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無人島に取り残されたとしよう。助けがいつ来るか、来るかどうかもわからないが、生き延びるための基本的な物はそろっているとする。十分な水がある。雨露をしのぐ自然のシェルターもある。食べるためには、本能をフル活用して狩猟や採集をするということだ。
この試練を想像のなかでシミュレーションしたとき、手首にはどんな時計があるだろうか? イメージできるとすれば、それが自分の“無人島に持っていく時計”だ。ただし注意しなければならないが、本当に砂漠気候の島にいるのでなければ、それは“無人島時計”と呼ぶべきかもしれない。
時計愛好家の間では、このような空想ゲームが頻繁に話題になるようだ(ほかの趣味の世界でも同様に)。「もし島に取り残されるとしたら、どんな時計を持っていくか?」という質問は、時計コレクションを1本に絞るだけでなく、時計の楽しみ方を見つめ直す哲学的な思考訓練でもある。そう、これは時計のことだけでなく、私たち自身への問いなのだ。
次に、時計仲間とテーブルを囲んで“無人島に持っていく時計”の話が出てきたときに、この会話に現実的な文脈を加えたいと考えついた。どうやって? 実際に体験することによってである。
ドライ・トートゥガス国立公園について初めて知ったのは、ジャスティン・クチュール(Justin Couture)氏が自身のブログ“The Wristorian”に掲載した記事だった。この公園は、フロリダ州キーウェストの西約70マイル(約110km)にある小さな島々からなる。1861年に建設されたジェファーソン砦は、主要島の上に立っている。この砦とその砲台はメキシコ湾を通る人気の高い航路を守り、コントロールするために設置されたものだが、1935年にフランクリン・D・ルーズベルト大統領によってジェファーソン砦は国定公園に指定され保護された。現在では、アメリカで最も本土から離れた国立公園となっている。
ドライ・トートゥガスという名前は、島に真水がないことに由来する。訪問者は飲料水を含め、必要なものをすべて島に持ち込まなければならない。キャンプは許可されているが、ゴミは持ち帰るルールだ。島には設備はなく、いくつかの固定されたグリルと持ち込んだ食糧をネズミが食べないようにするための貯蔵容器があるだけだ。深刻な緊急事態に備え、島にはチャンネル16(国際遭難周波数)に合わせたVHFラジオが設置されていて、救助要請が可能だ。ジェファーソン砦には国立公園局のパークレンジャーが数名常駐している。
私はドライ・トートゥガス国立公園でキャンプをするための許可証を申請し、自分の順番が来るのを待った。通常6ヵ月前には予約が埋まってしまう。毎日キーウェストからのフェリーが島を訪れ、日帰り観光客にジェファーソン砦を数時間散策する機会を提供している。この船には少数のキャンパーも乗り合わせる。そして、昼過ぎに日帰り観光客が帰ってしまうと、島にいるのはキャンパーたち(合計8人ほど)だけになる。
上陸の順番を待つあいだ、私はこの無人島に持っていく時計を選ぶ必要があった。しばらく考えた末に、最終的に1本だけですべてを賄う時計としてロイヤル オーク オフショア ダイバーを選んだ。いつもとはまったく違う選択だ。では、なぜ私は自分の時計の好みから大きく外れたものを選んだのか? ツールとしての時計は熟知している。しかし、不合理な熱狂の的のような腕時計を着ける機会はなかった。もしこの旅がうまくいかなかったとしても、少なくとも私にはそのチャンスがあると思ったのが理由だ。それに、この超人気の時計は無人島のような環境にも適応するものの、実際そんな風に使う人はほとんどいない。つまり私以外には誰もいないということも、この時計を選んだ動機だ。
