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In-Depth 1932年以来、オリンピックで計時技術の発展を続けてきたオメガタイミングの本拠地を訪ねる

オメガのスポーツ計時を司るスイスタイミング社は、スウォッチ・グループのテクノロジーを結集させたような組織だ。彼らの存在なくしては、僕らはこれほどオリンピックを楽しむことはできない。彼らが発展させてきた計時技術の変遷もご紹介する。

オリンピックを楽しむ暑い夏が続いた。なかには疑惑の判定に注目が集まったりするシーンもあったが、前回大会と比べても機械による判定に頼る部分が大きくなったと誰もが感じているような気がする。実は僕はこの4月、実に1932年からオリンピックの主なオフィシャルタイムキーパーとして活動を続ける、オメガタイミング(正式にはスイスタイミング社)を訪ね、この最新技術について取材する機会を得ていた。一般に知られる“オメガがスポーツ計時”というイメージとは、正直まったく違った次元の技術と研究がされていたことに驚いた。本記事ではその一端をご紹介し、時計好きの視点から熱かったオリンピックの裏側に存在した、計測にまつわる気づきをお贈りできたらと思う。

地球全域にわたって、オメガは1932年より31のオリンピックで公式計時を担当してきた。

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2024年パリオリンピックで導入された新技術

今大会のタイムキーピングにまつわる数字。前回大会からタイムキーパーは20名ほど増員されつつも、導入された機材の総重量は減少させた。

 まず今大会から導入された新技術についてだが、これはもはや時計で時間を正確に計測するという次元の内容ではない。スキャンオービジョンアルティメートとコンピュータービジョンカメラというふたつの最先端機器が新たに登場、前者は秒間で最大4万枚のデジタル画像を記録でき(従来品は秒間1万枚)、後者はひとつ、ないしは複数のカメラシステムを組み合わせて継続的に記録した選手などの動きを、競技ごとにトレーニングされたAIモデルに取り込むことができる、というものだ。

 この説明だけではあまりに想像が難しいのだが、オメガは例えば陸上競技のゴール判定のために、従来は秒間1万枚の写真を撮影・合成し接戦時における審判の判定を助けてきた。また、我々が普段スポーツ中継を見ている際、例えば競泳で世界記録のラインやレーンごとに選手のラップタイムが表示されるのを目にしているはずだ。実はああしたグラフィックもオメガタイミングがリアルタイムで計測、製作して各放送局に配信している。今回技術がアップデートされたことにより、より正確な判定とより良い視聴体験が実現したというわけだ。

スキャンオービジョンアルティメート。主に陸上競技と自転車トラックレースにおいて、ゴールラインを通過するすべての選手の合成写真を作成して、公式結果を判定する。

コンピューター ビジョンカメラ。競技が行われているあいだのパフォーマンスを複数のカメラで追うことで、どんな動きが優れていたのかなどのデータを抽出可能。今回の進化で、選手にタグを取り付けることなく追跡可能となった。

次世代グラフィックテクノロジー”ヴィオナード”。4K HUDの超高精細なグラフィックをリアルタイムで生成し、種目ごとに結果や選手のパフォーマンスをよりわかりやすく、臨場感たっぷりに表現している。

 回を追うごとにオメガが追跡することのできるデータは増え続けているのだが、日本でも人気の高い体操競技、競泳、テニスなどでは以下のような情報がリアルタイムに提供されている(それが映像に反映されているかどうかは、各放送局の判断に委ねられる)。

【ゆか競技】

  • ラインを超えているか
  • ジャンプの高さ
  • 滞空時間
  • ジャンプ回転中の詳細情報(足の角度など)

【競泳】

  • ライブポジション
  • ライブスピード
  • ストローク数

【テニス】

  • サーブリターンの反応時間
  • サーブリターン方向
  • ラケットの正確な位置

 オリンピックで実施されている32競技、329種目では目に見える単純な記録以外にも選手ごとに細かな情報がトラッキングされているのが分かる。これによって、競技の採点の正確さが向上しており、さらに僕らは、注目している選手の今回のパフォーマンスがどうだったのか知ることもできる。


1932年以来、オメガが発展させてきた計時の歴史
手動計測から始まり1940年代には自動計測を模索、デジタル計測へ積極的に移行した1960年代

  「10分の1秒」。これは1932年当時、オメガが世界最高水準で実現したストップウォッチの計測精度である。多くの精度コンクールで高い成績を収めていたオメガは、この機械式クロノグラフで初めての大型スポーツイベントにおけるタイムキーパーという大役を全うした。当然、このポケットウォッチ型のクロノグラフは手動で操作されていたわけだが、デジタル化の流れは腕時計の何倍も早く、1964年にはコンピューター技術が導入され、1968年には電子計時技術がすべての競技で使用された。特に競泳ではタイムキーパーが手動でタイムを測るのではなく、選手自らがタイマーをストップする仕組みが導入されていくのである。これはいまでこそ一般的だが、画期的かつ正確性も担保されたものであった。オメガが競泳でタッチパッドによる計測を実用化したのは、1967年のパンアメリカン競技大会である。

