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※本記事は2015年11月に執筆された本国版の翻訳です。
ひと言でいえば、私たちの着こなしやスタイルに対する考え方にラルフ・ローレンほど影響を与えた人物はいないだろう。40年前、ブロンクス出身でデザインに目端の利く一人の青年が始めた事業が、世界を股にかけた帝国を築いただけではなく、考え方全般にまで影響を与えたのだ。世界では、“ポロ”が象徴する東海岸北部の上品さだけでなく、ハンドメイドの“パープルレーベル”の都会的シックさや、RRLの南西部風のワークウェアとブルックリンのオーラの融合も、多くの人々に受け入れられている。ラルフ・ローレンの影響は、服だけではなく、ホームグッズや装飾品、革小物やアクセサリーにまで及び、それぞれはスタイルではなく、ライフスタイル全体の網羅なのであり、その全指揮を彼自身が執っている。そこで今回のインタビューではラルフ自身について焦点を当てた。
この独占インタビューで、伝説のデザイナーであるラルフに、彼自身の時計コレクションや、先日(執筆当時)発売されたばかりのオートモーティブ・スケルトンウォッチを含め、彼がデザインした時計、そしてラルフ自身が最もよく身につけている時計について語ってもらった。
まず言っておきたいのは、ラルフ・ローレン氏は私自身にとって、とても大きな存在であるということだ。私が思うに、彼の人生はアメリカンドリームを象徴しているだけでなく、彼の感性もまた、私自身の嗜好に影響を与えたからだ。彼の服は、私の子供時代、思春期、そして成人してからもずっと共にある。ラルフ・ローレンの圧倒的な完璧主義者としての生きざまは、私にとって常に知性とデザインの頂点である。告白しよう‐先週ラルフのオフィスで彼を前にして、私のヒーローであることを認めざるを得なかった。
その理由は、彼が築き上げた10億ドル規模の帝国というよりも、ラルフ・ローレンがまさに第一線のクリエイターであり、私が生まれる前からずっと、旧きよき時代の流れを受け継いだ偉大な作品を数多く生み出したという事実にある。私はクラシックな物に魅了されてきた(1940年代製の小さな古い時計を身につけ、1960年代に作られた電子機器なしの車に乗っている)。そして、現代の腕時計やテクノロジー満載の車にはほとんど興味がない。幼い頃からそう思っていたので、ラルフ・ローレンと彼の世界感は私の癒しであった。そしてこの世界は、1940年代のパテック フィリップ カラトラバや1960年代のロレックス・クロノグラフの世界とは異なり、私が生きているあいだに作られたものであり、それが私にとって特別なものだったのだ。
ラルフ・ローレン氏にインタビューしたことが、私にとってさらに特別な経験となったのは、初めて話をする前に、ニューヨーク州北部にある彼の個人的なガレージに招待され、彼がデザインした多くの時計のインスピレーションの源泉を見せてくれたことだ。私は車好きで、なかでもヴィンテージカーが好きなのだが、ラルフ・ローレン氏のカーコレクションは、この世で手に入るもののなかでは最も雲上に近いものだった。大学を卒業したての頃、ボストンのMFAで展示されていたラルフの車を鑑賞したことがある。その数年後、私はパリで開催された“Art Of The Automobile”展でラルフのコレクションを再び目にした。しかし、私が尊敬する人が集めた世界的な車のコレクションを、その車のために設計された家で見ることは、想像もできないことだった。
ラルフのD.A.Dガレージ(彼の3人の子供たちの頭文字から取ったそうだ)は、ニューヨーク北の某所にある表札もない建物にある。そこには、ラルフ自身が大切にしている車や、伝説となった車など、車への情熱が凝縮されている。私はこのガレージで、彼の最初のポルシェ、ブラックの930ターボを見た。250GTOもだ。彼の初期のコレクションの多くに影響を与えたモーガンやジャガーも見た。このガレージには、マクラーレンP1やラ・フェラーリといった現代のスーパーカーも鎮座していた。また、1950年代に製造されたジープも。そしてもちろん、ローレン氏が所有する伝説的なブガッティ タイプ57SCも‐自動車をテーマとした時計のインスピレーションの源泉とも言うべき名車だ。
