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In-Depth モンブラン 2024年の新作時計から垣間見える時計づくりの哲学

独創的な装飾やスタイルに思わず目を奪われがちだが、モンブランをより魅力的なものにしているのは“ユーザーフレンドリー”な時計であろうとする姿勢ではないだろうか?

Photographs by Kyosuke Sato

モンブランが創業したのは1906年だが、時計製造に乗り出したのは1997年のこと。100年以上の歴史を誇る老舗がひしめく時計業界においてはまだまだ若いブランドだ。当初はモンブランを象徴する万年筆の名品“マイスターシュテュック”にインスピレーションを得たデザインを特徴とする、ありふれたエタブリサージュスタイルの時計メーカーであったが、2006年以降モンブランの時計づくりは加速度的に進化を遂げた。

 2006年に、160年以上の歴史を持ち、特にクロノグラフの製作において高い技術力と名声を得たスイス・ヴィルレの老舗メーカーであるミネルバ(1858年創業)を傘下に収めたモンブランは、翌年共同でミネルバ高級時計研究所(Institut Minerva de Recherche en Haute Horlogerie)を立ち上げ、2008年には初の完全自社製ムーブメントとなるMB R100(モノプッシャー クロノグラフ)を発表。以来、このミネルバの工房で製造されたムーブメントがモンブランの腕時計に採用されるようになる。

 モンブランのもとにミネルバが加わって以降、世界的なクロノグラフメーカーとしてのミネルバの輝かしい歴史はモンブランのそれと同義に語られるようになった。もともとル・ロックルにあったモンブラン マニュファクチュールとは別に、ヴィルレにあるミネルバの拠点はそのまま引き継がれてモンブラン マニュファクチュール ヴィルレとなり、そこではブランドの一部のハイエンドピースがムーブメントから一貫して自社製造されている。また併設されたモンブランのムーブメント&イノベーション エクセレンスセンターは、モンブラン時計部門におけるR&Dセクションとしての役割も持つに至った。

アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810。時計の詳細はこちらの記事へ。

ウィリアム・トゥルブリッジ(William Trubridge)

フリーダイバー。手足にフィンなどを装備せず、泳力のみで潜るコンスタントウェイト ノーフィン(CNF)部門で初めて100m(102mの世界記録を樹立)の境界を破り、垂直に設置されたガイドロープを使って潜るフリーイマージョン(FIM)部門では121mの世界記録を持つ。ほか18ものフリーダイビング記録を保持しており、世界チャンピオンのタイトルを6度も獲得するフリーダイビングの第一人者。

 モンブランは彼をアンバサダー(マークメーカー)に迎え、モンブラン アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810を提供。フランスのティーニュで行われたテストにおいて実際にこの時計を身につけて氷河の水中に潜り、過酷な環境下におけるゼロ オキシジェン技術の有用性を実証した。

2024年に発表されたモンブランの新作における目玉のひとつに、アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810がある。先立って公開された記事を読んでもらえると理解が早いが、本作の見どころはゼロ オキシジェン技術である。これはケース内部から酸素を排除、窒素を充填して密封することで完全無酸素状態を実現する技術だ。パーツの劣化を引き起こす酸化からムーブメントを守ることに加えて、急激な気温変化で生じるケース内部の結露を防ぐことで、時計の内部を長期間にわたって良好な状態を保ち、時計の精度と耐久性の向上を狙っている。

 ケース内部に生じる酸化や湿気の影響を防ぐことを目的とした似た発想の技術にバキュームウォッチがある。これはかつてセンチュリーやウォルサムで製造されていた時計だ。こちらも時計の精度と耐久性が向上させることが目的だが、モンブランのゼロ オキシジェンとはアプローチが異なり、時計内部を真空状態にすることで外部からの影響を排除し、耐水性や防塵性、耐腐食性の向上を狙ったものである。

