ブランパンは、現存する時計ブランドのなかでも最も長い歴史を誇るメゾンのひとつです。その名を聞いて、ダイバーズウォッチの祖として知られるフィフティ ファゾムスを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。実際、今年発表された新サイズ38mmのフィフティ ファゾムスは、大きな話題を集めました。
一方でブランパンは、複雑機構の分野でも長年にわたって存在感を示してきました。クォーツショックの逆風が吹き荒れていた1980年代には、シックス・マスターピースと呼ばれる6本の機械式時計を発表します。それぞれコンプリートカレンダー ムーンフェイズ、ウルトラスリム、パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーター、スプリットセコンドクロノグラフ、フライングトゥールビヨンというラインナップで、スイスの伝統的な時計作りの価値と魅力をあらためて思い出させるものでした。直近のリリースでは、ブランドのもうひとつの柱であるヴィルレ コレクションで、アップデートされたコンプリートカレンダーを披露しています。
ブランパンへの工房を目指す山道から望むジュウ渓谷。奥に見えるのはジュウ湖。
そして今回ブランパンが新たに発表したのは、腕時計における最も高度な複雑機構のひとつであるグランドソヌリを搭載した新作グランド ダブル ソヌリです。さらに、これまでになかった世界初の機構を組み込んだ結果、ブランド史上もっとも複雑な腕時計となりました。僕はこの時計が正式に発表される少し前、スイス、ジュラ山脈に位置するジュウ渓谷にあるブランパンの工房を訪れ、グランド ダブル ソヌリの開発の舞台裏と完成した実機を間近で見て、聴く機会に恵まれました。
ブランパン史上最も複雑な腕時計
腕時計における複雑機構とは、基本の時・分表示に対して、さまざまな情報や機能を付け加えたものを指します。例えば、経過時間を計測するクロノグラフ、真太陽時との差を示す均時差表示、日付のみを表示するシンプルなカレンダー、日付・曜日・月を組み合わせたトリプルカレンダー、それにムーンフェイズを加えたコンプリートカレンダー、年に一度だけ調整が必要なアニュアルカレンダー(年次カレンダー)、そしてうるう年を自動で補正するパーペチュアルカレンダー(永久カレンダー)などが代表的です。
シックス・マスターピースのひとつであるミニッツリピーターを搭載したブランパン Ref.0033。
そのなかでも、とりわけ高度なコンプリケーションとされるのが、時刻を音で知らせる「チャイミングウォッチ」と総称されるカテゴリーです。この分野にも、いくつかの種類があります。
ミニッツリピーターは、ケース側面のスライダーやプッシャーを操作することで、必要なときだけ時刻を音で知らせる機構です。通常はまず時(低音)、次に15分(高音と低音の組み合わせ)、そして分(高音)の順に、内部に備えられたゴングをハンマーで打ち分けることでチャイムを奏でます。
一方のソヌリは、自動的に音を鳴らすタイプです。30分ごとに打鐘するものをプチソヌリ、毎正時と15分ごとにチャイムを鳴らすものをグランドソヌリと呼びます。なかでもこのグランドソヌリは、数ある複雑機構の中でも頂点に君臨する存在と言っていいでしょう。
ブランパン グランド ダブル ソヌリの4音を鳴らす4つのハンマーは、職人たちの手作業によって美しくミラーポリッシュされている。
ブランパンが今回発表したのは、そのグランドソヌリに、4音を用いてモデル名が示すとおりふたつの異なるメロディーを奏でる、これまで前例のなかった機能を組み合わせたモデルです。そのうち一曲は、ロックバンドKISSのドラマーで時計愛好家としても知られるエリック・シンガーが、この時計のために作曲したオリジナルメロディーであることも特筆すべき点でしょう。
