数ヵ月前、エリック・ペン・チェン(Eric Peng Cheng)のファッションブランド、ベイト(Bait)がセイコー5とコラボレートしたあと、同僚のコール・ペニントンはロサンゼルスを拠点とするこのストリートウェアの大御所にインタビューし、時計製造の世界がチェンの帝国から何を学ぶことができるか、正確に判断することができるかを尋ねた。
チェン氏は、アンディフィーテッド(UNDEFEATED)とベイトという2つのフラッグシップブランドを中心にビジネスを展開している。米国、中国、日本など世界各地に販売拠点を持ち、グローバル展開している。チェン氏の秘密兵器は、思いがけないパートナーとのクロスオーバーの機会を見出す能力である。マクラーレン、バドワイザー、UFCは言うまでもなく、今回は何と高級時計メーカーのH.Moser & Cieとのコラボレーションを果たした。
H.モーザーは特徴的なストリームライナー フライバック クロノグラフに驚くべき新機軸を打ち出した。ステンレススティール製のケースと一体型ブレスレットには3層のダークグレイDLCコーティングが施され、モーザー初のブラックアウトされた時計となった。
ダイヤルにはレーザー刻印が施され、カモフラージュ柄のブラックタイガーとモーザーのトレードマークであるフュメが立体的なグレースケールでデザインされている。このエングレービング技術は、モザイクダイヤルを採用したこれまでのモーザー製品と同様の技術が採用されているが、私が見たどのモーザー製品とも異なる、ドラマチックな仕上がりとなっている。実際、ケースのサイズや内部に搭載されたAGENHOR(アジェノー)社開発のハイテク自動巻きクロノグラフCal.HMC902に至るまで、あらゆる面でモーザーらしいにもかかわらず、新しいストリームライナーのダイヤルはほぼ全面的にアンディフィーテッドのブランドロゴに包まれている。
ダイヤル12時位置には5本線の“タリー”ロゴ、そしてダイヤルの見返しの右側にアンディフィーテッドのブランド表記が配される。光に照らされると、ダイヤル中央にオフホワイトのH. Moser & Cie.の筆記体が浮かび上がる。
新作ストリームライナー・クロノグラフ アンディフィーテッドは合計76本の限定生産で、価格は5万5000ドル(約744万7000円)にて2022年6月22日から販売される予定だ。先週私はこの新しい時計と、それを夢見たふたりのエグゼクティブとともに時間を過ごすことができた。この作品は間違いなく印象に残るものだ。絶対的なデザインの獣といっていい。ブレードランナーの忘れ形見だと言われても、私は納得してしまうだろう。ストリームライナー クロノグラフ アンディフィーテッド限定モデルは、最近のハイエンドクロノグラフのなかで最も大胆なデビュー作のひとつで、その大胆さをさらに高めている。
今年発売された時計のなかで最も予想外だったのは、このモデルだと私は思っている。驚きと同時におもしろさもあり、混乱させるものでもある。もしかしたら、読者は疑問を持っているかもしれないが、メイラン氏とペン氏は親切にもその疑問に答えてくれた。
HODINKEE::おふたりはどのようにして知り合ったのですか?
エリック・ペン・チェン氏(以下EPC):パンデミック中、私は深夜に仕事をするようになりました。出張ばかりしていたのが、やっと家族と過ごせるようになったからです。それで、仕事に追われていて、いつもYouTubeかポッドキャストをかけながら仕事をしています。ある時HODINKEE Radioのエドゥアルドがゲストの回を聴いていました。彼は、info@moserwatch.com 宛に送られてくるメールをすべて読む人だと言っていました。そうすることで、適切な人に適切なメールを共有でき、顧客をより理解することができるようになるという内容でした。ちょうど同じころ、私はストリームライナー・フライバック クロノグラフを納品されたばかりでした。そして、私はそれをとても気に入ったのです。だから、エドゥアルドがそう言うのを聞いて、私はこう思ったのです。“マジか? こいつはクールだ。メールを送ってみよう”と。
エドワード・メイラン(以下EM):私を試したのですね。
エリックのアンディフィーテッドやベイトでの仕事ぶりはご存じでしたか?
EM:まあ、今ほどではないけれど、アンディフィーテッドについては知っていましたよ。彼らが何をしているかは知っていましたが、エリックのことは個人的に知らなかったので、彼のメールを受け取ったとき、こいつは偽者だ、スパムメールじゃないかと思ったことを覚えています。結局、弟のベルトランドに説得されて返信し、エリックとチャットを始め、数週間後にZoomでお会いしました。そこからは、お互いを知るという意味合いが強かったですね。その時点では、コラボレーションについて話していたわけではありません。
エリック、あなたはずっと時計に興味があったのですか? 最近あなたを時計業界でよく見るような気がします。セイコーやG-SHOCKを別会社のベイトで手がけていましたね。アンディフィーテッドは以前、ウニマティックやチューダーとも仕事をしたことがありますよね。F.P.ジュルヌ×コキーズのミニチュアは数週間前に発売されたばかりです。以前から、もっと時計とのコラボレーションをしたいとお考えでしたか?
