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Photos by TanTan Wang
昨年、私はスウォッチのシステム51工場を訪れた。普段、私たちがあまり華々しく取り上げることのない時計製造のもうひとつの側面を垣間見ることができたと、多くの人が楽しんでくれたようだった。ある意味で、伝統的な時計製造とは正反対に位置する工業化は、それ自体がまったく異なる種類の技術的な芸術性を持っている。古典的な時計師やブランドに期待されるような、時計の構造や仕上げに対する思想とは正反対にある。それだけに、あのとき見た製造現場は、私がこれまで訪れたなかでも最も興味深い場所のひとつとなった。まさかこんなに早く再び訪れることになるとは思っていなかった。とはいえ、スウォッチ×オーデマ ピゲのコラボレーションが間近に控えているなんて、私には知る由もなかったのだから仕方ない。
それから1年あまりが経ち、私は再びスイスのビール/ビエンヌにいた。スウォッチ本社のすぐ近くから、まずはスウォッチミュージアムへと向かった(時計博物館のなかでも最高に楽しい場所のひとつだ)。その後、本社のすぐ外にあるスウォッチ ドライブスルーショップにも立ち寄り、最後はスイスの田園地帯へ車を走らせ、スウォッチのいくつかの工場施設を訪れた。もちろん今回は、ロイヤル ポップが生産ラインに加わったことで、工場がどのように変化したのかを確かめるのが目的だった。
今回の旅は、すべて既視感のあるものだったわけではない。昨年、スイス・ボンクールにあるETAのシステム51製造拠点を訪れた際、たまたまスウォッチのバイオセラミック複合素材の生産を担うグレンヘンにあるETAの拠点が改修工事中だったのだ。ほかのETA工場をひとつの建物に統合するため、3階部分を増築していた。そのため、ムーンスウォッチやスキューバ フィフティ ファゾムスといったモデルのダイヤルやケースがどのようにつくられているのかを見る機会を逃してしまった。幸い、今年はその施設も再び稼働していた(間違いなくロイヤル ポップの生産を見据えてのことだろう)。そして、今回は新たに楽しみにできる要素もあった。
ボンクールにあるシステム51の工場
予想していたとおり、ボンクールにあるシステム51の製造拠点(W35という、あまり華やかとはいえない呼び名が付けられている)は前回訪れた時とほとんど変わらなかった。ここで同じことを繰り返し説明するのは控えて、昨年春に訪れた際のフォトレポートを見ていただきたい。当時、工場はフル稼働中で、フィフティ ファゾムスをテーマにした自動巻きムーブメントを大量生産していた。フォトレポートは、ムーブメントに特化した内容になっている。
製品ラインナップにロイヤル ポップが加わったことを受けて、今回はETAチームに新しい手巻きムーブメントについて、そしてそれが生産にどのような影響を与えたのかを尋ねた。結局のところ、ローターを省略するだけでは済まなかったのだ。ロイヤル ポップには、2種類の新しいシステム51製の手巻きムーブメントが用意されている。ひとつはスモールセコンドを備え、リューズを3時位置に配したもので、ブルーのLAN BAとマルチカラーのOTG ROZの2色に採用されている。もうひとつは、リューズを12時位置に配した2針仕様で、残りのカラーに採用されている。
15件の新しい特許を含め、手巻きキャリバーに施された変更の多くは外からはわからない。だが、新たに採用されたスケルトン仕様の香箱はひと目で目を引く。そのカバーに開けられた穴からはゼンマイが見え、組み立て前に施されたUVプリントの装飾がそれを引き立てている。ムーブメントに組み込まれる前からベンデイ・ドットで彩られたこのカバーは、ほかのトレイに並ぶ、いかにも地味な部品とは対照的な、製造工程における魅力的な要素となっている。
設置前の、UVプリントで既に装飾が施された香箱。
システム51のムーブメントについては、2種類のバリエーションが新たに加わり、ロイヤル ポップ発売当初に大きな反響があったにもかかわらず、生産能力を増強するための新たな機械は導入されなかった。むしろ、異なるムーブメントはすべてまったく同じ生産ラインを流れ、特定のバッチを生産する際にプログラムを入力することで、同じ機械がどのバリエーションのムーブメントを製造するのかを判別できるようになっている。
もちろん今回、新たに目にすることができたものがあった。それは、ロイヤル ポップ用キャリバーの最終仕上げに近い工程だ。懐中時計のサファイア製ケースバック越しに見えるロイヤル ポップのムーブメント全体には、目を引くポップアートの装飾が施されている。ほかのキャリバーと同様、この装飾もUVプリントによるもので、一度に50個のムーブメントを処理することができるかなり大型の産業用プリンターが使われている。完全に組み立てられたキャリバーにインクを一層ずつ塗布し、プリントヘッドがトレー上を何度も往復するあいだに、紫外線を当てて乾燥・硬化させていく。プリンターが作業する様子を見ていると、新しいポラロイド写真が現像されるのを待っていたときのことを思い出した。まず白い下塗りから始まり、プリントヘッドが一往復するたびに、鮮やかに彩度の高い最終的なアートワークが少しずつ姿を現していく。そして数分もすると、アートワークの各セグメントに、それぞれの仕上げが施されていく。
