ADVERTISEMENT
パンデミックの直前、ヴァシュロン・コンスタンタンはレ・キャビノティエコレクションから大作“ラ・ミュージック・デュ・タン(La Musique Du Temps)”を発表した。コレクターやプレス関係者が集まり、当然ながらチャイムの複雑機構を多用した時計のコレクションを目にすることになり、同時にこの分野で最高のアーティストたちによる最上級のエナメル細工やケースのエングレービングも堪能することができた。グラン・フーエナメルのミニッツリピーター・ウルトラシンのような作品の数々は、今でも私のお気に入りのモダンなチャイムウォッチであり続けている。まあ、あくまでも机上の空論だが。私は実物を見たことがない。見たことのある人はほとんどいない。これらの時計は基本的に事前に販売され、プレスに公開される前に顧客に公開されてきた。
ヴァシュロン・コンスタンタンのルーブル美術館コレクションよりピーテル・パウル・ルーベンスへのオマージュ。
それこそが、レ・キャビノティエをこれほどまでに際立たせている理由のひとつなのだ。“世界三大ブランド(Holy Trinity)”と呼ばれる時計メゾンは、いずれもユニークなピースを製作したりオーダーメイドを受けたりすることがあるが、ヴァシュロンほどアクセスしやすいメゾンはない。もちろん、それは経済的な観点から言っているのではない。これらの時計はすべて“要問い合わせ”だ(信じて欲しいが、私たちは何度も問い合わせたのだから)。しかし、レ・キャビノティエとして製作された作品の多くは、今年初めに私が撮影したピーテル・パウル・ルーベンス(Peter Paul Rubens)へのオマージュのように公開されている。そしてオーデマ ピゲやパテック フィリップとは異なり、レ・キャビノティエの時計を購入したりオーダーするためには、ブランドの大口顧客であったり、CEOと親友であったりする必要はない。ヴァシュロン・コンスタンタンのルイ・フェルラ(Louis Ferla)CEOに尋ねてみたところ、誰でもレ・キャビノティエの門を叩き、時計をオーダーすることができるとオフレコで答えてくれた。もちろんヴァシュロン・コンスタンタンは、クライアントが自分のアイデアを膨らませることができるように優しく指導しながら、何を作るかを調整する。しかし、もしあなたが特別なユニークピースをお望みなら、ヴァシュロンはいつでも相談に乗ってくれるだろう。
レ・キャビノティエは、ヴァシュロン・コンスタンタンの最高の時計職人と専属の職人の手によるコレクションで、これまでカスタムオーダーに重点を置いてきた。しかし一般に発売されたこれらの時計は、顧客の需要と、言葉は悪いが、誰も持っていない時計を手に入れるための待ち時間の長さに対する焦りから生まれたものである。一部のコレクターにとっては、待つことで自分の意見が反映された時計が手に入るなら、そんなことはどうでもいいことなのだ。以下は私の好きなJ.G.ウェントワースの広告の引用だ。「それは私のお金だ、今すぐ欲しい(It's my money, and I want it now)」
「顧客に対して、“できますよ。でも3年、4年、いや5年かかります”と言うと、それは当然必要な時間なのですが、顧客基盤のかなりの部分を失うことになります。それでビジネスモデルを少し転換して、“ユニークで素晴らしい作品を年に1回コレクションする”と言うことにしたのです」とフェルラ氏は語った。
レ・キャビノティエの生産量の3分の2(わずか40~50本)は、このようなテーマに沿った作品と、年間を通して少しずつ発表されるその他の作品が占めている。そうすると、コミッション枠は13〜16枠しか残らない。残りは2022年から続く以下のような作品の製作にあてられている。
これらの時計は、ときに仰々しく過密なダイヤル装飾を伴うものの、非常に素晴らしいものだ。例えば、2022年に発表されたトリビュート・トゥ・バッカス(Tribute to Bacchus)は、(とりわけ)ワイン、豊穣、祝祭、儀式の狂乱を司る神に捧げる、時計に期待される華麗な装飾や複雑機構、享楽的な厚みをすべて備えていた。フィリップ・スターン(Philippe Stern)の顔をダイヤルに配したパテックの選択はさておき、ヴァシュロンはキャリバーとダイヤルのデザインにおいて特にバランスを重視しているようである。しかし、Cal.2755 GC16には16の複雑機構が搭載されているため、パテックのグランドマスター・チャイムと同じように、ヴァシュロンの時計製造の壮大さが少々大げさに感じられることがあるかもしれない。
