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先週、フィリップスが10点の素晴らしい懐中時計の販売を彼らのInstagramで発表したとき、私は情報を得るために進行中のあらゆる作業を中断した。休暇中のトニー・トレイナは、「これはごくごく限られた人に向けて書かれたプレスリリースだね」と、わざわざ私にメールをくれた。つまりその対象は私、いや、懐中時計愛好家だ。2024年においては2度目のことだが、ひと月のあいだに2回満月が巡ってくるくらいにレアなニュースについて触れなければ気が済まないようなニッチな愛に囚われているのだ。
ヴァシュロンの世界一複雑な時計の発表が、今年私が傑出した懐中時計にまつわる記事を掲載できる唯一のチャンスだと思っていた。しかしフィリップスが香港とニューヨークで開催する予定のオークションの合間に、ひとつのコレクションから注目に値するワールドクラスの作品が10点も発表されたのだ。そう、懐中時計は時代錯誤な代物のだ。もういまでは誰も、ウエストコートを着ない。私でさえ、懐中時計を身につけることは滅多にない。しかし、もしあなたが世界トップクラスのコレクションを持つコレクターで、信じられないような時計製造の偉業やユニークピース、歴史の傑出した逸品を探したいと思っているのであれば、これ以上のものはないだろう。これら10点の時計の想定落札価格は(高いもので)180万ドル(日本円で約2億8200万円)であり、素晴らしい懐中時計を求めるマーケットがここに存在することを示している。
わかりやすく希少であり、現代の観客にとっても最も理解しやすいのは、香港で出品されるおそらく唯一無二のパテック フィリップ Ref.767 グランド・コンプリケーション・ポケットウォッチ(永久カレンダー、ミニッツリピーター、ダブルスプリットクロノグラフ搭載)だろう。現在の市場では7つのRef.767が確認されており、フィリップスではすべてのRef.767の来歴を詳しく解説している。このモデルはRef.1518(フランス語カレンダー付き)風のエングレービングが施されたエナメル文字盤と、Ref.1518や2499の初期型のケースで知られるエミール・ヴィシェによるモダンなスタイルのケースを備えている。しかしこのRef.767は、唯一確認されているダブルスプリットセコンド仕様となっている。同じオークションで、この時計と同じ1883年に製造された別のパテック フィリップのグランド・コンプリケーションを比較することができる。このRef.767は、かつてヘンリー・グレーブス(Henry Graves)のスーパーコンプリケーションがあったイリノイ州ロックフォードにあるタイムミュージアムの創設者、セス・G・アトウッド(Seth G. Atwood)氏のコレクションであったと考えられている。想定落札価格は41万~82万1000ドル(日本円で約6420万〜1億2300万円)だ。
また、香港オークションには、現代において見過ごされがちな優れた時計製造を示す名品がふたつある。まず目に飛び込んできたのが、このルロワのパーペチュアルカレンダー・ミニッツリピーター・クロノグラフだ。1930年代のルロワ(腕時計も懐中時計も同様)に見られるような、エンジンターンドダイヤルが特徴的である。ルロワは1900年から1989年までに世界で最も複雑な時計、ルロワ01を製作し、その後もこのように優れた時計でその地位を築いていった。この時計は1932年8月26日、ブザンソンの天文台に持ち込まれ、見事最高評価を獲得した。想定落札価格は2万500~4万1000ドル(日本円で約322万〜644円)と、私からするとずいぶん控えめに見える。一方、フィリップスはイギリスにて、ミニッツリピーターとスプリットセコンドクロノグラフを搭載したフロッシャム製トゥールビヨンの驚くべき個体を発表している。フロッシャムのトゥールビヨンはこれまでに12点しか世に出回っておらず、想定落札価格も6万1500~12万3000ドル(日本円で約970万〜1935万円)と、非常に高いコストパフォーマンスを誇っている。
カタログはまだ公開されていないが、フィリップスは数週間後にニューヨーク・オークションで出品される懐中時計の情報を送ってきた。そこではチャールズ・フロッシャムのトゥールビヨンウォッチと、1917年のオープンフェイス仕様イエローゴールド製ミニッツリピーター・グランドソヌリ・クロックウォッチ(パーペチュアルカレンダー付き)も出品される。この時計はフルハンドメイドの三層ダイヤルを備えている。1ポンドを超える重さが特徴で、想定落札価格は20万~40万ドル(日本円で約3140万〜6285万円)となっている。また、英国をテーマにした20世紀で最も注目された高精度トゥールビヨンのひとつ、ノーザン ゴールドスミスによるハンターケースの懐中時計も出品される。この時計は、シドニー・ベターがデザインした“ベター1”のスティール製ダブルアームブリッジと、オフセットアームの“ベタータイプ2”キャリッジを備えている。会社名を聞いたことはないだろうか? 想定落札価格は4万~8万ドル(日本円で約630万〜1260万円)だ。
最後に紹介するのは、S.スミス&サンの傑出した懐中時計3点である。時計製造の歴史や懐中時計を研究しているような人でもない限り、この名前もまた現代においてはほとんど忘れ去られてしまっているが、同時代のチャールズ・フロッシャムやデントのように、S.スミス&サンもまたジョン・ピアポント・モルガン(John Pierpont Morgan)のような人々を含む社交界の上層エリートのために時計を製造していた。チャールズ・フロッシャムの時計と同じく、1899年に製作された初代スミスもグランドソヌリとミニッツリピーターを備えていることに加えてプチソヌリとトゥールビヨンも搭載しており、キュー天文台でA級の評価を受けている。この時計はダイヤルデザインにややアメリカンなテイストが感じられる(あくまで私見だ)。イギリスは往々にしてアメリカ時計とスイス時計を並列で扱う市場であった。そのためこの時計はイギリス時計製造の一例であると同時に、この国がいかにして異なるふたつの文化の狭間に位置していたかを示すものでもある。想定落札価格は8万〜16万(日本円で約1260万〜2515万円)だ。
そのほかふたつのスミス製懐中時計は、当時イギリスの時計製造が直面していた困難と挑戦を物語っている。まずひとつめのワンプッシュクロノグラフとトゥールビヨンは、ビクトラン・エリゼ・ピゲのエボーシュをベースに、ニコルニールセンがS.スミス&サンのために製作したものである。この時計はジョージ・ダニエルズ(George Daniels)とセシル・クラットン(Cecil Clutton)の著書『Watches』でも紹介されている。想定落札価格は5万~10万ドル(日本円で約785万〜1570万円)だ。もうひとつは当時のスイスのグランドコンプリケーションを彷彿とさせる、ミニッツリピーターにスプリットセコンド、ハンターケースを備えたムーンフェイズ付き1899年製パーペチュアルカレンダー・ポケットウォッチで、推定価格は4万~8万ドル(日本円で約630万〜1260万円)である。
フィリップス 香港時計オークション: XVIIIは2024年5月24日(金)~25日(土)、ニューヨーク・ウォッチ・オークション:Xは2024年6月8日(土)~9日(日)に開催される。