本作は、グランドソヌリ、プチソヌリ、ミニッツリピーターという3つのチャイム機構にとどまりません。詳しくは後述しますが、レトログラード式のパーペチュアルカレンダー、4Hzのフライングトゥールビヨンも搭載されています。開発の過程で21件の特許が出願され、そのうち13件が最終的にムーブメントに組み込まれました。新作グランド ダブル ソヌリは、1000点を超える部品から成る、ブランパン史上もっとも複雑なグランドコンプリケーションウォッチなのです。
前例のない挑戦
この時計の構想が生まれたのは、約10年前のこと。きっかけは、ブランパン社長兼CEOであるマーク A. ハイエック氏の大胆なひと言でした。「ほかのどこにもない、唯一無二で、なおかつ最高レベルのグランドソヌリを作ろう」。
そこから練り上げられたコンセプトは次のように定められました。ふたつの異なるメロディーを奏でること。毎正時にはウェストミンスターのメロディーをフルで鳴らすこと。そのために4つのハンマーと4つのゴングで作動させ、単なるチャイムではなく、実際の楽曲の音符として綿密に調律されたサウンドを実現すること。
ブランパン社長兼CEOであるマーク A. ハイエック氏。Photo: Blancpain
さらに、それは金庫の中にしまい込まれるような時計ではなく、日常的に着用できる装着感と堅牢性を備えていなければならない――そんな条件も同時に課されていました。
こうして始まったプロジェクトは、約8年の歳月を経てついに結実し、今回のグランド ダブル ソヌリとして姿を現したのです。ここからは、この時計がどのような構造と特徴を持っているのか、その開発ストーリーとあわせて見ていきましょう。
ブランパン グランド ダブル ソヌリ
ブランパン グランド ダブル ソヌリは、ムーブメントだけで1053個、総計では1116個もの部品で構成された腕時計です。設計から組み立て、装飾に至るまで、そのすべてが自社の工房で手がけられています。ケースサイズは直径47mm、厚さ14.5mm、ラグからラグまでの全長は54.6mmとグランドコンプリケーションとしては抑えられたプロポーションです。
さらに、このモデルを実際に組み上げることが許されている時計師は、ブランパンの工房内でもわずか2人だけ。それぞれが1年かけて1本を完成させるため、生産本数は年間わずか2本に限られています。現在までに製作された2本は、それぞれホワイトゴールド製とレッドゴールド製で、ムーブメントの装飾も各ケースに合わせて個別に仕立てられています。
また、本作はオーナーの要望に応じてケース素材や仕上げはもちろん、さらにはメロディーの内容に至るまでカスタムできるユニークピースとして製作が可能です。設計段階からブランパンとの対話を重ねながら、自分だけのグランド ダブル ソヌリを形にしていく──そんな特別なオーダー体験も、この時計ならではの魅力と言えるでしょう。
上のパワーリザーブインジケーターにはベルのマークがあり、チャイム機構用であることがわかる。
新ムーブメントであるCal.15GSQは、4Hzで駆動する手巻きムーブメントで、計時用として最大96時間、グランドソヌリモードでは約12時間のパワーリザーブを確保しています。下側の香箱が計時用、上側の香箱がチャイム機構用として配置されており、それぞれに対応するパワーリザーブ表示が設けられていることがわかります。
グランド ダブル ソヌリに搭載されている機構をここで整理しておきましょう。
- ① 時・分表示
- ② グランドソヌリおよびプチソヌリ
- ③ ミニッツリピーター
- ④ デュアルメロディー機構:ウェストミンスター・チャイムまたはブランパン独自のメロディーのいずれかを選択可能
- ⑤ 4Hz フライングトゥールビヨン
- ⑥ レトログラード パーペチュアルカレンダー(ブランパンのシグネチャーであるアンダーラグコレクター付き
- ⑦ ふたつのパワーリザーブインジケーター(ムーブメント用とソヌリ用)
Cal.15GSQ開発段階の3つのプロトタイプムーブメント。
Cal.15GSQの開発にあたって、当初からモジュールを積み重ねる方式ではなく、最初から一体型として設計されたムーブメント構造を目指したといいます。ブランパンのR&Dチームは「毎日でも身に着けられるグランドソヌリを実現することを明確な目標に掲げていたからです。モジュール式で上に機構を重ねていく構造では、どうしても全体の厚みが増してしまいます」
