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Interview クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーのキーマン、ヴァンサン・ラペール氏が語るブランドの今

好調を示すパーソナライズの強化。創設10周年を前に、ブランドのゼネラルマネージャー、ヴァンサン・ラペール氏がブランドの現況を大いに語る。

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Watches & Wonders 2024でクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーが発表した新作、クロノメーター FB RES。本作は今から4年前の2020年に登場したクロノメーターFB 2REの後継モデルにあたる。時計のスペックはどちらも基本的には同様(機能の詳細は2020年のIntroducing記事で確認して欲しい)で、アイコニックなフュゼ・チェーン式伝達機構と1秒ルモントワール・デガリテ機構という、ふたつの精度調整システムを組み合わせた高精度コンプリケーションとなっている。

 機能的に変わらないのなら、新作では何が変わったのか? 前作のクロノメーターFB 2REと見比べると一目瞭然だが、ダイヤルデザインを一新。グラン・フーエナメルではなく、輪列を文字盤側に露出させた“オープンワーク”スタイルとなった。さらにこのオープンワークに合わせてムーブメントを構成する部品は美しさを際立たせるためにすべての歯車、ブリッジ、ネジに至るまで完全手作業により仕上げが施された。

2020年に発表されたクロノメーター FB 2RE。

 そして新作のもうひとつの大きな特徴が、オーナーの好みに応じてパーソナライズができるという点だ。ケース素材や文字盤カラーはもちろん、ケースデザインなどもパーソナライズが可能。とはいえ、すべてがオーナーの好みに応じてオーダーできるわけではない。あらかじめ用意されたいくつかのオプションから選択して自分好みの1本に仕立ていく、いわゆるコンフィギュレーター形式(オンライン)を取っており、200パターンを超えるパーソナライズが可能だという。選べるオプションは以下のとおりだ。

  • ケースフォルムは、ラウンドとオクタゴンの2種類
  • ケース素材は、ステンレススティール、チタン、セラマイズドチタン、18Kホワイト・イエロー・ローズゴールド、プラチナ(オクタゴンケースの場合は選択不可)の7種
  • ダイヤルカラーは、ブルー、シャンパン、アンスラサイトの3色
  • ダイヤル仕上げは、バーティカルサテン、サンドブラストの2種

 なお、インナーベゼルのカラーも3色から選べるが、これは上記でどんな組み合わせを選択しているかによって視認性を考慮する必要があることから、基本的には3色のうち1色をブランドが提案する形になる。また取材時にはコンフィギュレーターに設定がなかったものの、針の色、ストラップ素材やカラー、そしてバックル(ピンバックルかフォールディングクラスプ)も選べるようになるという。

 最終的には200を超えるスタイルが可能となる新作だが、クロノメーター FB RESのムーブメント限定数は38個。この数を作り切ったら今後2度と同じものが作られることはなく、ほぼオーダメイドに近いオンリーワンのモデルを手にすることができるようだ。

 5月某日。筆者は幸運にも、日本での顧客向けイベントのために来日を果たしたゼネラルマネージャーのヴァンサン・ラペール(Vincent Lapaire)氏にインタビューをする機会を得て、新作のクロノメーター FB RESの製作秘話、そしてクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーにおける時計づくりの現況について話を聞くことができた。


納品は3年以上先の可能性も。想定以上の評判を呼んだ新作、クロノメーター FB RES

ヴァンサン・ラペール(Vincent Lapaire)氏

1964年、スイス・チューリッヒ生まれ。2003年から2010年までユニバーサル・ジュネーブのCEOを務めたのち、2011年にショパールの開発責任者に着任。クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーの立ち上げに伴い、ブランドのゼネラルマネージャーに就任し現在に至る。

佐藤杏輔(以降、佐藤)

新作は2020年に発表されたクロノメーターFB 2REの後継モデルということですが、なぜ今回はオープンワークスタイルにしたのでしょうか?

