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私がこの青文字盤のリップ クロノグラフに強く魅了されたのは2013年のことだった。この時計はそれまでに見たことがあったが(フランス人であるため、無数のリップとイエマの時計に出会ってきた)、ヴィンテージロレックスフォーラムに本機のリストショットが掲載され、それを見て私は恋に落ちてしまったのだ。ヴィンテージ時計の世界では、一旦恋に落ちれば執念で探し当てるのが常だ。
そのため私は、それから公に売りに出された青文字盤のリップはすべてチェックしてきた。その中で私は2つ購入したが、 自分が所有しているものに加えて20以上の個体を精査する中で、謎めいた2本の個体に出会った。青文字盤のリップ クロノグラフ2本のうち、本物は片方だけであるとかなり自信を持って結論づけるに至った。
一般にリップの「ポール・ニューマン」の真贋を疑う理由はない。このニックネームは、もちろんサブダイヤルのデザインが、かのポール・ニューマンが着けていたロレックス デイトナと同じであることに由来する。どちらの時計の文字盤もシンガー社製だ。クロノグラフのサブダイヤルに特徴的な正方形の目盛りを採用しているのは、リップとロレックスだけではない。同様のデザインは、ヴィンテージのヴァルカン、ニバダ、ワックマン、及びその他多くのクロノグラフにも見られるものだ。
リップはこのデザインで、2つのとてもカラフルな文字盤の時計を販売した。1つは本稿のテーマである青いバージョン、もう1つはオレンジのものである。これらの時計は1960年代末から1970年代初頭に作られたもので、当時リップ(及びその他ほとんどのメーカー)は財政的に厳しい状態が続いていた。リップはその影響を強く受け、1977年に倒産している。
このリップの青いクロノグラフに関して最も議論を呼んでいるのは、しばしば見かける2つのバリエーションについて、どちらが本物であるかという問題だ。これについては、100%確実な答えを導き出すことはできないが、私は調査を行い、判断を下し、見つけられるすべての個体を比較して真相に迫ることを試みた。それぞれのバージョンに関して、本物であることをうかがわせる点を比較して、一緒に答えを探っていこう。
2つのバージョンの違いは微妙なものだが、とても重要である。価値が高いか低いかという話ではなく、先端がオレンジになっているものとオールブラックのもののうち、どちらのケースと針のセットの組み合わせが正しいのかという問題なのだ。
2通りの可能性がある。まず1つめは、どちらの時計も本物であり、まずどちらかが作られ、その後にもう片方が作られたという場合だ(その場合、コレクターはこの2つをマーク1、マーク2と区別して呼び始めるだろう)。次に、片方が本門で、もう片方はそうではないという場合だ。私は、偶然両方を1つずつ所有しており、片方だけが1970年代初頭に作られたものであり、さらにもう片方はもっと後になってから作られたものだと固く信じている。
もしもオリジナルの資料を見つけることができていたなら、このような問題はすぐに解決するものだ。しかし私は資料を見つけられていない。調査不足で見つけられていないわけではないことを信じて欲しい。当時のリップのカタログが一切見つからず、その他この時計について記載がある当時の公式資料も一切見つけることができなかったのだ。そのような場合、次に頼りになる情報源は、リファレンスブックであるのが常だ。
私はこのクロノグラフを2つの別々のリファレンスブックで見つけたが、皮肉なことにそれぞれ別のバージョンが掲載されていた。そのため調査は振り出しに戻ってしまった。一応情報を提供しておくと、『Lip: Des Heures A Conter』と『Watch: History of the Modern Wristwatch』はそれぞれ別の時計愛好家によって著されたもので、両著者はどちらもそれまでリップとの繋がりはなく、どちらも掲載された時計は自身で入手している。そのため、両者がこれら2つのバージョンそれぞれに行き当たり、どちらも正統なものを見つけたと思ってしまったいうのも頷ける。
しかし、私には下の写真が正解への出発点になるのではないかと思われる。ここで問題なのは時計本体ではなく、ブルーの柄の入ったストラップだ。これは上述のオレンジのリップ ポール・ニューマンのストラップと確かに同じタイプであり、そのためこれはオリジナルのストラップであることが強く示唆される(考えてみて欲しい、オレンジの文字盤を作るなら、ストラップにもオレンジを使うことがあったはずだ)。さらに興味深いことに、このストラップはオレンジをアクセントカラーとするいくつかの青いクロノグラフにも使われているものの、オールブラックのバージョンには決して使われていないことが分かった。
先端がオレンジになっているものは、以前リップの販売業を営んでいた人物から入手した(彼は当時使われていた青い紙袋まで渡してくれた)が、オールブラックのものはリップの倒産時に在庫をすべて買い取ったディーラーから入手したものである。後者のディーラーは、この時計は予備の部品から組み立てたものだと包み隠さず伝えてくれた。彼が不定期にeBayで6万5434円ほどで売っている個体はそのようにして作られたものだという。このように出所を比較することで真相に近づけたかもしれないが、それでもまだ掘り下げる必要がありそうだ。