レトログラード式のパーペチュアルカレンダーが選択されたのもムーブメントを薄くするため。
ふたつのメロディー
ウェストミンスター(上)とブランパン メロディー(下)の楽譜。
ここからは、この時計の“心臓部”であるチャイム機構に少しフォーカスしてみましょう。一般的なチャイミングウォッチ──ミニッツリピーターや多くのソヌリは、基本的に2つのゴングと2つのハンマーを使います。ひとつは低音、もうひとつは高音で、
- 低音で「時」
- 高音+低音の組み合わせで「15分」
- 高音で「分」
といった具合に、高音と低音の組み合わせだけで時間情報を表現します。耳に届くのは、どちらかといえば「チーン」「カーン」というチャイムの連なりであり、音楽というより“信号”に近いイメージです。
それに対してブランパンのグランド ダブル ソヌリは、この前提そのものを作り替えています。使用するのは、ミ・ソ・ファ・シという4つの音程。それぞれに専用のハンマーとゴングを割り当てた、4ハンマー/4ゴング構成とすることで、従来の2音構成では難しかったメロディーとしてのフレーズを組み立てることが可能になったのです。
メロディーを切り替えるプッシャーと、グランドソヌリ、プチソヌリ、そしてサイレントモードを選択するセレクター。
つまり、この時計は「時間を知らせるチャイム」から一歩踏み込み、4音で構成された“楽曲”と呼ぶのは少し大げさかもしれませんが、明確なメロディーとして時を奏でるチャイミングウォッチへと進化しているのです。ふたつのメロディー、そしてそれらを選択するひとつのスイッチ。言葉にすればシンプルですが、それを実現するまでの道のりは、もちろんそう簡単ではありませんでした。
メロディーの切り替え、音程、そして音のなるタイミングを調整する機構。
ふたつのメロディーを1本の腕時計の中で鳴らし分けるうえで、開発陣が鍵と考えたのがクォーターピースと呼ばれる部品です。これはクォーターラックとも呼ばれ、チャイムの“譜面”にあたるパーツで、縁に刻まれた細かな歯の並びによって、どのタイミングでどのハンマーを作動させるか、そしてそのテンポをオルゴールのように決めています。通常のグランドソヌリでは、このクォーターピースは1枚だけで、ひとつのメロディーがプログラムされています。
クォーターピースの縁に並ぶ細かな歯が、チャイムを鳴らすタイミング(テンポ)を規定している。
グランド ダブル ソヌリでは、このクォーターピースを大胆にも二層構造にするというアプローチが取られました。一方がウェストミンスターチャイム用、もう一方がブランパン独自のメロディー用という具合に、2種類のメロディーそれぞれの“譜面”を上下に積み重ねているのです。隣には二段構えのレバー機構が配置されており、選ばれた側のクォーターピースと連動して4本のハンマーを順番に動かしゴングを打ち付けてチャイムを鳴らします。
ピンクとグリーンのパーツが、それぞれ異なるメロディーを司る二層構造のクォーターピース。どちらのメロディーを鳴らすかは、コラムホイールを含むブルーのパーツによって切り替えられる。
では、どちらの“譜面”を再生するか、それをどうやって選ぶのか――ここで登場するのがコラムホイールです。ケース側面のプッシャーを押すと、その動きがコラムホイールに伝わり、ロッカーと呼ばれる切替機構が上下どちらのクォーターピースを有効にするかを決定します。この仕組みによって、グランド ダブル ソヌリは1本のムーブメントの中で、2つの4音メロディーを自在に切り替えて鳴らすことができるようになっているのです。
テンポのタイミング調整はクォーターピースに取り付けられたひとつひとつの歯を時計師が顕微鏡越しに確認しながら手作業で微調整しています。テンポの誤差をコンマ数秒のレベルまで詰めていくことで、メロディーとして自然に聞こえるチャイムが実現されました。
音の追求
このグランド ダブル ソヌリでは、「どんな音で鳴るか」という点についても徹底した追求が行われています。ここからは、そのこだわりを音質、音程、音量という3つの側面から見ていきたいと思います。
