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故人となった時計師の名を冠したブランドを立ち上げることは、とても難しい(ブレゲに限っては、本人が創業した会社であるため含めないが)。18~19世紀に活躍した時計師は、その時代には有名だったかもしれないが、現代の計時技術、特により洗練された信頼性の高い自動化された製造ラインの確立により、時計師が自分の作品とは掛け離れた時計が自らの名の下に製造され、その製品が世に出ることを嫌悪することさえあり得ることかもしれない。
だからこそ、私はクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーの時計づくりに対する姿勢に好感をもっている。フェルディナント・ベルトゥー(1727-1807)は、本格的なマリンクロノメーターを製作できる時計師の第一世代であり、英仏両国の王立科学アカデミーから論文を発表した科学者でもあった。ナポレオン戦争で敵対していた両国だが、科学の世界は平和が続いていたのだ。
フェルディナント・ベルトゥー。テーブルの上にはジンバル搭載の時計、背景には格子状の温度補正をした振り子が描かれている。
同時代の時計師の多くがそうであったように、ベルトゥーもその才能に加え、並外れた自尊心をもっていた。故ジョージ・ダニエルズはベルトゥーについて、「...間違いなく、彼は自分の仕事を非常に高く評価していた」と記した。しかし、実践的な技術者として、また科学者としての彼の業績を鑑みれば、それは当然のことであった。ベルトゥーが活躍したのは、本格的な高精度時計の製造がようやく軌道に乗ってきた頃だ。彼が亡くなった1807年には、それまで富裕層の娯楽として作られていた時計が、物理学や航海に欠かせない実用的な道具となっていた。惑星探査機が何もない広大な宇宙空間をピンポイントで正確に進むことができるようになった現在では忘れられがちなことだが、かつては正確な機械式時計がなければ、外洋を航海できる海軍は存在し得なかったのだ。正確なマリンクロノメーターをもつことは、世界の覇者になる手段だった。
クロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーは、その名をダイヤルのお飾りとして使うだけではない。彼らが作る時計は、かつての時計製造に敬意を表する、これまで見たこともないような真摯な試みだ。見た目のスタイルも構造も、フェルディナント・ベルトゥー自身の時計が宿す精神性を非常によく反映していると思われる完成度だ。
このブランドはショパールグループの一員であり、2015年にFB-1を発表した。これはフュゼ・チェーン機構を搭載したワンミニッツ・トゥールビヨンウォッチで、クロノメーター認定を受けており、フィリップス巻き上げヒゲゼンマイを備えたフリースプラング式の偏心錘付テンプを搭載している。最新作のレギュレーター・スケルトン FB RSは、同じくフュゼ・チェーン、パワーリザーブインジケーターを備えたスケルトンムーブメントを搭載し、ベルトゥーのマリンクロノメーター No.8(これもクロノメーター認定を受けている)からデザイン要素を受け継いでいる。このムーブメントは、フェルディナント・ベルトゥーが2019年にクロノメーターFB 1R.6-1で発表した、キャリバーFB-T.FC.Rのスケルトンバージョンと思われるものだ。
レギュレーター・スケルトン FB RSは、フェルディナント・ベルトゥーが限定モデルを展開する方法としては、少し新しいアプローチでもある。このムーブメントには2つのケースが用意されており、1つは八角形の浸炭ステンレススティール製(浸炭処理とは、SSを二酸化炭素ガスの中で加熱することで、ケースを硬化させる方法を指す)のRef.FB 1RS.6、ラウンドケースはローズゴールド製のRef.FB 2RS.2とそれぞれにリファレンスが割り振られる。限定生産となるのは、それぞれの時計の数ではなく、製造されるムーブメントの数が基準となる。フェルディナント・ベルトゥーは合計20個を製造する予定だが、それ以上は製造されないことが確約されており、どのケースを選択するかは顧客に委ねられている。
レギュレーター・スケルトンFB RS。2021年製。浸炭スティール製八角ケース。
先代モデルでは、マリンクロノメーター No.8に影響を受けた“空白”をダイヤルに用いていたが、FB RSでは、複雑なムーブメントを表裏ともに見えるようにしている。私はRef.FB 1R.6-1のすっきりとしたダイヤルに非常に感銘を受けた。あの巨大で非常に細いセンターセコンド針には、精密さを感じさせる印象をもつ。しかし、FB RSウォッチの目を引く部分は、理由は異なるものの、それ自体がとても魅力的なものだ。
ローズゴールド製のFB 2RS.2。
ムーブメントはキャリバーFB-T.FC.Rと同じセンターセコンド式で、分針は12時位置のサブダイヤル、時針は2時位置の開口部で表示される(基本的なレイアウトはマリンクロノメーター No.8と同じだ)。11時位置にはパワーリザーブ表示があり、以前はサテン仕上げのダイヤルが広がっていたが、本作では開口部が設けられ、そこからトゥールビヨンの駆動機構と、美しく仕上げられたV字型のブリッジに収められたトゥールビヨンキャリッジの下側を見ることができる。また、ムーブメントの中央には、通常とは異なり、直接駆動する2番車がある。通常、ワンミニッツトゥールビヨンでは、トゥールビヨンキャリッジに取り付けられた針で秒を表示する。しかし、このモデルでは、センターセコンドを支えるために、キャリッジが秒針の駆動装置として機能するのだ。
