10年ほど前まではユーズドウォッチと捉えられ、いくつかのレアピースを除けばその価値がいささか低く見られがちだった70〜90年代の時計たち。しかし時が経つにつれ、この年代の時計も徐々にヴィンテージの一部にカテゴライズされるようになり、近年のヴィンテージウォッチ・ブームも手伝って、今や評価を獲得しつつある。BEST VINTAGE(ベスト ヴィンテージ)は、愛好家垂涎の1970年以前に作られたリアルヴィンテージはもちろん、こうした“ポストヴィンテージウォッチ”を数多く取り揃えるショップだ。しかも、単に時計を選ぶだけではない。背景にあるストーリーにも触れながら時計と対峙できる空間は、間違いなく愛好家のハートを刺激する。
私たちが時計に興味を抱くずっと前に作られたモデルは、その背後に宿るストーリーや当時の時代背景も併せて知ることで、希少性やルックスだけでは測れない、本当の価値や魅力を伝えてくれる。そんなストーリーのひとつにCal.11の存在が挙げられるだろうか。
ゼニスのエル・プリメロ、セイコーのCal.6139と並んで1969年に誕生したCal.11は、時計の技術と実用性を大きく前進させた自動巻きクロノグラフムーブメントのひとつ。とりわけCal.11の開発に際して意外なメーカー同士の連携があったことは、熱心な時計ファンにはよく知られるエピソードだ。
第二次世界大戦後、自動巻きやデイト表示、防水機構など、現在の機械式時計のスタンダードとなる機能を次々と実用化してきたスイスの時計業界は、次の一手としてクロノグラフの自動巻き化を目指した。この開発競争に名を連ねたのが、当時のホイヤーだ。ただし開発には莫大な資金と技術力が必要になることから、ホイヤーはまず、複雑機構を手掛けていたデュボア・デプラと手を組み、続いてブライトリング、そして後にハミルトンに買収されるビューレンにも協力を仰いだのである。つまり、Cal.11はライバル関係にあったメーカーとの連携によって完成したムーブメントであり、この協力体制が成立しなければ、自動巻きクロノグラフはもっと違う形で発展していたかもしれない──。
当時の時計を手にしながらこうしたストーリーにも触れることで、その個体の価値や魅力を知る。BEST VINTAGEはまさに、それを体感しながら時計を選ぶことのできる貴重な場所なのである。
BEST VINTAGEのフロアには、ユーズドウォッチと合わせてオリジナルのヴィンテージウォッチも数多く展示されている。かつて、ISHIDA新宿がリニューアルする前に展開していたユーズドウォッチ販売フロアでもヴィンテージウォッチは扱っていたが、BEST VINTAGEにリブランディングするにあたり、その取り扱いはより強化された。
こうした時計のバイイングにおいて、同店が重視しているのがオリジナル性。いずれも古いモデルなので、経年によって劣化した針やダイアルなどが変更された時計は多く存在する。だが、ヴィンテージウォッチが注目されるようになった現在では、オリジナル性を重視する顧客が増えており、これに合わせてBEST VINTAGEでは個体の状態を詳らかにするとともに、価格にも歴然とした差を設けて販売しているという。
日々、情報のアップデートに努めるスタッフとの会話によって、その時計の希少性はもとより、オリジナルの個体が持つ特徴についても理解が深められる。それは一般的な中古店にはない、常に“ベスト”な販売姿勢を持つBEST VINTAGEならではの魅力といえよう。
ヴィンテージやユーズドを合わせ、常時約1500本もの時計を扱っているBEST VINTAGE。そこには時計ファンにとって馴染み深いブランドのモデルも多く並べられているが、一方では、すでになくなってしまったブランドの時計や、かつては革新的ともてはやされた素材、現在では使われなくなった素材を用いた時計もラインナップされている。
一例として挙げられるのが、IWCとポルシェ・デザインとのコラボレーションによって作られたジュラルミンケースのモデルやチタニウムケースの時計、さらには、自発光塗料として60年代から90年代後半にかけて多くの時計に用いられながらも、素材の危険性が取り沙汰されてからは姿を消してしまったトリチウムを使用したモデルなどだ。80年代から90年代にかけて製造されたこれらの時計は、今もなお日常使いが可能で、しかも近年の時計には見られないデザインや経年による独特の風合いを備えた個体が多く、こうした時計のなかから隠れた逸品を見つけ出すのもまた楽しい。
