「ロスト・ランドを知っている案内人を探しているの。とてつもない力を秘めた宝を見つけるために」。 『イン・ザ・ロスト・ランズ(原題:In The Lost Lands、なお日本での公開は未定)』の予告編のなかで、このセリフとともに、ほんの一瞬、霧に包まれた幻想的な時計の姿が映る。この時点でHODINKEEの読者なら、思わず一時停止ボタンを押すに違いない。もしその時計がブランパン ヴィルレのオープンワークモデルだと気づいたなら、その慧眼に10点を贈りたい。このセリフを発しているのは、魅力あふれるミラ・ジョヴォヴィッチ(Milla Jovovich)。そこから2分19秒にわたる、濃密なアクション映画の世界が幕を開ける。
予告編に登場するキャッチコピーが語るのは、とてつもない魔力を持ち、人を狼男に変身させるアーティファクトを求めてロスト・ランドを旅する魔女の物語だ。火を噴く2丁の拳銃を手に、ドクロに膝まで埋まりながら立つデイヴ・バウティスタ。その背後にはミラ・ジョヴォヴィッチの姿...そんなポスター画像とあわせて見れば、本作がポール・W・S・アンダーソン(Paul W.S. Anderson)監督によるアドレナリン満載のアクション映画であることが期待される。アンダーソンは『エイリアンVSプレデター(原題:Alien vs. Predator)』や大ヒットした『バイオハザード(原題:Resident Evil)』シリーズなどで知られる、多作なアクション映画監督だ。だがきわめて複雑なブランパンのヴィルレが、ジョージ・R・R・マーティン(George R.R. Martin)の終末世界にどうして登場したのか? その意外性には驚かされる。
Image credit Dennis Berardi / Herne Hill.
裏話
短い予告編を見れば、ブランパン ヴィルレ カルーセル レペティション ミニッツ クロノグラフ フライバックが魔法の護符として登場するという、意外で入念に選ばれたチョイスに驚かされるかもしれない。この時計がなぜ映画に採用されたのか、その理由をポール・W・S・アンダーソン監督と共同プロデューサーのデニス・ベラルディ(Dennis Beradi)に聞いた。
ブランパンの時計をキャスティングした理由について、アンダーソン監督はこう語る。「俳優を選ぶように、役にふさわしい時計を選んだんです。プロデューサーのジェレミー・ボルト(Jeremy Bolt)は筋金入りの時計愛好家で、時代を超越した魔法のような雰囲気のある時計の写真をこれでもかというほど送ってくれました。この映画はポストアポカリプスの世界が舞台ですが、かつての世界から残ったモノたちは、神秘的な価値を帯びて非常に貴重な存在になっています。人々がもう時計を身につけなくなり、大聖堂の鐘の音で時を知るという中世的な世界において、それでもそこにあるタイムピースなのです」
Image credit: Vertical Entertainment for In The Lost Lands and Blancpain.
ポールはこう続ける。「ブランパンを見つけたとき、それが理にかなっていると思ったんです。世界最古の時計ブランドであり、アポカリプス後の世界で生き残った数少ないタイムピースのひとつですから。ブランパンは時の始まりに存在し、時代の終焉においてもなお時を告げている。そういう意味でも、この作品のテーマにぴったりだったんです」
映画やレッドカーペットでよく見かける時計とは違い、これは広告のためのプロダクトプレイスメント(広告手法のひとつ)ではなかった。「ブランパンは私たちを信頼してくれましたし、私たちがブランドとその精神をきちんと理解していることを認めてくれました。ですから、こちらの思いとおりに映画に登場させることができ、芸術的なビジョンが商業的な縛りに損なわれることはなかったんです。その点で、決まったルールは何もなく、私たちにとって理想的なパートナーシップでした」とポールは語る。
デジタル化の課題
7488万8000円(税込)というブランパン ヴィルレ カルーセル レペティション ミニッツ クロノグラフ フライバックは、マイクロエンジニアリングの粋を極めた傑作だ。登場シーンは多くないが、ポールはこの時計を“時計界のトム・クルーズ”と呼んでいる。専属の警備がついていたほどで、その存在感はまさにスター級だった。共同プロデューサーのデニス・ベラディによれば、このきわめて複雑な時計をデジタル化するには数々の困難があったという。
「ブランパンの製造図面は機密扱いで、通常の設計図を使うことはできませんでした。そこでブランパンが、実物のカルーセル レペティションをスキャンさせてくれたんですが、通常のスキャナーにマクロ仕様の改良を加えて対応しました。解像度は通常の3倍、1画像あたり約5万ピクセルで、300枚以上を撮影。非常に繊細なテクスチャーを再現するために、ひたすら細心の注意を払いながら取り組みました。時計内部で光がどう反射し、動くのか。その表現には照明の研究も必要でありアニメーションにおいても、ポールが描く“空中で回転しながら動く時計”のイメージを忠実に再現するために尽力しました。このプロジェクトは、ただの映像制作ではなくまさにひとつの使命でした。私たちはこの時計をリスペクトし、誰にも“デジタルに見えた”と思われたくなかった。フォトリアルに見えることが絶対条件でした。そして、それは実現できたと思います。満足いく完成形に至るまでおよそ5カ月かかりました」
Image credit Dennis Berardi / Herne Hill.
Image credit Dennis Berardi / Herne Hill.
