っているが、ブラウンに変色したトロピカルダイヤルは特に人気が高い。これはただ単に茶色になっていればいいというものではなく、きれいに変色した個体ではより一層評価が高まる。この数年だとデイデイトの天然石ダイヤルも人気だが、ダイヤルとケースの年代が一致しない個体が多くあり、購入する際には注意が必要だ。
左から順にサブマリーナー Ref.5508、コスモグラフ デイトナ Ref.6263のブラックダイヤルとシルバーダイヤル。3本に共通する特徴はトロピカルダイヤルであることだ。どれも程よい雰囲気でブラウン化が進んでいる。これらトロピカルダイヤルももちろん魅力的だが、1950年代に製造された初期モデルは希少性においてこれらを遥かに上回る。
これらの時計に対して、また違った味わいが楽しめるのが1950年代に製造されたペットネームを持つ人気モデルの初期の個体である。そもそもの流通数が少ないこともあり探すこと自体が難しく、実機と出合える機会は極端に少ない。どの個体もディテールが非常にきめ細かく、そこには試行錯誤の足跡とともに、ロレックスの新しい時代を切り開こうという意思が込められているかのように感じられる。
ここで紹介する貴重なコレクションはヴィンテージロレックス専門店リベルタス・中嶋氏の協力を得て、国内屈指の有力コレクターが所有する私物を集めたものだ。
ターノグラフ ハニカムダイヤル Ref.6202、1953年製
サブマリーナー、エクスプローラー、GMTマスターなどのプロフェッショナルモデルと並行して開発されたターノグラフは1953年に登場した。初期モデルについては資料が少ないことから謎めいた部分が多く、よほどのマニアといえどリサーチするのは容易なことではない。わずかな製造期間の違いでディテールの仕様が異なることや数種類のダイヤルが並行して展開されていたため、正確な情報を入手するのは困難を極める。そのため、こちらのファーストモデルと目されるRef.6202は資料という意味でも大変な価値がある。サブマリーナーに似たディテールを持ったモデルはよく知られているが、それと比べるとパーツやディテールが大きく異なり、唯一無二の雰囲気を醸し出している。状態にもよるが、仮にオークションに出品された場合、高い評価が得られる可能性が大いにあるだろう。
第1に注目すべきは、ブラックのハニカムダイヤルに記されたさまざまな表記である。ダイヤルの中心部分にある“OYSTER PERPETUAL”のスプリット表記(左右に大きく分かれていることからこう呼ばれる)は、ひと目でわかりやすい特徴的なディテールであり、ファーストモデルか否かの判断基準にもなる。12時位置のモデル名の“TURN-O-GRAPH”、6時位置のクロノメーターの基準を満たしたことを記すOCC(OFFICIAL CERTIFIED CHRONOMETER)表記の配置もスプリット表記同様で、ファーストモデルのみに採用される特徴だとされている。
そしてさらに特筆に値するパーツは、このモデルの顔立ちを際立たせているゴールド製のべセルだ。中嶋氏の見解によると「ベゼルについては、もしかしたら交換されている可能性がありますが、同じ年代に作られたものであることに間違いありません。デザインもサイズもターノグラフ専用のもので、サンダーバードに見られるいわゆる“ワッフルベゼル”ではなく、縦に細かな刻みがあることが主な違いです」とのこと。ロレックスが独自開発したベンツハンドではなく、ペンシルハンドであることも1953年製ならではのディテールなのだという。
デイトジャスト(レッド表記) ハニカムダイヤル Ref.6305、1956年製
1945年に発表されたデイトジャストはロレックス屈指のロングセラーモデルだ。1950年代の時点ですでにヒットしていたことが前述のターノグラフとの大きな違いとして挙げられるが、1950年代は量産するための技術がまだ確立されていなかったため、1960年代以降のレファレンスと比べると製造本数に歴然とした差があった。ディテールに関しても製造本数が一気に増えた1968年頃から70年代のRef.1601と比べると、その違いは明らかだ。