ロイヤル オーク オフショア ダイバー Ref.15720STの定価は、302万5000円(税込)である。今は? 欲しくて欲しくてたまらない人たちが、二次流通市場で400万円前後支払って手に入れているのが実情だ。この時計を購入するにはブティックとの特段に厚い信頼関係が必要であり、それ以外の人は途方もないプレミアムを支払うことになる。“不合理な熱狂”の定義そのものであり、私が思うに、この時計を買う人のほとんどは300m防水や自社製ムーブメントCal.4308を評価して買うのではないだろう。それでも、やはりオーデマ ピゲ(AP)が作る時計だ:高い性能を備えているのだ。手にした瞬間、驚くべき品質の高さを感じた。多くの人にとって、これは聖杯のような時計だと思う。私にとって、この時計が映し出すイメージに応えてくれるかどうかの試金石となった。
2日間の滞在のうち、キーウェストの夜明けに、ガールフレンドと一緒にドライ・トートゥガスへ行くフェリーに到着したときのことだ。ドライ・トートゥガスは国立公園のため、銃や武器、爆発物などの持ち込みは禁止されている。私たちは手荷物を警備員に預けて検査を受けた。怪しいものは何も見つからなかったが、彼らは私が熱いモノを隠し持っていることに気づかなかった。そう、手首にあるアレだ。
パナマハットにハワイアンシャツ、そして個性的なサングラスでフロリダモード全開だ。このアンサンブルのトップを飾るのは、APのロイヤル オーク オフショア ダイバーだ。400万円の時計を身に着けて、無人島に行くのは最高の気分だ。そこでは携帯電話も通じないし、誰も私に連絡を取ることはできないのだ。
島に上陸する。国立公園局から簡単な説明を受けた後、キャンプを設営した。十分な水、医療キット、そして夕食を摂るのに十分な道具を用意した。万が一に備えて予備の食料も用意してある。テントを設営し、食料を頑丈な容器に保管した後、島の散策を始める。私はこの島が大好きだ。しかし、私が想像していたような無人島どころか、日焼け止めを塗りたくった観光客がそこらに大勢いて、島の地図を見つめていた。
水上飛行機が到着したのを見て、私は帰りは水上飛行機に乗ることに決めた。APは私に金銭的な誇大妄想を抱かせるのかもしれない。つまり、ライフスタイルにインフレを起こす時計という意味において。
正午頃、“無人島の時計”に関して最初の大きな決断を迫られた。時計を外してはいけないと誓っていたが、釣り餌用に熟したイカを千切りにしなければならない。ぬるいイカの身が入った袋に手を入れることになる。きっと手首には頭足類の肉汁がかかるだろう。せっかくのピカピカのAPを軟体動物の臭気がする水で濡らしてしまって良いのだろうか?
うーん。まあいい。
魚は自ら針に掛かるわけではないし、何はともあれ私たちは食事を調達しなければならないのだ。
ストラップはラバー製だ。汚れや臭いはすぐに取れるだろう。
日帰り観光客が2時に船で帰途に就くと突然、島が静かになる。ようやく人里離れた無人島に来たという実感が湧いてきた。それはつまり、私が手首につけているAPを褒めてくれる人が周りにいないということでもある。一日中、誰も気づいてくれなかったのだ。驚くことでもないし、とにかくこれは私だけのものだ。ハリケーンで流されるかもしれないし、船が沈んで帰れなくなるかもしれないし、サメに襲われるかもしれないし、そのほかにも色々あるかもしれない。離島で息絶える想定などいくらでも思いつくが、少なくとも私はこの時計を着けているだろう。サバイバルに適した時計を選ぶべきだと言う人がいるかもしれない。しかし、実際には時計は何の役にも立たないのだから、思い切って好きな時計を着けた方がいい。
もしあなたが無人島でロイヤル オーク オフショアを身につけていて、それを見ている人が誰もいなかったら…、それは皆が思っていたような不合理な熱狂の対象となる時計なのだろうか? 私はそう思わない。ロイヤル オークを身につける楽しみの多くは特定のイメージを投影することに関係しているのではないかと思い始めていいる。
さて、釣りをしている波止場の下にオニカマスを発見。我々が釣り上げた魚を、リールを巻き上げる前にどんどん奪っていく。まるで税務署員が税金を取り立てにくるように…。
