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Hands-On オメガのオリンピックを象徴することになった2本の意外な時計、BG 859とアクアテラ 150M “ウルトラライト” デュプランティスを実機レビュー

オリンピックといえばスピードマスターやシーマスターが主役になるのだろうが、この2本の時計には、まったく異なる理由で魅了された。

Photos by Mark Kauzlarich

さて、第33回オリンピックが終わったばかりだが、時計の話はまだまだ尽きない。夏季オリンピックは4年に1度(今回に限っては3年)しか開催されないため、オリンピックの数週間だけで終わらせるにはもったいないと思っている。そこで、ふたつの異なるストーリーを別々に紹介するのではなく、驚きのオリンピックウォッチ2本をひとつのHands-On記事にまとめて紹介することにした。

 パリ2024オリンピックに向けて、オメガはいくつかの公式タイムピースを発表していた(スウォッチからも何モデルか出ていたが、それはまた後日触れることにしよう)。“オフィシャルタイムキーパー”仕様のシーマスターは5色セットで展開されたが、あまり注目されていないようだ。同様に、ヘリテージに強くこだわったノープスゴールド™、セドナ™ゴールド、イエローゴールドのシーマスタークロノグラフもあまり話題になっていない。さらに3素材で展開された高価なスプリットセコンドポケ⁠ットウ⁠ォ⁠ッ⁠チも登場していた。

Speedmaster Chronoscope Olympics

 しかし、オメガは顧客が何を求めているかをよく理解している。意外だったのは、東京オリンピックのときにはあった3カウンターのスピードマスター ムーンウォッチが今回は見当たらなかったことだ。東京ではいくつかのバリエーションがあったものの、今回はスティール製のスピードマスター クロノスコープにゴールドの数字を配したものと、ムーンシャイン™ゴールド製のモデルが登場していた。クロノスコープは、次第に私のなかで魅力を増してきたモデルだ。サイズはスピードマスター ムーンウォッチと比べてもそれほど大きくもなく、瞬時に時針を送る機能も便利である。オリンピック仕様のシーマスターもオメガの“ゴールド”テーマに沿っている。ブレスレットがツートンだったらもっと気に入ったかもしれないが、私がとくに驚いたのは、思いがけないふたつのモデルがオメガのなかで最も注目を集める時計になったことだった。

Olympic Seamaster

ヘリテージにインスパイアされたBG 859

 “スペシャリティーズ パリ 2024 ブロンズ ゴールド エディション”。オメガのウェブサイトにはそう記載されている、通称“BG 859”は突然登場したように感じられた。この時計はCK 859や、北京2022冬季オリンピック向けに発表されたセドナ™ゴールドのOT 859の足跡をたどったものであり、いずれも堅実でクリーンかつクラシックなデザインであったが、私のなかではほとんど記憶に残っていなかった。とはいえ世界記録のラップを計測したり、オープンウォーターで1万mを泳いだりするための時計ではない。だからこそ、このリリースを見たときに少し違和感を覚えたのだろう。その代わり、この時計はオメガのクラシックな伝統を改めて思い起こさせる素晴らしいモデルである。

 サイズは39mm径、11.7mm厚で、オメガの手巻きマスター クロノメーターであるCal.8926を搭載し、約72時間のパワーリザーブを備えている。ヘリテージの復刻としてはきわめて優れており、実物も美しい仕上がりだ。もしスピードマスターやシーマスターに目を奪われていなければ、真剣に購入を検討していたかもしれない。

BG 859

 オメガがこの時計をオリンピックモデルとして位置づけた理由は、先に挙げたトリオやクロノスコープ、シーマスターのゴールドのアクセントと同じく、素材にある。この時計は0.925(92.5%)のシルバーダイヤルを持ち、ケースにはブランド独自のブロンズゴールド合金が使用されている。これは9Kゴールドに銅などの素材を混ぜることでブロンズの色合いを出したものだ。ここでお分かりだと思うが、この時計はオリンピックの3つのメダルの色をすべてカバーしている。さらにこのモデルは、295万9000円する18Kセドナ™ゴールドモデルに比べて184万8000円(ともに税込)と手ごろな価格設定となっている。

 オメガが裏蓋に“オリンピック”のブランディングを入れなければよかったという意見も目にしたが、実際、この時計は単独のリリースとして十分に魅力的だ。正直私はそれほど気にならない。もし何かを変えるとしたら、そこではないだろう。

