trophy slideshow-left slideshow-right chevron-right chevron-light chevron-light play play-outline external-arrow pointer hodinkee-shop hodinkee-shop share-arrow share show-more-arrow watch101-hotspot instagram nav dropdown-arrow full-article-view read-more-arrow close close email facebook h image-centric-view newletter-icon pinterest search-light search thumbnail-view twitter view-image checkmark triangle-down chevron-right-circle chevron-right-circle-white lock shop live events conversation watch plus plus-circle camera comments download x heart comment default-watch-avatar overflow check-circle right-white right-black comment-bubble instagram speech-bubble shopping-bag

The Value Proposition ハブリング² エルウィン “タキシード”

意外な複雑機構を備えた隠れた名品に迫る。

ADVERTISEMENT

Photos by Mark Kauzlarich

私はいつもハブリング²の時計に特別な愛着を持っている。どの時計を取っても、その複雑機構が自然と笑顔を引き出してくれることに感動してきた。また、このブランドには確かな歴史がある。リチャード・ハブリング(Richard Habring)氏はIWCでのキャリアのなか、バルジュー7750とラトラパンテモジュールを用いてスプリットセコンド機構を普及させた人物としてよく知られている。今年は、彼が妻マリア(Maria)氏とともにオーストリアのブランド、ハブリング²を創立して20周年を迎える節目の年だ。この20年間で、ハブリング²は時計コレクターのあいだで愛される存在へと成長してきた。

IWC Doppel

IWCのドッペルクロノグラフは、リチャード・ハブリング氏がシンプルなバルジュー7750をもとに生み出した革新的モデルだ。

Habring Doppel

特許が切れた2012年、ハブリング夫妻はこのモジュールを自社の時計ラインに取り入れることができるようになった。

 私が特に気に入っているのは、彼らのデッドビートセコンドモデルであるエルウィンだ。そして、新しい“タキシード”デザインを見たとき、ついに手に入れるときが来たと感じた。デッドビート、つまり“ジャンピングセコンド”機構になじみがない人のために説明すると、これはある意味、皮肉を効かせた技術である。スイープ秒針で機械式の特徴を強調するのではなく、逆に秒針が1秒ごとに正確に1回だけ進むように、さらに手間をかけてムーブメントを設計しているのだ。そう、ほとんどのクォーツムーブメントと同じように。

 アメリカを拠点とする時計販売店、オロロジー・バイ・ザ・シー(Horology By The Sea)を運営しているブランドン・スキナー氏(Brandon Skinner)と協力し、時計にいくつかの変更を加えて自分らしいデザインに仕上げたあと、時計をリチャード夫妻の手に委ねた。そして数カ月後、ついに時計が手元に届いた。

Habring watch shot on background image of an IWC watch.

 この時計を手にして数週間が経ち、ふと考えることがあった。このブランドの時計について深く語っていなかったが、エルウィンが登場してから8年が経った今でも、独立時計メーカーのなかで最も優れた価値を持つモデルのひとつであり続けていると感じる。

 本題に入る前にまず価格について触れておこう。スタンダードなエルウィンの価格は現在およそ6800ドル(日本円で約100万円)だ。この“The Value Proposition”として取り上げる時計の多くは、通常この価格帯にはおよばない。ただ今回の場合このセクションが相対的に適用されるべきだと思うし、実際にこの時計を手に取ったことがある人ならきっと同意してくれるだろう。価格に見合うだけの高い時計製作技術が詰まっているのだ。

 ハブリング²はエルウィンをさまざまなデザインや他ブランドとのコラボレーションで活用してきたが、そのなかでも特に気に入っているのがマッセナLAB 02だ。とはいえ過去のハブリング²のデザインには、納得できないものもあった。タイポグラフィやロゴのチョイスに気になる点があったり、どのデザインも興味深いものの完璧と感じられないものもあったからだ。しかしこのタキシードダイヤルには違う印象を受けた。エルウィンを単なる時計マニア向けのモデルではなく、より時代を超越したエレガンスを持つものとして再発見させてくれたのだ。