アトランティックの傾斜したルーフラインは、背骨がむき出しになっており、丸みを帯びたリアパネルは車の世界では異種独特なものだ。ステアリングホイールやダッシュボードには、想像以上に美しい木材が使用されており、彼のオートモーティブ・ウォッチコレクションを何度も見たことのある私には馴染み深いものだった。このブガッティのドアに使われている革質は? 神々しいほど素晴らしい。このような車に囲まれていれば、実際にラルフのカーコレクションがそうなのだが、インスピレーションが枯れることはないだろう(彼のガレージを訪れたあと、私は自分自身の世界について、そして自分の生活のなかで最も刺激を受けるアイテムについて考えてみた)。
私の話はさておき、デザイン界、ファッション界にとって、ラルフの存在がどれだけ大きいか手短に説明しよう。ラルフ・ローレン氏がデザイナーであると言うのは簡単だが、それでは彼を正当に評価しているとは思えない。ラルフは、私たちの生活や、服だけでなく日常生活でのさまざまな物との関わり方を変えてきたのだ。マディソン・アベニューにあるラルフ ローレンの本社は、何十年ものあいだ、メンズファッションとデザインの世界の牽引役となってきた(この点については、Valet Magazineの素晴らしい記事“ラルフ・ローレン大学”をお読みいただきたい)。トッド・スナイダー、フランク・ミュータンス、シド・マッシュバーン、ジョン・バルベイトス、マイケル・バスティアンなどは、メンズウェア界の真の思想的リーダーとしての役割を果たすために、かつて“ポロ大学”のホールを飾っていた名前のほんの一部である。
しかし、この記事はラルフがファッションやデザインに与えた影響についてではない-それには、学術論文が必要だ。今日は、ラルフと彼の時計への愛と審美眼について語りたいと思う。
ラルフ・ローレン氏、時計を語る
最初に断っておくと、ラルフ・ローレン氏は、30年以上も前からヴィンテージウォッチを収集している。共通の友人を介して、彼が初期のパネライと50年代のカルティエをこよなく愛していることは聞いていたが、このふたつの頂点は、視覚的に鮮烈であるというだけでなく、それぞれのカテゴリーを代表するモデルでもある。ひとつは大きくて堂々としていて、今の時計メーカーには存在しないような真の目的のための品質を持ち、もうひとつは20世紀初頭のグラマラスで華やかな雰囲気を纏っている。また、彼は自分のブランドの時計の根幹の部分の仕事に深く関わっており、自分の考える世界観に合うように一本一本をデザインしていると聞いていた。そして、その両方が事実であることが理解できたのだ。
ベンジャミン・クライマー(以下BC):時計に関する最も古い記憶を教えてください。
ラルフ・ローレン(以下RL):子供の頃は、時計すら持っていなかったんだ。そして、どこからともなくやってくるからこそ、ないものにさらに感謝することができたんじゃないかな。最初の時計の記憶は、父のものだったかな。大きな丸い時計で、ストップウォッチが付いていたよ。私には2人の兄と妹がいるが、父はその時計を私にはくれなかったし、私が覚えているのは父がそれをいつも身につけていたことだけだね。その頃は、高級時計というものを理解していなかったのさ。時計という存在を意識し始めたのも、それから数年後だったと思うよ。
フレッド・アステアやケーリー・グラントといった偉大な人物たちが、常によい時計を身につけているなと気付いたのは、10代、20代になってからだったかな。彼らの存在が私にネクタイのビジネスを始めるきっかけになったのさ‐彼らのようになりたいと思ったし、そのスタイルを作っている人はもう誰もいなかったからね。
BC: 1920年代や30年代に流行った幅広のネクタイが欲しかったのですね?