EPC:時計はいつも私の身近にあるものですが、パンデミック(コロナウィルスの世界的大流行)が始まると、私の頭のなかでいろいろなことが切り替わりました。それだけ不確実性に溢れていたのです。もともと私はとても律儀な人間でしたが、パンデミックによってすべてが失われる可能性があることを知り、大きな衝撃を受けました。そこで、コキーズのような新しい会社をいくつか立ち上げ、より時計にのめり込んでいったのです。コラボレーションは常に行ってきましたが、パンデミックはそれをさらに推し進めたといえます。
おふたりは長年にわたり、外部のパートナーとのコラボレーションにとてもオープンでした。今回の関係はどう違ったのでしょうか? クリエイティブなプロセスのなかで、何か特別なものが生まれたのでしょうか?
EPC:今回のコラボレーションは、私にとっては非常に特別なものです。私たちにとって新しい価格帯の商品ですし、そもそもモーザーから応じてもらえると思ってなかったのですから。私たちはストリートカルチャーに裏打ちされたスポーツウェアブランドです。これまでも重要なパートナーとはいろいろとやってきましたが、今回のコラボレーションは間違いなく別次元のものでしたね。
一般的に、時計ブランドなり、ほかのメーカー、ブランドから何らかのコラボレーションのオファーがあった場合、彼らの商品をプッシュするための企画であることが多いのです。そのようなコラボレーションはお断りしています。私たちは誰かを宣伝するのを手伝うためにいるのではありません。私たちは最高の製品、あるいは私たちが考える最も確立された製品に取り組みたいのです。
エドゥアルド、モーザーが最後に発表したコラボレーションは、アーモリー(The Armoury)との企画でしたが、今回はアンディフィーテッドとのコラボレーションですね。これはトレンドなのでしょうか? ブランドの認知度を高めるために、意図的にファッションブランドとのコラボレーションを模索しているのでしょうか?
EM:今年以前のコラボレーションはアーティストや職人、あるいはMB&Fのようなほかの時計ブランドとのコラボレーションが中心でした。そして誰もが「よし、次は何をやろうか」とハードルを上げてきたのだと思います。次はどんなブランドと組む? 私はまったく違うことをする必要があると感じていました。こうしたコラボレーションを行う目的は、私たちの顧客の裾野を広げるだけでなく、ほかのブランドから学ぶ機会でもあると思うからです。モーザーでは、歴史に裏打ちされた非常に伝統的な時計メーカーでありたいと常に思っていますが、同時に現代とシンクロしていたいとも考えています。そして、それは簡単なことではありません。私たちは多面的でありながら、まだそれほど多くの人に知られていない非常に小さなブランドですから。
つまり、アンディフィーテッドのように巨大なコミュニティを持ち、エネルギーに溢れ、若い顧客を持つブランドが声をかけてきたら、それにノーという理由はありません。うまくいけば、私たちの業界やブランドに馴染みのない多くの購買層にリーチできるだけでなく、彼らの仕事のやり方から学ぶことができます。モーザーは商品の発表の仕方、プロモーションの仕方、アクティベーションの仕方など、かなり先鋭的だと思いますが、アンディフィーテッドはこの業界ではコラボレーションの達人であり、コミュニケーションの仕方がまったく異なるというのが実感です。
モーザーは、非常に興味深いスペクトルを持つブランドです。最初はWG製ケースにシルバーダイヤルの、とてもクラシックでエレガントなラウンドウォッチからスタートしました。その後、ストリームライナーやパイオニアといったコレクションで、よりスポーティな作品へと徐々に移行していきました。そして、アーモリーとアンディフィーテッドという最近のふたつのコラボレーションは、モーザーの象徴をフレームで表現したものだと考えています。一方、今年1月に発表したエンデバー・トータルエクリプスは、非常にエレガントでクラシック、そしてピュアなデザインです。そして、今回発表するストリームライナーは、その正反対ですよね。
私はいつも“これはモーザーらしい、これはモーザーらしくない”という言葉を耳にしますが、CEOとして、またブランドの守護者として、何がモーザーらしいかを見極めるのは難しいことなのです。私たちのブランドは常に進化し、変化し続けており、それがブランドを生かし続けているのです。限界を押し広げることが必要なのです。
モーザーがスニーカーやストリートウェアと時計文化の邂逅をどのように受け入れているか、伝統的あるいは保守的な時計コレクターはどのように感じているでしょうか?