 なお、それ以外に普及した技術に写真判定があるが、これは1948年から導入され始めていたという。フォトセル(光電子装置:選手がフィニッシュラインを通過した正確な瞬間を記録する装置で、ゴールテープの代わりに用いられた)の発明と合わせて接戦時の判定に寄与した。もっとも、当時はそうした判定には2時間がかかったようで、すべてのレースで実施できるような代物でもなかったが、現在では競技と同時進行でライブ判定が可能なまでに技術が発達している。

オメガがオリンピックの計時用に初めて開発した、スプリットセコンドクロノグラフ。1932年のロサンゼルス大会で使用された30個のクロノグラフにまつわるお話はこちらの記事でご確認を。

1932年、初めてタイムキーパーを務めた大会での計時の様子。8つのストップウォッチを収めた器具で、同時に最大8名の選手の記録を行っていた。ちなみにすべて手動。

マジックアイ(1948年)。フォトセルと合わせて、集団で選手がフィニッシュラインを超えたとしても正確な順位付けができるように導入された。

競泳では1956年より半自動計測が始まり、1968年大会ではタッチパッドが導入されていた。

1984年大会、陸上でのゴール判定の画像。

1960年代から発達したブロードキャストプログラム

 その後もオメガは多種多様な競技において、タイム以外の要素を計測するためにトラッキング技術を向上させていくのだが、同時に発達したものがブロードキャストプログラムである。これは、1961年ごろにはすでに着手され、1964年大会で初めて導入された。計測技術とブロードキャストプログラムは別々に生まれたものではなく、競技からリアルタイムで得られる情報が年々増え続けたことで、審判や視聴者を含めて見ている人々にいかに伝えるかを考えた末に生みだされたのが本当のところだろう。

 2018年にはポジションマッピングが実用化され、アスリートの動きに追従した映像を生み出せるようになった。これは次世代型のブロードキャストプログラムにつけた先鞭とも言えるが、その背景でオメガが開発しているものは多岐にわたる。その大きな要素として、タイムキーパーの存在がある。今大会では550名ものタイムキーパーが導入されたということだが、最新機器は計測とブロードキャストを同時に処理するものがほとんどであり、種目ごとにカスタマイズされている。そのため1人のタイムキーパーが複数種目を兼ねるということが難しく、それぞれに特化してトレーニングされているのだ。スポーツイベント、特にオリンピックにおいてタイムキーパーは“どんなミスも許されない”わけで、複雑化した計器類を完璧に使いこなすことが求めれている。

 なお、550名のうちスコアリングを担当する人はスイスタイミング社に属しており、射撃など特殊な競技については、オリンピックのためにエキスパートを社外から雇い入れるそうだ。

2010年から導入されたスタートガン。スタートの合図が聞こえる時差をなくすために考案されたもので、引き金が引かれると先端が光り選手の背後で音がなるように装置が配置されている。

陸上競技で目にするスターティングブロックにはスピーカーが組み込まれており、スタートの合図が聞こえるタイムラグをなくしている。スタート時に選手がかける圧力を検知しその荷重の情報を会場内のコンピューターに送信。フライングを視覚的に確認する装置としての役割も果たす。

競泳でおなじみのタッチパッド。選手が1.5〜2.5kgの圧力をかけるとタイマーがストップするシステムだ。プール内の波でタイマーが止まらないよう、この圧力値に設定されている。

競泳のスタート台に配置されたライトは、ひとつのライトで1位の選手、2つのライトで2位の選手、3つのライトで3位の選手を示す。


スイスタイミングの内部へ
スイスタイミングはスウォッチ・グループ内の独立企業。グループ内他社で開発したものも含めて、ひとつの技術へと結実させる

 スイス(オメガ)タイミングが拠点を構えるのは、ジュネーブからクルマで約2時間ほどの場所でオメガもあるビエンヌから近しいコルジェモン(Corgémont)という地域だ。現在のヘッドクォーターは、かつてETAがあった建物の隣に2010年に設立。この社屋には約200名の社員が勤務しており、そのうち150名ほどが研究開発を行うR&D部門に属しているエンジニアだという。スイスタイミングは元々オメガとロンジンによって設立された、タイムキーピングに特化した企業であり、現在はスウォッチ・グループに属するひとつの独立企業である。オリンピックのオフィシャルタイムキーパーを務める親会社のために計時を担当することからオメガタイミングという特別なブランドが認知されているが、実際はスウォッチ・グループの他のブランドがタイムキーパーを務めるオリンピック以外のスポーツイベントにも多く参画している。スイスタイミングが担当しないものも合わせると、大きなスポーツイベントは年に500以上も実施されているということで、彼らが発展させてきた技術は多くの場面で目に触れる機会がありそうだ。