RL:そう。その当時には幅広のネクタイなんてどこも作っていなかったからね。今では考えられないことだけど、このアイデアを何人かに提案したところ、誰もが「売れない」と言ったよ。私にはグラントとアステアの世界観を作りたいという明確なビジョンがあって、その核となるのがネクタイだったんだ。けれども、時計に関しては、彼らが当時身につけていた最もエレガントな時計は、カルティエだったんだ。私はカルティエが長年にわたって培ってきたことが大好きなんだ。
RL:私が好きな時計には、グラマラスな雰囲気があるんだ。みんな“ロレックスみたいな素晴らしい時計を持っていて、毎日身につけているよ”と言うでしょ? でも、それは私には考えられないし、今までもそうだったからね。私は、時計を洋服と同じように捉えているんだ。私たちが生きている世界の一部であって、エレガントな時計はそのような特別な生活の一部にフィットするんだ。毎日同じ服を着るわけではないのに、なぜ同じ時計をつけるのか不思議に思わないかい? この時計(メッシュブレスレットのプラチナ製スクエア型のカルティエを指して)は、私のお気に入りのひとつだ。大きさ、ホワイトメタル、メッシュブレスレットがアールデコ調の雰囲気を醸し出しているところが好きなのさ。あるコレクションのキャンペーンでこの時計を身につけていたんだけど、服よりも時計についての問い合わせが多かったような気がするよ!
BC:あなたがカルティエの時計をコレクションするようになったきっかけを教えてください。
RL:これには面白い話があってね(1930年代のイエローゴールド製の大型タンク サントレを手に取る)。アンディ・ウォーホルの時計オークションに参加したとき、彼の時計に素晴らしいゴールドのカフが付いていたんだ。時計自体はジャンクで、どう扱われていたかもわからないけど、このカフが素晴らしかったんだ。それでカルティエに持ち込んで、自分の腕に合わせてサイズを調整してもらい、このサントレに付け替えたんだよ。この時計は、私がよく身につけているものだけど、いいでしょ?
BC:これらのカルティエの時計のどこに魅力を感じているのですか?
RL:カルティエの時計は、その大きさやカーブがとても素晴らしいんだ。私はスーツに不格好な時計は嫌いなんだけど、これらの時計は高級な服に合わせるためにデザインされたもので、ストーリー性があり、人生全体を考えさせてくれるのさ。このカルティエを身につけている人がどんな車に乗っているのか。週末には何をしているのか。多くの時計はそのような世界観を提供していないと思うけれど、私のパーソナルウォッチはそのような世界観を感じさせてくれるのさ。そして、私自身の時計ラインもそうありたいと願っているよ。
このカルティエを身につけている人がどんな車に乗っているのか。週末には何をしているのか。多くの時計はそのような世界観を提供していないと思うけれど、私のパーソナルウォッチはそのような世界観を感じさせてくれるのさ。そして、私自身の時計ラインもそうありたいと願っているよ。
– ラルフ・ローレンBC:あなたは、カルティエのようなエレガントなものや、パネライのような男性的なものなど、両極端な時計を収集する傾向があるようですね。
RL:そのとおりかもね。デザインと同じように、人生の特定の経験や特定の瞬間のために収集しているんだ。私の時計コレクションと車のコレクションを見ると、どちらも“日常的使いするようなもの”はあまりないよね。日常的に使う時計が欲しいのであれば、ロレックスやパテックで十分だと思うけど、それは少し無味乾燥な気がするんだ。私はお金儲けのために時計を集めたことはないしね。ポール・ニューマンもジェームズ・ボンドのロレックスもないよ。自分の好きなものだけを収集するんだ。
日常的に使う時計が欲しいのであれば、ロレックスやパテックで十分だと思うけど、それは少し無味乾燥な気がするんだ。
– ラルフ・ローレンBC:なるほど、でも一度はロレックスやパテック フィリップを所有したことがあるのでは?