Omega BG 859

 実物のダイヤルは、オンラインの写真ほどクリーミーなシルバーではなく、かといって真っ白というわけでもない。中央の“クル・ド・パリ”パターンの意匠によりオリジナルのCK 859よりも格上げされた印象だ(ほかのダイヤルの仕上げはほぼ同じ)。針は18Kセドナ™ゴールド製で、ケースとよくマッチするPVDブロンズゴールドコーティングがされている。だが正直なところ、オメガがダイヤルに“Ag925”と刻印する必要はなかったと思う。裏蓋の刻印と同様に少しやりすぎな感じがあるからだ。サイズが小さいため、確かにひと目では気づかないかもしれないが、1度見たら無視できない。

BG 859
BG 859

 とはいえオメガのオリンピックモデルのなかで、最も自分のコレクションに加えたいと思えるのはこの時計だ。ヘリテージのインスピレーションが自分の好みにぴったりと合っている。36mmであればより“ヘリテージサイズ”かもしれないが、実際に腕につけると快適で、ドレスウォッチをコレクションに加えたい人にとってはもう1度検討する価値があるだろう。

BG 859

オメガ スペシャリティーズ パリ 2024 ブロンズ ゴールド エディション(通称“BG 859”)。ケースは39mm径、11.2mm厚のブロンズゴールド(9Kゴールド合金)、30m防水。ダイヤルはシルバー(0.925)で、“クル・ド・パリ”模様とサーキュラーグレイン仕上げ。針はPVDブロンズゴールドコーティングされたセドナ™ゴールド製。時・分表示、スモールセコンドを備えたオメガ手巻きCal.8926搭載、マスター クロノメーター認定済みで、約72時間パワーリザーブを誇る。ブラウンカーフレザーストラップ。価格は184万8000円(税込)


アクアテラ 150M “ウルトラライト” デュプランティス エディション

 少なくとも私にとって今回のオリンピックで最も驚かされたリリースは、先週の月曜日にスウェーデンの棒高跳びの天才、アルマンド・“モンド”・デュプランティス(Armand "Mondo" Duplantis)選手の腕で初めて登場したガンマチタン製のアクアテラ 150M “ウルトラライト”だった。彼が世界記録を樹立した跳躍の際に、その55gという軽量ウォッチが装着されているのに気づき、すぐにそのモデルを取り上げたところ、翌朝にはオメガのウェブサイトに掲載されていた。ただ前身モデルを実物で見たことがなかったので、今回も見ることはないだろうと思っていた。

Omega AT 150m 'Duplantis'

 現時点でも、オメガはこの時計に関するプレスリリースを発表していない。オメガが意図的にデュプランティス選手の腕にこの時計を装着させたのは間違いないだろう。ダニエル・クレイグもまたオリンピック訪問時の公式写真で、未発売の時計(今回はシーマスター 300M)を着用していたが、オメガのようなブランドで偶然こんなことが起こるわけがない。ただ明確にさせておくと、オメガから“この時計見た?”とか“もっとよく見て”といったアプローチは1度もなかったし、追加の画像を求めても提供されることはなかった。さらにおもしろいのは、オメガの地域PR担当者と製品担当のVP(副社長)にその時計の拡大写真を見せたとき、2人とも驚愕していた(ほぼ恐怖に近い)表情を見せたことだ。彼らはその時計に関して何も情報を共有していなかったのだ。もし新しい時計を予告するとき、情熱的なファンに気づかせるようにするのはユニークな方法だと思う。しかし先週水曜日の夜、エッフェル塔の近くで行われた男子ビーチバレーボールの試合中、“デュプランティスウォッチ”が再び私の目の前に現れたときには、私も驚かされた。

Omega AT 150 'Duplantis'

 これはデュプランティスウォッチのふたつあるプロトタイプのうちのひとつで、オメガで製品管理を統括するグレゴリー・キスリング(Gregory Kissling)氏が着用していた。私がこの時計を見たときの衝撃と同じくらい驚いたのは、人々がこの時計に対して非常に強い感情を抱いていたことだ。というのもすでに市場に登場してから約5年が経過していたからである。ダイヤルカラーの刷新、世界記録、そしていくつかの話題が加わり、人々の興味関心が生まれたわけだ。さて、これからそのいくつかの質問に答えられればと思う。

Omega AT 150 'Duplantis'

