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Photos by Mark Kauzlarich
GPHGウィークへようこそ! この小テーマ連載で2024年のジュネーブウォッチグランプリ(GPHG)で入賞した時計のなかから、見逃しがちな4本を取り上げる。本日は、今年のGPHGで“メンズウォッチ賞”を受賞したヴティライネン KV20iを取り上げる。この時計は、その優れた技術と美しさで高い評価を受け、栄誉あるタイトルを手にした。
また1年が過ぎ、カリ・ヴティライネン(Kari Voutilainen)氏がまたもやGPHGで賞を獲得した。そしてまた、彼自身が手がけた時計のなかで、ぜひとも所有したいと思わせる数々の作品が登場した。変わるようで変わらないこの世界だ。昨年、ヴティライネン ワールドタイマーが受賞した際、冗談交じりにこう尋ねた。「これだけ何度も賞を取ると、そろそろ飽きてきませんか?」。彼は控えめな笑みを浮かべ、誰かに褒められたとき特有の照れた様子で肩をすくめただけだった。どうやら飽きることはないらしい。もちろん、私にとっても飽きることはない。
私はヴティライネンの時計がとても好きだ。そして新作のKV20iも例外ではない。この時計には伝統的な手工芸とムーブメント設計のバランスがあり、それが進化し続ける美しい色彩や美学的デザインと見事に融合している。さらに、ヴティライネン本人の親しみやすさや人柄の魅力も相まって、いつか彼の時計を所有したいという夢を抱かせるのだ。
プラチナ製のカリ・ヴティライネン 20周年記念トゥールビヨン。
もちろん、いくつかの欠点もある。ヴティライネンの時計はしばしば厚みがでてくる(これについては後ほど詳しく触れる)うえに、顧客が彼のオリジナルデザインをカスタマイズできる範囲が非常に広い。その結果、ユニークピースがときにはあまり魅力的ではない仕上がりになることもある(すべてのコレクターが優れたデザインセンスを持っているとは限らない)。ただヴティライネン氏が自らデザインして製作した時計は特別なものであり、それを変更しようとするのは愚かなことだと思う。今年初めに書いた20周年記念トゥールビヨンを例に挙げてみよう(このモデルは“トゥールビヨン”部門にノミネートされ、ダニエル・ロートのスースクリプションモデルが受賞した)。本作は数字のデザインに至るまで、あらゆる細部が綿密かつ完璧に仕上げられていた。正直なところ、何も手を加える必要はない。ラベルを貼ってそのまま私の家に届けて欲しいくらいだ。
スティール製のカリ・ヴティライネン 20周年記念トゥールビヨン。
同僚のリッチ・フォードンが、今年のGPHG受賞作の総括で指摘したように、ここ6年間のメンズウォッチ賞はカリ・ヴティライネンとレジェップ・レジェピ(Rexhep Rexhepi)のあいだで分け合う形となっていた。そして今年の受賞によって、ヴティライネンはその記録を7年に伸ばしたのだ。実際、2019年以降だけでもヴティライネンはGPHGで6つの賞を獲得しており、その内訳はメンズウォッチ賞が4回、アーティスティッククラフトウォッチ賞が2回である。さらにさかのぼると、ヴティライネンは2007年以来GPHGで通算11回もの栄誉に輝いている。この数字はGPHGの歴史において最も際立った成功の長期的な記録のひとつといえるだろう。同レベルの成功を収めた独立系時計師としては、2002年から2010年にかけてのF.P.ジュルヌの前人未到の連続受賞が挙げられる。この期間、2007年と2009年を除き、2004年、2006年、2008年には最高賞である金の針賞(Aiguille d'Or)を含む数々の賞を受賞した。そのあと彼らはGPHGへのエントリーをやめたものの、その記録は今でも群を抜いて特筆すべきものとして語り継がれている。
カリ・ヴティライネンのミニッツリピーター GMT。Photo courtesy Kari Voutilainen.
カリ・ヴティライネンのミニッツリピーター GMT。Photo courtesy Kari Voutilainen.
