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展示会場の上層階、会議室に飛び込んできたティエリー・スターン(Thierry Stern)氏は、ネイビーのスーツ、心臓のすぐ上にあるラペルにカラトラバ十字を留めた姿で登場した。故郷のジュネーブで開催されたWatches and Wondersの3日め、パテック フィリップの社長はすでに新作を発表していた。3針のカラトラバ、年次カレンダー・トラベルタイム、エナメルのワールドタイマー、そしてサーモンダイヤルの永久カレンダーである。
彼が発表したものと同じくらい重要なのは、発表しなかったものである。過去数年間、パテックが作るほかのすべての製品を凌駕するほど切望されていたステンレススティール製スポーツウォッチ、ノーチラス5711の続編だ。2021年、ブランド全体の整合性のために、スターン氏は金のガチョウを殺し、5711をディスコンにした。このリファレンスは12月、パテック フィリップの正規販売店であるティファニーとのコラボレーションで、170本のブルーダイヤルの特別仕様で最後を飾り正式に終了した。この別れはコレクターたちを狂喜乱舞させ、もちろんノーチラスの価値はさらに高まった。
彼は時計産業全体で最も重要な人物であることは間違いないだろう。51歳のスターン氏は、分厚い胸に薄い茶色の髪をまるでヨットの上で風に吹かれているように後ろに流している。ブッチャーのような太い手とプロボクサーのような溢れる自信、そして小国家並の純資産を持つ。2009年に父親から引き継いで以来、パテックフィリップの経営に携わっている。そして、彼自身の後継者計画は、息子のアドリアン(20歳)とトリスタン(19歳)の将来と同様に、常に噂の的となっている。
パテック フィリップは時計製造において最も神聖な名前である。ヴァシュロンのような老舗やロレックスのような生産性の高い会社もある。しかし、2世紀以上にわたって高官や貴族のためにエレガントな時計を手作りしてきたパテックの名声に匹敵するものはないだろう。最近、パテックの顧客層は世代交代を迎えている。2017年、ビルボード・ホット100の3曲に1曲は、歌詞のなかでパテックに言及しているのだ。ラッパーたちは、パテック フィリップが高級品の代名詞であり、韻を踏むのも楽しいと理解している。そしてパテックを欲しがり、おそらく所有する権利を与えられたと感じているすべての地主階層の上に、ストリートカルチャーとヒップホップと欲望をすぐに満たす環境で育った若い金満層からの同等の需要に直面しているのだ。
その渦中にいるのがスターン氏だ。彼は、トレードショーの期間中、アメリカの出版社との唯一のインタビューで、上記のすべてについて多くを語っている。
HODINKEE: 年次カレンダー・トラベルタイムは8つの特許を取得しています。また、新しい永久カレンダーとワールドタイマーも発表されましたね。これらはノーチラスの疲労を抱える人たちに、パテックは今でも誰よりもシリアスなコンプリケーションを得意としていることを思い出させるものだと私は考えています。この読みは間違っていますか?
ティエリー・スターン氏: いいえ、その通りです。私にとってノーチラスはコレクションのひとつの時計に過ぎず、ノーチラスをここまで推し進めようとは思っていなかったのです。ただ、クライアントがノーチラスに夢中だっただけなんです。私にとっては、カラトラバコレクション、エリプス、プチ・コンプリケーション、グランド・コンプリケーションを常に持ってくることが非常にロジカルなのです。パテック フィリップは常にさまざまなモデルを発表しているので、この業界では非常に強いのですが、これは今後も変わることはないでしょう。ですから、まったくその通りです。私たちは常に美しいムーブメントの革新と、美しいケースを作ることができることを示さなければならないのです。ノーチラスやアクアノートは、そのひとつに過ぎません。私は新しいカラトラバをデザインする方が好きです。よりエキサイティングだと思うからです。
ノーチラスだけが問題児なのではありません。全部なんです。
安堵を感じますか? 安心したようですね。
終わりではないから安心とは言いません。ノーチラスの需要は必ずあるはずです。でも、去年からのシンプルなカラトラバ 6119の需要も大きな問題です。それに対する需要も大きいのです。つまり、ノーチラスだけが問題児なのではありません。全部なんです。
今日は6007をつけていますね?