 バキュームウォッチの場合、長期間にわたって真空状態を維持することは技術的に難しく、また真空状態により時計内部の圧力が均等化されているため、大きな衝撃が加わるとガラスやケースが破損するリスクが高かったといわれる。加えて時計の修理やメンテナンスには特殊な装置が必要であり、一般的な時計よりもコストが高くなるなど、多くの点で気軽につけられるものとは言い難かった。もちろんモンブランのゼロ オキシジェン技術においてもケース内部の窒素充填に特殊な技術を要するが、こちらは極限環境(高所や寒冷地)での性能向上を想定した技術。日常使用にはオーバースペックだが、それゆえの安心感はユーザーにとって大きなメリットと言えよう。

 Watches & Wondersの会場では、モンブラン ウォッチ部門のディレクターであるローラン・レカン氏自らこの新作のプレゼンテーションをしてくれた。彼の言葉を借りながら、スペックや技術的な側面だけではない、アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810が持つ本当の魅力についても紹介したい。


ツールウォッチに見える“日常使用”への配慮

ローラン・レカン(Laurent Lecamp)

モンブランウォッチ部門ディレクター。2001年にLVMHでワイン&スピリッツのブランドマネージャーとしてキャリアをスタート。2008年には共同設立者として時計ブランド、サイラス(Cyrus Watches)を立ち上げたほか、2014年からはカール F.ブヘラでセールス部門のエグゼクティブバイスプレジデントとして、2016年からは日本法人CEOとして辣腕をふるう。2021年にモンブランのスイス本社ウォッチ部門のディレクターに就任。

佐藤杏輔(以下、佐藤)

2021年にモンブランウォッチ部門のディレクターに就任されましたが、これまでにどんなことをされてきたかを教えてください。

ローラン・レカン氏(以下、レカン氏)

 まずはモンブランというブランドのルーツに注目しました。私はブランドが成功するためには3つの要素が必要だと考えています。ひとつはイノベーション、それから強いストーリーテリング、そして評価価値、つまりお客様が評価する顧客価値の3つです。

 私はモンブランに入社直後、モンブランの氷河を見に行きました。そこで時間をかけて、なぜこのロゴ(モンブランのロゴ)ができたのかを理解しようとしたのです。モンブランのロゴは六角形の白い星のような形ですが、これはモンブランにある6つの氷河を上から見た様子を表現したものです。そのなかで1番大きい氷河がメール・ド・グラース、英語で言うとアイスシーになります。このとき訪れた氷河の写真を撮影したのですが、これをダイヤルサプライヤーへ持ち込み作り上げたのがアイスシーコレクションのグレイシャー(パターンの)ダイヤルでした。

 モンブランのもうひとつのテーマに登山があります。例えばラインホルト・メスナーは酸素補給なしに8000m級の山々、14の最高峰すべてを世界で初めて制覇しましたが、そこから発想を得たのがゼロ オキシジェン技術、つまり酸素を排除した時計のコンセプトが生まれたのです。これらふたつのコンセプトはブランドの今を支え、ベストセラーとなりました。

 アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810の“4810”という数字は防水性を意味するが、これはモンブランの標高が4810mであることにちなんだものだ。そのような深さまで潜ることができるダイバーズウォッチで結露が発生しない(技術的に)初の時計となるのが本作だが、アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810は、ISO 6425に準拠している。これは4810mという防水性能が担保されているのはもちろん、規格によりさらに+25%の数字が保証されているため、理論的には6000mの深さまで耐えられることを意味する。


ツールウォッチに込められた“日常使用”へのこだわり

 技術的な側面については先立って公開された記事のなかで解説されているため割愛するが、グレイシャーダイヤルは非常にユニークなものだ。彼はこのダイヤルについてこんなことを言っていた。

 「実際に近くで見てもらえると分かりますが、本当に氷河の模様が見事に表現されているのです。そして模様だけでなく、その立体的な構造も再現されています。独特の溝など立体的な造形は実際の氷河の模様なのです。そして文字盤の色も実際の氷河を見事に表現したものとなっています」

 さらに特徴的な裏蓋のモチーフについても尋ねると、彼は次のように続けた。

佐藤

裏蓋にも模様があしらわれていますね。これはどのようなものなのですか?

