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Hands-On HYT ムーンランナー スーパーノバ ブルー、そしてハイパーウォッチ擁護論

映画でも『去年マリエンバートで』が観たくなるときもあれば、『ジュラシックワールド』が観たいときもあるように。


最近、ある記事を公開した(いつものことだ)。コメント欄では、少なくともそのうちの何人かの読者は、ふたつのことについて不満を表明していた(これまたいつものことだ)。そのふたつとは、最近、非常に高価な時計が相次いで公開されていること、そしてもうひとつは、価格が “応相談”と記載される頻度の高さについてである。これは、超複雑時計の限定モデルの分野で頻繁に見られる傾向があり、私はなぜメーカーが注目の作品の価格を応相談とするのか完全には理解しかねるが、おそらく外国為替市場の気まぐれな変動によって実際のコストが数千ドル単位で変動する時計に、あえて決まった値札を貼る必要がないからではないだろうか。

 さて、この領域には、私が“ハイパーウォッチ”と呼ぶ、いわゆるスーパーカーに類似した時計が存在する。単に高価なだけでなく、実用水準をはるかに超越した、複雑であることそれ自体が目的化された時計であり、粘り強さと想像力、そして時計製造において前例のない先端技術を投入する気さえあれば、何でもできることを誇示するために存在している時計だ(ハリー・ウィンストンのオーパスシリーズはすべて、多かれ少なかれハイパーウォッチだった)。

 HYTは、高度な複雑機構を好みながらも、舞踏会で同じドレスを着た女性を見たくないという人々のあいだで、多くのファンを獲得した。だが、その時計が世に出るにつれ技術的な問題に直面し、同社は2021年に倒産してしまった。しかし、多くのハイコンセプトなハイパーウォッチメーカーがその終焉を迎えたのとは異なり、HYTは新しいCEOを迎え、新しい経営陣のもとで灰燼のなかから復活した。新CEOは、チューダーやモンブランでデザイナーを歴任したダビデ・チェラート(Davide Cerrato)氏。新生HYTの最初のモデルはHastroidで、最新モデルは、宇宙船と宇宙開発、そしてSFをテーマに先日発表されたムーンランナー スーパーノバ ブルーだ。

HYT Supernova Blue Moon Runner

 ムーンランナー スーパーノバ ブルーは、すべてのHYTモデルに見られる基本的な技術を採用している。毛細管には、色付きと透明のふたつの液体が入っている。ふたつの液体は非混和性、つまり、油と水のように自然に反発し合い混ざり合わない物質で構成されている。これらはベローズ(ふいご)機構によって送り出され、一方のベローズが膨張すると、もう一方のベローズは収縮して液体をチューブ内に引き込む。HYTによれば、チューブの壁は非常に薄く、人間の髪の毛の直径の4分の1以下ということだ。ベローズの伸縮は、カムとレバーの作動機構によって制御されている。

HYT Moon Runner Movement

 この機構は、ベローズと毛細管システム全体が完全に密閉されていなければ機能しないものだが、HYTによると、このシステムの気密性はダイバーズウォッチ(極めてゆっくりではあるものの、大気中のガスの流出入を許容する密閉度)の1万倍もあるとのことだ。HYTが“流体モジュール”と呼ぶこの機構は、永久密閉と言っていいレベルの気密性を確保している。

HYT Moon Runner Dial Closeup

 また、液体は温度変化によって膨張・収縮する性質を持つ。時計は着用時と非着用時両方で幅広い温度変化に耐えることが求められるため、流体の膨張・収縮による誤作動を防ぐために、何らかの制御システムが必要となる。その対応策として、ベローズのひとつに温度補正機構を内蔵し、温度変化に応じて膨張・収縮して水圧とふたつの液体のあいだの境界を適正に保つようにした。カムとレバーの作動機構には、1分間に1.5μ(ミクロン)という正確な流動を実現するため、非常に高い精度が要求される。液体がダイヤルの周りを1周するのに12時間かかり、12時間が経過するとふたつのベローズは瞬時に元の位置にリセットされ、再びこのサイクルが繰り返される。

HYT Supernova Blue Moon Runner case edge
HYT Supernova Blue Moon Runner case edge
HYT Supernova Blue Moon Runner side view

 分表示は、ダイヤルの内側フランジにあるアウタートラックが担う。中央のムーンフェイズ表示の周囲に同心円状に配置された2本の回転ディスクは日付と月数を担い、6時位置のインジケーターから読み取ることができる。