THC スクールピースは、オロロジークラブ(The Horology Club)のウェブサイトに掲載されている。内側に湾曲したコンケーブベゼルに注目だ。

こちらは、ハブリング²が製造している標準モデルのエルウィン “タキシード”。

 さて、このダイヤルの歴史について簡単に説明しよう。2022年、ハブリング²は香港のオロロジークラブと協力し、“THC スクールピース”と名付けた10本限定のモデルを発表した。本モデルはブレゲ数字を採用したカラトラバへの美しいオマージュであり、バーティカルサテン仕上げが施されたシルバーの中央部分をオリーブグリーンが取り囲むデザインが特徴だった。THCはスタンダードなエルウィンケースにコンケーブベゼルへと変更し、より洗練されたデザインにした。このコラボレーションのあと、2023年にハブリング²は現在の定番モデルである“タキシード”デザインで発表し、マットグリーンを美しい立体的なスネイル仕上げのダークグレーに置き換えた。さらに同様の仕上げをアウターミニッツトラックにもあしらった。加えてブレゲ数字とリーフ針はすべてポリッシュ仕上げとし、青焼きした秒針がモノクロームダイヤルに彩りを添えている。

Habring Dial Closeup

数字とセコンドトラック周りのスネイル仕上げが光を受けて、ダイヤルに豊かな表情を与えている。

 ケースのサイズは直径38.5mm、厚さ9mmだ。私は手首が約6.5インチ(約16.5cm)と細いためこのケースはまさに理想的と言える。確かに、この時計が意識している過去のドレスウォッチに比べると大ぶりだが、現代の時計製造においてはよくバランスが取れていると思う。また薄型を実現している点も見逃せない。多くの高価格帯ブランドが手巻きの3針時計をこの厚さでつくるのに苦労しているなか、モジュール式の複雑機構を持つこの時計はとても印象的である。防水性能も、この薄さを考慮すれば30mで十分と言えるだろう。

 普通のエルウィン タキシードには、傾斜したポリッシュ仕上げのベゼルが付いているが、私の時計はサテンとポリッシュを組み合わせたステップベゼルへと変更した。これによりヴィンテージ感がさらに強まり、数字とのコントラストが引き立つシャープな印象を与えてくれた。

Habring dial closeup

 時計内部には、自社製の手巻きムーブメントA11Sを搭載。振動数は2万8800振動/時(4Hz)で、約48時間のパワーリザーブを備える。時計史の観点で見ると、リチャード・ハブリング氏はETAが供給するバルジュー7750をベースにモジュール開発していたことで知られている。A11Sの設計は7750に基づいているが、A11Sはきわめて自社製に近いムーブメントだ。これは数年前にスウォッチグループが所有するETAが多くのブランドへのエボーシュ供給を停止した際、必要となった動きである。

 この価格帯で、これほど自社製にこだわっているのは驚くべきことだ。このムーブメントでオーストリアのメーカーが設計していない主な部分は、カール・ハース社製のヒゲゼンマイだけだが、これも自社内で組み立て・調整されている。ハブリング夫妻によると、この新しいムーブメントパーツは“夫妻の指示と設計図に基づき”地元の専門業者によって製造されていると情報をオープンにしている。専門業者の多くはETAがより閉鎖的になったとき契約を失い、仕事を探していたところをハブリング夫妻が依頼したという経緯がある。

Caseback shot of the Habring

ケースバックの姿。

 サファイア製シースルーバックからは、オーストリアの時計製造技術を垣間見ることができる。これより何十倍も高価な時計で見られる華やかな手仕上げはないが、それでもとても丁寧な仕上げであり、シースルーバックにふさわしい仕上がりだ。ムーブメントには面取りやペルラージュのほか、中央プレートには放射状のサテン仕上げが施されている。そしてムーブメントの中心にはジャンピングセコンドのモジュールが配置されている。モジュールは中央プレートにうまく組み込まれており、3本のスポーク(一部の歯車から伸びるアームのこと)を持つブリッジがセンターセコンドギアをしっかりと固定している。とても魅力的で、モジュールデザインのあらゆる面に意図が感じられるつくりだ。