はい。
このような公の場につけるものは、どのように決めているのですか?
それは引き出しのなかにそれしかなかったから(笑)。いや、家にもいくつかあるんですが、これは好きですね。つけやすい、いい時計だと思います。今日はこれをつけようとか、この人に会うからこれをつけようとか、そういうシナリオはないんです。私にとって時計を身につけることが楽しみなんです。だから朝、時計を見て、自分の服装を見て、「よし、これがいいな」と思うわけです。そんな感じでいいんです。ネクタイや靴を探すのとまったく同じですね。
あなたの個人的なコレクションがどのようなものなのか、多くの人が興味深く聞いていると思います。
いいですよ。私は何百本も持っているわけではありません。私のファミリーはデザインすることが楽しみなのです。これが私の原動力です。デザインするのが好きなんです。複雑なムーブメントを想像するのが好きなんです。これはすばらしいことです。クライアントにとって時計を身につけることが夢であることは理解できます。でも、私の夢は時計をデザインすることだと理解してもらわなければなりません。それが完成したら、私はもう別の惑星にいるようなものです。2023-24年に向けて、すでに動いているのです。だから私のコレクションと言えば、15本くらいです。
全部パテックですか?
そうです。すべてパテックです。若い頃からいろいろなものを持っていました。5056を持っていますが、5056のプラチナが年次カレンダーだったから好きなのです。これが初めてのグレーダイヤルの時計で、それまでパテックにはなかったのです。このグレーダイヤルを発売するべきだと、当時は父とケンカになったこともいい思い出です。彼は「これは我々のやり方とは違う」と言っていたんです。それで私は、「でもお父さん、僕らも少しはイノベーションを起こさないと」と言ったんです。だから私はこの5056プラチナを身につけるのが好きなのです。
そしてもちろん、スポーティな時計も持っていますよ。アクアノートのシンプルなもので、休みの日や泳ぎに行くときにつけています。イエローゴールドの5970というモデルも持っています。これは、私がケースをデザインしたもので、私が持っている時計のなかで最もすばらしいものです。前作の3970はアイコンウォッチだったので、とても複雑でした。同じムーブメントを搭載するケースを再設計しなければならないのに、前作はアイコン的な存在でしたから、これはチャレンジでしたね。通常、それは不可能に近いことです。そして、5970はさらによくなった、そう父に言われました。そして、本当のことですが彼は難しい人です。だからこれは本当に私のお気に入りの時計なんです。私が何を好み、何を心に描いているかと言えば、それはいつも5970のスタイルなのです。
あなたはデザインへの情熱について語られました。そしてあなたは、多くのエグゼクティブがデザインプロセスに関与するよりもはるかに多く関与することで知られていますね。多くのエグゼクティブはデザインを見て、承認したり、コメントしたりして、それでおしまいです。あなたはどのくらい前から関わっているのですか?
最初の頃からです。デザインの打ち合わせは週に3回。それに加えて、珍しい手仕事もあります。ゼロから始めるんです。いちばん大変なのは、アイデアを持つことです。例えば、時計の写真からスタートして、ダイヤルの色を変えるだけなら簡単なんです。でも白紙の状態から、どうしようとか、どんなムーブメントにするか、どんな形のケースにするか、と考えます。これが好きなんです。
パテック フィリップでは、常に家族が作品をデザインしているので、これは本当に重要なことなのです。そして、これが常に一定の連続性を持ってこのDNAを持っている理由です。家族の誰もがいつかは年を取り、イノベーションという点ではクリエイティビティが低下するかもしれません。 時計の世界では違います。年齢を重ねれば重ねるほど、より多くの経験を積めるからです。しかし、新しい色やアイデアをもたらしてくれる若い世代が必要なのです。実は、息子たちにもそう教えているんです。
私は絵を描くのが苦手なのですが、それを手伝ってくれるいい人がいるんです。彼がピースをデザインしているのです。そしてそれを私たちは変化させます。パテックの新作を実現するとき、1枚のドローイングしか描けないということはほとんどありません。10枚から20枚くらい描かないと、「これはいい」と言えないんです。
息子さんのお話がありましたが 息子さんたちに無理に事業を継がせることはないと何度もおっしゃっていますね。もし、息子さんたちが嫌がったら、どうするのですか?