RL: ロレックスならね。ブルーダイヤルのオイスターパーペチュアルを長年愛用していたけれど、自分にとって特別な存在とは感じていなかったかな。私の子供たちが成長するなか、私がよく身につけていたかもしれない時計なので、子供たちにとっては私のこの時計を一番よく覚えていると思うけれど、私にとってはそれほど思い入れのある時計ではなかったんだ。私はパテック フィリップだって所有したことがないからね。
BC:あなたはヴィンテージ・パネライのどんなところに興奮するのか教えてください。そもそもどうやって知ったのですか?
RL:兄のジェリーと一緒にミラノに向かっていた時かな。当時、パネライはニューヨークで流行り始めていて、知り合いがつけているのを見たことがあったんだけど、それは新しいモデルだったんだ。私はジェリーに、もしオリジナルのパネライを見つけたら、ぜひ手に入れたいと伝えたんだ。大きくて丈夫なケース、ボロボロのストラップ、そしてカーブしたドーム型の風防は素晴らしいものだったからね。あのミラノの旅では、まさか見つかるとは思っていなかったんだけど、見つけたんだ。
BC:オリジナルのルミノールは巨大な時計ですが、どのようなときに着用するのですか?
RL:いつもつけているよ! オリジナルのパイロットやダイバーがジャケットやウェットスーツの上に着用していたように、私もフィールドジャケットの上から着用しているんだ。
BC:そうですね。ここにある悪名高いアンジェラス社製ムーブメント搭載の時計はどうですか?
RL:これは本当にクレイジーな時計だよ。あるランウェイショーのあと、お辞儀をするときにこの時計をフィールドジャケットの上からつけていたら、会場が大騒ぎになったんだ。時計が人に与える影響力を初めて体験した瞬間だったね。
BC:私が見ているこのIWCについて教えてください。
RL:これはIWCが第二次世界大戦期に製造したパイロットウォッチなんだ。私にとって、パネライの時計との相性がとてもよいんだ。なぜなら、これらの時計には真の目的があるからね。私はIWCの時計を何本か持っているけど、これは特に気に入っているよ。もう1本欲しいなと思っていたところ、当時同社のCEOだったジョージ・カーンが1本見繕ってくれたんだ。IWCは素晴らしいブランドだと思うし、この時計(腕に巻いたRLオートモーティブ・スケルトンを見ながら)でパートナーになれたのは幸運だったと思うよ。
BC:ご自身のブランドの時計のラインについて少しお聞かせください。そもそも、なぜラルフ ローレンブランドで時計を手掛けることになったのですか?
RL:私がこのコレクションを始めたのは、何も奇跡的なビジネスになると思ったからではないんだ。私が時計を愛していて、人々が好むと思われるものをデザインしたいと思っただけなんだ。私がネクタイを販売するビジネスを始めたのも、既存のものではなく、人に好まれるものを作れると信じていたからなんだ。それは何度も繰り返してきたことだけど、時計という大好きなものを扱うことで、さらにその思いは強くなったね。
BC:あなたの最初のデザインは、言ってみればカルティエの初期のコレクションを彷彿とさせますね。その狙いはあったのですか?
RL:それは褒め言葉でもあり、その逆でもあるから複雑な気分だね。確かに私はカルティエが大好きだけど、他のブランドと同じようなものを作りたいとは思わなかったな。何か新しいものを作り、エレガントな腕時計に新しい風を吹き込みたかったんだ。
BC:では、これらの時計をデザインするのは、あなた自身なのですね?
RL:もちろんだよ! 私はこの会社のあらゆることに関わっているけれど、なかでも時計はとても好きなので、特に力を入れているよ。私はずっと時計を作りたいと思っていたし、今でも会社全体のなかで最も好きな仕事のひとつなんだ。常に新しいことと出会えるし、乗り越えるべき課題も多いからね。この時計は、ジョン・ゴールドバーガーのような偉大な時計コレクターのためのものというよりは、単に高品質で美しいデザインを愛する人々のためのものであることを皆さんにご理解いただけると嬉しいね。
BC:ジョン・ゴールドバーガー氏は実際にラルフ ローレンの時計を身につけていますよね。
RL:そのようだね。彼は何度かオフィスに来てくれて、時計の話で盛り上がったことがあるからね。彼は、プラチナ製のスリム・クラシックをよくつけてくれているみたいだね。
BC:時計デザインのインスピレーションについて教えてください。このように様々なスタイルや製品があるので、“ラルフ ローレンウォッチ”が何を目指しているのかを伝えるのが難しいのではないでしょうか?
