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今はトゥールビヨンにとって厳しい時代だ。一般的に、コンプリケーションは注目を浴びて当然という雰囲気があるが(クロノグラフは違うかもしれないが)、さまざまな理由から見逃されることがある。チャイミングコンプリケーションを作るためには職人技が必要なのは明らかだし、パーペチュアルカレンダーは、地球の自転と太陽の周りを1周する年に1度の旅という宇宙のリズムとの関連があるのだと主張できる。ラトラパンテ クロノグラフは、(少なくとも最も古典的なバージョンは)高度な技術が必要で、標準的なクロノグラフよりも優れた実用性をもっていると言っていい。しかし、トゥールビヨンはどうか? トゥールビヨンがなくても精度の高い時計を作ることができるということは、熱烈な愛好家の間で広く認められて久しい。多くの人は、厳密に言えば、トゥールビヨンは複雑機構ではなく、追加の情報を表示しないという点では複雑機構ですらないと主張するだろう。極薄時計製造を含む、明らかに複雑な時計製造の多くが除外されているが、これはコンプリケーションの大まかな説明としては合っていると思う。
それでも、トゥールビヨンは時計愛好家や時計製作者を同じように魅了する。ロジャー・スミスのような巨匠も自ら作ってみたいと言っているし、毎年多くの種類のトゥールビヨンが発売されていることからも、人々がトゥールビヨンを所有することに強い関心をもっていることは明らかだ。機械式時計の多くがそうであるように、今日では、どのようにするかが、何をするかと同じくらい重要になってきている。よくできたトゥールビヨンは、見て楽しいだけでなく、時計製造の技術の成果であると同時に芸術でもあるのだと示してくれる。
ジャガー・ルクルトの新作、マスター・ウルトラスリム・トゥールビヨン・ムーンは、他のモデルとは一線を画す興味深い技術的特徴を備えている。フルローターのトゥールビヨンムーブメントは、比較的珍しいジャガー・ルクルト製Cal.983で、Cal.973の自動巻きトゥールビヨンのように見えるが、ムーンフェイズと日付表示が追加されている。日付は中央に取り付けられた針で表示するが、これにはちょっとした仕掛けがある(ジャガー・ルクルトでは、以前にも見たことがある)。15日の午前0時に、トゥールビヨンの開口部の片側から反対側へとジャンプし、16日の位置になる。これは、日付表示の針がフライングトゥールビヨンの視界を部分的に妨げないようにするためだ(所有者が、15日の真夜中まで起きていられる理由にもなるだろう)。メインのムーンフェイズ表示は北半球から見た月を表示してるが、表示の周囲には、左側に南半球のムーンフェイズ、右側に月齢を表示する両面針を備えている。
かなり古典的な形式の複雑なトゥールビヨンだ。ローズゴールドの丸いケースのサイズは41.5mm×12.1mmで、この10年ほどの間に登場した極端にフラットなトゥールビヨンムーブメントの数々(そしてもちろん、ブルガリ オクトフィニッシモ トゥールビヨン オートマティックを頂点とする)を考えると、これは特に薄いとは思えない。ケースはジャガー・ルクルト独自のグランド・ローズゴールド合金で、腐食や変色を防ぐために少量のパラジウムが添加されている。(2005年にロレックスがエバーローズを発表して以来、時計業界では白金族元素の金属を安定化させたローズゴールド合金の人気が高まっている)。
しかしながら、いくつかのポイントを覚えておくと良いだろう。Cal.983と973は、フルローターの自動巻きトゥールビヨンだ。これは自動巻きトゥールビヨンの世界では驚くほどレアなジャンルで、特に極薄トゥールビヨンの開発競争が激化するにつれて、マイクロローター(ピアジェのCal.1270P)やペリフェラルローター(ブルガリやブレゲ)が採用される傾向にあった。フルローターのトゥールビヨンは他にもあるが、最近ではオーデマ ピゲのコード11.59コレクションがある。コード11.59 フライングトゥールビヨンは、センタフルローターのCal.2950を採用したが、オーデマ ピゲが、コレクションでこの仕様のフライングトゥールビヨンを採用したのは初めてのことだった。この時計は他に追加機能のない時計で、41.5mm×11.8mmサイズでとなっている。
フルローターのデザインでは、マイクロローターやペリフェラルローターのデザインよりも常に厚くなるが、ジャガー・ルクルトはムーンフェイズ表示と日付表示を追加し、オーデマ ピゲのコードよりも0.3mm増の厚みに留めた。だからと言って、この時計の薄さは、必ずしも誰もが驚きの声を発するほどだとは思わないが、ペリフェラルローターやマイクロローターを使用した最も薄い自動巻きトゥールビヨンが約5~7mmであることを考えると、厚さ12.1mmのフルローターの複雑なトゥールビヨンも悪くはない。
通常、トゥールビヨンはこれまでに登場した時計の中で丈夫な部類に入るとは考えられないが、Cal.983は、ダイヤル、針、ケースに叙情詩的な趣や味わいがあるにもかかわらず、かなり頑丈に作られているように見える。トゥールビヨンの下側にあるブリッジはサスペンションブリッジらしい頑丈さを備えており、ローターはムーブメントプレートやブリッジと共通しているが、超薄型の時計にはあまり(実質的にはめったに)見られない信頼性の高さを感じる。
トゥールビヨンが発表されるたびに、ブレゲが1801年に特許を取得した際に意図していたような精度向上に貢献しているツールではないという事実を、私たち(つまりは私のことなのだが)は、反射的に話してしまう。しかし私は、今日のトゥールビヨンを考える上で、時計史の生きた化石(良い意味で)であり、今もなお職人技とも言えるトゥールビヨンを、称賛することの方が批評するよりも重要だろうと考える。この20年間で何十本のトゥールビヨンを見てきたかわからないが、今でも私はそれらを見て興奮を覚える。ジャガー・ルクルトのこのモデルは、何か記録を追いかけているわけでも、技術的に画期的なものを提供しているわけでもないが、とても魅力的で複雑なトゥールビヨンウォッチであり、それをひけらかす必要はなく、その存在自体が十分に際立った個性を発揮している。
ジャガー・ルクルト マスター ・トゥールビヨン ・ムーン:ケースはジャガー・ルクルト製グランド・ローズゴールド、41.5mm×12.1mm、5気圧/50m防水。ムーブメントはジャガー・ルクルト製Cal.983AA、フライング・トゥールビヨン、北半球と南半球の月の満ち欠け表示、ジャンピングデイト表示( 15日から16日へ)。フルローター自動巻きムーブメント、パワーリザーブ45時間。価格は936万円(税抜)。発売中。詳細はジャガー・ルクルトの公式サイトをご覧ください。
ジャガー・ルクルトにおけるトゥールビヨン製造の歴史を詳しく知りたいなら、2016年にスイスのジャガー・ルクルトを訪問した際の様子をこちらで。