ゴングの素材はブロンズやリキッドメタルなど、いくつもテスト・検証が行われた。
グランド ダブル ソヌリでは、ミ・ソ・ファ・シという4つの音符を鳴らすために、ゴングは合計3本だけが使われています。一見すると「4音ならゴングも4本必要なのでは?」と思ってしまいますが、そのうち1本はデュアルゴング構造になっており、1本のゴングの異なる部分から2つの音を引き出すことで、限られたスペースの中で4音を実現しているのです。ソヌリ機構、トゥールビヨン、カレンダーなど、無数の部品がひしめくムーブメントの内部で、物理的な余白をほとんど残さずに4音を成立させるための、非常に合理的かつ高度な設計と言えます。
開発段階では、ゴングの素材についても複数の候補が検証されました。立ち上がりの鋭さ、余韻の長さ、音色の豊かさといった要素を比較しながらテストが行われ、最終的にもっともバランスよく響くゴールドが選ばれました。
最終的に選ばれたゴールド製のゴング。
デュアルゴング
さらに、各ゴングが正しい音程――つまり狙った音符どおりの高さになっているかどうかを確認するために、ブランパンはレーザー計測による周波数測定を導入しています。まず、ゴングをムーブメントに取り付けた状態でハンマーを作動させ、その振動をレーザーで読み取り、波形と周波数のデータとして可視化します。その数値を基準にしながら、職人がゴングの先端を本当にわずかずつ削り、再び計測し、また削り……という作業を繰り返します。
周波数のチャート
ゴングにレーザーを照射。
こうして、狙ったミ・ソ・ファ・シの周波数に到達するまで、ミクロ単位の調整が続けられます。最終的に得られた4つの音は、プロの楽器と同じレベルの精度でチューニングされており、単なる「機械音」ではなく、音楽として成立するための4音セットとしてグランド ダブル ソヌリの心臓部を支えているのです。
音響膜の拡大図(ピンク色で表示されている部分)。
ケースとベゼル間の構造にある膜が見えるだろうか。
どれだけ美しくチューニングされた音でも、ケースの中に閉じ込められてしまっては意味がありません。グランド ダブル ソヌリでは、その音を効率よく外に伝えるために、音響膜(メンブレン)と呼ばれる独自の構造が取り入れられています。これはベゼルの内側に組み込まれたごく薄い金属膜で、ムーブメントから伝わる振動を受け取り、それをベゼル全体へと拡散させる役割を担っています。
具体的には、ムーブメント側でゴングが振動すると、その振動が音響膜に伝わり、さらにベゼルを共鳴板のように震わせます。これによって、時計そのものが小さなスピーカーのように機能し、単に音量を上げるというよりも、低音域の厚みや響きの豊かさを引き出す方向で音が増幅されます。
ここまで文章であれこれ説明してきましたが、やはりソヌリは耳で体感してこそだと思います。まずは実際に、その音を聞いてみてください。
① ブランパン メロディー(Blancpain Melody)
このグランド ダブル ソヌリのためにKISSのドラマー、エリック・シンガーが作曲したオリジナルのブランパン メロディーです。 ダイヤルの表示は「B」となり、ミ・ソ・ファ・シの4音を使って組み立てられた、やや流麗で柔らかいフレーズが特徴です。
② ウェストミンスター チャイム(Westminster Chime)
ふたつめの動画は、グランドソヌリの定番とも言えるウェストミンスター チャイムです。ダイヤル表示は「W」に切り替わり、同じ4音を使いながらも、よりクラシックで聞き慣れた鐘の響きとして感じられるはずです。
パーペチュアルカレンダーとフライングトゥールビヨン
グランド ダブル ソヌリの見どころは、もちろんソヌリとメロディーだけではありません。ダイヤルの右側と左側に展開するパーペチュアルカレンダーと、7時位置で静かに回転を続けるフライングトゥールビヨンも、この時計をグランドコンプリケーションたらしめている重要な要素です。
