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日本と時計をテーマにした史上初めてのテーマオークション“TOKI(刻)”が2024年11月22日(金)に香港のフィリップスで開催される。
世界的に見てもユニークなインディペンデントブランドが花開き始めた日本のマーケット。その中心にいる作り手たちはどのような思いを持ち、時計づくりに向き合っているのだろうか。今回のテーマオークション開催に伴い、彼らの声を聞くことができた。
佐藤杏輔
時計づくりを始めようと思ったきっかけは何ですか?
中島正晴
私は1990年の創業以来、アンティーク時計のレストアに携わってきました。部品供給の閉ざされたアンティークウォッチのレストアにおいては当時と同じ手法、質で部品を製作することが求められ、気がつけば、ほぼすべての部品を作るようになっていました。この技術を活かして、私たち独自の時計製作に着手しはじめたのが2013年ごろ、しかし紆余曲折ののち、最初の時計が完成したのは2024年の4月でした。
佐藤杏輔
時計づくりを始めた当時と現在の時計市場を比べて、大きく変わったところ、変わらないところは何ですか?
中島正晴
時計の製作に着手し始めた2013年当時は、完成した時計のリリースにはバーゼルワールドなど世界的な展示会への出品が必要で、業界に新規に参入するのにはかなりのハードルがありました。しかし現在はこうした展示会へ出品しなくともInstagramなどのSNSを使い、独自に商品をリリースして受注することが可能になっており、この点が一番大きな違いだと思います。一方で、時計自体の独自性や質が大事である点においては、今も昔も変わりがないと考えています。
佐藤杏輔
日本の時計師として、あるいは日本の時計ブランドとして、時計づくりで大切にしていることは何ですか?
中島正晴
ご存じのとおり、機械式時計の歴史はヨーロッパや英国が中心になっており、我が国発祥ではありませんでした。そういう意味では時計の構造や形態は必然的に西洋的なものにならざるを得ませんが、内外装の仕上げやデザイン、商品的なコンセプトといった部分には日本的な文化をフィードバックすることができます。一方で、安易に日本的なモチーフを導入すると“外国人向けのお土産時計”になる懸念がありますが、私のところではその点に留意しながら、時計の設計から製造に至るまですべて自社内の工房で完結させ、設計概念のブレない時計づくりを目指しています。
佐藤杏輔
海外の時計市場と比べて、日本の市場ならではの特徴や強みはなんですか?
中島正晴
現在のところ、弊社の顧客は海外のコレクターが中心です。そのため“日本の市場ならではの強み”とは少し違いますが、日本の市場ならではの特徴は総じて商品に対する要求が非常に細かい点だと感じます。
佐藤杏輔
日本の時計や時計ブランドが、今後世界でさらなるプレゼンスを発揮するには何が大切になると考えていますか?
中島正晴
現在、ヨーロッパをはじめ北米からも多くの独立時計師、インディペンデントメーカーが登場し、非常にユニークな時計、完成度の高い時計をリリースして市場で凌ぎを削っています。そうした状況において、決して奇をてらわず、奥ゆかしくも質の高い独自のコンセプトを持った時計づくりへのこだわりは、今後さらに大切になってくると感じています。
TOKI(刻)ウォッチオークション出品作品
オークションに出品されるマサズパスタイムの時計は2本あります。ひとつは同社が販売するオリジナルウォッチ、そしてもうひとつは19世紀後半の懐中時計のムーブメントをベースに腕時計化したリピーターウォッチです。
那由他モデル A 刻
マサズパスタイムでは、懐中時計のムーブメントを腕時計のケースに収めたカスタムウォッチを製作している一方、正真正銘のオリジナルウォッチも手がけています。現在、5種類のオリジナルウォッチがあり、那由他モデルA(スモールセコンド)と那由他モデルB-1(2針)、那由多モデルB-2(スモールセコンド)、そして完全自社ムーブメントを搭載する凪(なぎ)と蒼黒(そうこく)です。今回オークションのために製作されたのは那由他モデル Aをベースに特別な仕様が盛り込まれたものです。
那由他モデルは、時計師である篠原那由他氏を中心に、チームで製作された時計です。篠原氏は東京のヒコ・みづのジュエリーカレッジ在籍中、第10回ウォルター・ランゲ・ウォッチメイキング・エクセレンス・アワードで最優秀賞を受賞した人物としても知られています。2021年からマサズパスタイムに所属する彼について、店主の中島氏はこう振り返ります。「3年前のある朝、スタッフが集まって賑やかに話していたので、何事かと思ったら、時計の雑誌にヒコ・みづのの研究生が自身で作った時計を出品し、ランゲ主催のコンクールで金賞を取ったというニュースだったんです。日本にこんな若者がいるんだと驚き、うちに来てくれたらおもしろいことができるかもね、なんて話していました」。
当時、篠原氏はマサズパスタイムでオリジナルの時計を作っていることは知らなかったそうですが、「一般的な会社では(自分の進路として)違うのかもしれないと感じ、マサズパスタイムなら自身の時計をつくる力を身につけられるのではないか」と考え、入社を決意したと語っています。入社後の篠原氏に対して、中島氏は「もちろんほかのスタッフの協力も必要ですが、彼には自由に時計をつくらせようと考えました。私が口を出すのは費用や完成品が使い捨てのような時計になることを避ける点だけで、それ以外は一切干渉しませんでした」と、その方針を述べています。こうして完成し、2023年に発表されたのが、2種類の那由他モデルなのです。モデル名のロゴは12時位置に配置され、“10^60”(10の60乗)と記された文字が那由他を象徴しています。
