2021年がはるか昔のように感じられる。その年の4月、オーデマ ピゲはフランソワ-アンリ・ベナミアスCEOの素晴らしくマニアックなビジョンのもと、人気キャラクター・ブラックパンサーのミニチュア彫金を文字盤中央に備え、さらにデザイン要素をケースにもあしらった4桁万円のロイヤル オーク コンセプト“ブラックパンサー”フライング トゥールビヨンを発表した。
この時計に関する私の説明は、時計コミュニティから寄せられた反応に比べれば、ごくありふれたものだ。しかし、なかにはこの時計と、まもなく終了するベナミアス氏によるブランドマネジメントという点を見逃しているものもあった。
ロイヤル オーク コンセプト“ブラックパンサー”フライング トゥールビヨンの核心は、カルチャー的なタッチポイントを現代の時計製造とクラフツマンシップに融合させることだった。その結果、最高のディテールを備えた手仕上げによる彫金が実現。実機においてもそれは素晴らしいものだった。
私は幸運にもその時計を長い期間試すことができ、そのアイデアに不快感を覚えるのではなく、むしろその技術に感動して帰ってきた。ケビン・ハート、NBA選手のドレイモンド・グリーンやスペンサー・ディンウィディなど、セレブリティがこの時計に惹かれるのを目の当たりにし、文化的にも衝撃作だった。
ハンズオン記事はこちらから。
ベナミアス氏がポップカルチャーに造詣が深いことを知れば(映画やコミックをこよなく愛する人物だ)、その考え方がより明確になる。そして、数年間ブラックパンサーと一緒に過ごしてきた我々は今、新たな候補者を迎えることとなった。
オーデマ ピゲのロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン "スパイダーマン"は、御三家ブランドによる、マーベル、コミックブック、時計とのクロスオーバーの最新作だ。文字通りの意味での説明になるが、この時計は基本的にそれ自体を物語るものであり、多くの点で前回の発表時に行われたデザインを引き継いでいる。250本の限定生産で、価格は19万5000スイスフラン(約3000万円、日本円価格は要問い合わせ)だ。
つまり、ベースモデルはコンセプト コレクションで、42mmという非常に優れたサイズなのだ(強めの主張かもしれないが、ロイヤル オーク コンセプトはすべてこのサイズにすべきだと思う)。このモデルには、トゥールビヨンと同様に、チャプターリング式の分表示が備えられている。
文字盤には、ブラックPVDコーティングが施されたゴールドのインデックスとアラビア数字が交互に配置され、その上に同素材の針が重なっている。針と数字はホワイトの夜光塗料で仕上げられ、暗闇でブルーに発光する。そして忘れてはならないのが、フレームの中央にある、ウェブ(蜘蛛の糸)を操るスパイダーマンの立体的なミニチュア彫金だ。
しかし、ブラックパンサーでは、ワカンダのヴィブラニウムを多く含む鉱山からインスピレーションを得たデザインを採用していたが、この時計はウェブ的なアプローチをとっているようだ。その意味で、スケルトン文字盤とは呼ばず、部分的にオープンワーク化したように見えるウェブダイヤルと呼ぶことにする。
ブラックパンサーのストラップはフルパープルだったが、スパイダーマンはブラック(なぜブルーでなかったのかは不明)にレッドのアクセントが加えられている。ブラックとグレーに加え、ブラックとレッドのストラップも用意されており、どちらもチタン製バックルが採用されている。
チタンケースには、全体的に鏡面仕上げとブラスト仕上げが交互に組み合わされ、前モデルのような刻印の追加はない。ケース本体はチタン製だが、ベゼルはブラックセラミックである。
そして、ピーター・パーカー自身も登場する。ダイヤルアートでは、スパイダーマンがマンハッタンを旋回しながら、片方の手はフレームからはみ出し(表向きはウェブを持っている)、もう片方の手はまるで3D映画のスクリーンから手を伸ばして、さらにウェブを放つ準備をしているかのように前に突き出ている。
このスパイディのデザインは、映画化されたキャラクターではなく、コミックの1ページから直接引用したものだ。これは、一連のリリースにおけるAPとマーベルのパートナーシップの明確な境界線である。これはマーベルのコミックキャラクターであり、マーベル・シネマティック・ユニバースの延長線上にあるものではないのだ。
この作品がどのようなアーティストにインスパイアされたものなのか、正確には知らないのだが(私の脳にはこれ以上多くのオタク趣味を受け入れるスペースは無さそうだ)、この彫金のダイナミズムは文字どおり凍りついた生気のないイメージに動きを与えるものだと思う。そして、ピーター・パーカーの背中がトゥールビヨンの怒りの矛先をかろうじて逃れているところを見ると、この時計のデザイナーには脱帽だ。
内部に搭載するのはCal.2948をベースにしたまったく新しいムーブメントで、ブラックパンサーのCal.2965から変更されている。オープンワークは、APチームのエンジニアリングの総力を結集し、ムーブメントのパーツは、スパイダーマンを主役にするために必要なものだけに絞り込んでいる。
そうすることで残されたのが真っ黒な空間から現れ、トゥールビヨンを振り回すスパイダーマンの姿なのだ。オーデマ ピゲによるとキャラクターのシルエットとボリュームは、「まずCNCマシンを使ってホワイトゴールドのブロックから切り出されます。そのあとテクスチャの異なる外観が生まれるようにスーパーヒーローのスーツにレーザーエングレービングを施しているのです」
この工程に続いて、補正など彫金関連の仕上げは、ひとりの職人による手作業で行われる。塗装も手作業で仕上げられている。全部で50時間かかる作業だ。
前回のリリースと同じ基本的なケースを利用したことは、ここでも素晴らしい選択だったと思う。もし、前作からひとつのコンセンサスがあるとすれば、それは42mmケースの全体的なフォルムだ。
このような時計には十分な実験があるものだ。生きているパーツがひとつでもあれば絶対に直さない。その代わり、APとチームはスパイダーマンの彫金を輝かせるために、比較的まっさらなキャンバスにしたのである。
私はまだこの作品を実機で見ていないが、もしこれがブラックパンサーのようなものであれば、ここで見るこれらの画像はすべてを表しているとはいえない。
コミックと最高級時計とのコラボレーションは、ある意味ではばかげたものかもしれないが、もしかしたら勇敢なことでもあるかもしれない。数量限定なので、前作と同様にコレクターズアイテムになることは間違いないだろう。
しかし、これだけでは終わらない。ブラックパンサーと同様に、同社はこの時計のユニークピースをオークションに出品し、ファーストブックとアショカ協会に寄付する。ブラックパンサーのユニークピースは520万ドルで落札されたが、本作はそれを上回る620万ドル(約8億6620万円)で落札された。
ロイヤル オーク コンセプト トゥールビヨン"スパイダーマン" 42mmチタン製ケース。ブラックセラミック製ベゼルとリューズ、サファイアクリスタルとケースバック。50m防水、文字盤に手描きと手彫りの立体的なスパイダーマンのキャラクター、ブラックPVDコーティングのホワイトゴールド製インデックス、ブラックのインナーベゼル、蓄光コーティングのホワイトゴールド製ロイヤル オーク針、手巻きCal.2974、3Hz、約72時間パワーリザーブ、トゥールビヨン、時、分表示。価格:要問い合わせ。詳細はオーデマ ピゲ公式サイトへ。