Photos by Kasia Milton
『デューン 砂の惑星PART2(原題:Dune: Part Two)』が2023年の公開予定カレンダーから消えたことが報じられたとき、映画ファンたちのあいだに嵐のような、いや砂嵐のような落胆の波が押し寄せたのは言うまでもない。少し楽観的に見てみれば、2023年は近年でも記憶に残るようなリリースサイクルであったと言える。昨年は“バーベンハイマー(Barbieheimer)”という言葉が誕生した年だし、ハミルトンは『オッペンハイマー(原題:Oppenheimer)』のためにヴィンテージウォッチを用意していた。それに、アカデミー賞を前にして『デューン』のような作品が公開されるのは喜ばしいことであり、そのPART2も非常に楽しみだ。存命するなかで(そして現役の)もっとも愛すべき監督・作家のひとりが手がけた、しかも愛され続けている小説を原作とする人気映画の続編となれば自然と期待は高まる……、そして、この映画に対する初期の反応はそれを物語っている。
HODINKEEスタッフのなかでも“映画マニア”的な存在である私が、こうして『デューン』について書いているのには、封切りを楽しみにしていることを公言する以外の理由があるべきだ。何かしら作中に時計が登場するに違いない……、でも、一体どこに? 『デューン』の世界観のなかに時計が存在するかどうか疑問に思っているのなら、実際のところ存在しない。ところが『デューン』にはハミルトンがデザインしたあるものが登場する。
ご存じのように、そしてHODINKEEで何度も取り上げてきたように、ハミルトンは映画とかかわりが深い時計ブランドである。そして、これはプロダクトプレースメント(広告手法のひとつ。映画やテレビドラマの劇中において、役者の小道具や背景として実在する企業名や商品名を表示させる)的な話ではない。クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)監督が、映画のためにハミルトンコレクションにはないユニークな時計を作るよう依頼した『インターステラー(原題:Interstellar)』のような映画を思い返して欲しい。その時計が映画のストーリーに深く入り込むような形で登場することからも、ハミルトンが映画業界と密接なつながりを持つブランドであることがわかるだろう。
ときにハミルトンは時計メーカーとしての枠を超え、むしろ小道具メーカーに近い存在へと領域を広げることがある。例えば、2020年公開の『TENET テネット(原題:Tenet)』(ノーラン監督のもうひとつの代表作)では、映画の重要な場面で極めて特殊な時計が必要とされた。ノーラン監督は、異なる色のLEDディスプレイを備えたふたつの時計をリクエストした。ひとつはカウントアップ用、もうひとつはカウントダウン用だ。私は4年近く前にその映画で使われたものを実際に手にしたことがあるが、大きなバッテリーパックと配線を備えた本格的なプロップで、その映画の撮影には必要不可欠なものだった。しかし、あのカウントアップ/ダウン用のデバイスがハミルトンの製品になることはなかった。その代わり、映画で使用されたアイテムにインスパイアされた時計が発売された。
以下は、『デューン』の公開をわずか数日後に控えた(アメリカでは3月1日に封切り)今に至るまでの紆余曲折である。『テネット』のときと同様に、『デューン 砂の惑星PART2』の監督であるドゥニ・ヴィルヌーヴ(Denis Villeneuve)はハミルトンに連絡を取り、この映画に登場するフレメン(鋭いブルーの眼光を持つキャラクターとしてお馴染み)の手首につけるデバイスをデザイン、製作できないかと依頼した。前述したようにこの映画(あるいは物語)の世界には時計が存在しないことを考えると、ハミルトンにとってこの課題は前途多難であっただろうと思う。プロップマスターであるダグ・ハーロッカー(Doug Harlocker)の協力によってこの“時計”のスケッチが作成されたが、ハミルトンにはこれが一体何で、どのような機能を有しているかについて何も示されていなかった。ブランドは、自分たちがフリーメン用の小道具を製造していることぐらいしか知らなかった。
私はこの小道具の実物を直接手にとって見ることができたが、その造形は実にクールだった。私もこの小道具が何のためのものなのか知らないので(まだ映画を見ていないが、今週末にニューヨークで行われるプレミアに参加する予定だ)、実際に見たものしか説明できない。いろいろな意味で、『スター・ウォーズ(原題:STAR WARS)』の舞台裏を追った古いドキュメンタリーを見ているような気持ちになる。そこではインダストリアル・ライト&マジック社のスタッフは、スター・デストロイヤーとミレニアム・ファルコンの製作を託されていた(今私は、まったくレベルの違うマニアックさを発揮してしまっている)。その結果として彼らが行き着いたアーティスティックなデザインは、まさに“リアリティ”があるインダストリアルな見た目と雰囲気を有していた。『スター・ウォーズ』が『デューン』の原作から多くの着想を得ていることを考えれば、『デューン』の映画がそのインスピレーションに応えようとするのは当然のことと言える。