レカン氏

 ケースバックの模様は氷河を潜ったときに見られる景色を表現したものですが、これはグレード5のチタン製です。ケースバックだけではなくケース自体もチタンですが、この模様を得るために酸化処理を行っているんですね。実は我々はこれだけの広い面積にこういった酸化処理を行っている唯一の時計ブランドです。

 酸化処理は社内で行っていますが、外部パートナーと一緒に開発したプロセスを利用しています。これを実現するためにはやはり経験を積まなければいけないため、そうした外部のパートナーと一緒に行う必要があるのです。(模様は)7つのレーザーを使って処理をしています。ひとつのケースバックの模様を作り上げるのには100時間かかりますが、1度描けるようになるとひとつのケースバックあたり4時間ほど作れるようになります。

厚さこそ19.4mmとかなりの数字だが、ケース径は43mmとその高い防水性能の割には大きさが抑えられている。日常的にも十分につけられるサイズ感といえよう。

ケースと裏蓋はチタン製、そしてベゼルはブラックの陽極酸化加工を施したアルミニウム製のため、見た目のボリューム感とは裏腹に軽量だ。さらにフィット感に優れた滑らかなラバーストラップでつけ心地も軽快。

 アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810は、スペックや技術的な側面を見る限り過酷な環境での使用を想定したツールウォッチであることは間違いない。だが、グレイシャーダイヤルや氷河に潜ったときに見られる景色を表現したというケースバックのレリーフなど、ツールウォッチには本来不要ともいえる装飾的なこだわりが本作から見て取れる。

 それだけではない。裏蓋のアイコニックな装飾に目を奪われがちだが、簡単に取り外しが可能なレバー付きのブラックラバーテーパードストラップが採用されており、これは容易なストラップ交換や日々のメンテナンスなど、どちらかといえば日常使用のなかでこそ魅力に感じられる仕様といえる。また微調整可能なステンレススティール製のダブルフォールディングクラスプを採用しているが、これはウェットスーツを着ていても手首につけたまま簡単に調整をすることを意図したものだが、日々最適なフィット感でつけるためにも便利な実用的な機能だ。そして約120時間パワーリザーブを備えたムーブメントの採用も同様。ロングパワーリザーブは精度の安定性というだけでなく、巻き上げ不足によりつけたいときに時計が止まってしまっているという事態を回避しやすいという実用的なメリットが大きい。

 アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810には、日常使用も見据えたがゆえと思われるようなこだわりやディテールがいくつも見られる。こうした遊び心のあるディテールが単なるツールウォッチとしてだけではなく、目を引きつけるポイントとなっているのではないだろうか?


斬新なスタイルに息づく質実剛健なものづくり

モンブランは今年、アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810を筆頭に、さまざまな興味深い新作を発表した。スペックや技術的な側面が時計の大きな魅力であることに異論はないが、モンブラン、そしてミネルバにも共通して見られる確固たる哲学が表れたものづくりやディテールへのこだわりこそ、筆者は新作の見どころではないかと思うのだ。

 筆者が思う双方に共通するポイントは、日常的に使う・つけることに配慮したスタイル、ウォッチメイキングが貫かれているということ。アイスシー ゼロ オキシジェン ディープ 4810は前述のとおり。1858 アンヴェールド ミネルバ モノプッシャー クロノグラフ、さらには1858 アンヴェールド タイムキーパー ミネルバ リミテッドエディションなどでも、そうしたこだわりが目につく。

1858 アンヴェールド ミネルバ モノプッシャー クロノグラフ リミテッドエディション

Ref.133296 742万5000円(税込) 世界限定100本

ケース側面にムーブメントを見るためのサファイアウィンドウを備え、ケースバックにはミネルバ マニュファクチュールの特別なエッヂングが施されている。手巻き(Cal.MB M17.26)。SSケース、アリゲータープリントのスフマートカーフレザーストラップとSS製トリプルフォールディングクラスプ。43mm径。厚さ14.78mm。3 気圧防水。時計の詳細はこちら