ケースを比較するとさらに一段階真相に近づける。形状は異なっているが、それぞれケースバックに記載がある通り、両方ともスティールメッキだ(「ステンレススティールバック」と書かれていれば、それはすなわちケースの他の部分はステンレス製ではなく、卑金属にクロムメッキが施されていることを暗に意味している)。
これらのクロノグラフは安く作られていることも忘れてはならない。低価格帯で販売し、願わくばリップを破産から救うことを目的に作られたものだったのだ。リップのクロノグラフはすべてメッキだったのではなく、フルゴールドの個体も見つけることができ、物によっては権威あるスイスメーカー製であることを示すためにリップ ジュネーブと刻印されていることもあった。私は、当時ブライトリングとリップがフランスで流通契約を結んでいたこと、そしてリップのクロノグラフはブライトリングのトップタイムに外観が酷似していることから、当時実際に製造したのはブライトリングだったのではないかと強く疑っているが、それに関してはまた日を改めて議論したい。
ケースの形状を見るだけではあまり何も分からないが、状態を比較すると分かってくることもある。先端がオレンジ針のクロノグラフではどの個体でもメッキの剥離が見られるのに対し、単色のものは一切摩耗の跡がなく、シャープでどれも非常に状態がいい。もしこれら2つのバージョンが同時に売られていた(もしくは数年差で売られていた)場合には、ここまで保存状態に差が出ることは考えにくい。現存する単色針の個体が40年経った今でも一切劣化していないことを説明するには、実際には着用しないと誓った人だけに販売されていたとでも仮定しなければならず、それはあり得ない。
先端がオレンジ針のモデルのケースバックは、さらに別の意味でもその完全な真正さを示している。裏蓋にリファレンス番号が刻まれているのに対して、単色針のものはよりプレーンな見た目だ。これらのケースバックは、私が所有する2つの時計だけに見られるのではなく、それぞれのバージョンに典型的に見られる代表的なものである。
さらに、どうしても先端がオレンジの針の方がクロノグラフの視認性が格段に上がるという事実にも言及したい。それに対して、黒の針はサブダイヤルに使うにはどこか場違いに見える。これらの黒の針は違う文字盤を備えたクロノグラフ用のもので、先端がオレンジのものこそこのデザインの針の青い配色と一緒に使うために生み出されたものなのだ。これは想像に難くないだろう。
本物の針のセットにおいては、クロノグラフ用の針にはなんらかのオレンジの配色がなされていたはずだと私は確信しているが、製造期間を通して2種類のスモールセコンド秒針(左のサブダイヤルに見られる針)が使われた可能性は十分考えられる。上の写真のように先端に着色が施されたものと、これら3つの個体に見られるオールブラックのものである。興味深いことに、後者の場合、ケースバックに6桁のシリアル番号が刻まれている代わりに、私が所有するものにあるリファレンス番号がない。知られている個体からは、モザイクがかけられている1つ以外では、691,547、691,907、892,362、及び892,624のシリアル番号を確認できる。オールブラックのバージョンの中にも、同様の6桁のシリアル番号が刻まれたものがあることも注目に値する。例えば、クロノグラフの針は完全に間違っているが、893,036などが見つかる。
ここまでお読みいただければ、先端がオレンジ色のリップ ポール・ニューマンこそ完全なオリジナルであり、オールブラックのものは後の時代に作られた不完全なもの(おそらくは修理用パーツと未使用部品を組み合わせた結果)だろう、との私の見解に賛同いただけるだろう。これは、単にオレンジの針のセットの方が外観に統一感があるというだけで判断しているのではない。私にとって最も決定的なのは、オールブラックのバージョンのものには、オリジナルのストラップが付いた状態で発見されたものがなく、どれも怪しい程良好な状態で保存されていたという点である。
これらの点は、リップの売れ残り在庫の現在の所有者が長年の間に多くの個体を組み立てたのではないかという推理で、少なくとも部分的には説明がつく。もちろん、すべてのオールブラックのリップ ポール・ニューマンがその人物によるものであるかどうか、はっきりとしたことは分からない。
最後に、所有するうちの片方は本物ではないと信じるに至った私ではあるが、両方の時計を購入したことに後悔はない。当時私は、リップの最高のデザインの時計を、2つではないにしても少なくとも1つは所有したいと考えていた。最初から分かっていたことだが、イカしたオレンジのバージョンのみがオリジナルだと完全に証明できる証拠があるわけではない。それを強く示唆する信頼できるヒントがいくつもある、というだけなのだ。
私が現在推測している(もしくは確信していると言ってもいいだろうか)通り、片方は100%本物なわけではないとしても、一切苦い思いなどしていない。その逆で、4年かけてやっとこの謎がほぼ解けたわけで、かなり嬉しく思っている。もちろん解けたと思っているだけであり、もしかするとオリジナルのリップのカタログが見つかれば、私の推測は間違っていたことになるかもしれない。もちろんそうならないだろうと賭けることはできるが、もしそうなったとすれば、ヴィンテージ時計の世界ではほとんど何も確実なことは言えないという、本当に良い教訓をまたひとつ得られるだろう。