RL:私は1920年代のブガッティや黒のカシミアが、1950年代のジープや作業服と同じくらい好きで、いつもそうやってデザインしてきたんだ。つまりね、二面性がテーマなんだ。古いステーションワゴンに人生があるように、車にも人生があると私は信じてるんだ。私の車たちを眺めながら、どのタイプの時計が合うのかを考える。そのような時計は市場に存在しないと思うからこそ、私は自分でそれを作ることにしたんだ。
BC:ラルフ ローレンの時計会社はどのように組織されたのか、具体的に説明していただけますか?多くの人はライセンス生産委託しているだけと誤解していると思いますので。
RL:もしこれがライセンス契約であれば、ずっと前に実現していたことだろうね。何十年も前から、中国製の安価なラルフ ローレンブランドの時計を販売して欲しいという要望があったからね。私は常にね、いつも断ってきたんだ。私は自分のやり方で物事を進めることを信条としているし、時計が大好きだから、最高の品質以外のものに私の名前が載るのは我慢できないんだ。何年か前に何人かの人と話をしたんだ。ルイジ・“ジーノ”・マカルーソ(ジラール・ぺルゴ元CEO)もその一人だったけど、彼はフェラーリとのコラボレーションで忙しかったので、私たちにとって適切な時期ではないと思ったんだ。だけど、私が大好きなヨハン・ルパート氏(現リシュモングループ会長)に会ったとき、話はトントン拍子に進んだ。ヨハンは、“私は通常、気に入った会社があればそれを買うだけだが、君の場合はぜひパートナーになりたい”と言ってくれた。そして、それはとてもシンプルなやり取りだったよ。私がデザインを担当し、リシュモンは時計の品質を確保するためのインフラを提供する。会社の持ち分は、当然のように半々に分かれている。すべてのコレクションは、私と兄と、あと1人か2人で作っているんだ。これは本当にラルフ ローレンの時計なんだよ。
BC:“確かにデザインは素敵だけど、自社製ムーブメントでもないのに、なぜ買うの?”と疑問を持つ人もいるでしょう。
RL:ただ、それはとても一面的な物の見方だと思うよ。私は裁縫ができないけれど、世界で最も素晴らしい生地を見つけることはできる。私がネクタイの会社を立ち上げたときのように、手縫い、手巻きの世界最高のサプライヤーを見つけ、生地の古い在庫からシャツで作ったり、ポケットを付けたりして、自分なりの工夫を凝らした結果、うまくいったんだ。時計についても同じように考えているよ。自分でムーブメントを作る余裕はないけれど、RL67 サファリのように、優れたクロノメーター認定ムーブメントを使った週末用の素晴らしい時計を、それほどお金をかけずにデザインすることができるし、ピアジェやルクルトのムーブメントを使って、どちらの会社の時計とも似ていない、とても控えめでシックなドレスウォッチを作ることだってできるんだ。
私は裁縫ができないけれど、世界で最も素晴らしい生地を見つけることはできる。私がネクタイの会社を立ち上げたときのように、手縫い、手巻きの世界最高のサプライヤーを見つけ、生地の古い在庫からシャツで作ったり、ポケットを付けたりして、自分なりの工夫を凝らした結果、うまくいったんだ。時計についても同じように考えているよ。
– ラルフ・ローレンBC:それはわかりますが、自社製ムーブメントを搭載した時計を所有したいと思う理由は理解できますか?