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これがどれほどの手間だったかをお伝えしよう。ポール・W・S・アンダーソン監督は、ブランパンのCGIによるメインショットのひとつに、女優のミラ・ジョヴォヴィッチも登場させたかったと語っている。「予告編に、雨のなか時計がこちらに向かって転がり落ちてくるショットがありますよね。あれこそデニスが5カ月かけて制作したブランパンのデジタルモデルです。そのカットの制作も終盤になったころ、私は“背景にミラを入れよう”と思いついたんです。でも彼女の映像素材がなかったので、デニスがCGIでミラの姿を再現することになりました。それにかかったのはおよそ1週間。つまり映画スターは1週間、時計は5カ月ということですね」
ブランパン ヴィルレ カルーセル レペティション ミニッツ クロノグラフ フライバック
ブランパンコレクションのなかでも、ヴィルレのラインはとりわけ伝統的なリファレンスがそろっており、そのルーツは19世紀の懐中時計にまでさかのぼる。なかでもカルーセルRMCF(レペティション ミニッツ クロノグラフ フライバック)は、45mmのケースに語るべき魅力を多く詰め込んだ1本だ。ただし厚さ17.8mmとはいえ、デイヴ・バウティスタ(Dave Bautista)の筋骨隆々の手首に乗せたら、まるで華奢なドレスウォッチに見えてしまうかもしれない。もっとも、これは毎日のローテーションでつけるような時計ではない。だからこそ日々の装着感はさほど重要ではないのだ。なにしろ価格は約7500万円。この時計の持ち主であれば、おそらく左袖のカフだけ径を広げた仕立てのスーツを用意しているだろう。
Image credit Dennis Berardi / Herne Hill.
技術面で見れば、このブランパンは同ブランドのなかでも製造難度の高いモデルのひとつであり、10年以上にわたってその最上級ラインに君臨してきた。私の知る限り、これほど複雑な機能を組み合わせたモデルをほかのブランドは製造しておらず、なかでもトゥールビヨンのように構成されたカルーセルはきわめて希少だ。カルーセルもトゥールビヨンと同様に重力の影響を打ち消すために発明されたが、トゥールビヨンがひとつの動力でケージと脱進機を動かすのに対し、カルーセルではそれぞれに別の動力源が使われている。6時位置で舞うこの“プリマ・バレリーナ”は、ブランパンの魅力のほんの一部にすぎない。カルーセルRMCFには、フライバッククロノグラフ用の心地よい楕円形プッシャー、愛嬌ある赤い先端のクロノ針、そして8時30分位置の控えめなスライダーで作動するミニッツリピーターが奏でる音の魔法までもが備わっているのだ。
グラン・フー・エナメルの柔らかな光沢と、シャープなローマ数字が配された広いアウターリングに時間が表示され、センターのオープンワークから覗く精緻なメカニズムをクラシカルな様式美が包み込む。我々の多くにとって、45mmものレッドゴールドの塊は平均的な手首にはやや大振りに感じられるかもしれない。しかしこの時計が放つ圧巻の存在感にはそれだけの価値がある。ブランパンの時計師とフィニッシャーたちの手腕は、スケルトン仕様の裏蓋をとおしてさらに明らかになる。543個のパーツからなるCal.2358の厚みや立体構造を、そこからじっくりと感じ取ることができるだろう。ローターの下には段差を設けたブリッジが幾層にも組まれ、そのすべてに彫り込まれたサンレイパターンのギヨシェが、内部に潜む複雑さをいっそう際立たせている。
Image credit: Blancpain.
時計が持つタリスマン的な力
ブランパン ヴィルレ カルーセル レペティション ミニッツ クロノグラフ フライバックに宿る伝統的な職人技は、一見するとポストアポカリプスのアクション映画とは相容れないように見える。だが、その“お守り”のような存在感は物語のなかに自然と溶け込み、時計がもたらすより深い意味を際立たせている。この作品の前提にあるのは、ある種の“グレイルウォッチ”が我々の心をどれほど強く引きつけるか、そして幸運な数人にしか味わえない魔法のような体験が、そこに宿っているということ。何百時間にもおよぶ職人技の結晶に引かれる人もいれば、代々受け継がれた時計に宿る思いに心動かされる人もいるだろう。時計は、単に時を刻む以上の存在であり、深い感情を映し出す“タリスマン”なのだ。
Image credit: Vertical Entertainment for In The Lost Lands.
映画『イン・ザ・ロスト・ランズ』の監督・プロデューサーを務めたポール・W・S・アンダーソンと話していると、ふと“グレイルウォッチ”を追い求める旅と映画のテーマが重なって見えた。そこで、ブランパンの時計がこの映画にどう関わっているのかを尋ねた。「これは探求の物語なんです。ミラとデイヴが演じる魔女と狩人が、失われた土地へと旅に出る。そしてその旅に、時計は欠かせない存在となります。ジョージ・R・R・マーティンはこれを“大人のためのおとぎ話”として書きました。でもそれはディズニーのような美しいものではなくて、つま先が切り落とされるような、グリム兄弟の『シンデレラ(原題:Cinderella)』に近いのです。原作にはダークな側面がありながら、どこか神話的で、おとぎ話のような世界観がある。そのなかに、この時計は完璧に溶け込んだと思いました」。そう語ると、ポールはZoom越しにゆっくりとうなずき、通話は静かに終了した。
詳細はブランパン公式サイトへ。
Image credit for lead image: Vertical Entertainment for In The Lost Lands.