まずカレンダーから見ていきましょう。グランド ダブル ソヌリには、レトログラード式の日付表示を備えたパーペチュアルカレンダーが搭載されています。日付は文字盤左側の外周に沿って扇状に表示され、31日目に達すると針がジャンプして1日に戻るレトログラード式。一方、右側には曜日と月表示、そしてその奥に閏年表示がまとめられており、視認性とレイアウトのバランスがよく考えられています。
ここでの挑戦はブランパンのシグネチャーでもあるアンダーラグコレクターとの両立です。本来この機構は、ケースのラグ裏に組み込まれたプッシュボタンを指先で押すだけでカレンダーの調整ができるというものですが、グランド ダブル ソヌリではベゼル下に音響膜(メンブレン)が入っているため、ケース構造に余裕がありません。そこで、このモデルではアンダーラグコレクターのバネ機構そのものをムーブメント側に一体化するという新しい解決策が取られました。その結果、操作性と音響性能、そしてオープンワークの美観を同時に両立させたパーペチュアルカレンダーが完成しています。
そして、7時位置で存在感を放つフライングトゥールビヨンです。ブランパンは1989年に、世界初の腕時計用フライングトゥールビヨンを発表したブランドですが、グランド ダブル ソヌリに搭載されるトゥールビヨンは、その“元祖”を現代仕様にアップデートしたものと言えます。
まずテクニカルな面では、振動数が従来の3Hzから4Hzへと高められました。ヒゲゼンマイにはシリコン素材が採用され、耐磁性も向上しています。
そしてこのトゥールビヨンは、単に精度を追求するための装置ではなく、視覚的な主役としても設計されています。ケージやブリッジには鏡面仕上げをはじめとした丹念なポリッシュが施され、周囲を取り巻くオープンワークされた地板やブリッジが、光を反射しながらトゥールビヨンの動きを際立たせます。ソヌリのハンマーが並ぶ側と対を成すように、ダイヤル下半分を構成するこのトゥールビヨンは、「音」と「動き」というふたつの表現をこの一本の中に共存させる役割を担っているのです。
仕上げというブランパンのもうひとつの到達点
グランド ダブル ソヌリを語るうえで忘れてはならないのが、ムーブメント全体に施された仕上げです。ブランパンはもともとフィニッシングに強いこだわりを持つブランドですが、このモデルではそれのこだわりが極端なレベルまで引き上げられています。
ブリッジのエッジには、手作業によるアングラージュ(面取り)が施され、なかでも注目すべきは135カ所にも及ぶ内角の面取りです。電動工具では入り込めない鋭い内角は、職人がひとつひとつ彫り込み、木片で磨き、最後にジュウ渓谷で採れるリンドウの茎(ジャンシャン)を使って艶を出すという、非常に手間のかかるプロセスを経て仕上げられます。
ペルラージュが施された地板。
コート・ド・ジュネーブを施す様子。
さらに、ペルラージュやストレートグレイニング、コート・ド・ジュネーブといった伝統的な装飾も、見える部分だけでなく、通常は誰の目にも触れない面にまで施されています。オープンダイヤルやシースルーバックから覗く表情はもちろん、将来オーバーホールでしか見られないような側面にまで手を抜かない。この姿勢こそ、ブランパンのハイコンプリケーションを支えるもうひとつの“複雑さ”だと言っていいかもしれません。
グランド ダブル ソヌリは、音と機構、そして仕上げ──この3つが同じ熱量で突き詰められた結果として成り立っている時計なのです。
グランド ダブル ソヌリの組み立てを担当するロマン氏(左)とヨアン氏(右)。
こうしたフィニッシングの積み重ねを、最終的に“時計”としてまとめ上げる役割を担っているのが、ブランパンの専任時計師たちです。なかでもグランド ダブル ソヌリを実際に組み立てることを許されているのは、ブランパンで10年以上の経験を積んだ、たったふたりの時計師だけです。
彼らは、無数の部品を順番に組み上げるだけでなく、ソヌリの音色やテンポ、トゥールビヨンの動き、カレンダーの切り替わり方に至るまで、一本ごとに細かな調整を重ねていきます。そのプロセスにはおよそ一年を要し、ひとつの時計は最初のネジ留めから最終検査まで、最初から最後までひとりの時計師が責任を持って組み上げます。