ヴァンサン・ラペール氏(以降、ラペール)

 2020年のモデルはエナメルダイヤルでしたから、文字盤側からは中が見えませんでした。今回はモダンな要素を取り入れたかったためオープンワークスタイルとしました。シースルバックなので、(ムーブメントの)ひとつひとつのパーツもとても見やすくなっています。特にブリッジの仕上げですね。すべて(ポリッシュ部分は)ブラックポリッシュ仕上げにしていて、シースルーバック越しにも非常にきれいに見えるような設計にしています。

 それとパワーリザーブインジケーターです。オリジナル(2020年モデル)はケースバック側にあったのですが、今回は文字盤側にレイアウトしました。 それともうひとつの特徴なのですが、きれいに仕上げをしたブラックポリッシュのパーツ(文字盤側から見える歯車を支える3つのブリッジなど)がインナーリング部分が当たらないようにしているんですね。 そのためインナーリング自体が宙に浮いているかのような設計になっていて、インナーリングは柱で(裏側から)固定しました。

 それだけはありません。オリジナルのセンターセコンド秒針の素材はチタンだったのですが、今回はブロンズ素材の針になっているのです。 変更した理由は、仕上げをより一層キレイに見せたかったためで、ミラーポリッシュにしています。 ブロンズの針は非常に長いですが、センターにある袴(はかま)はゴールドで、実はそのゴールドの袴(はかま)もポリッシュ仕上げです。

 それ以外にも細かいパーツでいうとブリッジの形状も変わりましたし、基本的にベースの設計は変わっていないのですが、オープンワーク化にあたって見た目の美しさを重視してオリジナルと比較する4割ほどのパーツをアップデートしました。口で説明すると簡単に聞こえるかもしれませんが、実はこれがとても大変なことのなのです。

クロノメーター FB RES オクタゴナルケース

Ref.FB 1RES.4。写真のサンプルはセラマイズドチタンケースで、ピンバックル仕様は3706万3000円、フォールディングクラスプ仕様は3845万4000円(ともに税込)

佐藤

具体的には、どんなところが大変だったのでしょうか?

ラペール

 この時計には1秒ルモントワール・デガリテ機構を組み込んでいるのですが、この機構は調整するのにおよそ1カ月半かかります。調整だけで1カ月半です。そのくらいかけて調整しなければ、COSCのクロノメーター認定を得ることができないのです。調整だけでも時間がかかるため、年間でこの機構を組み込んだムーブメントは作れても8個から10個ほどで、それ以上はできません。

 加えて、この新作の特徴としてフォーカスしたのは見た目の美しさです。時計の最も重要な機構はやはり1秒ルモントワール・デガリテ機構で、それを隠さずオープンワークにするために、ひとつひとつのパーツの仕上げを強調しているのですが、仕上げだけで300時間はかかります。 これは組み立てではなく、あくまでもムーブントひとつに対するパーツの仕上げです。これはオリジナルでも240時間ぐらいはかかります。

 時計には1000個以上のパーツが使われていますが、1個1個の部品、つまりブリッジだけでなく歯車などにもすべて面取り仕上げを施しています。この面取り仕上げも全部手作業で行っているのです。面取り仕上げを施す部分を単純に繋げると、どのくらいの長さになると思いますか? 直線にすると約2m。ケースバック側はもちろん、ダイヤル部分も含めて構成部品に施される面取り仕上げを合わせると計2mにもなります。

佐藤

このモデルはムーブメントが38個限定ですが、ブランドではこの新作に限らず38個限定とすることが多いですね。これには何か理由があるのでしょうか?

ラペール

 フェルディナント・ベルトゥーが正式にフランス王室および海軍付きの時計師の座についたのが1753年です。マスターウォッチメーカーの称号を得た彼は生涯をかけて研究と開発、そして製作に力を注ぐわけですが、1763年から『Essai sur L'horlogerie(時計製造技術論)』という本を出版しています。そしてこの最終の研究発表に関する著書の出版が完了するまでの期間が38年。つまり彼が最も活躍したのが38年ということから38個限定とすることが多いですね。

 この本はすべて原書をミュージアムで私たちが保管していまして、原書のなかにはコメントが残っていたり手書きのもあります。時計を開発する時には、そういった貴重なアーカイブがたくさん私たちの手元にありますので、例えば手書きのスケッチや設計図などを見て、構造はどうなっているか、あるいはどんな仕上げふさわしいかといったヒントをそこから得ているのです。

佐藤

以前からケースフォルムなどを選んで注文することができました(※)が、新作でパーソナライズ性をよりフォーカスしたのはなぜですか?