ヴァシュロン最新のレ・キャビノティエ コレクション、レシ・ドゥ・ヴォヤージュ(または旅の物語)には、そのような要素は少ない。レ・キャビノティエにとってサイズという問題は依然としてあるが(このプログラム史上、38mm径より小さいサイズの時計は1本も作られていない)、ピーテル・パウル・ルーベンスへのオマージュが残したものを引き継いでおり、かさばる複雑機構よりも職人技術に重点が置かれている。
これらの新作は旅の素晴らしさを想起させながら、手首にその感動をもたらすことを目的としているが、ユニークピースであることに変わりはない。すなわち、単なるサンプルではなく、顧客の手元に届けられるものだ。そのため、リストショットやリストロールは撮れないし、手袋なしでの取り扱いはできない。私たちはまだすべての作品を見ることができておらず、それは以下の写真に写っていないいくつかの作品が今日ソーシャルメディア上で公開されていることからも明らかだ。しかし、裏を返せば、これらの時計がすでに売られてしまう前に見ることができるということでもある(この記事をここまで読むころには事情も変わっているかもしれないが)。それではさっそく旅に出よう。
レ・キャビノティエ・ミニッツリピーター・トゥールビヨン-アラベスク様式への賛辞-とミニッツリピーター・トゥールビヨン-アールデコ様式への賛辞-
ヴァシュロン・コンスタンタン レ・キャビノティエ・ミニッツリピーター・トゥールビヨン-アールデコ様式への賛辞”
私がこのプレスリリースを入手したときから、これらの時計がショーの主役であることは明らかだった。ヴァシュロンは手巻き式のトゥールビヨン・ミニッツリピーター、Cal.2755 TMRを大きく異なるふたつの方向へと進化させたのだ。そのデザインは、私の現在の本拠地であるニューヨークと、今回のお披露目の場所となったエミレーツを結ぶもので、数々のハイエンドで繊細な工芸技術を披露している。
左は“アラベスク様式への賛辞”であり、アーティストたちが何世紀にもわたって歴史的なイスラム美術から着想を得てきた、アブダビのシェイク・ザイード・グランド・モスクにあるイスラームの美術作品や唐草模様、小花模様からインスピレーションを得たものである。ヴァシュロンと中東とのつながりは古く、1817年にはオスマン帝国の富豪たちに時計を供給していた。このダイヤルは、部屋を仕切ったり、建物の外壁に見られたりするマシュラビーヤのスクリーンをモチーフにしている。透かし彫りと彫金が施されたホワイトゴールドの“格子細工の装飾”が、ラインエングレービング技法による彫りの深いマットな質感の黒の背景とコントラストをなしているのがわかるだろう。ホワイトゴールドのプレートは薄く、細かいディテールが要求されるため、ダイヤルの完成だけでも1カ月を要したという。
細密画のような職人技を見てこれでもまだもの足りないというなら、“アールデコ様式への賛辞”のダイヤルはどうだろう。これを間近で見て、私は圧倒された。ヴァシュロンが寄木細工と彫金七宝を組み合わせたダイヤルを製作したのは、これが初めてのことだ。そのデザインは、尖塔のデザインからエレベーターのドアに施された木製の象眼細工に至るまで、紛れもなくクライスラー・ビルにインスパイアされている。ピンクゴールドのケースにはペアウッドとチューリップウッドの対照的な模様があしらわれている。そのダイヤルには“パール”のミニッツトラックと11個のファセットダイヤモンドのアワーマーカーが配され、6時位置に近いものがもっとも長く、12時位置に近づくにつれて徐々に短くなっている。これは、トゥールビヨンが見えるために下部が重たくなりがちな時計のデザインのバランスを保つものだ。
“アラベスク様式への賛辞”のホワイトゴールドケースの側面には有機的なインタリオ彫刻が施されているが、その他の大部分は幾何学模様で覆われている。エングレービング作業には3カ月を要し、最高で10分の1mmの刻みが施されている。ピンクゴールドの“アールデコ様式への賛辞”のスタイルは全体的に極めて幾何学的で、驚くほど複雑なヘリンボーンモチーフが施されており、時計を(優しく)手にしたときに光を反射する。それぞれの時計は、バックルにまでエングレービングが施されている。