ヴティライネンが金の針賞を受賞するのはもはや時間の問題のように思えるが、審査員たちは革新的で高度な複雑機構に焦点を当てているようだ。もちろんそれはヴティライネンが十分に成し得ることだ。パーペチュアルカレンダーを搭載した彼のミニッツリピーターは、少なくとも写真で見る限り誰もが所有を夢見るような作品だ。またミニッツリピーター GMTもそのひとつで、伝統的なスリーフィンガーブリッジデザインを採用しており、まさに1800年代後半のジュウ渓谷の時計師をほうふつとさせる仕上がりである。
しかしそれはユニークピース(1点もの)であり、GPHGの審査対象とはならなかった。また、ヴティライネンの工房では2022年に製造された時計がわずか60本にとどまっており、これほど高度な複雑機構を備えた時計を大量に生産するのは現実的に難しいと言える。もしかすると彼自身のブランドでの受賞よりも先に、大きな注目を集めているウルバン・ヤーゲンセンの再ローンチによって、金の針賞を手にする姿を目にするかもしれない。
ヴティライネン 28 インバースはSS製のモデルで、28tiに搭載されているのと同じムーブメントをもとに作られている。
新作のKV20iは、2019年にGPHGのメンズウォッチ賞を受賞したヴティライネンの28tiをほうふつとさせる。この時計もヴァントゥイット(Vingt-8)に搭載されているCal.28をもとにした“インバーテッド(逆転)”コンセプトを採用しているのだ。商業的にも受賞歴的にも成功を収めたこのアプローチが、今回も見事に功を奏している。要するに、“壊れていないものを直す必要はない”ということだ。ただし、ヴティライネンは28tiに比べてデザイン面でも技術面でも改善を加えている。
最初に目を引くのは、ヴティライネンが多くの人に愛されている通常のギヨシェダイヤルを取り払った点だ。実際、彼自身の作品や彼が手がけるダイヤルメーカー、コンブレマイン社(Comblémine SA)の作品によって、ヴティライネンの時計はますます高い需要を誇るようになっている。このモデルがヴティライネンらしさを味わうなら、まず優れたダイヤルのある1本を手に入れてから選ぶべき時計なのかどうか、迷ったこともある。しかしこの時計の仕上げや構造は驚くほど優れており、オープンダイヤルという選択に文句をつけるのは難しいと言わざるを得ない。
歯車の層と美しくフロスト加工されたグレーのプレートが目を引きつけるが、それでいて多くのオープンダイヤルに比べ視認性をしっかりと保っている点も秀逸だ。ムーブメントは、オリジナルのインバースからいくつか改良が加えられており、特に12時位置の従来のブリッジ(受け板)がテンプ受けに置き換えられたことが大きな変更点である。また巨大なテンプに接続されたダブルホイール脱進機にも調整が施されている。このインバースに採用されている脱進機もとても興味深い。ヴティライネンのすべての時計に共通する特徴であり、アブラアン-ルイ・ブレゲ(Abraham-Louis Breguet)が考案したナチュラル脱進機に由来する、注油不要の設計が採用されている。この設計こそヴティライネンのムーブメントがほかと一線を画すものにしている。
ムーブメントを反転させる設計の課題のひとつは、時刻合わせや通常の時間表示の方向性を調整することである。28tiやKV20iでは、ムーブメントの上部に追加の歯車が配置されており、これが文字盤側に立体的な要素を加えている。この構造は基本的には間接的な輪列であり、これにより分針がぶれないようテンションスプリングが必要となる。またキャノンピニオンを代替し、キーレスワーク(時刻合わせ機構)に接続するための追加の歯車も必要となる。これらの技術的な詳細が難しすぎると感じる場合は、文字盤側でこれらすべてがどれほど美しく調和しているかを楽しめばよいだろう。
文字盤上部に追加の機構が搭載されているため、この時計はヴァントゥイットよりも厚みがある。具体的には11.5mmに対し、13.8mmだ。もっとも薄型時計をつくることはヴティライネンの存在意義ではない。これは、彼がムーブメントを“無限に修理可能”にすることを重視しているためである。ブリッジやほかのパーツを接着剤で固定しない設計を採用するためプレート自体を厚くし、ネジが繰り返し締めたり緩めたりできるだけの十分な固定力を持たせる必要があるのだ。