Cal.11がライバル関係にあったブランドの連携によって完成したという前述のエピソードをはじめ、かつての時計業界はこうした相互協力によって成り立っていた事例が少なくない。代表的な例として挙げられるのが、ジャガー・ルクルトのムーブメントだろう。
ジャガー・ルクルトは時計のダイヤルやケース、ムーブメントまでを自社で製造する真のマニュファクチュールであり、ムーブメントに至っては自社製品のみならず、他社に供給していた実績を持つ。長らくムーブメントを自社で製造していたIWCもジャガー・ルクルトやETA製のムーブメントを搭載していた時期があるが、これを推し進めたのが、80年代にIWCとジャガー・ルクルトのコンサルタントに就任したギュンター・ブリュームライン氏である。彼はIWCではダ・ヴィンチを、ジャガー・ルクルトではレベルソをそれぞれ強化することで、両ブランドの経営を立て直すことに成功。そして1990年にはウォルター・ランゲ氏とともにA.ランゲ&ゾーネを復興させ、翌年には3ブランドを統括するLMHの会長となった。
今でこそ、これらのブランドは同じリシュモングループに名を連ねながらも独自の道を歩んでいるが、BEST VINTAGEではこうした80〜90年代のポストヴィンテージも見つけることができ、機械式時計が再興するに至った激動のストーリーに触れながら、時計を選べるのである。
2021年1月、ISHIDA新宿を運営するBEST ISHIDAの代表取締役社長となった石田充孝氏は、就任時にユーズドウォッチを中古としてではなく、幅広くヴィンテージとして演出する構想を明らかにした。実際、完成したBEST VINTAGEはその思いを具現したコンセプチュアルなフロアになっており、一般的な中古店とは明らかに一線を画している。
「そもそもヴィンテージウォッチは、時計の歴史やムーブメントが改良・進化を遂げていく過程を感じられるカルチャーですから、その世界観をしっかりと伝える空間、いわば、役者であるヴィンテージウォッチがその魅力を存分に発揮できるステージ作りが重要だと考えていました。だからこそ、経年によって灼けたり色褪せたりしたボックスや、日付が記された保証書、当時の雑誌の切り抜きといった、ひとつの時計を取り巻くパーツも一緒に並べてヴィンテージが持つ歴史や趣などを表現できる、ミュージアム的な展示を取り入れたのです」
VINTAGE MUSEUMと名付けられた展示スタイルを導入しているためか、BEST VINTAGEには販売店にありがちな押しの強さがなく、むしろさまざまな時計の価値を知りながら、顧客が自由に選べる環境を作り上げている点が新しい。そして、こうした時計の歴史的価値を伝えようと努める一方で、それに続くポストヴィンテージウォッチを手厚くラインナップしているのも個性的だ。
「今後さらに時が経つと、90年代の時計がより多く市場に出回るようになる──つまり、時計としての完成度が高く、来歴もしっかりとしたヴィンテージウォッチがどんどん生まれてくるわけです。弊社はこれまで、状態のいい時計を探し、それをお客様に提案する販売スタイルを取ってきました。しかし、長年ヴィンテージやユーズドウォッチを取り扱ってきた店として、今後は、次にヴィンテージと位置付けられるような時計をいち早く先取りし、ひとつでも多くよい状態で残していくための活動が重要だと考えています。そのためには、他社とも連携して修理体制を確立したり、パーツを確保したりするなど、ヴィンテージを愛するお客さまにしっかりとつないでいけるような体制を構築していく必要があるのです」
2021年9月に、かつてのユーズドウォッチ販売から、ヴィンテージウォッチをメインに扱うフロアへと一新したBEST VINTAGE。地下の店内には常時約1500本の時計が並び、特に歴史的価値の高い個体についてはフロア内に設置されたVINTAGE MUSEUMに展示。また、地上5つのフロアは正規時計販売店のISHIDA新宿となっており、1棟のビルで正規現行品とヴィンテージを縦断して楽しめる珍しいショップである。
【BEST VINTAGE(ISHIDA新宿 B1F)】
■住所:東京都新宿区新宿3-17-12 B1F
■TEL:03-3341-4481
■営業:平日12:00~20:00/土日祝11:00〜20:00 ※無休
Photos:Yoshinori Eto Words:Yuzo Takeishi