 792万円(税込)するこの時計が“お買い得”であると説得しようとは思わない。確かに、オメガから期待される通常の価格帯とは大きくかけ離れている(多少の増減はあるものの、オメガは通常約8000ドル、日本円で約120万円で価値のある時計を提供している)。この価格は私の予算には合わないし、その価格に見合う価値が直感的に感じられる時計とも思えない。しかし同じことはリシャール・ミルにも言えるだろう。私にできることは、オメガがこの時計の開発と時計技術について語ってくれた内容を説明することである。それを聞いてもまだ高価だと感じるかもしれないが、少なくともその背景にある理由は理解してもらえるはずだ。

Omega AT 150 'Duplantis'

 オメガがこの時計を発表したのは2019年のオメガ・ヨーロピアン・マスターズのこと。長年アンバサダーを務めたゴルフ界の伝説的選手、ロリー・マキロイ(Rory McIlroy)氏とのパートナーシップで開発されたものだった。本作はゴルフ専用モデルというよりも、ゴルフの過酷な環境に耐えられるツールとして位置づけられていた。マキロイ氏は優れたアスリートらしく、クラブの数グラムの違いがスイングに影響を与えるほどゲームを緻密に調整している選手である。時計を軽量化すること(目標は50gだったが、結果的に55gになった)、形状や目立たないマット仕上げなどを含めて邪魔にならないデザインにすること、そして耐久性を保つことが目標だった。この時計は大量生産を目的とした商業製品ではなかったために、オリンピックで再注目されるまでほとんど話題にならなかった。オリンピックでは約12人のアスリートがこの時計のさまざまなバージョンを着用しており、そのなかには400mハードルで銅メダルを獲得したオランダのトラックスター、フェムケ・ボル(Femke Bol)選手も含まれていた。

Femke Bol

400mハードル決勝で全力疾走し、3位に入賞した感極まったフェムケ・ボル選手。

 オメガはこのモデルを“ウルトラライト”と呼んでおり、確かに手首に巻くと軽く感じるものの、55gという重量は最近ミンが発表した8.8gのモデルや、12~15gのリシャール・ミルのいくつかのモデルほど際立って軽いわけではない。また、これは先述したBG 859より21g軽いだけで、ラバーストラップを装着したスティール製アクアテラ 150Mの約半分の重さだ。この違いがどれほど重要か? コメント欄では、ジュエリーや派手な髪型、時計がアスリートのパフォーマンスにどう影響を与えるかという議論があった。ワイアードでは物理学者のレット・アライン(Rhett Allain)教授がその数値を計算している。結論として、アクセサリーを家に置いていけば、スプリントでせいぜい0.0009秒の差が生まれる可能性があるということだった。これはノア・ライルズ(Noah Lyles)選手が金メダルと銀メダルの差を決めた写真判定の5分の1の時間に相当する。つまり“ニコラス・ハイエック(Nicolas Hayek)”のように、あと4本時計をつけたとしても金メダルを取れるということだ。

 今では、多くの時計愛好家はリシャール・ミルについて論争することを諦めているかもしれない。リシャール・ミルの時計は超高価で、きわめてクールな時計技術を持っているが、その価格が高い理由には名声や需要、希少性、そして宣伝効果も大きく影響していることを人々は受け入れている。RM(リシャール・ミル)の高いGフォース耐性のようなスペックは印象的だが、オメガはリシャール・ミルの価格の10分の1の時計でそれらのスペックにほぼ匹敵する性能を提供した。

Omega AT 150 'Duplantis'

 たとえばグレード5チタン製ムーブメントだ(これはリシャール・ミルも採用している技術)。CNC加工技術が進化しているとはいえ、チタンをムーブメントに加工するのは決して簡単ではない。とくに仕上げのレベルを上げようとすると、想像以上に難しい作業が求められる。この点について、ムーブメント製造に携わる複数の業界関係者に確認を取った。単にムーブメントをつくるだけでなく、彼らが製造するほかのマスター クロノメータームーブメントと同様に、高いハードル(ダジャレではない)を課したことが分かった。ただしこの価値をムーブメントや素材の重量で判断してはならない。チタンは、ムーブメントで使用される素材のなかで最も加工が難しい素材であり(真鍮やゴールドと比べても、非常に柔らかい素材である)、しかもアノダイズド仕上げを施すためにセラミック加工も施される。

Omega AT 150 'Duplantis'