TOKI(刻)オークションに登場する那由他モデル A 刻は、38.6mmのステンレススティール製ケースを採用している点は通常生産モデルと共通ですが、ダイヤルの装飾が異なります。中央部分は、通常生産モデルに見られるストレートエンジンで彫られたギヨシェ装飾ではなく、彫金師の辻本啓氏によるハンドエングレービングの唐草模様に置き換えられています。また、アワーサークルの書体もヒゲが足され、全体的により華やかな印象を与えます。ブルースティールの針は篠原氏自身のオリジナルデザインです。
ケースバックからは、篠原氏が設計と製造を手がけたムーブメントを鑑賞することができます。ムーブメントの装飾も通常生産モデルに見られるより伝統的なコート・ド・ジュネーブやペルラージュではなく、奥の位置にエングレービングが施されているなど、その特別さが際立ちます。また、本オークションのために作られたユニークピースであることを示す“Nayuta A 刻 1/1”の刻印も確認できます。本作について篠原氏は「従来のものよりもブリッジによってエングレービングなどの装飾が異なるため、より歯車やテンプが浮き上がったような立体感のあるデザインにできた点が気に入っています」と語ってくれました。「ドレスウォッチなので剛性が高いわけではないですが、長く使える腕時計としてつくったものなので、ぜひたくさん使っていただけたらうれしいですね」
本作は、通常の那由他モデル同様に篠原氏という新時代の時計師の感性とマサズパスタイムのチームワークによって誕生しました。同モデル初のユニークピースであるという点が日本の時計界において極めて重要な時計であることを際立たせます。
LOT 112: Nayuta Model A 刻のエスティメートは、15万〜30万香港ドル(約290万〜589万円)。そのほかの詳細はこちらから。
マサズパスタイム カスタムリピーターウォッチ by マーク・チョー
今回のオークションで販売されるマサズパスタイムのもうひとつの作品は、マーク・チョー(Mark Cho)氏が特注したリピーターウォッチです。チョー氏は、クラシックメンズウェアショップ アーモリー(The Armoury)の共同設立者であり、英国のタイメーカー ドレイクス(Drake's)の共同オーナーとしても知られる人物で、熱心な時計愛好家でもあります。幸運にも僕はこのプロジェクトの進行中にチョー氏とともにマサズ パスタイムを訪れ、彼に話を聞くことができました。
チョー氏はこのプロジェクトの始まりについてこう述べています。「いつもリピーターウォッチが欲しいと思っていました。リピーターというのはすべての時計コレクターの夢です。でも腕時計サイズのものだと、なかなか理想の音を見つけられませんでした。マサ(中島正晴氏)はその夢を実現する最初の時計師でした」
チョー氏と中島氏によって、100年以上前の“A. Golay Leresche & Fils”の婦人用の懐中時計に使用されていたファイブミニッツ・リピータームーブメントが特別に選ばれました。「懐中時計として完璧な状態で残っていたムーブメントは、その音色の素晴らしさが際立っていました」と彼は語ります。本プロジェクトにおける最大のチャレンジは、現代の腕時計のサイズに合わせてスライダーを90°調整することだったと言います。ケースサイズは37mmで、新たに真鍮で作られました。真鍮製のケースはマサズパスタイムでしばしばプロトタイプに使われるものですが、驚くほどよい音色を奏でるという理由で採用されました。
「私たちは数カ月かけて一緒にケースをデザインして、懐中時計のようなボリューム感と小石のような丸みのある形状に辿り着きました」とチョー氏は語ります。実際、最終的な製品として完成する前に別のケースも設計・製作されましたが、彼がベゼルプロポーションの変更を求めたことで、より丸みを帯びたデザインに仕上げられたのです。本モデルに名前があるか質問したところ「この時計には名前がありません。でも、もし名付けるとしたらリバーペブル・リピーター(川の小石)と名付けると思います(チョー氏)」と答えてくれました。
今回のオークションで販売される際には、オリジナルの18Kピンクゴールド製の懐中時計ケースと、当初デザインされた真鍮製のケースも付属します。さらにオリジナルの注文書、手書きのメモやスケッチも含まれており、マーク・チョー氏とマサズパスタイムがどのようにこの時計を作り上げていったかを物語る貴重な証となっています。
「実を言うとこのケースは真鍮製ですが、最終的にはホワイトゴールド製にし、ベゼルにシェブロン装飾をエングレーブした形で完成させることを望んでいました。もし未来の所有者が興味を持ってくれたら、私のもともとの計画に基づき、完成形に導くお手伝いを喜んでさせていただきたいと思います」。この作品は、時計コレクターであるマーク・チョー氏とマサズパスタイムの特別な作品を手に入れる機会となるだけでなく、彼らが思い描いた理想の形へと仕上げるためのバトンを次の所有者へ託すような意味も含まれているのかもしれません。
Photographs by Masaharu Wada, Homer Narvaez, Hero Image: Phillips and Keita Takahashi
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