 1858 アンヴェールド ミネルバ モノプッシャー クロノグラフ リミテッド エディションは、一見するとムーブメントを透かし彫りしたスケルトンウォッチに見えるかもしれないが、厳密に言うとそうではない。本作は機械的な動きを見せるために、ムーブメントの輪列やクロノグラフ機構を時計のダイヤル側に反転。既存のモノプッシャークロノグラフCal.MB M16.26をベースに開発されたCal.MB M17.26 を搭載しているが、特徴的な部品を強調し、光が差し込むようにクロノグラフ機構を柱の上に構築し配置している(きわめてモダンな印象だが、この独創的なデザインはミネルバが1912年に特許を取得しているという)。

 そして本作が見事なのは、時計として、クロノグラフとしての実用性が損なわれていないということだ。もちろんその独創的なスタイルゆえに視認性はやや犠牲になっているものの、時刻用のアワー&ミニッツインデックスやスモールセコンド(9時位置)、そしてクロノグラフの30分積算計目盛り以外を肉抜きしたサファイヤクリスタル製のパーツをムーブメント上面に設けることで、しっかり各表示を判読できるようになっている。

1858 アンヴェールド タイムキーパー ミネルバ リミテッドエディション

Ref.133246 757万6800円(税込) 世界限定100本

フルーテッドベゼルによって操作を行う斬新なクロノグラフ。機構としては既存のモノプッシャークロノグラフをベースとしている。手巻き(Cal.MB M13.21)。ダメージ加工SSケース(18金WG製ベゼル)、アリゲータープリントのグレーカーフレザーストラップとSS製トリプルフォールディングクラスプ。42.5mm径。厚さ13.85mm。3 気圧防水。時計の詳細はこちら

 1858 アンヴェールド タイムキーパー ミネルバ リミテッドエディションも、なかなか興味深い。これは2023年に発表された1858 アンヴェールド タイムキーパーのバリエーションモデルだ。昨年のモデルはSSとライムゴールド(75%のゴールドにシルバー20%、コッパー5%を合わせた金合金)ケースの2種類が登場したが、本作ではダメージ加工を施したSS製ケースを採用した。このケースはブラックコーティングを施したSSを手作業で洗浄し、モンブラン山の珪岩とヴィルレの工房の向かいにあるラ・コンブ・グレードと呼ばれるV型の山の石灰岩を用いてブラシ加工することで独特のダメージ処理を加えている。

 独特の外装も見どころだが、やはり本作最大の特徴はベゼルで操作するクロノグラフだろう。一般的なクロノグラフに見られる2・4時位置プッシュボタンは持たず、その代わりに溝を施した回転ベゼルを回すことでスタート・ストップ・リセット操作を行うという画期的機能を備える。このベゼルは誤操作を防止する一方向回転式でベゼルを掴んで時計回りに回すことでクロノグラフがスタート。2回目のスライドでストップ、3回目のスライドでリセットとなる。

 これはもともと1939年にミネルバが発表した、アウター回転ベゼルとリセット機能を備えたクロノグラフにデザイン的なインスピレーションを得ているが、ベゼル操作機構はまったくの新しいものだ。その独創性に目を奪われるが、ボタンがないためにクロノグラフでは起こりがちなボタン周りの不具合が起きることはなく、操作はベゼルを回すだけなのできわめて扱いやすい。

 上記のような革新的な製品が発表されていることもあり、モンブランにおけるミネルバの名を冠したモデルにはハイエンドでアバンギャルドなイメージがあるが、そのディテールをじっくり掘り下げてみると、現在もミネルバの質実剛健なものづくりは変わらないことがよく分かる。

 確かに思わず目を奪われるようなインパクトのあるデザインやスタイルは大きな魅力である。しかしモンブランの時計をさらに魅力的なものとしているのは、日常的につけることまで想定したユーザーフレンドリーなものづくりにあるからこそだと思うのだ。