2021年のレギュレーター・スケルトン FB RS以降、すべてのコレクションでムーブメントの製造数を限定し、ケースフォルムや素材などをユーザーが選択できるようになっていた。

ラペール

 おっしゃるとおり、実は以前からケースフォルムや素材、文字盤カラーなどをいくつか選択できました。昨年のモデルについてはラウンドケースのみでしたが、ケース素材を選択することができました。ケースの金属カラーとムーブメントの色を合わせていて、ホワイトゴールドであればロジウムメッキ、イエローゴールドであればイエローとしています。

 昨年のモデルも今年の新作も限定38個でしたが、ブランドとしてはこれまでのものもムーブメント数を限定していてそれ以上は生産しない、再生産もしないと言っています。ありがたいことに、ほとんどみんな売れてしまっていて、昨年発表したモデルも残りわずか、実は4月に発表した新作もわずかしかない状況です。売れてしまったら、それはディスコンとしてもう作りません。同じものはないんですね。ただ、そうすると買いたくても買えないという状況も出てきてしまうため、既存のベーシックモデルを作りましょうということになりました。

 ベルトゥーは全部で3つのコレクションで構成されています。ひとつはフュゼ・チェーン式伝達機構を備えるトゥールビヨンムーブメントを搭載したクロノメーター FB 1です。ただしこれは昨年のクロノメーター FB 2Tをファイナルエディションとしています。それからフュゼ・チェーン式伝達機構と1秒ルモントワール・デガリテ機構を併せ持ったクロノメーターFB 2RE、そしてシリンダー型ヒゲゼンマイを採用するクロノメーター FB 3です。このシリンダー型ヒゲゼンマイを搭載したムーブメントを持つモデルをコアコレクションとして、今後は既存のモデルをベースとしてバリエーションを出していきます。今後は例えばダイヤルカラーを変えたり、ケースカラーを変えて品番違い、デザイン違いという形で出して紹介していく予定です。毎年のように新しいものは出せませんから、おそらく2年に1モデルずつ、このムーブメントを搭載した新しい品番のものを発表することになると思います。

 パーソナライズするためには在庫を抱えなくていけないというリスクがある。今回のようなコンフィギュレーター形式では、オーナーの要望どおりのものを作るためにはオプションをある程度ストックしておかなければならないし、ないものは当然作らなければならない。ラペール氏の回答は質問の意図とは異なるものだったが、要するに在庫リスクがあったとしても、より細かなパーソナライズに対応できるほどブランドの売れ行きは好調ということのようだ。

 事実、今回のインタビューのなかでラペール氏はWatches & Wonders 2024で発表した新作について4月の時点で50件以上の問い合わせがあり、想定を上回る注文が入っている状況を明かしてくれた。聞けば、4月の段階で早々に注文が確定したオーナーへは問題なく製作が進めば年内の納品を見通しているが、それ以降で注文が確定した分は製作を進めても納品完了は2027年いっぱいかかると言い、 今からオーダー入れたとしてもその分の納品は2028年になるとのことだった。もちろんこれは今すぐに注文が確定した場合で、時間が経てば経つほど納品は遅くなるようだ。

 インタビューは基本的には新作の話がメインであったが、さらにブランドの成り立ち、生産の舞台裏についても聞くことができた。


クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥー誕生秘話

クロノメーター FB RES ラウンドケース

Ref.FB 2RES.2-1。写真のサンプルは18KRGケースで、ピンバックル仕様は3878万1000円、フォールディングクラスプ仕様は4017万2000円(ともに税込)

佐藤

そもそもクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーというブランドは、ショパール共同社長であるカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏が所有していたオリジナルの時計がきっかけで誕生することになったそうですが、その詳細を教えてください。

ラペール

 フェルディナント・ベルトゥーのおそらく世界一のコレクターはカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏なのです。彼はフェルディナント・ベルトゥーのマリンクロノメーターを6台所有していますし、それ以外にも置き時計や懐中時計、あとは書物ですね。先ほどご説明したベルトゥーが出版した著作物も数多く所有していて、世界的なフェルディナント・ベルトゥーの第一人者です。

 もともとフェルディナント・ベルトゥーの商標権は別の方が持っていたのですが、商標権を持っていればすぐに時計製造に踏み切れるというわけではありません。時計づくりには資金も必要ですし、その方はなかなかビジネスをスタートすることができなかったそうです。そこで自身がコレクターだったということもあり、ショイフレ氏がフェルディナント・ベルトゥーの商標権を取得することになりました 。ただし彼もすぐに時計づくりに乗り出すことはできませんでした。ご存じのようにショパールにはL.U.Cがありますし、ショイフレ氏はショパールの時計部門も統括していますから、やることがたくさんあって自身のプライベートプロジェクトに多くの時間を割くことができなかったようです。