ここで紹介するのは1956年製のRef.6305だ。同年代のRef.6305にはさまざまなバリエーションが存在するが、この個体が持つクラシックな佇まいには格別の味わいがある。評価を決定付けるポイントとして真っ先に挙がるのはホワイトのハニカムダイヤルだ。それに加えて、モデル名が“レッド表記”でされているため、高い評価を得ている。
「ミルガウスのRef.6541が最も顕著な例ですが、ロレックスのハニカムダイヤルはどのモデルも人気です。このRef.6305には希少なブラックのハニカムダイヤルも存在しています。この個体の相場は700~800万円ぐらいになると思いますが、ブラックダイヤルだとその2倍以上の価格になるイメージです」と中嶋氏は語る。
Ref.6305は分厚いケースを採用しているが、その理由は自動巻きムーブメントのCal.A296を搭載するためだ。このムーブメントは、一部の熱狂的なマニアが好む“バブルバック”に搭載されていたもの。当時はこれより薄い自動巻きムーブメントの開発が難しかったことから、ふっくらとした裏蓋に対して、“バブルバック”という呼称が生まれたのだ。このような背景からCal.A296を搭載した大きいサイズデイトジャストはマニアのあいだで“ビッグバブル”と呼ばれている。
改めてダイヤルに目を向けると、さまざまなディテールを確認することができる。該当するのは、アルファハンドとくさび型インデックス、そして赤と黒で2色で交互に表示されるカレンダー機構。カレンダーに枠が付く仕様も1950年代のデイトジャストに主に見られる特徴のひとつだ。
エクスプローラー ファーストモデル Ref.6150&6350、1953年製
ロレックスのウォッチメイキングは、常に機能性の向上を目標に掲げて行われてきた。これについては昔も今も一切ブレがない。プロフェッショナルモデルの代表作のひとつである1953年発表のエクスプローラーは、極地探検家や登山家たちのために作られたツールウォッチだ。必要不可欠な機能として求められたのは堅牢性、そしてどんな状況下でも正確な時刻を読み取れる視認性である。このような観点に沿って生まれたのがファーストモデルとなるRef.6350と6150だ。
エクスプローラーの最大の特徴は、視認性の高めるために考案された3・6・9のアラビアインデックスを備えたダイヤルであるのは間違いないが、ファーストモデルでのチェックすべきポイントはズバリ時・分・秒の3つの針にある。ブラックのハニカムダイヤルを配したRef.6350は、ペンシルハンドに“先端ドット”と呼ばれる秒針が使われている。一方、Ref.6150は、時針が“ロングベンツ”、分針が注射針、秒針は“ビッグドット”という組み合わせだ。これらの針や文字盤の夜光は交換されている場合が多く、オリジナリティを保っている個体は非常に少ない。それゆえ針や夜光の状態が、エクスプローラーのファーストモデルとして評価するための欠かせない基準になっている。
ハニカムダイヤルのRef.6350
“PRECISION”表記を持つRef.6150
話は変わるが、ほぼ同時期に販売されていたふたつのレファレンスについて、どちらが真のファーストモデルなのか? という論争がマニアのあいだで長年続いている。中嶋氏は次のような見解を持つ。
「これについては何が正解なのかを問うことがとても難しいのですが、いくつかわかっていることがあります。シリアルナンバーから探るとRef.6350よりも6150のほうが早い番号で、こちらをファーストモデルだと捉えることもできるのです。余談にはなりますが、Ref.6150にも“PRECISION”ではなく“EXPLORER”と表記されているバリエーションがあり、これは非常に希少性が高く、状態のいいものともなればかなりの高額になるかと思います」
GMTマスター ティンケース Ref.6542、1956年製
パンアメリカン航空が公式採用したパイロットウォッチ、GMTマスターは1955年に発表された。コレクターズアイテムであるファーストモデルのRef.6542の製造期間は1955~1959年頃だと言われている。GMTマスター史上唯一、ベイクライト(プラスチックの一種)製のべセルを持ち、リューズガードがないケースを組み合わせている。赤と黒で表示されるカレンダー機構も然りで、GMTマスターではこのモデルのみ使用されている。写真で隣に並ぶ、リューズガード仕様の1965年製のGMTマスター ラディアルダイヤル Ref.1675とも違いを比べてほしい。約4年間でさまざまなディテールの変遷があり、製造年によって希少性がまったく異なってくる。詳しい説明について中嶋氏に尋ねた。
