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アウロ・モンタナーリ(Auro Montanari) 氏は、何事にも流されないクールな魅力を持っている。イタリア人コレクターであり時計学者でもある氏は、ヴィンテージウォッチの収集においてもっとも影響力のある人物のひとりだ。彼はInstagramや自身の著作物のなかで、ペンネームのもとにそのコレクションを紹介している。時計から始まり、RRLやヴィンテージのミリタリーウェアにいたるまで広く注がれる彼の愛に影響されて、初めてツイードジャケットを購入したり(私もそのひとりだ)腕時計に大枚をはたく気にさせられた時計愛好家も少なくないだろう。モンタナーリ氏については以前HODINKEEのTalking Watchesで紹介したことがある(1度だけでなく、2度も)が、ほんの1カ月前までここでは彼のことをジョン・ゴールドバーガー(John Goldberger) というペンネームで呼ぶのが暗黙のルールだった。
その“ルール”を改めなければならなくなったのは、ファーラン・マリがレボリューションとモンタナーリ氏とコラボレートし、彼の収集体験と趣向を反映させた初の機械式クロノグラフ(計3モデル)を発表したときだ。そのプレスリリースには、モンタナーリ氏の名前が大きく掲載されている。かの有名なゴールドバーガー氏の正体については周知の事実だったが、これはある意味で、ペンネームを超えて彼自身が1歩踏み出したことを示す初めての機会となった。またこのことは、ファーラン・マリが単なるKickstarterの人気ブランドから、今後何年も注目されるに値する真の実力派ブランドへと成長するための最終ステップにもなった。
モンタナーリ氏と知り合ってからというもの、彼は私に対して非常に冷静で、かつ嫌味のない誠実な態度で接してくれている。ポートレートの撮影では真剣な表情を見せる彼だが、その裏には、好奇心旺盛なコレクターたちとできる限りの情報を惜しみなく分かち合おうとする熱意が隠れている。そうそう、ランチを食べている最中に彼がポケットから時計を取り出し、親指の爪やナイフでケースを開けるのを見たことがある。Talking Watchesの場面を再現するためではなく、ムーブメントや ダイヤルの構造を見せるためだ。ここ数十年、ほとんど話題にのぼることのなかった無名のヴィンテージウォッチブランドの名前を私が口にしたときも、もちろん彼は携帯電話にその時計の写真を持っていた。モンタナーリ氏は誰もが一顧だにしないような希少な時計やデザインの数々について、数十年後にそれが途方もないコレクターズアイテムに変わるまで一貫した理解を示し続けてきたのだ。しかし、もしゴールドバーガー氏が、…つまりモンタナーリ氏が、あらゆる時計を見尽くしてきたコレクターとして時計のデザインに助言を与えてくれるのだとしたらどうだろうか。そのデザインを現実のものとするために、ファーラン・マリはもっとも価値のあるブランドのひとつに急成長を遂げたと私は考えている。
少し大袈裟な表現かもしれないが、ファーラン・マリにとってこの出来事は大きな意味を持っている。同ブランドは、複雑時計工房ルノー・エ・パピの共同設立者であるドミニク・ルノー(Dominique Renaud)氏や時計師ジュリアン・ティキシエ(Julien Tixier)氏といったビッグネームと協力し、セキュラーパーペチュアルカレンダーをOnly Watchのために製作した。この時計の製品版は今年の後半に発表される予定だが、現時点では1本のみしか存在しない。そしてファーラン・マリにとってのすべての始まりは、クロノグラフだった。
共同設立者であるアンドレア・ファーラン(Andrea Furlan)氏とハマド・アル・マリ(Hamad Al Marri)氏がKickstarterで5つの時計を発表したのは、2021年のことだ。それぞれが30年代から50年代の時計、特にフランソワ・ボーゲルがケースを手がけたパテック Ref.1463へのラブレターだった。とりわけ目を引いた(特に私のなかで)のは、その名も“タスティ・トンディ(Tasti Tondi)”と名付けられた1本だ。当時わずか320スイスフラン(日本円で当時約5万7000円)で、SS製のパテック Ref.1463という入手困難な名作にメカクォーツムーブメントを搭載した気の利いたモデルを手に入れることができたのだ。プッシャーや下向きに付けられたラグ、そしてボーゲルスタイルのケースバックが特徴的なこの時計は瞬く間に人気を博し、史上最高の時計のひとつとして知られるかの名品のテイストを、コストをかけずに身につけることができるアイテムとして注目された。本物を所有している人々も、心置きなく身につけられるファーラン・マリの時計を買い求めた。現在、中古市場では1200ドル(日本円で約17万5000円)前後で取引されている。