ケースやダイヤルに多くの職人技が注ぎ込まれているため、内部のキャリバーはほとんど後付けのようにも見えるが、それ自体は実に見事なものだ。Cal.2755 TMRはとても美しいミニッツリピーターの音を奏で、直径33.9mmに厚さ6.1mmと比較的小さい。裏返してケースバックからムーブメントを見ると、ヴァシュロンがこの時計を直径44mmに厚さ13.5mmと縦横に大きくサイズアップしていることがわかる。レ・キャビノティエの時計は、職人の芸術性を表現するためのキャンバスである、というのが私の主張だ。私はヴァシュロンに対して、ミニマリズムとより小さなサイズへの挑戦が、さらなる芸術性を示すことができると提案をしたい。私はおしゃべり好きだ。写真を選べないことが多いので、結局、ドバイ・ウオッチ・ウィークのフォトレポートでは200枚以上の写真を掲載することになった。しかし、過ぎたるはなお及ばざるが如しということで、私は実機を触っているあいだずっと、ヴァシュロンはこのことを肝に銘じるべきだと考えずにはいられなかった。
ヴァシュロン・コンスタンタン レ・キャビノティエ・ミニッツリピーター・トゥールビヨン-アラベスク様式への賛辞。
レ・キャビノティエ・グリザイユ・ハイジュエリー-ドラゴン
この時計は、複雑な時計製造から少し遠ざかるための口直しのようなものなので、これ以降Hands-Onレビューを手短にする口実にさせてもらおう。レ・キャビノティエ・グリザイユ・ハイジュエリー-ドラゴン-は、ヴァシュロンの超薄型キャリバー1120を採用し、直径40mm、厚さ8.9mmのホワイトゴールド製ケースに7.1カラットのバゲットカットダイヤモンドをあしらったモデルである。
ジェムセッティングを施した時計の芸術性を評価するようになった(そしてたまには愛せるようになった)私だが、このダイヤルを完成させるのにどれほどの才能が要求されるかは想像に及ばない。ヴァシュロンがジェムセッティングとグリザイユ・エナメルを組み合わせたのはこれが初めてで、ヴァシュロンによる写真ではダイヤルはグリーンの趣が強かったが、実際に目にするとよりブルーっぽく見えた。ともあれ、ナメル細工の色彩の豊かさとコントラストは傑出しており、伝統的なグリザイユ・エナメル細工よりも鮮やかであった。
レ・キャビノティエ・マルタ・トゥールビヨン-オスマン様式への賛辞-
次はトゥールビヨンに話を戻そう。レ・キャビノティエ マルタ・トゥールビヨン-オスマン様式への賛辞-だ。その名が物語るように、トノー型ムーブメント2790 SQが搭載された同じくトノー型のこの18Kピンクゴールド製ケースは、特徴的な独自のスタイルでパリの活性化と刷新を指揮したバロン・ハウスマン(Baron Hausmann)からインスピレーションを得ている。
ケースにはオスマンスタイルのファサードを想起させるシャンルベ装飾などさまざまな技法が施され、 ムーブメントのモチーフはエッフェル塔の金属構造を想起させる。ケースサイズは縦41.5mmに横38mm、厚さ12.7mmとなっている。
レ・キャビノティエ・アーミラリ・トゥールビヨン-アールデコ様式への賛辞-
この時計のムーブメントに見覚えがあるとしたら、あなたは鋭い観察眼を持っている。このアーミラリー・トゥールビヨンは瞬時に切り替わるバイレトログラード式の時・分表示を備え、2軸のトゥールビヨン・レギュレーターを搭載したムーブメント1990を搭載しており、世界で最も複雑な時計と称される巨大なヴァシュロン57620の技術的功績を受け継いでいる。さらに最近では、このムーブメントはロールスロイスのために製作されたカスタムウォッチに搭載されている。
イエローゴールドのケースには精巧なエングレービングが施され、ダイヤルにはアールデコに影響を受けた素晴らしいデザインが施されているが、その視認性はロールスロイスのそれと比べるとかなり低い。また、直径45mm、厚さ20.1mmというこの大ぶりな時計は、ダークなダイヤルにダークな針が配され、比較的判読しにくい印象を受けた。私はヴァシュロンが好きだが、この時計は私にとってはもの足りなく思えた。このブランドに期待される洗練されたものよりも、もっと派手であまり技術的でない会社から発売される大型の時計により近いと感じたからだ。もっとも興味深かったのは、下に見えるトゥールビヨンと球形ヒゲゼンマイのための覗き窓だった。技術的な面ではおもしろい時計づくりだが、残念ながら少し実用的ではないようだ。