 さて、スイスタイミングで僕が見たものはパリオリンピックで導入予定となっていた、最新の計測システムであるスキャン オー ビジョン アルティメートとコンピューター ビジョンカメラ、そしてブロードキャストプログラムの根幹を担う“ヴィオナード”の操作方法だ。僕が訪れた4月上旬のタイミングは、これらのシステムを用いてスムーズにブロードキャストに進めるかどうか、訓練とテストが繰り返されている時期だった。冒頭に550名のタイムキーパーが今大会に参加していると書いたが、新導入されるシステムを含めて完璧に操作し、選手の情報やレースの記録、パフォーマンスの詳細やリプレイ、グラフィックによる再現などに至るまで、世界中の放送局に作成したグラフィックをリアルタイムでミスなく渡せるよう、手順を隈なくチェックしていたのだ。

ブロードキャストプログラムは次世代グラフィックテクノロジーである“ヴィオナード”を用いて操作される。

 スイスタイミングが新たに開発したヴィオナードは、4K UHDの超高精細なグラフィックを7つの言語でリアルタイムに生成可能かつリモートでも操作できるという次世代のシステムだ。そのためオペレーターは各会場にとどまらず、国際放送センターからの操作も可能となったそうだ。

 180の計測機器を通して集められたデータを、放送局のディレクターとディスカッションの上で最適なグラフィックに仕上げていく。例えば、基本的な情報であるレースの順位についても、何位までを表示させるのか、リザルトすべてを表示するのかなどをプレビュー画面に出して確認し、最終的にOKと判断されたものを認証ボタン(「OUT」と表示されたボタンだった)を押してOBS(オリンピック放送サービス)にグラフィックを提供。その後、放送権を持つ世界中のメディアに配信されていくという。

 目まぐるしく進行する競技において、集めた膨大な情報からリアルタイムでグラフィックを生成していくには、テクノロジー的に優れた環境が必要だが、スウォッチ・グループ内にはICチップやプロセッサー、バッテリー、PCのマザーボードまでを製作する会社があることでこれを実現しているという。もちろんグループ内のハイテク環境ですべての競技を賄っているわけではないそうだが、最先端の技術を実現する開発力を垣間見た瞬間だった。

今大会からは採用が減ったようだが、情報トラッキングのために選手が着用していたチップ。秒間2000ものデータを記録可能で、グループ会社がチップの製造も賄っている(すべての競技ではない)。

これまでオメガがタイムキーパーを務めた、全37大会で用いられたラストラップ・ベルが一同に並べられていた。主に、地元スイス・ビエンヌ付近の職人が手掛けるブロンズ製のものだ。なかには、ふたつの東京オリンピックのベルが。

あくまでスポーツイベントやアスリートの“パートナー”として

 オメガがこうしたグラフィックを提供していた事実を最近知った僕としては、実は1964年のインスブルック大会からそれが始まっていたことを知ってなお驚いた。当時、「オメガスコープ」という技術によって初めてテレビ画面下部にアスリートのタイムを重ねて表示することを可能にし、リアルタイムでスポーツ報道をしていく概念が生まれたということだ。

 取材を通して感じたことは、スイスタイミングがこれほどまでに計測精度の追求とブロードキャストプログラムの質の向上を目指す理由は、単に自社の理想のためというわけではなさそうだということ。彼らはオリンピックのオフィシャルタイムキーパーという立場を、大会の“パートナー”であると捉えているそうだ。スポーツ競技会が成立するためにはアスリートや競技自体と一体になることが必要だと考えており、自分たちが膨大なデータを収集してグラフィックとして扱うことで、アスリートが自身のパフォーマンスを理解するのに役立てられるという。

 最後に今後の展望について伺うと、視聴者が自分の見たい情報をカスタマイズできる時代がやってくる、とワクワクするような答えが返ってきた。スイスタイミングが生成したグラフィクは、現状放送局に提供されるような仕組みになっていると説明したが、近い将来、例えば日本の選手だけのグラフィクを表示させるようなことが、僕ら自身で選択できるようになるという。東京2020オリンピックでは一部しか使えていなかったという情報分析・グラフィク生成の能力がわずか3年でここまで高められたことを思うと、2028年のロサンゼルスではまだ思いも寄らないようなアップデートを見せてくれるに違いない。

ミーティングルームのプレートには、これまでのオリンピックのさまざまなロゴが見られた。

オリンピックのみならず、スウォッチ・グループ各社がタイムキーパーを務めるスポーツイベントの運営側から送られた書状たち。