 商標権はすでに2006年に取得していましたが、2011年にショイフレ氏と出会い、「自分はL.U.Cに専念しなくてはならないので、あなたがフェルディナント・ベルトゥーのプロジェクトを立ち上げて欲しい」という依頼からすべては始まりました。当初はショパールの傘下にあるわけですから、極秘で作業を進めプロジェクトを立ち上げなければなりませんでした。かなりの時間をかけて時計を開発することはできましたが、最初のローンチが2015年ですからずいぶん時間がかかりましたね。

 誤解して欲しくないのは、ファクトリーはショパールと同じ建物内にありますが、ショパールとはまったく別のブランドであるということです。現在、クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーには22名の時計師と技術者が関わっています。開発エンジニアもデザイナーもショパールとは共有しておらず完全に独立しているのです。

 ショパールのL.U.Cに携わっている人のなかには、ベルトゥーもぜひやりたいという人間もいます。しかしL.U.Cとは時計づくりの方法も考え方も違うため、すぐにできるわけではないのです。カテゴリーがまったく違うため、L.U.Cのコンプリケーションに携わっているような技術者であっても最低半年の研修が必要になります。

佐藤

クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーでは、実際のところ作り方や生産キャパシティはショパールとどう違うのでしょうか?

ラペール

 2015年の立ち上げた当初は年産5本ほど、10周年を前にした今は年産およそ50、最大で55本ぐらいですね。ムーブメントによっても生産にかかる時間は変わるのですが、最も複雑なのはやはりルモントワール・デガリテ機構を搭載したものになります。今年の新作ですね。この機構を持つもので、せいぜい年8本から10本以内。トゥールビヨンを搭載したモデルで年12本ほど、シリンダー型ヒゲゼンマイを採用するコアコレクションが最も多いですが、それでも年35本できるかどうかというという状況です。

 それなら人を増やしてもっと生産キャパシティを上げればいいと言われますが、時計づくりのほぼすべてを手作業で行なっていて、そこには仕上げも含まれますが、それには熟練したスキルの高い職人の手が必要なのです。 そういった人材を訓練するのは時間がかかりますし、確保するのはとても難しいことなのです。ですから、そんなに一気に生産本数を上げることはできません。

 そうした生産キャパシティの問題もありますが、私たちがクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーで行なっている製造工程というのは、昔の18世紀頃のそれと同じように本当に手作業が多いのです。分担作業は一切しておらず、例えば、パーツの仕上げですと最初から最後まで1個すべてを同じ職人が手がけるんですね。 分担してしまうと、やはり手作業ですから個体差が出てしまう。ですから、そうならないように最初から最後まで同じ職人が仕上げをします。 組み立て、そしてケーシングして納品までも同様です。分担作業がないぶん、とても時間がかかるのです。ですが、今後もそのやり方を変えるつもりはありません。クオリティを重視して、ひとりの時計師が最初から最後まで調整し組み立て、オーナーの皆さんにお届けすることになります。

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2025年のブランド創設10周年に向けて

クロノメーター FB 3

Ref.FB 3SPC.1。写真のサンプルは18KWGケースのピンバックル仕様。価格は2389万2000円(税込)

佐藤

今後の目標として、人材を増やすことや生産本数を増やすことは考えているのでしょうか?

ラペール

 もちろん生産本数を上げたいと思いますし、オーナーであるショイフレ氏からは“年間80本”という目標を課されていますが、 さきほども申し上げたように人材を確保するのがとても難しいということ、そして何より本数を増やしたために品質を落としてしまうようなことはあってはなりません。私たちは絶対にそこは妥協したくないため、やはりハイレベルなものを、安定した品質で今後も作っていきたいと考えています。

 もちろん年末に近づくにつれ、目標に対して数字が足りないということはあったりしますが、だからといって技術者たちに対して、早くしなさいというようなことは一切言いません。ブランドにとって、妥協のない品質のものを作り出すことが何よりも重要なのです。

 来年はちょうどクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーのファーストコレクションを発表してから10年目になりますので、アニバーサリーイヤーにふさわしい特別なモデルも出す予定です。

Photographs by Kyosuke Sato