 しかし、この時計で最もドラマチックなのは中央の半球状のムーンフェイズ表示であり、これは流体式レトログラードアワー表示(こちらも一筋縄ではいかない芸当だが)を凌駕するほどだ。ムーンフェイズは伝統的な手法で作られた美しい機構だが、そのデザインは多岐にわたり、ムーンフェイズ表示に工夫を凝らすことは時計メーカーにとって差別化のチャンスであり、楽しみでもある。

HYT Supernova Blue Moon Runner moonphase closeup

 ムーンフェイズ表示は、月を表す中央の半球と月の太陽光が当たった範囲を示す開口部で構成される。読み取るのは簡単で、原理的にはほかのムーンフェイズ表示と変わらないが、私がこれまで見たこともないような仕上がりで、HYTで初めて採用されたマイクロ流体工学を主役から脇役に追いやってしまうほどの視覚的インパクトを与えている。HYTはスーパールミノバを、月の半球(ムーンフェイズ開口部と湾曲したブリッジと同様、チタン製)にも絶妙な塩梅で施している。

HYT Supernova Blue Moon Runner lateral lume shot
HYT Supernova Blue Moon Runner lume shot

 ハイパーウォッチの領域にふさわしい価格(価格を10万スイスフラン、約1350万円と明示している)、製造本数(27本限定)という点でも、この時計は確かに当てはまるかもしれない。しかし、この時計は想像力に富んだ機械デザインの創造物としてハイパーウォッチの称号にふさわしいのであり、これはMB&Fの作品などと比肩するほどである。芸術作品を芸術として評価する際に価格が度外視されるのと同様、この種の時計は人類学的な資料価値を持つものを除き、ほとんどの場合、価格は特に関心を引く要素とはならない。しかし、ある閾値を超えると、価格と価値観の混同を避けるのは非常に難しくなるものだ。HODINKEEの元編集長ダコタ・ガードナー(Dakota Gardner)は、かつて「高い時計を買わなくても、時計趣味は楽しめる」と題した記事を公開した。そのなかで彼は、所有すること、あるいは所有する可能性があることは、鑑賞とは別モノであり、実際、目利きとは無関係であるという、普遍的な指摘をしている。彼はその論考の中で、“私の場合、100万円の時計も1000万円の時計も、どちらも買うことはない。そう思った時点で、時計は購入するための商品ではなく、鑑賞するためのものになるのだ。”と記している。

HYT Supernova Blue Moon Runner wrist shot

 これまで数十年にわたり書いてきた時計のなかには買えない時計の方が多かったため、虚栄心の炎を燃やしたことも何度もあったが、価格の上昇に伴い、価格と実際の時計学的な実質的価値が大きく乖離することは、いわゆるコモディティとしての時計によく見られる光景として受け止めるようになった。一方でハイパーウォッチは、読むのも見るのも、時には実際に見るのも純粋に楽しいものだ。そして、ほとんど場合、私たちがハイパーウォッチから得られるものは、ドラゴンが金銀財宝から得るものとは異なる(小説『ホビットの冒険』に登場するドワーフ、トーリンが、ドラゴンは富を貯め込む習性にも関わらず、目利きはできないと言ったことを私は決して忘れない)。代わりに、より愉悦に溢れた時計の世界を私たちは得るのである。

HYT ムーンランナー スーパーノバ  ブルー:ケースはサンドブラスト仕上げのグレー/ブルーのチタン製、チタン製リューズ、両面無反射コーティングを施したドーム型サファイアクリスタル。48mm×52.3mm×21.8mm(風防を含む)、防水性能、50m。ムーブメント、HYT Cal.601-MO、43石、2万8800振動/時で動作、72時間パワーリザーブ。マイクロ流体式ダブルベローズ機構によるレトログラードアワー表示、2枚の回転ディスクによる日付と月数表示、インナーダイヤルフランジによる分表示、チタン製窓付き半球型ムーンフェイズ。ブラックラバーストラップ、チタン製バックル、価格:10万スイスフラン(約1350万円)。世界限定27本。

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HYTの詳細は、公式ウェブサイトをご覧ください。

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複雑機構には何種類かあると思う。メーカーの実力を高めアピールするもの、実用性を高めるためのもの、ただ価格を上げるためだけのもの等である。この時計はどれなんだろう?どれにしても、こういう時計を見るのは楽しいので、複雑機構の時計はもっと増えて欲しい。