RL:もちろんそうだね。だからこそ私たちは世界最高級のムーブメントを使って、他の誰とも違うものを提供しているんだ。ここにある時計(彼が所有するヴィンテージのカルティエとパネライを指して)は、どれも自社製ムーブメントを搭載していないね。私たちはこれらの時計を、時の試練に耐えうる高品質のデザインオブジェとして愛している。私の時計も同じようなものにしたいんだ。
BC:自社の時計ラインナップについて、うまくいっていると思う点、もっと良くできると思う点をもう少し教えてください。
RL:デザインは素晴らしいし、ますますよくなっていると思うね。リシュモンのおかげで、品質は間違いなく向上しているからね。それぞれの時計に何が使われているのかを、もっとうまく伝える必要があるかもしれないね‐どの時計も私自身から生まれたものなんだ、私のことを知っていればそれはすぐにわかると思う。特にオートモーティブ・コレクションは、私自身のカーコレクションをそのまま反映しているんだ。私が所有しているブガッティ タイプ57の美しさとドラマが、この時計にも感じられると思う。
BC:今、あなたが身につけていらっしゃるのはスケルトンウォッチですが、この作品のどこが他の時計と違うのか、あるいは価格に見合うだけの価値があるのでしょうか?
RL:この時計のようなものは世界に存在しないと思う。ブガッティを運転するときに着用するために、私がデザインしたものだからね。インスピレーションは文字通りのもので、素晴らしいF.A.ジョーンズによるIWCのムーブメントを、ブラックに着色してスケルトン化するというまったく新しい方法を採用したんだ。IWCはこのムーブメントをこんな風に使ったことはないから、時計の質感も非常に異なっているよ。とてもドラマチックかつエレガントで、決して彼らに負けてはいないと思う。
BC:ところで、自社製ムーブメントを作りたいと考えたことはないのですか?
RL: そうだな。考えてみたことはあるけれど、その必要性がないと判断したんだ。私たちは、他社製の傑作ムーブメントをまったく新しい方法で扱っているんだ。時計の歴史を振り返ってみると、私たちは非常に伝統的な方法で時計を作っていると思う。新しいデザインでありながら、最高のサプライヤーを使い、美しいものを愛する人々のためにデザインしていて、決して機械オタクに終わることはないんだからね。
BC:時計への意気込みが強いですね。
RL:もちろんだよ。これはほんの始まりに過ぎないんだ。私は自分たちのデザインを信じているし、素晴らしいサプライヤーに恵まれてもいる。私はこれまでに何度か失敗してきたけれど、何があっても続けていけるだけの製品への自信を持っているよ。
BC:現在活躍している時計メーカーで評価しているブランドはありますか?
RL:もちろん。私はウルベルク(Urwerk)が大好きで、何本か所有している。ブラックケースに鮮やかなグリーンのアクセントが効いていて、とても個性的だと感じている。私たちがやりたいことを完璧に補完しているし、いつか彼らと一緒に仕事をしてみたいとも思っているよ。コロラド州の牧場でマクラーレン P1に乗るときには、よくこの時計をつけている。とてもハイテクで、そのアグレッシブさが気に入っているんだ。とてもピュアで、他の時計とはまったく違う世界を表現しているからね。
私はウルベルクが大好きで、何本か所有しているよ。ブラックケースに鮮やかなグリーンのアクセントが効いていて、とても個性的だと感じている。私たちがやりたいことを完璧に補完しているし、いつか彼らと一緒に仕事をしてみたいとも思っているよ。
– ラルフ・ローレンBC:あなたがウルベルクや彼らのようなブランドを愛する理由は何ですか?