 もうひとつ注目すべきは耐衝撃性だ。オメガはすべての製品について、5000Gの耐衝撃テストを行っていると明かしている。この数値は非常に高いように聞こえるが、リシャール・ミルも同じ5000GをRM UP-01(新しいRM 27-05では1万4000G)においてうたっている。これは1mの高さから木製のテーブルに落下したときの衝撃力に相当するものだ。この時計に対して、オメガはさまざまな角度からテストを行い、風防、リューズ、ケースがどの角度からの落下にも耐えられるかどうかを確認している。そして5000G以上の衝撃にも耐えられるだろうと示唆した。また軽量な時計であれば、落下時に受けるGの影響も少なくなると指摘している。ブランドはロリー・マキロイ氏と協力して、オリジナルの時計でもテストを行った。その結果スイング自体の衝撃はそれほど大きくなく、50G以下になるとの試算もあった。問題はクラブとボールの衝突による衝撃で、5000G前後またはそれ以上の力がクラブを通じて腕に伝わるようだった(これが機械式時計をつけてゴルフやテニスをしないほうがよいという昔からのアドバイスの理由だ)。オメガのムーブメントはその衝撃にも耐えられる一方で、ダイヤルやケースによってはダメージを受ける可能性がある。そのような力に対抗するために、時計のあらゆる部分が過剰に設計されているのだ。

 ムーブメントと同様、ケースも前作と変わらない仕様を保つ。この時計はガンマチタンでつくられており、アルミニウムとチタンを半分の割合で混合している。ガンマチタンの密度は3.9と、グレード2や5(いずれも約4.5kg/dm³)よりも低く、数グラムの軽量化が図られている。またこの素材は時計に独特のグレーの色合いを与え、ケースの硬度を約300ビッカースにまで引き上げている。一方ベゼルは最近発売されたダークグレーのプラネットオーシャンと同様、窒化ケイ素セラミックでつくられている。さらにマット仕上げのために特別に開発されたサンドブラストの加工がされ、驚くほど指紋が付きにくい仕上がりとなっている。

Omega AT 150 'Duplantis'

 過去のリリースと同じ細かい特徴に触れる前に、最初の発表時に見逃していたもうひとつのさりげない特徴を指摘しておきたい。それは秒針が鮮やかな黄色でデザインされている点だ。この秒針はモンド・デュプランティス選手の棒高跳びのポールを模したもので、黄色い針の先端が白く塗られている(先端部分には文字どおりスーパールミノバを塗布)。さらに興味深いのは、この秒針全体が3Dレーザー加工によって完璧に切り出されているということだ。

 針とダイヤルもすべてチタン製である。ダイヤル表面はスウェーデン国旗のカラースキームに合わせたブルーPVDコーティングが施されているほか、裏側は軽量化のためにスケルトナイズされている。伸縮性のあるエラスティックラバーストラップもきわめて快適な装着感を提供する。また埋め込み式のリューズも快適さを追求したデザインのひとつだ。

Omega AT 150 'Duplantis'

 このデザインも、アスリートやアクティブに活動する人々を念頭に置いて開発されたものである。ゴルフやテニス、棒高跳びのような動作をする際、通常のリューズの場合手首に食い込む可能性があるが、このリューズはケースガードとほぼ同じ高さに配置されているためその心配がない。リューズを押すとボタンのように飛び出し、簡単に操作できる仕組みになっている。

Omega AT 150 'Duplantis'

 もし800万円持っていたら、最初に手に取る時計かと言われるとそうではないかもしれないが、最初に見たときに思ったほど高価すぎるとは感じないだろう。また私はこのような時計をつけるほどスポーティな人間でもない。それ以上に、この時計は予想外の存在だと感じている。私にとってこれは見せびらかすためのものというよりも、特定の目的のために製造されたツールのように感じられる...いわゆるブランドイメージを高めるためだけや、目新しさだけを狙った製品ではないということだ。すべての時計が万人向けである必要はないという事実を示す完璧な例なのだろう。ただこの時計が向いている人、たとえばデュプランティスやマキロイ、または彼らに憧れる人にとっては、確実にその能力を発揮するだろう。

Omega AT 150 'Duplantis'

オメガ アクアテラ 150M “ウルトラライト”。ケースは41mm径、13.5mm厚のガンマチタン製、150m防水。ブルーチタンダイヤルにチタン製の針、ルミノバを塗布したインデックス。時・分表示、センターセコンドを備えたオメガ手巻きCal.8928 Ti搭載、マスター クロノメーター認定済みで、約72時間パワーリザーブを誇る。ブルーとイエローのラバーストラップ。価格は792万円(税込)