じゃあ、後任のCEOを決めて、もう一世代先にジャンプしよう。そんな単純な話です。でも、今はそうなっていません。2人ともパテックで働くことを望んでいるからです。そして、彼らはそれを楽しんでいるのです。すみません、今、どちらかが電話をかけてきているのですが……。
【きっかり7秒間、彼は息子とフランス語で話す】
だから本当に彼らの選択なんです。私は決して無理強いはしていません。そして今、彼らはとても幸せです。
HODINKEEでは、最近の話題のひとつに“ティファニー・ノーチラス”のお披露目がありました。あれは誰のアイデアだったのでしょう?
もちろん、私です。なぜなら、私はアメリカ市場を熟知しているからです。ティファニーのこともよく知っている。繰り返しになりますが、パテックには大きなクリエイティブチームがあるわけではありません。パテックでは全員が優れた能力を持つ必要があり、私の能力は商業面、デザイン面、ムーブメント面を理解することなのです。ですから、私にとっては極めて論理的なことでした。私は皆に言いました。2021年の終わりには、5711はもう終わりだと。そして、グリーンダイヤルを復活させたとき、これがノーチラスの最後のシリーズになると言いました。そして、オーケー、ではティファニーのために本当のファイナルエディションを作ろう、と言ったのです。彼らとは長い付き合いになりますから、それにふさわしいものです。170周年という記念すべき年でした。それにLVMHが買収したという事実もあります。160億ドル近い金額で何かを買うということは、そうそうあることではありません。私たちはティファニーとパートナーなのです。私もティファニーと一緒にいたいと思っています。だから、そう決めたんです。
その時計は販売価格5万2000ドルで、落札は650万ドル(約7億3800万円*当時)でした。
そうですね。チャリティ用のたった1本です。
不細工な時計は作れません。だから、私は追い詰められたのです。
あなた方の時計の販売価格と実際の市場価値との差をどのように考えていますか?
本当に計画的にはできないんです。これだけ限られた量をやっていると、相場に大きな差が出ることはわかっています。でも、私として期待するのは転売目的でない人にちゃんと売ること。いつも思い通りに行くとは限りません。並行市場には、たくさんの時計があります。少し悲しいことですが、これも成功の一因です。どうすればわかるのか、どう計算すればいいのか。わかりません。
オークションやヴィンテージセールで自分の作品がどのように評価されるかを気にしますか?パテックのリセール市場やリセールバリューは気になりますか?
気になります。意識せざるを得ないです。それはとても大切なことだと思います。それは私たちの歴史の一部です。受け止めなければならない。好きなことではありませんが、一方で、いい報酬でもあります。いいことをしたということですからね。みんな私を責めて、「ああ、でもスターンさん、市場で時計を買おうと思ったらすごく高いんですよ」と言うかもしれませんね。そうですね、でも、私のせいではありませんよ。不細工な時計は作れません。だから、私は追い詰められたのです。
時計への関心が過去最高に高まっていることは明らかです。
ええ、伸びています。
価格も同様です。今、バブルなのか? それとも、これが時計市場の新常識なのでしょうか?
私はパテックでしか働いていないので、答えるのは難しいです。でもバブルではないと思うんです。今の時代、これが普通だと思うんです。新しい人たちがたくさんいて、彼らは時計を楽しんでいる。このエレクトロニクスの世界で、彼らはもっともっと機械式時計を見る必要があります。それはとても大切なことだと思います。人々が称賛する。シンプルなもので安全に感じる。そして、確かに、これは投資でもあるのです。あまり言いたくはないのですが、時計を買う人のなかには決して身につけない人もいます。金庫にドーンと入れてしまうんです。どうすればいいと思いますか? それも商売の一部です。
若い顧客、若いコレクター、そしてまったく新しい人々がブランドを発見しているとおっしゃいました。アメリカでは(ヨーロッパではどうか知りませんが)、若い人たちがパテック フィリップを知る方法のひとつに、音楽、特にヒップホップがあります。ヒップホップでパテックフィリップのことが歌われている曲が多いという統計があるのは聞いたことがあるかと思います。
あ、統計は見てませんでした。でも、息子がビデオを見せてくれました。
ジャガー・ルクルトのレベルソがずっと好きだったんです。作ってみたいと思ってました。
パテックはそのために何かしたのでしょうか? 有機的に起こったのでしょうか? その現象についてどう思われますか?