波止場では小さい鯛しか掛からず、捕獲できるほど大きくない。果たして食べられるのだろうか? もしロイヤル オークを身につけている人がいたら、それがオフショアであっても、真鯛とハタハタの区別もつかず、釣り針に餌をつけて夕食を得ることもできない、根性よりもお金に余裕のある都会人だと思ってしまうかもしれない。私はそんな人間にはなりたくない。
この時計に恋をしているわけではない。むしろ傷が付いてしまわないか気が気ではなかった。すでに砂やイカの汁が付着しているし、小さな鯛の釣り糸を外したことで魚のヌメりも混じっている。
シュノーケリングと砦の散策の時間。言っておくが、オフショア ダイバーは水中での視認性は高い。その点では悪くないと思う。ツールウォッチとして実用的に機能している。ただし、ベゼルの操作感は別として。
数匹のイセゴイが小魚を追って浅瀬を回遊しているのが見える。イセゴイは巨大で、しかも速い。驚くべき光景だ。ついに鯛が掛かり始め、私たちは夕食用に大きなゴマフエダイを釣り上げた。ヤシの木の下で、涼しい海風に吹かれながら調理して食べる。周りに聞こえるのは、波の音と炭火が消える音だけだ。
獲れたての魚を食べ、美味しいアイランドラガーを飲み、誰にも邪魔されないひと時は最高の気分だ。私はロイヤル オークのある人生を謳歌し始めていた。以前はわからなかったが、今はちょうどいい具合にハマっている。この瞬間、私はこの時計を半分ほど理解することができた。今でも私にはまったく合わないのだが、ようやくその魅力がわかり、受け入れられるようになったのだ。
消灯時間。就寝する。外は雨が激しく降っていて、椰子の木がテントを叩いているので、目が覚めてしまう。でも、この雷と雨は本当にすばらしい。熱帯地方以外ではこのような嵐は珍しい。
夜中に目が覚めて、何時か知りたくなり、手首をチェックした。真っ暗で何も見えない。夜光塗料はすでに蓄光切れだった。10万円以下の時計でも解決できる問題であれば、ロイヤル オーク オフショアもできるに違いない。しかし、ほとんどの人は夜中に時刻を確認するためにこの時計を買うわけではないだろう。
2日目は8時頃に起きた。嵐の余韻で風が強く、灰色の曇り空だが、晴れ間が近づいている。目を覚ますと、まず時計で時間を確認する。いい感じだ。卵とスパムを炒める。スパムを持ってきたのは、南太平洋での苦難の時代に空腹を満たしてくれた食材への敬意を表してのことだ。
この時点で、私は島の隅々まで探索し尽くしたので、遊び半分でもう一度水に浸かって釣り糸を垂らすことにした。すぐに戻ってくるつもりだ。
10時になってボートが到着すると、島には日帰り観光客が押し寄せてきた。
私はすべての道具を片付けて、ボートの準備が整うまでブラブラしていた。私は密かに、ここに来る途中でボートが沈没して(もちろん全員生き残って)、1日余分に足止めされたらいいのにと思っていた。私はまだ戻る心の準備ができていなかった。ようやく無人島での生活に慣れてきたところなのに。この生活も悪くないと感じていたからだ。それどころか、最高だ。衛星電話とWi-Fiがあれば完璧だ。ずっと、ここにいられる。
私たちはドライ・トートゥガスを後にして、キーウェストに戻った。
キーウェストのフェリーターミナルに戻ってきたが、すでにあのカリブ海の小さな砂のかけらが恋しくなっている。私は“無人島に持っていく時計”を試すために来たのだが、実際に持ち出すよりも、大勢の時計仲間とバーで持ち寄って楽しむ方がはるかに良いということがわかった。私が学んだのは、実際に行動するよりもシンプルに理屈で考えた方が良いこともあるということだ。現実の世界では、“無人島に持っていく時計”などどうでもいいことなのだ。
結局、“無人島に持っていく時計”の実証体験でいちばん収穫があったことは、島の滞在が素晴らしかったということだ。
撮影: 筆者とケイティ・マクダーモット。その他の画像はNPSより
オーデマ ピゲについての詳細は、公式サイトをご覧ください。