フェルディナント・ベルトゥーは、他の高級時計ブランドに負けない仕上げを施しているが、それはFB RSも例外ではない。
ムーブメント側から見たビジュアルは、ダイヤル側よりもさらに素晴らしいものになっており、3つの円で構成されている。下にはトゥールビヨンがあり、1本のブリッジ(1点で固定されているため、厳密には軸受けといえる)の下にケージの網目状の3本のアームがある。左上はフュゼの円錐台の下部で、このムーブメントではプレートの1点のみで固定されており、チェーンが巻かれている。フュゼの円錐台は他の歯車の駆動輪として機能しており、主ゼンマイが収められた香箱がチェーンをフュゼから香箱に引き上げることにより回転する。
裏側から見たムーブメント。
フュゼとチェーンは定力装置として機能する。チェーンが円錐台から香箱に巻き取られることで、主ゼンマイが巻き下がってトルクが減少するにつれ、主ゼンマイの機械効率が増していく。少し抽象的に聞こえるかもしれないが、実は、自転車に乗ったことのある方なら、まったく同じ原理に遭遇したことがあるのではないだろうか。多段変速機のギアセットも同じように円錐形に配置されている。その理由は、大きなギアは機械効率が必要な上り坂でのペダリングに、小さなギアは機械効率を高める必要性が低い、つまりペダル1回転でできるだけ多くの後輪を回転させることが必要な平地でのスピードアップに使用されているからだ。
左がフュゼの円錐台、右が主ゼンマイの収められた香箱。主ゼンマイの開放に伴い、チェーンは円錐台から香箱に巻き取られる。
ゼンマイを巻き上げるときは、逆に、チェーンを香箱から外して円錐台に巻き戻すことになる。ここで興味深い問題が生じる。つまり、動力が香箱→円錐台→ムーブメントへと伝達されなくなってしまうことだ。この問題を解決するために、ジョン・ハリソン(18世紀半ばに初めて実用的なマリンクロノメーターを製作したイギリス人の時計師)は、“メンテンス・ワーク”と呼ばれる機構を発明した。基本的には、フュゼに内蔵された小さな補助バネが、時計を巻き上げる際に進行方向の輪列に動力を供給する仕組みだ。FB RSにも、このメンテンス動力機構が搭載されている。
左がフュゼ、右がストップ機能付き香箱。
動力を一定に保つためのもうひとつの対策が、香箱に直接組み込まれている。それは、香箱の上部3時位置にある複数の突起を持つ歯車 ‐ いわゆるマルテーゼクロス停止装置だ。これは基本的に、トルクが低すぎてテンプの振幅を適切に維持できないほど主ゼンマイが解けるのを防止する機能をもつ‐ゼンマイ仕掛けの玩具が減速して止まるのを見たことがある人にはおなじみの現象だ。最近ではほとんど見られなくなったが、かつては高精度の時計によく見られたが、自動巻き機構や、比較的フラットな出力曲線をもつ現代の主ゼンマイ合金の出現により、その有用性は大幅に低下している。
ローズゴールド製のFB 2 RS.2。
このような時計づくりには、本当の意味での詩的な美しさが感じられるものだ。FB RSに施されたクロノメトリーの強化は、今ではどれも必要ない。トゥールビヨン、フュゼ、チェーン、マルテーゼクロス停止装置などの機構は、自動化された高精度の製造技術や素材科学の進歩により、機械的な工夫や創造性が次第に失われた。しかし、その魅力は失われていない。FB RSは、単に技術的な解決策を示す生きた博物館であるだけでなく、機械式時計が他の実用科学の中で誇りをもって存在し、技術の進歩に不可欠な要素であり、良くも悪くも世界に広がる帝国主義や貿易ネットワークの誕生と成長に欠かせない要素であった時計の歴史の一部に直接つながるものだ。そして、本格的な精密時計の誕生にまつわる最も注目すべき人物の一人であり、自らの業績を高く評価している彼は、私たち(少なくとも、私たち時計ライター)の縁戚でもあるのだ。
Ref.FB 1RS.6:ケース、八角形の浸炭SS製、 ミドルケースに2カ所のサファイヤ製舷窓状ホール。44mm × 13.95mm、30m防水。風防と裏蓋はサファイアクリスタル製。
両モデル共通仕様:ダイヤルは、縦方向のブラッシュ仕上げを施したブラックPVD処理のニッケルシルバー(ジャーマンシルバー製)。ムーブメントはキャリバーFB-T.FC.RS、37.30mm × 9.98mm(15 1/4リーニュ)、49石、2万1600振動/時で駆動、パワーリザーブ53時間。フュゼとチェーンを備えたワンミニッツトゥールビヨン(吊り下げ式)、マルテーゼクロス停止装置を備えた香箱(同じく吊り下げ式)。モバイルコーンによるパワーリザーブインジケーター。金メッキを施した4つのニッケルシルバー製偏心錘をテンプに備えたフリースプリング式緩急装置、スイスレバー脱進機。合計20個限定生産のムーブメント。COSC認定クロノメーター。
世界限定20個のムーブメント、ケースは購入時に選択する。浸炭SS製モデルは 3291万2000円 、ローズゴールド製バージョンが 3417万7000円(共に税込) 。詳細はFerdinandBerthoud.chをご覧ください。
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