私は何もしていません。ただ、みんな時計が好きなんだと思います。だから、パテックをつけている人たちは、それが芸術的だと知っているから好きなんだと思うんです。あのようなものを作るのは簡単ではないことも知っているのです。いい歌みたいなもので、たった2時間で名曲ができるなんて信じられないでしょう。時間がかかるんです。時間もかかるし、経験も必要。声も音楽も、すべてが揃っていなければ。
だから、類似性がかなり明確であると言えると思います。ミュージシャンだけが似ているわけではありません。私たちは常に有名人と仕事をしてきました。シンガーである場合もあれば、ダンサーである場合もあります。芸術は、私たちの間で交換されるものであり、ここでは芸術の話をしているのです。音楽が好きかどうか、それは私にとっては重要ではありません。芸術なのです。
周囲を見渡したとき、今、ほかにどんな時計メーカーがお好きですか?
ロレックスは、いつもいい仕事をしていると言えるでしょう。量的な面でも尊敬しています。100万本以上の時計を常に安定して生産できること。これは私にとってはすごいことです。
それから、好きな時計はほかにもたくさんありますが、必ずしもそのブランドが好きというわけではありません。その時計以外も好きだとは限りませんから。例えば、ジャガー・ルクルトのレベルソはずっと好きでした。自分も作ってみたいと思っていました。美術館にパテックのレベルソがあるんですよ。私自身のレベルソを作ってみたいと思いました。でも、これは彼らのスタイルであり、そういうものなのです。私はそれを受け入れなければならないのです。
たくさんの新しい技術がありますが、特にすごいとは思いません。私は違うやり方で育ってきたのです。ゴールドを使って仕事をしているのですが、これはすばらしいことです。ですからカーボンとかそういうのは、まあおもしろのですが、私には魅力がない。率直に言って、長続きしないと思うんです。だからこれらに興味がないんです。でも、よかったと思うことは? たくさんありますよ。ボヴェはいいエナメルの作品を作っていたと思いますね。
最近、興味深いことをおっしゃいましたね。新型コロナ よりも戦争の方がよっぽど危険になってきたとおっしゃっていました。正確には、「どこかで戦争が起きれば、すべてが影響を受ける」という発言です。そこで私は疑問に思ったのです。ウクライナでの戦争はパテックにどのような影響を与えるのでしょうか?
人が恐怖を抱くということ。私はそれを子供達の目を通しても見ています。彼らは理解できないのです。「2022年にまだこんなことをやるの? 今、どうしてこんな風に人を殺せるの?」とね。 彼らは戦争を見る機会がないのです。私自身もそうでした。そして今日、私たちは身近な戦争について話しているのです。そして、そう、少しパニックになってしまいます。
つまり、こういうことです。ビジネス云々ではなく、悲しいかな、常に世界中で戦争が起きていたのですから。そして、パテックにとって幸運なことに、私たちは少量生産なので、いつでも時計の量を変化させることができるのです。だから、ある場所が危険にさらされたとき、それは戦争であることもあれば、経済的な問題であることもあるのですが、私は時計を別の場所に移します。これは私にとっては簡単なことです。
しかし私が嫌いな戦争は人々に恐怖を与え、安心感を与えないことで、これはよくないことです。私は時計業界にいて、人々に喜びを与えることができるので、とても幸せです。これが、私にとっていちばん大切なことです。世界中がそうであればいいのですが。でも、人間だから、そうはいかないと思うんです。
私が気づいたことのひとつに、ブランドがどんなに長く続いていても、どんなに人気があっても、その発音の仕方について人々の意見が分かれるということがあります。PA-tekなのか、Pa-TEKなのか。
Pa-TEK。2番目の音節です。もちろん、国が違えば違います。でも、フィリップ パテックは避けてください。
このインタビューはわかりやすく編集しています。
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詳しくはパテック フィリップのサイトをご覧ください。