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Photos by Mark Kauzlarich
1年ほど前、いや、もしかすると2年前だったかもしれないが、今でもベンやHODINKEEのチームの何人かとウーバータクシーに乗り、ジュネーブのローザンヌ通りを走り、Watches & Wondersへ向かっていたときのことを覚えている。軽く朝食を済ませたばかりの車内に、マイケル・フリードマン氏が思いがけず乗り込んできたのだ。そう、あのマイケル・フリードマンだ。“AP, Michael Friedman, my friend's cooler”というラップの歌詞で知られる、あの人物である。彼はかつてウィラード・ハウス&クロック・ミュージアムや国立時計博物館でキュレーターを務め、クリスティーズ・ニューヨークでは時計部門の責任者を歴任。エリック・クラプトンのような顧客のアドバイザーも務めていた(クラプトンが一点もののパテック フィリップを所有していた時期のことだ)。そして直近では、オーデマ ピゲでコンプリケーション部門の責任者を務めていた人物でもある。
いや、マイケル・フリードマンのことを知らない人もいるかもしれない。だが、私は彼のことをよく知っていた。キャリアの初期には、偶然顔を合わせたり、話をするようになったりするなかで、その後の自分に影響を与えるような経験をいくつもした。彼が新しいブランドを立ち上げようとしていることも知っていたが、それがどんなものなのかはまったく見当がつかなかった。「とにかくすごいんだ」と、あるいはそれに近いことをベンは言っていた。「時計というよりカフのようなもので、ダイヤモンドがたくさんあしらわれているんだ」。いったい、どういうことなのだろう? 考えれば考えるほど、実物とはかけ離れたものになっていった。そして数カ月前、ついにその答えが明らかになった。私が思い描いていたものとは、まったく違っていた。
ベンが話していたとおり、フリードマン氏が立ち上げた新ブランド、パターン・リコグニションのBセオリー シリーズ1はさまざまな点で時計とはかけ離れた存在と言える。とはいえ実物は私が想像していたよりも、時計に近いものだったが、ダイヤモンドもあしらわれており、これは確かにジュエリーのようでもある。それでも時計製造の技術的な裏付けがあり、過去とのつながりも備えている。しかし、決して復刻やリイシューではない。むしろ、私たちが時間をどのように認識するのかを時計製造の視点から捉え直そうとする試みなのだ。きわめて現代的なフォルムを持つこの時計だが、その意図を理解するには、哲学についての基礎知識が少し必要かもしれない。
時間のA理論とB理論は、1966年に哲学者で教授のリチャード・M・ゲイルによって提唱された概念だ。正直言って、哲学は学生時代、私の得意科目ではなかった。確か、大学1年生の時の政治哲学入門はその年で最も成績の悪かった科目だったと思う。しかし私の理解が正しければ、ゲイルは、時間には過去、現在、未来といった時制があり(物事はかつて存在し、今存在し、そしてこれから存在するという考え方)、私たちがそのなかを移動するにつれて、宇宙は新しい瞬間を生み出し続けると主張した。これがA理論だ。一方、B理論は、すべての瞬間が等しく同時に存在し、等しく現実であり、変化するのは私たちがいる場所だけだと示唆している。私がニューヨークにいて、あなたがあなたの場所にいるからといって、どちらかの現実性が劣るわけでも、私たちのあいだに何かが存在しないわけでもない。
これが、パターン・リコグニションのBセオリーをごく簡単に説明したものだ。マイケル・フリードマン氏がTalking Watchesで語った説明を繰り返すのではなく、実用的なスペックに入る前に、この時計が生まれた背景を紹介したいと思う。ただし、説明のなかで再びA理論的な時間の捉え方に戻ってしまうことはご容赦いただきたい。かつて時計師たちが実現できていた技術のなかには、今ではほとんど見られなくなったものがある。そのひとつが、3次元的に湾曲したムーブメントだ。具体的には、モバードのポリプランのような時計が挙げられる。単にケースが変わった形をしているのではなく、ムーブメントそのものが曲線に沿って設計されているのだ。A理論とB理論の話に戻ろう。B理論の考え方では、こうした技術は「かつて存在した古いアイデア」なのではない。今もただ、そこに存在しているだけなのだ。。これは現代のものではないし、ポリプランもヴィンテージではない。ただ、そこに存在している。それだけなのだ。
Photo by Shota Akiyoshi
本作のケースとムーブメントは、モバードのポリプランが示した曲線に沿って、一体となった湾曲形状を描いている。グレード5チタン製ケースは、幅32mm、全長52mmとかなり縦長で、18度のカーブを含めた厚さは全体で9.6mmだ。時計全体の仕上げでは、素材へのコーティングや表面処理よりも、手作業による仕上げに重点が置かれている。サテン仕上げを施した面は明るく、サンドブラスト仕上げの面は暗い表情を見せる。外観の異なるふたつのバリエーションが用意されており、好みに合わせて選ぶことができる。
表示は意図を持って、上から下へ配置されている。最上部にあるのは、直径6mmの“ムーンカット”ダイヤモンドで表現したムーンフェイズだ。これはスイスで製造されたラボグロウンダイヤモンドで、品質とカットを管理できるため、時計のすべてをスイス製にすることが可能になっている。フリードマン氏によれば、これは天文学、そして私たちが時間を認識するうえでの基礎を表しているそうだ。表示自体が回転するのではなく、月の周囲を覆うシェルが回転する仕組みで(このシェルは、ケース側面のプッシャーで進めることができる)、その下には、そのエネルギーを受け継ぐように、その下には、その流れを受け継ぐ象徴としてトゥールビヨンが置かれている(もちろん比喩的な意味で、実際には手巻きムーブメントである)。さらにその下には、私たちが理解する時間を表す、一般的なダイヤルが置かれている(時刻を示すインデックスにはダイヤモンドが用いられている)。