ティンケースのRef.6542
ラディアルダイヤルのRef.1675
「1955~1956年製のRef.6542は大変希少で市場に出てくることはほとんどありません。出てきたとしたら1957年以降でしょうし、1958年製なら見つかると思います。こちらの1956年製のRef.6542が特別である理由は、“ティンケース”と呼ばれる薄型のケースを使用しているからです。これはサブマリーナーのRef.6205用ケースを流用したものだと言われていて、そのほかのRef.6542と比較するとケースの形状からその違いがわかります」
ただでさえ入手困難なRef.6542に対して、このような事例まで知り尽くしている中嶋氏の造詣の深さには脱帽せざるを得ない。資料がほとんどないことから独自のリサーチが必須となり、必然的にマニアックな話題が生まれることも1950年代に作られた初期モデルの魅力なのだろう。
「Ref.6542は約4年の製造期間でしたが、それでも製造本数はかなり少ないと思います。なぜなら1960年代後半にミラーダイヤルからマットダイヤルに切り替わるまで万単位のロットで生産する技術が開発されていなかったことがシリアルナンバーを辿るとわかるからです」
失われつつある、オリジナルだけが持つデザインバランスを求めて
今回取り上げた1950年代の初期モデルは、いずれも試行錯誤の連続から生み出されたものなのだろう。限られた条件下で最善を尽くすために繰り返し変更されたパーツやディテールの仕様が、ヴィンテージロレックスならではの魅力に繋がっている。
そこで冒頭で述べたようにパーツの整合性が最重要視されるわけだが、実際のところ、本来ならつけられないはずのパーツに交換されている個体は当時の文字盤、針などが持つ個体ならではの絶妙なデザインバランスが崩れ、違和感があり、美観が損なわれてしまうという大きなデメリットがある。だからこそ、それぞれのモデルごとにオリジナリティが問われるのだ。ロレックスの時計は総じて素晴らしい実用性があり、ヴィンテージロレックスのほとんどは日常、あるいは特殊な環境で着用されていた痕跡がある。機能を優先した結果、使い続けることができたわけだが、そのためにはメンテナンスや修理は欠かせなかったのだ。それゆえパーツ交換がごく普通に行われてきたことがよく理解できる。
中嶋氏に1950年代の初期モデルの魅力について改めて話を聞くと以下のような返答があった。「1950年代の初期モデルの入荷に関して、時折香港などから大物が出ることもありますが、当店ではその8~9割が国内のコレクターさんによる依頼です。日本には昔からエンスージアストがいて、僕が時計を集め始めた30年前も時計を好きな方が大勢いました。だから世界的に見てもコレクターの審美眼が高いのだと思います。1950年代の初期モデルは探し出すだけでも骨が折れるうえに、パーツの整合性が合わない場合がほとんどです。これを労と惜しまず楽しめるようになると、初期モデルの魅力がより一層わかると思います。ロレックスのデザインは実に優れていて、1950年代に生み出されたデザインが今も残っているということは、他社を見ても本当に稀なのです。マイナーチェンジを繰り返しながら、何十年も生産し続けているロレックスの企業力はずば抜けていると思いますよ」
手巻きデイトナを始めとする1960年代以降のヴィンテージロレックス人気は安定している印象だが、1950年代の初期モデルには流行に左右されない力強さが感じ取れる。今後も市場での独自の立ち位置は変わらず、究極のコレクターズアイテムとしてマニアから愛され続けていくのだろう。
貴重なコレクションの撮影に協力していただいた日本屈指のコレクターにこの場を借りて感謝いたします。
Words:Tsuneyuki Tokano Photos:Tetsuya Niikura(SIGNO)