装飾が施される前と、施されたあとのムーブメント。
UVプリントの作業中。
グレンヘンのバイオセラミック拠点
ボンクールにあるETAの拠点を訪れたあと、車に乗り込み、1時間ほどかけてグレンヘンへ向かった。ツアーの2カ所目となる、ETAのW18施設を訪れるためだ。ボンクールの施設が機械式ムーブメントの製造に特化していたのに対し、グレンヘンの施設では、もう少し多岐にわたる工程が行われている。スウォッチの時計に使われる外装部品の多くを手がけており、大まかに言えば、ここではバイオセラミック複合素材の基材を製造し、ケースからプラスチック製の風防に至るまで、さまざまな部品の射出成形を行うほか、ダイヤルの多くも製造している。
私たちが最初に訪れたフロアでは、バイオセラミック(Bioceramic)の基材そのものを製造していた。ここは間違いなく、今回の見学のなかでもっとも華やかさに欠ける場所だ。ピカピカの新しい機械がずらりと並んでいるわけでもなければ、製造されている時計のなかから、見覚えのあるかっこいいパーツが出てくるわけでもない。そこにあるのは、いくつかの部屋と、最終的なバイオセラミックペレットをつくるためのペレタイザーが何台か並んでいるだけだ。こうしてつくられたペレットは後に上階の機械へ送られ、実際の時計パーツへと成形される。
スウォッチは独自のバイオセラミック複合素材を、ジルコニウム酸化物のセラミック粉末を3分の2、ヒマシ油由来のバイオベース素材(つまりプラスチックのことだ)を3分の1組み合わせた素材と定義している。そしてこの部屋では、この混合物を構成するさまざまな材料をETAの従業員が大きなスコップですくい、ホッパーへと投入していた。そこから二軸スクリューミキサーへ送られ、さまざまな材料を加熱しながら混ぜ合わせていく(なかでも重要なのが、最終的な色を決める顔料だ)。その後、混合物は押出機へ送られ、そこで細長く、まるで麺のような(ちょうど昼食時が近かったので、そう見えたのだ)形状のストランドとなって押し出され、冷却される。こうしてできた紐状のバイオセラミック複合素材は、再び細かく切断され、ペレット状にされる。これでケースやダイヤル、ベゼルなどをつくる準備が整う。
最終的なペレット状のバイオセラミック複合素材。
隣接する大きな部屋にはこれと似た設備が設置されていたが、こちらは大量生産が必要な場合に備えて、何倍も大規模なものだった。一方、私がいた暖かく、かなり騒がしい部屋では、小規模な生産ラインが全く同じ仕様で2本、並んで稼働していた。今回、写真に収めたのはそのうちのひとつで、白いバイオセラミックを製造していた。正直なところ、写真で見てもそれほど面白みのあるものではない。やはり、鮮やかな色のほうが見ていて楽しい。
だが生産拠点のマネージャーによれば、この部屋にある小規模な設備には、迅速なプロトタイピングや新色の開発ができるという利点があるという。こうした社内での機動力があるからこそ、複合素材の新しい色合いを素早く開発することができ、たとえ新作の開発期間が短くても、新色を採用することが可能になるのだ。つまり私が言いたいのは、写真撮影を許可されなかったもうひとつの設備では、実に魅力的な新色を製造していたのだ。今はまだ秘密にしておかなければならないが、今後のリリースでいつ登場するのか、あるいはそもそも使用されるのかどうか興味深いところだ。
ロイヤル ポップ OTG ROZのベゼル。射出成形されたばかりだ。
完成したベゼルを型から取り出す。
次に、射出成形部門へ移動し、ケースとベゼルが製造されている様子を見学した。射出成形はどこに行ってもほぼ同じ工程なので、ここで目にした光景も、これまで私が訪れたほかの施設と大きくは変わらなかった。大型機械が加熱して液状になったプラスチックを金型へと射出し、それが冷却されたあと、完成したパーツを金型から取り出してトレーに並べていく。とはいえ、今回の見学で少しシュールだったのは、より一般的なスウォッチのケースが製造されている横で、あのきわめてアイコニックな八角形のベゼルが、ロイヤル ポップ用の鮮やかなイエローに彩られて射出成形機から次々と出てきたことだ。
プラスチック製の風防を光学検査する様子。
また、スウォッチの多くの時計に使用されるプラスチック製の風防もここで射出成形されている。だがロイヤル ポップは例外で、表裏両面にサファイアクリスタルを使用しており、これらは別のサプライヤーによって製造されている。成形されたプラスチック製の風防は、小さなコンベアベルトへと運ばれる。その先には小型のライトボックスのような装置があり、ひとつひとつの風防を照らして光学検査を行ったあと、吸引によってトレーへ移す。システム51とバイオセラミックの両製造施設では、生産ラインの各工程での品質管理にカメラが大いに活用されている。もちろん、従業員が手作業で確認する工程もまだ数多くある。しかし大量生産を行う以上、自動化された検査が基本で、人による確認は例外的な工程であるべきだ。