最初のファーラン・マリのクロノグラフは、直径が38mmで厚さは11.3mmだった。新作は2mm近く厚く13.2mmとなっていて、厚いミドルケースに強くカーブしたケースバック、さらに厚みのある(少なくともそう見える)ダブルドーム型サファイアがアクセントになっている。価格も初代の約8.5倍となる2750スイスフラン(日本円で約46万9000円)だ。しかし、それと引き換えに得られるのは、まるで最初からそうであったかのように完全進化を遂げたファーラン・マリである。
以前、私は低価格帯の時計にスケルトンケースバックは必要ないと書いたことがある。スノッブ(俗物的、見栄っ張り)だと思われるかもしれないが...、子供のころに初めて手にしたフォッシルがムーブメントを見ることができるもので、世界で一番高価な時計を持っているような気分になったことを覚えている。しかし自分が時計やムーブメントに何を求めているのかを十分に理解していれば、スケルトンケースバックを持たないより薄くすっきりとした時計の方が期待に沿う場合もあるだろう。
この点で、私はファーラン・マリに合格点をあげたい。彼らはまさに成功したのだ。実質的に2年ちょっとでブランドを築き上げ、“本当にいいものを知っている”ブランドから“本当にいいものを作っている”ブランドになった。ボーゲルケースバックの魅力やバランス、そして私が高く評価していた細やかな趣は多少失われてしまったが、3500ドル以下(日本円で約50万円)でセリタ製AMT5100 Mムーブメントがこの新しい時計に搭載されているのは素晴らしいことだ。
サプライヤーによるムーブメントを不当に見下す人がいるという事実はさておき、これはほかのブランドが使用するようなセリタの純正ムーブメントではないことを指摘しておく必要があるだろう。彼らはこの取り組みについてあまり喧伝していないが(少々内部事情が関係する)、“Manufacture AMT SA”はセリタの子会社であり、顧客のためにカスタムメイドの高級“ビスポーク”ムーブメントを製造している。この時計に見られるのは、まさにそれだ。Ref.1463に搭載されたパテックのCal.13-130もバルジューのエボーシュをベースにしており、同機は今もなおもっとも愛されているクロノグラフムーブメントのひとつとなっている。ムーブメント自体にハイエンドな手仕上げの面取りが施されているわけではないが、価格に見合った見事な品質を備えている。
極めつけは、これが58時間のパワーリザーブを備えた手巻きのコラムホイール式フライバッククロノグラフだということだ。最初にこの時計を手にしたときプッシャー(特にリセット)は硬かったが、少し慣らすだけで今ではバターのようになめらかに動くようになった。クロノグラフムーブメントの巻き上げも素晴らしく、歯切れのよいクリック感が味わえる。もちろん、この時計はメカクォーツ式のファーラン・マリよりも厚みがある。だが、オリジナルの“タスティ・トンディ”ことRef.1463はケース径が3mm小さいものの厚みは14mmで、内部にはダストカバーを備えておりケースバックはねじ込み式であったため、これぐらいのサイズでも問題になることはないだろう。
昨年の夏にこれらの時計をこっそり見せてもらった。目にした瞬間、そのなかの1本を絶対に手に入れたいと思った。しかし正直なところ、すべてのモデルが私の好みに合致したわけではない。欲しいと思った時計のほかにも、ふたつのモデルが展開されていた(それぞれ単品と、3本がセットになった30個限定のボックスセットとして)。ひとつはサーモンとブラックのダイヤルに“タスティ・トンディ”スタイルのプッシャーが付いたもので、ウェイ・コー(Wei Koh)氏のデザインによるレボリューション限定モデルである。もうひとつは“ハニーブルー”で、ケースは上の時計と似ているが、ダイヤルはブルー、針とインデックスには23KイエローゴールドのPVD加工が施されている。Kickstarter時代からファーラン・マリを支援していたコー氏の功績は大きい。しかし、どちらも先週からつけているRef.3177-A “トープフライバック”ほどのまとまりは感じられなかった。
Introducing: ファーラン・マリ、レボリューションとアウロ・モンタナーリによる新しいコラムホイール式フライバッククロノグラフ
これらの時計に関するファースト・インプレッションは、12月にマーク・カウズラリッチが紹介した記事に詳しく書かれている。
私はモンタナーリ氏を友人と呼べる幸運な人間であり、プレスリリースによればこの時計はモンタナーリ氏に一番大きな影響を受けたモデルだということで、ある程度偏った見方をしていることは認める。しかしそれにしても、このシンプルな素晴らしさは否定できないと思う。この時計は、光の加減で落ち着いたグレーから砂のようなダークブラウンへと変化する、素晴らしいツートンの“トープ”ダイヤルを備えている。ツートンダイヤルはヴィンテージ パテックに見られるシルバーとホワイトのように、控えめなコントラストを持つものほど美しく見える。