RL:私にとって、彼らはアーティストなんだ。まったく新しいものを作り、自分たちのアイデアに多大な投資をしているよね。それは、自分がキャリアをスタートしたばかりの頃を思い出させてくれるんだ。私が欲しかったジャケットは、乗馬ショップでしか手に入らなかったからね。私が欲しかったネクタイは、私が作ろうと思った50年前にすでに廃れていたしね。私が欲しかったミリタリーフィールドジャケットは、軍の放出物資店でしか手に入らなかったんだ。そこで私は、自ら世界を作るという、自分のアイデアに投資することにしたんだ。1971年、私は父から1万5000ドル借りて、メルセデス・ベンツ 220SEを購入したんだけど、父にはクレイジーだと思われたね。しかし、この車のおかげで、私が考えていた“美しく作られたモノの世界”が完成したんだ。私は、自分が信じられることをするために、敢えて居心地のよい場所を飛び出したんだ。私がウルベルクのような会社を愛する理由、そして、このラルフ ローレンの時計のプロジェクトを始めた理由もそこにあるんだ。私はウルベルクが大好きで、何本か所有しているよ。ブラックケースに鮮やかなグリーンのアクセントが効いていて、とても個性的だと感じている。私たちがやりたいことを完璧に補完しているし、いつか彼らと一緒に仕事をしてみたいとも思っているよ。
BC:時計ビジネスに携わったことで、あなた自身はどのように変わりましたか?
RL:あまり大勢いるということはないかもしれないけれど、私が時計業界に参入した数年前に比べて、今の時計コレクターは投機的志向が強いのではないかと思っているよ。最近、私が耳にするのは、“20年後にどれだけの価値が上がるか”ということだね。私の時計の目的はそこではないんだ。そのためにはロレックスを買えばいいからね。私は、デザインや美しさを愛する人たちのために、エモーショナルなものを作りたかったんだ。私は、ジャケットやドレス、椅子と同じように、時計でも世界をミックスしたいんだ。私にはまだまだ学ぶべきことは多いけれど、それでいいと思っているよ。1970年代、私は初めて素晴らしい車を購入した。ポルシェ 930ターボの後部座席に子どもを乗せた。若い父親である私が、黒のポルシェ・ターボを運転し、子供たちを後部座席に乗せる。自分ではイケてると思ったね。けれども、ローリングストーンのオーナーである友人のジャン・ウェナーが、“ラルフ、俺のフェラーリを試してみろ”と言ったんだ。そうしたら、そこにはまったく別の世界が広がっていることに気づいたんだ。私は今でもポルシェを愛しているけれど(彼は今でも930ターボと、ビジネスを始めたときに買った1971年製の220SEを所有している)、素晴らしいヴィンテージ・フェラーリや、真新しいマクラーレンやブガッティのよさも理解できるよ。私は自分のビジネスの中核である服やアクセサリーを愛しているけれど、時計についても、より真剣に取り組み始めているんだ。これは新たな挑戦であり、何年も続けていきたいと思っている。このプロジェクトを始めたときは、まだ時計について十分な知識を持っていなかったかもしれないけれど、今ではその知識が身についた自信があるよ。そして、このプロジェクトのすべては、情熱から生まれたものなんだ。ラルフ・ローレンの時計は、私の声から生まれたもので、それは誠実な声であり、人々がそれを見てくれることを願っているよ。
編集後記
ラルフ・ローレン氏の時計の世界をご紹介したが、お楽しみいただけただろうか? インタビューをしていて、これほど楽しいものはかつてなかった。ラルフは誠実で、オープンで、正直だ。彼の所有する時計は、彼の個人的なスタイルをよく反映していると感じられた。彼のヴィンテージ・カルティエのエレガンスはパープルレーベルのスーツに完璧にマッチするし、彼のヴィンテージ・パネライはRRLのジャケットの上から付けるのが理想的だ。ラルフ ローレンの時計は、ラルフという人間にとってよりパーソナルなものなのだ。そのなかには、彼が作り上げた「世界」の一部が見えるが、それ以上に、ラルフ個人の情熱と欲望が見える。彼と話をした後、私はラルフ ローレンの時計にまったく新しい敬意を抱いたのだが、読者の皆さんもそう思っていただけたら幸いだ。
ラルフ ローレン 時計のラインナップはこちら。
写真撮影:ウィル・ホロウェイ(Will Holloway)