そして完成したムーブメントには、その時計を担当した時計師の名前が刻まれた小さなゴールドプレートが取り付けられます。裏側から覗き込むと、自分の時計を組み上げた職人のサインが、そこに残されているわけです。
当然ながら、ひとりが1年に1本というペースしか守れないため、生産本数は2人あわせても年産わずか2本。設計や仕上げのレベルが極めて高いことに加えて、「誰が、どのように組み立てたのか」までが時計の一部として可視化されている──この点も、グランド ダブル ソヌリを特別な存在たらしめている要素だと思います。
取材を終えて
僕にとってこのグランド ダブル ソヌリは、「なぜオートオルロジュリーが素晴らしいのか」を思い出させてくれる、ひとつのリマインダーのような存在でした。
正しい音程を得るために周波数チャートを作り、レーザーでゴングの振動を計測してデータとして可視化する。その一方で、最終的にどの響きがふさわしいかは、時計師やエンジニアが自分の耳で確かめて決めていく。見た目にはわからない内側の面取りやペルラージュにまで徹底して手が入ったムーブメントも含めて、テクノロジーと人間の感性が本気でせめぎ合っている現場を、間近で見せつけられた気がしました。
前述の通りマーク A. ハイエック氏は、この時計を「金庫にしまい込まれるオブジェ」ではなく、実際に腕に着けて使ってほしいという思いをもって開発したと話していました。また、コレクターが時計愛好家の集まりにこの時計を持ち出し、緊張で固まってしまうのではなく、不安なく友人たちに触ってもらい、チャイムを鳴らし、機構を試してもらえるようにしたかったと。
そのために、ムーブメントには複数の安全装置が組み込まれています。誤ったタイミングでチャイムを作動させたり、カレンダーを操作したとしても、可能な限り機構にダメージが及ばないよう配慮されています。グランドコンプリケーションでありながら、「触れてはいけないもの」ではなく、「触って楽しんでほしいもの」として設計されている、というのがとても印象的でした。
約8年という時間をかけて最新の技術を総動員しながらも、結局、最後の「良し悪し」を決めているのは人の耳と目と手であり、そしてそれを実際に使う人の体験まで視野に入れてつくられている。グランド ダブル ソヌリは、そうしたオートオルロジュリーの本質──合理性だけでは説明できない「そこまでやるのか」という執念と、使い手に寄り添おうとする姿勢──を、あらためて強く感じさせてくれる時計だと僕は思いました。
基本情報
ブランド: ブランパン(Blancpain)
モデル名: グランド ダブル ソヌリ(Grande Double Sonnerie)
型番: Ref. 15GSQ 1513 55B(レッドゴールド) / 15GSQ 3613 55B(ホワイトゴールド)
直径: 47mm
厚さ: 14.5mm
全長: 54.6mm
ラグ幅: 23mm
ケース素材: レッドゴールドまたはホワイトゴールド
文字盤色: スケルトン
インデックス: ローマ数字
夜光: なし
防水性能: 1気圧(10m)
ストラップ/ブレスレット: 同ゴールド製フォールディングクラスプ付きアリゲーターレザー(色は選択可能)
ムーブメント情報
キャリバー: Cal.15GSQ
機構: 時・分、ふたつのメロディーによるグランドソヌリ(ウェストミンスターおよびブランパン)、プチソヌリ、ミニッツリピーター、シリコン製ヒゲゼンマイを備えた 4Hz のフライングトゥールビヨン、パーペチュアルカレンダー(曜日、月、閏年、レトログレードデイ ト)、ムーブメントとチャイム機構のためのパワーリザーブ表示。
直径: 35.8mm
厚さ: 8.5mm
パワーリザーブ: 96時間
巻き上げ方式: 手巻き式
振動数: 4Hz
石数: 67
クロノメーター認定: なし
価格 & 発売時期
価格: 時価
発売時期: 受注生産
限定: 年産2本
詳細は、ブランパン公式サイトへ。
Photographs by James Stacey and Masaharu Wada
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