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本稿は2015年8月に執筆された本国版の翻訳です。
この仕事を始めてから7年以上が経った。主要なオークションやトレードショーに参加し、世界中のコレクターたちとも数多く会ってきたが、最近ではよほどのことがないと心が動かされなくなったといってよいだろう。たとえば今年のバーゼルワールドは、率直に言って自分が純粋に興奮した時計はひとつだけだった。SIHHではひとつもなかった。これはあくまで個人的なレベルで心からワクワクする時計に限ってという話であり、どちらのイベントにもすばらしい新作はたくさんあった。そんななか、今日は日本から来た友人のおかげでとびきり興奮する1本を紹介できる。このモデルはかつて眉をひそめられたものの、個人的にぜひ手に入れたいと思っていた時計だ。それはロレックス GMTマスターの初代Ref.6542ながら伝説のベークライトベゼルを備えたモデルで、そのなかでも特に希少なホワイトダイヤルの個体である。そう、アルビノGMTと呼ばれる神話的な時計との対面だ。
まず最初に言っておきたいのは、すべての偉大なヴィンテージロレックスにおいて、価値の本質は発見だけでなく真贋の確認にもあるということだ。自分では究極のヴィンテージロレックススポーツウォッチを発見したと思っても、世界の権威者たちがその時計を本物と認めない限り、それはただの時計に過ぎない。そうした厳しい現実を身をもって学んだ人々を何人か知っている。
2015年の現時点で、ほとんどの人がホワイトダイヤルのRef.6542 GMTが存在すると信じていると言っても過言ではない。結局のところ、アルビノエクスプローラーやアルビノデイトナが実在していたことは分かっている。エクスプローラーは売りに出されたとき18万ドル(当時の相場で約1760万円)を突破し、デイトナはオークション史上最も高額なロレックスとなった。ただ正直言って、どちらが欲しいかと問われたら私はRef.6610を選ぶ。
では“アルビノ6542”とは何か。それはただシンプルに、ホワイトダイヤルを備えた初期のGMTである。それだけ聞くとあまり大したことのようには思えないだろう。ロレックスのホワイトダイヤル? それがどうした、と思うかもしれない。実際、この話の続きがどうであろうと、1950年代のGMTにホワイトダイヤルが付いていても、まったく大したことではないと考える人もいるだろう。それはそれで構わない。ヴィンテージロレックスの細部にこだわる人もいれば、そうでない人もいるからだ。だが私を含めその魅力に引かれる者にとって、この時計はとても特別な存在だ。その理由のひとつは、長年にわたりこのホワイトダイヤルのGMTが本当に存在するのかどうかが不明だったことにある。ホワイトダイヤルを持つ6542が存在するという話はあったものの、オンラインコミュニティ上では信ぴょう性のある個体が1度も目にされていなかった。コレクターでありディーラーでもあるヴィンテージロレックス愛好家、ステファノ・マッツァリオール(Stefano Mazzariol)氏が2010年2月に自身のブログでこの時計について記事を発表するまでは。
ステファノ氏は自身の判断で疑いなくオリジナルだと確信できる時計に出合った。彼はダイヤルを取り外してプリントの細部を丁寧に検証し、オリジナルのブラックダイヤルモデルと比較した。その結果この時計が本物であるという結論に至った。そして彼は自身のブログに記事を投稿し、さらにヴィンテージロレックスフォーラムにその内容を公開した。その際彼の調査は、ヴィンテージロレックスコミュニティ特有の強い懐疑の目にさらされることになった。
それでも5年が経った今、ステファノ氏の投稿はホワイトダイヤルGMTに関する聖典となっている。そして今回紹介するこの時計は、彼の時計と見事に一致している。
この時計を初めて見たのは、長年日本で活動しているディーラー、イーストクラウン(East Crown)のInstagramだった。最初は私も疑っていたが、友人のルイ(Bring A Loupeを執筆している)がディーラーの息子であるKと話をしたところ、写真をもとにその時計が完璧に見えると言ったことで少し安心した。そして最終確認としてアンドリュー・シアー(Andrew Shear)氏にも話を聞いたところ、彼もこの時計は100%正しいと認めていた。
この時点で、私は完全に興味を引かれていたと言ってよいだろう。なにしろアルビノGMTは今やヴィンテージロレックスマニアたちのあいだで語られる伝説的な存在であり、私は1度も実物を見たことがなかったから。そこで、次にイーストクラウンのKがニューヨークに来た際、オフィスにその時計を持ってきてもらうよう頼んだ。彼は快く応じ、こうしてみなさんにこの写真を見せることができたというわけだ。この時計は本当に素晴らしかった。自分の大好きな時計、6542 GMTにちょっとしたひねりが加わるだけで、まったく新しい印象を与えている。とくにいつも見慣れている光沢のあるブラックダイヤルとは違い、どこかカジュアルな雰囲気を感じさせるのだ。
この6542のケースとベゼルについては、それぞれが独立したストーリーを語れるほど、どちらもこの年代の時計としては驚くほど良好な状態を保っている。正直なところ、この個体は最初からこのダイヤルを備えていたのか、それともあとからこの素晴らしいケースとベゼルに特別な文字盤が組み込まれたのかは定かではない。実際希少なダイヤルが状態のいいケースに交換されることがあるのは事実だが、それでもこの時計の魅力が損なわれることはない。そしてみなさんが気になっているであろう質問に答えると、裏蓋には“PAN-AM(パンナム)”のロゴは刻まれていない。
私はKに、彼の父親がこの時計をどうやって手に入れたのか、そしてそれが販売される可能性があるのかを尋ねた。話によると、この時計はニューヨークから持ち込まれ、彼の父親が著名なプライベート・コレクションに入れていたという。ただしこのコレクションの所有者が、この希少なアルビノGMTを手放すと決めた場合は、必ずそれを彼に売った人物に戻すという条件付きだった。そして何年もの時が経ち、そのコレクションの所有者は約束を守り、このアルビノGMTは現在、イーストクラウンの親子のプライベートコレクションに収められている。では、彼らはこれを売るのか? その答えは控えめなノーで、少なくともお金だけでは手放さないという暗示だった。これほど特別なものを手にしているなら、お金は簡単に手に入る。ヴィンテージロレックス愛好家である私やイーストクラウンのふたりにとって、このコンディションのアルビノGMTはこれ以上ないほど特別な存在なのだ。