ブルーのダイヤルもいいのだが、ゴールドの針とインデックスがケースにマッチしていないのが少し気になる。シルバーのツートンダイヤルを持つパテック Ref.130のゴールドインデックスモデルがアンティコルムで高値で取引された例がある。もっと手ごろな価格で、フィリップスはゴールドダイヤルでツートンケースのRef.130を出品していた。私のお気に入りは、スティールケース、ゴールドベゼル&リューズに、ゴールドインデックスを備えた唯一のHausmann & Co.のサイン入りパテック Ref.130で、ダヴィデ・パルミジャーニ氏の新刊に掲載されている。当時参考にしていればきっと素晴らしいインスピレーションを与えてくれていただろうし、それによってベゼルとリューズもうまく調和していただろう。鮮やかなブルーは少しやりすぎな感じがするし、サーモンダイヤルも同様にコントラストが強いブラックのサブダイヤルやチャプターリングが大胆すぎる。しかしその点、トープはちょうどいい。
これらの時計は疑いようもなく、歴史に敬意を払いながらも多くの人には手の届かない時計を模倣したものである。しかし私がもっとも気に入っている点は、再現というよりも熟考を重ねた結果の統合であるということだ。先週、私はモンタナーリ氏とランチをともにし、彼の時計に“ある”特徴を落とし込んだ理由を尋ねた。“オリーブ”スタイルのプッシャーは、彼が愛している初期のオメガ、ロンジン、エベラールのクロノグラフにちなんだものだと彼は語ってくれた。彼はまた、サンドイッチダイヤルに適切な深さを持たせるよう要求したという。そして、アンドレア・ファーラン氏がこのデザインを具現化したことを高く評価していた。
実はこれが、なぜ私がこれほどまでにファーラン・マリというブランドに魅力を感じているのかの核心につながっている。彼らの最初の機械式ドレスウォッチのレビューでも触れたが、ファーラン・マリほどダイヤルの仕上げに価値を見出すブランドはないと思う。このプライスで、同様の配慮と気配りを大手ブランドから受けられるとは到底思えない出来映えだ。ダイヤルを写した次の4枚の写真を見れば、奥行き、巧みにデザインされたリーフ針、インデックスやプリントのクオリティなどがわかるだろう。彼らはスイスでダイヤルを生産しないことでコストを節約しているが、そのことについて私はまったく気にしていない。このレベルの品質を維持できる限り、私はこのブランドのファンであり続けると思う。
その丁寧な心配りは細部にまで及んでいる。この時計にはブラウンとブラックの2色のストラップが付属しており、それぞれがダイヤルの色合いを引き立たせている。また、ケース番号とシリアルナンバーがラグのあいだに記されており、ファーラン・マリの刻印は(ケース裏側から見て)右下のラグにある。実際のところ、この時計にはレボリューションやモンタナーリ氏の名前はどこにもない。両者とのコラボレーションから生まれた時計かもしれないが、ファーラン・マリの名のもとに独立したモデルなのだ。
とにかくそれがすべてなのだ。ファーラン・マリは瞬く間に、その周りに強力なコミュニティを持つブランドとしての地位を確立した。それは単なる傍観者や遥か遠方のファンではなく、彼らの情熱を理解し、分かち合う真の友人たちである。ツイードを買うにしても、ヴィンテージ カルティエのファンになるにしても、カルティエで特注の夜光入りクラッシュをオーダーするにしても(まあ、それは今のところウェイ・コー氏ひとりだが)、私たちは誰もが周囲の人々から情報を得ているし、お互いに助け合うことでよりよい関係を築いている。私は、お互いのコミュニティが支え合い、互いに認め合っていることが一番だと思う。認めるべき功績は認めるべきであり、今回も考え抜かれた素晴らしいリリースを行ったファーラン・マリを高く評価したい。そして初の機械式クロノグラフの製作にこぎつけた現在、ファーラン・マリの可能性は無限大に広がっている。
ファーラン・マリ×レボリューション×アウロ・モンタナーリ氏による機械式フライバッククロノグラフ Ref.3177-A “トープフライバック”。直径38mm×厚さ13.2mm、ラグからラグまでは46mm。316Lステンレススティール製ケース、50m防水。濃淡のあるトープ色のダイヤル、ポリッシュ仕上げのステンレススティール製CNC針、ランニングセコンド、30分積算計。コラムホイール式フライバッククロノグラフ、58時間のパワーリザーブ。ブラックとブラウンの2種類のストラップが付属。価格: 2750スイスフラン(日本円で約46万9000円)。