最後になったが、ダイヤルの製造工程も忘れてはならない。前述したように、スウォッチの主要なコラボレーションプロジェクトであるロイヤル ポップ、ムーンスウォッチ、スキューバ フィフティ ファゾムスのダイヤルはすべてここで製造されている。これらのダイヤルをつくるために、スウォッチではラッカー塗装、UVプリント、パッド印刷、射出成形など、さまざまな技法を組み合わせている。
ムーンスウォッチ Mission to the Sun(太陽へのミッション)のダイヤル。
フリック フラックのダイヤルにUVプリントを施している。
ムーンスウォッチ “Mission to Earthphase”のダイヤル。
ムーンスウォッチとスキューバ フィフティ ファゾムスのベースダイヤルが金属製なのに対し、ロイヤル ポップのダイヤルは全体がバイオセラミックでできている。ダイヤルは金属製のサポートフレームに射出成形され、ケースに組み込む段階でひとつずつ切り離される。ロイヤル ポップのダイヤルに使われる実際のネガ型は撮影することができなかったが、スウォッチはそれを見せてくれた。そしてあれを見たときは、頭が混乱するほど衝撃的だった。
ロイヤル ポップのダイヤルを実際に目にしたことがある方は、その精緻なディテールに気づくだろう。盛り上がったスクエアには、ロイヤル オークに見られるような、本物のエンジンターン加工によるロイヤル オークのダイヤルに見られるような、プチタペストリーの盛り上がったスクエア上のスネイル状のラインまで再現されている。だが、これはあくまで視覚的なトリックだ。ロイヤル ポップのダイヤルは金属製ではないし、ましてやローズエンジン旋盤で加工されたものでもない。金属でできているのは、むしろそのネガ型のほうだ。そして、タペストリー模様が施された四角が埋め込まれた、ロイヤル オークのクラシックなダイヤルのように見えるものが、タペストリーのスクエアが沈み込んだ、文字どおり反転したコピーとして存在しているのを見るのは実に奇妙だった。
射出成形直後のロイヤル ポップのダイヤル。最終製品に必要な多くの工程を経る前の状態だ。
その日私たちが見ることができたのは、ロイヤル ポップのダイヤルと同じ機械で製造された、スキューバクアのダイヤル射出成形だった。
ロイヤル ポップ HUIT BLANCのダイヤルにコーティングを施しているところ。
ロイヤル ポップのダイヤルは射出成形機で成形されたあと、数回にわたってラッカー塗装が施される。私が訪れた際には、ホワイト/レインボーのHUIT BLANCのダイヤルが製造されていた。白は写真で見るにはそれほど面白い色ではないが、それでもプチタペストリーの上に、最終的なダイヤル表面の質感が、プチタペストリーの上に少しずつ形づくられていく様子を見ることができる。
サファイア製ケースバックにパッド印刷を施している。
ダイヤルはその後、パッド印刷機が並ぶ長い回転台へと運ばれる。そこではロゴや分目盛り、そして成形時にすでに一体化されたインデックスへのスーパールミノバの印刷など、ロイヤル ポップの各ダイヤルに最終的な仕上げが施される。これはかなり時間のかかる工程で、最終的な仕上がりを得るために、ひとつのダイヤルに対して何度も印刷を重ねていく。最後に、最後に、サファイア製ケースバックにはロイヤル ポップのロゴがパッド印刷で施される。
最後の仕上げ
システム51製のキャリバーとロイヤル ポップの外装パーツは、それぞれの工場で製造されたあと、スイス南部にある別のETA施設へ送られ、最終的な組み立てが行われる。いつかその施設にも、ぜひ足を運んでみたいと思っている。というのも、これらがどのように組み立てられているのか、かなり興味深いからだ。ロイヤル ポップが最初に発売されたとき、HUIT BLANCのベゼルに取り付けられたネジの色がランダムな順番になっていることについて、多くの人がすぐに話題にした。そしてこれによって、同じ色のネジが連続するベゼルがかなりの数生まれるのではないか、という暗黙の前提があったように思う。ところが今回、実際にはそのようなことが起こる可能性はかなり低いということがわかった。ネジ色の配置は、いわば“制御されたランダム性”によって決められており、アルゴリズムによって、同じ色が連続するような組み合わせが生じない仕組みになっているのだ。
複雑な機械式キャリバーの内角をひたすら磨き続けるような、作業台に向かい、目の前の仕事だけに集中している時計師の姿には美しさがある。一方で、大量生産という巨大な技術的パズルが解かれていく様子を目の当たりにしたときにも、たとえそれを好むかどうかにかかわらず、また違った種類の美しさがあると感じた。鮮やかな色彩をまとい、肩の力の抜けた時計を生み出すために、機械が休むことなく動き続けているのだ。実際に21世紀の今、高度な最新鋭の機械が並ぶ生産ラインで、現代の消費者に向けた手巻きの懐中時計が製造されていると考えると、なんとも愉快な気分になる。だが、それこそがスウォッチというブランドの持ち味なのだ。その“おふざけ”を最後までやり切る姿勢こそが、数十年前のブランド創設以来、時計業界で大きな議論を巻き起こしてきたのである。
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