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Photos by Tiffany Wade
90年代ウィークへようこそ。この特集では直近10年間で最も魅力的な(そして最も過小評価されている)時計と、20世紀末を特徴付けたトレンドとイノベーションを再考していく。ダイヤルアップ接続を行い、クリスタルペプシ(無色透明のコーラ)を手に取ってほしい。今週はずっとこのテーマを扱う。
スウォッチは誕生パーティーの開き方を知っている。
カラフルで手頃な価格のプラスチックケースのクォーツウォッチを製造するスイスのメーカーが1993年に10周年を迎えたとき、お祝いにファジー・ザ・ホエール(編注:アメリカのアイスクリームフランチャイズ)のケーキを用意することはなかった。その代わり、スウォッチ史上最も高価で豪華なトレゾール マジックで、この瞬間を祝うことにしたのだ。ジャジャーン。スウォッチはみんなの目の前で大人になった。
ETA社の自動巻きムーブメントとプラチナケースを搭載し、定価1619ドル(約22万円)という驚きの価格で発売されたトレゾール マジック。1990年代初頭、スウォッチの平均的な時計は2桁ドルの価格指数にしっかりと収まっていたことを忘れてはならない。この時点でスウォッチは外観や素材、さらには限定生産の遊び心に長けていたのだ。その2年前、大ヒット商品となったスウォッチ ベジタブルは、まるで食べ物のように手頃な価格で、世界中のスウォッチブティックや小売店の前に大行列ができるほどの大人気となった。
故ニコラス・G・ハイエック(Nicolas G. Hayek)氏は、今のスウォッチ グループの共同設立者であり、長年にわたってCEOを務めた。彼はニューヨークのマーカンタイル取引所でウォール街の観衆を前にトレゾール マジックを公開した。1993年の新聞の切り抜きには、販売店の前に行列ができたことや、顧客ひとりにつき1本というポリシーが書かれていたが、それはスウォッチの販売店が今年初め、ムーンスウォッチに同じ決まりを導入するずっと前のことだ。
だが、さまざまな理由から、その人気は徐々に下降していった。トレゾール マジックが1万2999本というあまり限定的ではない数で生産され、貴金属製のハイエンドなスウォッチに対する需要を明らかに過大評価していたことも、その一因となっただろう。とはいえ、90年代初頭はスウォッチ旋風が巻き起こっていた時期でもあり、トレゾール マジックのようなユニークなスウォッチを切り札(プラチナの)とみた人も多かったのではないかと思う。
完全にはうまくいかなかったのだ。今日でもトレゾール マジックは通常4桁ドル前半の価格で取引されており、キキ・ピカソ / Kiki Picasso(2万2000ドル=約300万円!)やオイゴル・オロ / Oigol Oro(1万ドル=約137万円以上)など、ほかのスウォッチのレアモデルが見せた高値からはほど遠いものである。しかし、当時購入した人の多くが望んでいたのは元を取ることではないだろう(トレゾール マジックと同じ年にビニーベイビーズ/ Beanie Babiesがデビューしたのは驚きだろうか?)
トレゾール マジックは、それ以前のスウォッチとも、それ以降のスウォッチとも、紛れもなく一線を画している。その相反する性質がずっと気になっていたため、HODINKEEの編集カレンダーに90年代ウィークが挙がったとき、これはじっくりと考察するチャンスだと思った。ニューヨークのウォッチシーンで長年活躍してきた友人であり、RedBarグループのCEOでもあるキャサリーン・マクギブニー(Kathleen McGivney)氏が貸し出してくれたことで実現することができたのだ。
デビューから30年近く経った今でも、トレゾール マジックは魅力を失わない。それはプラチナケースのポリッシュ仕上げのせいかもしれないが、子供のころに放り投げていたおもちゃの磁石を思い出させる。しかし、このポリッシュ仕上げにはプラチナ特有の華やかさはなく、また貴金属の重厚感もない。むしろ、まずその軽さに驚かされた。34mmのスリムなケースに約25gのプラチナを使用したトレゾール マジックは、腕につけると、やや小ぶりで極めてオーソドックスな印象だ。
ダイヤルは星や太陽の光、そして12時間表示と24時間表示を交互に繰り返すプリントのローマインデックスが混在し、視認性に対して積極的な姿勢を示しているように見える。ゴールドトーンのアルファ針は、格子状の開口部に直接差し込まれ、内部で動作するETA自動巻きムーブメントの一部が見えるようになっている。さまざまな要素が盛り込まれているが、一貫したテーマや方向性を見いだすことは困難だ。
あなたは、私のことを“木を見て森を見ず”だと思っているかもしない。スウォッチの時計は常に美的実験の拠点となってきた。そのとおりだ。スウォッチのベジタブルウォッチが読みにくいという意見は聞いたことがない。しかし時計の価格が10倍になると、かつての魅力的なクセがすぐに見逃せない欠点になってしまうのだ。
そしてスウォッチらしさをこれだけ残したことが、トレゾール マジックにおける最大の問題点かもしれないが、それが30年後の好奇心として、トレゾール マジックを存在させ続けているのだとも思う。私はこの時計がこのような形で存在することを、いまだに信じることができない。
来年、スウォッチの40周年記念の年に、1993年のオリジナルと同じようにエキセントリックでより大きなサイズの、システム51ムーブメントを搭載したトレゾール マジック限定復刻モデルをぜひとも見てみたい。
ジャジャーン。すごい時計になること請け合いだ。
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