EM:立ち止まることは、死を意味します。独立したブランドとして、私たちは常に進化し、動き続ける必要があるのです。最も成功している伝統的なブランドを見てみると、彼らは素晴らしいコラボレーションを行っています。パテックとティファニーのように。パテックとティファニーを見れば、彼らのコラボレーションは信じられないほど長い間続いています。私はエリックに、あなたが私たちのティファニーになって、共同で成し遂げることが伝統になることを願っていると言いました。
EPC:それは素晴らしいことですよね。
EM:いつも話す人はいますが、製品を見れば、モーザーらしさを残しつつ、アンディフィーテッドらしさもあります。すべてを完全に変えてしまったわけではありません。私はいつも、コラボレーションとは私たちがキャンバスを提供し、(パートナーが)自分自身を表現することだ、と言っています。だから、エリックは自分自身を表現するのに成功したのではないでしょうか。仕上げやムーブメントなどのディテールを見れば、“実に高級時計らしい”と言われるでしょう。ストリートカルチャーに出会ったということを知らずに。
デザインのプロセスについて教えてください。最初のZoomの会合のあと、どのように進行したのでしょうか?
EPC:私たちのほうでは、もう一度時計を見直して、参考までにいろいろと調べて、ロゴを中心にいくつかの案を考えました。私たちは“5”という数字で有名ですが、ロゴはそのマークです。だから、そこにこだわりがあります。ブラックを多用し、ミリタリーにインスパイアされたブランドでもあります。これは共同作業のプロセスでした。モーザーのチームは、いくつかの編集と提案をしてくれました。そして、すべてがベストな結果になったと思っています。
EM:ストリートライナーの限定コラボの依頼はたくさんありましたが、すべてお断りしました。でも今回は例外です。多くの人を魅了し、私たちの世界に連れてきてくれるような特別なものです。また、この時計で興味深いのは、エリックの視点からある種のパティーナ(経年変色)が楽しめるようなものを作りたかったということです。そのため、ケースやブレスレットなど、あらゆる面で黒々としたものを作りたかったのですが、どんなにコーティング技術が優れていても、いずれは小さな傷がついてしまいます。その点についても、いろいろと議論を重ねました。
EPC:多少色が剥げても、ミリタリーや戦闘での負傷のような雰囲気があり、個性的な時計であることがわかりますね。
エリック、コールとの会話に戻りたいと思います。あなたが手がけたい夢の時計のひとつに、オーデマ ピゲのロイヤル オークがあるとおっしゃっていましたね。ストリームライナーは明らかにまったく異なる製品ですが、スティールケースの構造、一体型ブレスレット、70年代の魅力など、似たような理想をもったものです。原点が似ていると言ってもいいのではないでしょうか。また今回、ブレスレット一体型という分野に挑戦してみて、いかがでしたか?
EPC:私は70年代のブレスレット一体型ウォッチの大ファンですからね、楽しかったですよ。
EM:ええ、ロイヤル オークをたくさんお持ちですよね。
今やストリームライナーも加わったのですね。
EPC:ブレスレット一体型の時計は、通常とは大きく異なるので、私にとってはとてもエキサイティングなプロジェクトです。ダイヤルだけに注目するのではなく、製品全体を見なければならないからです。ブレスレット一体型の時計でも、あまりコラボレーションを見たことがないような気がします。私たちにとって、とても興味深いチャレンジでした。
EM:デザインのバックグラウンドに引かれるのでしょうか? これらは最も複雑なデザインです:ブレスレット一体化とはデザインなのです。
EPC:そうです、私はデザインが好きです。私はすべての店舗をデザインしています。什器もすべて私がデザインしています。もともと建築家になるために学校に通っていたのです。特にデザインに関わるものには、常に好奇心旺盛なのです。でも私にとって時計は、まったく別次元です。信じられないほど。
モーザーは、ほかの多くのスイスの時計メーカーと比べても、かなり機敏に動いていると思います。スニーカーやストリートウェアの文化からスイス国内の同業者が学ぶべきことは何だと思いますか?
EM:私たちは学ぶしかありません。ミレニアル世代やZ世代など、次の世代を見ると、彼らの考え方は異なっています。彼らがどのようにコレクションしているのか、今、注目しています。ブランドや商品に対する見方が、これまでの世代とはまったく違っていると思うからです。
私の子供たちがフォートナイトのスキンにお金を使うのを見て、“これは何だ?”と思うことがあります。私たちはオープンになる必要があると思います。そうでなければ、あっという間に時代遅れになります。今回のコラボレーションは、そうした人たち、世代を理解するのに役立つと思っています。彼らは自分たちと対話できる製品を求めているのです。そして、このようなコラボレーションは私たちがそれを研究し、別の方向へ進むのにも役立つと思います。私はモーザーでは流行を追いたくないと言うのが好きですが、同時に実験もしてみたいのです。なぜなら私ひとりではついていけないし、外部からのフィードバックやインプットを得ることで動きの速い今日の世界で適切な存在であり続けることができるのですから。
この対談は、分かりやすさと長さのために編集されています。画像は但し書きがない限り、すべてJutharat Pinyodoonyachet氏の撮影によるものです。
H. Moser & Cie.とアンディフィーテッドにつては、それぞれの公式Webサイトまで。
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