正直に言うと、私は哲学的な満足感を求めて時計に触れることはめったにない。というより、哲学的に考えすぎないよう、意識的に避けているところさえある。だが、この話はまた別の機会に掘り下げるべきだろう。とはいえ私と同じように、時計製造の世界は少し決まりきった枠のなかに収まりすぎていると感じている人もいるだろう(特にハイエンドの領域は少なくとも、ときにはもっと自由であっていいし、そうあるべきだ)。そう考えると、Bセオリーが時計製造の可能性を示すうえで(過去、現在、あるいは過去のいずれであっても、あなたが時間をどのように捉えるかに関わらず)、大胆なフォルムと、時計がどのような姿を取り得るのかという新たな視点の両方を提示することで印象的な成果を上げていることは間違いない。
本作の仕上げは、言葉だけでは伝わりにくい。真鍮やゴールド、スティールであれば、ポリッシュや面取りによって高い仕上げを施すことができるが、チタン製のパーツで同じような仕上げを見る機会はそう多くない。この時計では、異なるサテン仕上げやサンドブラスト、そしてエッジに施された鏡面仕上げと、シャープで角度のついた面取りによって、コントラストを生み出している。ムーブメントの振動数は2万1600振動/時(3Hz)で、30mの防水性能を備えている。そしてフリードマン氏はパワーリザーブの最終的な仕様を確認中ではあるものの、(プロトタイプの段階では)安定して60時間以上駆動すると話していた。
このムーブメントは、フリードマン氏が抽象的に構想を練り、オーデマ ピゲで研究開発部門の責任者を務めたファブリス・デシャネル(Fabrice Deschanel)氏の協力によって実現したものだ。デシャネル氏は現在、アルティムという新しい会社を率いている。またデザイン面では、同じくアルティムに所属し、オーデマ ピゲのコンセプトを手がけたクロード・エメネッガー(Claude Emmenegger)氏も協力しており、ムーブメントの共同開発から製造、仕上げまでを担ったのはヴァンガードのチームだ。またこの時計では、正面から見える以上のものはない。残りの機構はケースバックの内側に収められている。一方、裏側から見ると、クイックチェンジ機構もケースバック側に組み込まれており、ブレスレットがケースといかに一体化しているかがわかる。
ブレスレットとストラップの交換は簡単だ。しかし一般的なブランドでは、ブレスレット側に設けたフックをバーに引っ掛けたり、ケースに固定したりすることで可動部分を担うのに対し、この時計ではその機構がケース側に組み込まれている。構造としては、ケース側に設けられた凸形状のパーツが、ブレスレットやストラップ側の凹形状のパーツにはまり込む仕組みだ。なお、購入時にはストラップ仕様とブレスレット仕様を選べるが、ブレスレット仕様を購入した場合は、あとからストラップに付け替えることもできる。
ここで、少し幾何学の話をしよう。大学時代にも手を出さなかった分野であるため、かなり無謀な試みではあるが。フリードマン氏によると、この時計は湾曲した状態で全長52mmとのことだ。私にはそこまで長く感じられなかったため、平面上で測った場合のラグ・トゥ・ラグ(つまり数学に詳しい人が“弦”と呼ぶ長さ)を計算してみた。18°のカーブを考慮して円の半径を求め(s/θ = 52/18°×π/180 ≈ 165.52mm)、そこから弦の長さ(c=2Rsin(9°))を算出すると、実際にはわずか0.21mm短い51.79mmとなった。そしてこの計算から、もうひとつ興味深いこともわかった。時計が同じ18°のカーブに沿うとすれば、理想的な手首周りは16.5cmということになる。しかし手首周りが約18.4cmの私が着けても、時計が手首の上で浮いているようには感じなかった。その点では、ブレスレットが柔軟に対応してくれる。
残念ながら、撮影時にはストラップや別のブレスレットバージョンが手元になく、試すことができなかった。とはいえ、実際に目の前にあったブレスレットと時計一式はかなり印象的で、これまでにない体験だった。私はブレスレットを備えた時計が好きだし、曲線的な時計も好きだ。プラチナ製のカルティエ タンク サントレは憧れの時計トップ5に入り、それをブレスレット仕様で手に入れることは、まさに私にとっての夢だ。それでもこの時計の着け心地は、そうした時計とはまったく異なる。ロイヤル オークやノーチラスとも、そしてこれまでに着けたどの時計とも異なるものだった。ブレスレットも、一般的なもののように、交互に並んだリンクが連結する構造ではない。これはカフのような形状で、存在感がありながらも薄く軽いのだ。
一方、ずっしりくるのは価格のほうだ。その背景には確かな技術力、名だたる関係者、技術的な完成度、そして細部へのこだわりがある。パターン・リコグニション Bセオリー シリーズ1の価格は、ストラップ仕様が12万スイスフラン(約2200万円)、ブレスレット仕様が15万スイスフラン(約2800万円)だ。シリーズ1は製品版25本とプロトタイプ5本に限定されているが、フリードマン氏の顧客層は厚く、本作はすでにすべて完売している。著名人やミュージシャンから、知る人ぞ知るインディペンデントブランドの愛好家まで、購入者のなかには私が知っている人も少なくない。フリードマン氏はTalking Watchesで、今後、ツートン仕様やいくつかの別バリエーションを発表する計画があると語っていた。もっとも、それは未来の話なのだろうか。それとも、もう過去に存在しているのだろうか。私が言いたいことは、きっと伝わるだろう。
パターン・リコグニション Bセオリー シリーズ1の詳細については、こちらをご覧ください。
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