 時計のヴィンテージ感をさらに引き立てるため、もとからあった工業的なテンプ受けを手彫りのものに交換した。この手彫りの仕上げは見事なもので、テンプ受けの広い表面積が職人技を存分に引き立てている。

Hand Engraved Balance

この手彫りのテンプ受けは特注品。

 少し自己満足的な話かもしれないが、私のムーブメントセンタープレートが少し違っているのにお気づきだろうか。この依頼は、私と同僚のリッチがネット上で“コート・ド・ソレイユ”装飾が施されたエルウィンを偶然見つけたことに端を発する。時計を注文する際ブランドン氏に連絡を取ったところ、この装飾品は彼がオーストリアを訪問した際に“引き出しのなかで未使用のまま眠っていた”と説明してもらった。どうやら時刻表示のみのA11Bムーブメント用に3〜4個、A11S用にも同じくらいのパーツ数がつくられたようだ。そしてブランドン氏によれば、これは製造元に残っていた最後のひとつであり、ハブリング夫妻は“今後この装飾はつくれない”と言っている。とても美しい仕上がりで、このムーブメントの仕上げをさらに一段引き上げ、価格以上の価値を感じさせてくれるものだ。希少性を考えるとうれしい反面、実際には少し残念にも思っている。というのもこの装飾は今後も継続して製造し、今後同社の全モデルに採用されても素晴らしいだろうと思うからだ。

habring movement bridge

製造元に残っていた、最後の“コート・ド・ソレイユ”装飾が施されたムーブメントプレート。

 さて、時計の価値について話を戻そう。この時計には、ほかのブランドならもっと高い価格設定をしても不思議ではないさまざまな要素が詰まっていると思う。ハブリング²は年に約200本しか生産していないため、その時点で特別なものを手にしていることが分かる。また、この価格帯でカスタマイズできるのも珍しいことだ。もちろん追加費用はかかるが、常識の範囲内であれば、細かな変更によって価格が大幅に上がることはない。

 何よりも重要なのは、めったにお目にかかれない複雑機構をこの価格帯で手に入れられるという点だ。この分野で唯一の競争相手となり得たのは、現在では生産終了しているジャガー・ルクルトのジオフィジック・トゥルーセコンドだろう。2015年の発売当初、その価格は9050ドル(当時の定価は税別93万2000円)であった。確かに、JLCのほうがブランドとしての認知度が高く、革新的な“ジャイロラボ”というテンプも搭載されていたが、どちらがより高い時計技術的価値を持っているかは議論の余地があるだろう。リチャード・ハブリング氏の時計製造における歴史的な貢献は、エルウィンにこそ光ると私は考える。加えてジオフィジックは自動巻きであったとはいえ少し大きく(39.6mm)て厚みもあり(11.7mm)、エルウィンよりもボリュームがあった。

JLC Geophysic

2015年の発表時にベン・クライマーが撮影した、ジャガー・ルクルト ジオフィジック・トゥルーセコンド。

Geophysic Movement

ジャガー・ルクルト製Cal.770。ゴールドの巻き上げローターとH型のジャイロラボテンプを備えている。

 デッドビートセコンドの時計とその価値を語る際、1秒ごとに秒針が跳ねるという共通点を持つクォーツウォッチに触れないのは不適切だろう。グランドセイコーの9Fクォーツムーブメントを搭載した美しい時計がより安価で手に入るのに、なぜ6800ドル(日本円で約100万円)もするデッドビートセコンドの時計を選ぶのかと思うかもしれない。しかしそれではデッドビートセコンド機構の本質を見落としてしまうだろう。

 エルウィンの価値は、機械式時計製造の楽しさを体現したもので、独立時計メーカーのなかでも特に魅力的なふたりがつくる、他ブランドではなかなか競争できない価格で手に入る本物の時計を所有できる点にある。メジャーブランドが2倍の値上げをすることもある時代に、エルウィンの価格が発売から8年経った今でも数百ドルしか上がっていないという事実は、リチャードとマリア・ハブリングのふたりがどれだけ価値ある時計製造をしているかを物語っている。