この左右非対称の“時計”のレバー、ボルト、およびその他の部品には、サイバーパンクとジャンクヤードのDIYが融合したようなエイジング加工と変色加工が施されている。そして砂漠に住み、スパイスを独占して生活している荒くれ者たちにとって、その意匠的な方向性は実に的を射ている。そのデザインに彩りを添えているのが、回路基板らしきものの中央にあるブルーのカラーリングだ。腕時計のように見えるこの大型のアイテムは、映画の作中で登場人物の手首につけられている。私の読みでは、ブルーのライトアップが意味のあるものになるよう、この小道具には編集である程度の後加工が施されていると思う。
これは、テネットウォッチ開発の背後にある方法論との関連性を感じさせる。あの映画のときと同じように、ハミルトンはこの小道具から直接インスピレーションを得た2本の限定モデルを発表した。そして、この小道具の奇妙な形状を考えると、ハミルトンが同社のなかでもっともSF的な要素を持つ、そしてもっとも歴史的に重要なモデルのひとつであるベンチュラに注目したのも納得がいく。このモデルはエルヴィス・プレスリー(Elvis Presley)が愛用し、『メン・イン・ブラック(原題:Men in Black)』の映画でエージェントの支給品だったことでもよく知られているが、今回のチョイスもまさにぴったりだと思う。
その限定モデルのひとつが、作中の小道具から直接アーティスティックなインスピレーションを得たベンチュラ XXL ブライト DUNE スペシャルエディションである。まずはスペックを見てみよう。ブラックPVD加工を施した52mm×46.6mmのステンレススティール製ケースを持ち、厚さは12mm以下だ。内部にはクォーツムーブメントを搭載し、ブラックのラバーストラップが取り付けられている。しかし最大の魅力はダイヤルにある。ケース左側(リューズのない側だ)にあるプッシャーを押すと、ディープブラックのダイヤルがブルーにライトアップするのだ。ブルーの光は単に演出上のものに過ぎず、それ自体には何の効果もないし、針を明るく照らすこともない。針は一般的な夜光塗料によって光を放つ。
確かにサイズ的には大きいが、プロップウォッチと並べてみれば、その大きさの意味がよくわかる。これほどSF的で未来的な時計なら多少大きくても納得できる。ライトアップのエフェクトは、私のなかの子供の部分を引き出してくれる。この時計は3000本限定で、価格は26万9500円(税込)となっている。
そして、2本のうち私のお気に入りのほうがベンチュラ エッジ DUNE リミテッドエディションだ。サイズは51mm×47.2mmで、ケースは同じくブラックPVDコーティングが施されてたSS製、ラバーストラップも備えているが、こちらは14mm弱と厚みがある。また、もう一方のモデルの50mに比べ、こちらの防水性能は100mある。クォーツムーブメントを搭載していて、非常にクールなLEDディスプレイを備えている。この時計ではリューズのボタンを押さない限り、縦に並んだ時刻がうっすらと青く表示された状態になっている。小道具の“時計”に見られたブルーリング同様に、プッシュボタンを押すことでダイヤル上の数字とともに光のリングがブルーに輝く。
しかしそれだけでは終わらない。光が消える直前、青い光は明るさのピークを迎え、そして優雅に暗闇へと消えていく。このエフェクトは映画に登場する小道具にも生かされているはずであり、『デューン 砂の惑星PART2』がなければハミルトンがこのライト機能を作ろうとは思わなかったかもしれないというその理由だけでも、私はこの映画が存在することをうれしく思う。
また、回路基板のように見える効果や、小道具を模した質感のあるデザインなど、このダイヤルは視覚的なおもしろさに満ちている。まさに...…、クールだ。これ以上の言葉が見つからない。このモデルは2000本限定で、価格は37万9500円(税込)だ。
そして、私は別にベンチュラ派というわけではないが、あの時計には本当に感心している。かつてペンシルベニア州ランカスターにあるハミルトンの自社工場に行ったことがある。そこで複雑な回路を持つ古いエレクトリック・ベンチュラの実物を見た。この時計は時計学の歴史に深く刻まれるものであり、ハミルトンが『デューン 砂の惑星PART2』の裏側でこのように近未来的な挑戦をしているのを見るのは、ブランドの歴史と映画とのつながりを見事に表現しているように思える。
これらの新作をチェックするのはとても楽しかったが、『デューン 砂の惑星PART2』のプレミアもとても楽しみだ。作中に登場する小道具の時計からも目が離せない。映画館でお会いしよう。