プラチナ製モデルの裏側には、グレーのフロスト仕上げが施されたブリッジや歯車、さらにキーレスワークとスモールセコンドが美しく配置されている。ただし、28tiに搭載されていたパワーリザーブインジケーターは備わっていない。また28tiよりスケルトン加工がやや控えめになっているが、それについては個人的に気にならない。むしろ視認性が簡素化され、残された部分の仕上げの品質をしっかりと際立たせる構成になっている点が称賛に値する。
厚さが約13.4mmであっても、装着感は非常にいい。ヴティライネンはケースシェイプに細心の配慮をしており、特にミドルケースの下部に配置されたラグや、ティアドロップ型ラグの滑らかなカーブが手首にしっかりとフィットする。また写真では平面的に見えるかもしれないが、実物は十分に視認性が高く、使い勝手に不満を感じることはないだろう。
冒頭(そして上の写真)に写っている別バージョンのKV20iにも気づいたかもしれない。このモデルについてはこれまで共有されたことがないように思う。カリ氏本人が、Watches & Wondersの期間中に開催された独立時計師アカデミー(Académie Horlogère des Créateurs Indépendants、AHCI)の展示会でケースから取り出し、目の前のテーブルに置いて見せてくれたものだ。このバージョンには“ペトロールブルー”のリングと3Nゴールドのグレイン仕上げが施されており、ケース素材にはタンタルが使用されている。さらにこの時計はユニークピースである。
裏側は、プラチナモデル以上にヴティライネンのギヨシェ技法の魅力を際立たせている。アウタートラック部分に広がるブルーグリーンのダイヤル装飾がその美しさをさらに引き立てている。一方でムーブメントの仕上げに関しては(3Nゴールドの仕上げを除けば)ほかのモデルと基本的に同じである。このモデルが何本製作されるのか、あるいはユニークピースとして留まるのかについて、現時点で情報はない。
最後に、ヴティライネンがKV20iの3つ目のバージョン(ふたつ目の公開モデル)を発表した。このモデルでは“チェリー”カラーのオプションが採用され、ケース素材にはチタンが使用されている。個人的には赤をあまり身につけないためブルーのほうが好みだが、このモデルにはまた別の魅力がある。裏側ではアウタートラック部分とギヨシェ仕上げが施されたスモールセコンドのインダイヤルとのあいだに、さらに多くのギヨシェ装飾が施されている点が大きな特徴である。これにより同モデルの魅力が一層引き立っている。
Photo courtesy Voutilainen.
Photo courtesy Voutilainen.
KV20iは決して安価な選択肢ではないが、この価格帯の時計を検討しているのであれば間違いなく考慮に値する1本である。それはGPHGの評価や私の意見だけではなく、この時計自体がその価値を雄弁に語っているからだ。また多くの独立系ブランドとは異なり、ヴティライネンのウェイティングリストには、まだ一定のアクセスしやすさが残されている。リストは長いものの、少なくとも問い合わせには対応してもらえる点は特筆すべきだ。独立系時計製造に情熱を持ち、気長に待つ覚悟があるなら、優先順位を上げるべきである。
ヴティライネン KV20i。直径39mm、厚さ13.38mm、プラチナ製ケース(ブルーダイヤル仕上げ)またはチタン製ケース(レッドダイヤル仕上げ)、30m防水。オープンワークダイヤルにブルーまたはレッド仕上げ。時・分・秒(裏側に配置)表示のヴティライネン自社製ムーブメント搭載。反転構造を採用、1万8000振動/時、パワーリザーブ約60時間。手縫いのテキスタイルおよびカーフスキン製ストラップ。価格はスティール製が11万8800スイスフラン(日本円で約2030万円)、ローズゴールド製が12万1600スイスフラン(日本円で約2080万円)、ホワイトゴールド製とプラチナ製とチタン製が12万4800スイスフラン(日本円で約2135万円)。