レ・キャビノティエ-メモラブル・プレイセズ-
レ・キャビノティエ-メモラブル・プレイセズ-
上記の時計の対極に位置し、ブランドのエングレーバーが新たな手法を用いて、ミニマリスト(あるいは “ミナチュリスト minaturist”とでも言うべきか)のそれとはまったく異なる形で思い出深い土地に捧げられた4つの作品がある。これらの時計は前に紹介したドラゴンウォッチと同じCal.1120を搭載し、直径40mmに厚さ9.1mmというやや厚めのケース(ホワイトゴールドまたはピンクゴールド製)を備えているが、その厚みを生かしてジュネーブから極東までの風景を描いた素晴らしいエングレービングが施されている。
3色のゴールドダイヤルに彫り込まれた小さな人物や犬、象、そして漢字といったディテールを堪能して欲しい。それぞれのダイヤルは、イエローゴールド、ホワイトゴールド、ピンクゴールドから切り出された複数のプレートからなり、絵画に描かれたさまざまな色の要素を構成している。プレートの厚さは0.4~0.8mmで、アーティストが彫る際の彫りの深さは10分の1mmから10分の2mmを超えることはない。そして、200時間以上という長い時間をかけて1枚のダイヤルが作られることになる。
顧客は4つの風景から時計を選ぶことができる。1875年にメゾンが近くのケ・デ・ムーラン(Quai des Moulins)に移転するまでの約30年間、ヴァシュロン・コンスタンタンとその工房があった “トゥール・ド・リル(La Tour de l’Île)”には、先ほど紹介した愛らしい犬が描かれている。“アンコール・トムの入口門(The Entrance Gate to Angkor Thom)”は、ルイ・ドラポルテ(Louis Delaporte、1842-1925)が描いた南門からインスピレーションを得ている。PG、 YG、WGのプレートに9つのエングレービングとダマスク装飾が施され、すべてのダイヤルのなかでもっとも奥行きがあるデザインとなっている。そして“オールド・サマー・パレス(Old Summer Palace)”は1873年の彫刻で描かれた清朝王宮の庭園文化、その建築、彫塑、装飾、園芸への頌歌だ。エングレービングとダマスク装飾を施したわずか8枚のプレートで、ほぼ同様の奥行きを表現している。最後に、“孔子廟とインペリアル・カレッジ・ミュージアムの入り口門(Entrance gate to Confucius Temple and Imperial College Museum)”の図柄は、1864年の旅行記に掲載されたエミール・テロン(Emile Thérond、1821-1883)のデッサンによる。
今回のヴァシュロンの“レシ・ドゥ・ヴォヤージュ”のテーマのなかでもっともわかりやすく、連想しやすいのがこれらかもしれない。ヴァシュロン・コンスタンタンからはあまり深読みしないで欲しいと言われたものの、中国をテーマにしたふたつのモデルが登場したことは、現代の時計界における中国市場のパワーを物語っているように思える。
これらは素晴らしい芸術作品だが、どのテーマにも個人的なつながりはなく、私の心は最初に多くの 時間を共にしたトゥールビヨン・ミニッツリピーターに回帰し続けていた。そのどちらでも好きなパッケージの時計を選ぶことができ、視覚的に楽しませてくれるだけでなくインスピレーションとデザインを感じ取ることができる。パンデミック中は家にいる時間が長かったため、旅行することが当たり前とは思っていないが、レ・キャビノティエのアラベスクやアールデコのリピーターが呼び起こす自分だけの物語やつながりを創造し、自宅でイマジネーションを膨らませることだって今は同じくらいに幸せだ。まあもっとも、ヴァシュロンには何の損失もない。これらの時計は私の手には負えない価格帯であることに加え、おそらくすでに新しい住処へと向かっていることだろう。
Shop This Story
ヴァシュロン・コンスタンタンとレ・キャビノチティエプログラムの詳細については、ヴァシュロン・コンスタンタンのウェブサイトをご覧ください。