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秋のジュネーブオークションシーズンがやってきた。それはただひとつのことを意味する。同僚間で空想の(現実味のない)ファンタジーウォッチリーグを開催することだ。HODINKEEのふたりの仲間が、高額のオークションロットを競り落とすとき、美しさと知性のどちらを優先するかを決める。多少の健全な競争は誰も傷をつけない。
見た目と知性の妥協点になるだろうか? それとも全面戦争か?
スタイル・エディターのマライカ・クロフォードとヴィンテージ・エキスパートのリッチ・フォードンが、オールドファッションスタイルのおしゃべりを繰り広げる。
オーデマ ピゲ ロイヤル オーク “アニヴェルセル イタリア” Ref.15128ST.OO.0944ST.01
マライカ・クロフォード(以下MC): おはよう、リッチ! じゃあこのロイヤル オーク “アニヴェルセル イタリア”からどう? 私たちの同僚が最近ミリタリーダイヤルのオーデマ ピゲを手に入れていた。試着してみると、その純粋な汎用性とネオヴィンテージ感からエクスプローラー1を思い出したけど、デザイン的にはもっとおもしろかった。普段使いのシチュエーションをパワーアップさせたように。そのとき革ジャンを着ていたけど、それが本当に素敵に見えたの。
リッチ・フォードン(以下RF): うん、サイズ感はすごくいいね。おはよう、マライカ!
MC: これは文字盤の色に尽きる。ネイビーがすごくかっこいいね。黒のほうが好きだけど、これは気に入った。ネイビーではなくロイヤル(ブルー)に近いかもしれないけど、イヴ・クライン(Yves Klein)のブルーよりも濃い。エジプト風で、すごくラピスっぽい。
RF: 君がこのロットを選んだ理由がわかった。ブルーの話をするために選んだんだ!
MC: そう、青について話すこともできるが今はやめておこう。実は最近、イヴリン・ジェンタ(Evelyne Genta)夫人と話をしたところ、ジェラルド・ジェンタも青に執着していたと教えてくれたの。何でだと思う? クリエイティブな人たちはブルーが大好きなんだ。
RF: 私もだよ。青は好きだ。
MC: (笑)えーと、見積もりはかなり高いね。いったい何ミリあるの?
RF: ミリタリーっぽい文字盤で、39mmというのがおもしろいね。つまりこれはジャンボだ。
MC: 39mmはとても似合うと思うよ。小さい時計が好きなのはわかっているけど!
RF: そう? どうもありがとう。もうひとつ気に入っているのは、ミリタリーダイヤルのスタイルでありながらフォントが微妙に異なっているところだ。
MC: そうなんだ? 詳しく教えて。
RF: ダイヤル(のインデックス)はAPロゴのセリフを反映している。本物のミリタリーダイヤルはもっと丸みを帯びている。これはそれよりシャープな感じだ。そしてミリタリーダイヤルはこの限定モデルの約10年前に存在していたはずだ。
MC: なるほど、確かにハイブリッドなオフショアのような雰囲気があるね。オフショアスタイルの特徴がよく出ているから、オフショア時代がピークのときに出たんだろう。2005年とか。オーデマ ピゲがこれで何をしていたのかわかりやすい。
RF: これは間違いなく、39mmのロイヤル オークが店頭で売れなかった時期だ。ケースのなかで鎮座していたんだろう。
MC: そしてオフショアを棚に並べることはなかったわけだ。その時代に生きていたかったけど、私はまだ生まれていないね。
RF: これはジャンボがオフショアブームを利用して販売したもので、実に魅力的だ。それに追加ダイヤルも付いているしね!
パテック フィリップ Ref.5004J-017
MC: オーケー、リッチ。次に選んだ時計はとても興味深いものだね。なぜならジョン・メイヤーが55回くらい言及しているのを聞いたことがあるから。私はあまりコンプリケーションに興味がないけど、このようなパテックにはとても引かれる。何年も前に、友人がムーンフェイズは金持ちのためのものだと言っていた。申し訳ないけど、それ以来、エリート主義者と思われる方に対して私もそう思うようになった。このスタイルはとても忙しないと思う。それと本来あるべきではないように見えるものに引かれる。これをムーンフェイズ付きのスプリットセコンドパーペチュアルカレンダーであることは理解できるけど、それでもこの時計はなぜか無駄にごちゃついている気がする。
RF: これはパテックがコンプリケーションに力を入れていた時代のピーク期のコンプリケーションウォッチだ。そしてこの時代のアイデアは、複雑時計をより小さくすることだった。だから5004は、すでに非常に複雑だった36mm径の3970をベースにしているんだ。そのため5004はとてもコンパクト。その量の情報を実現するために、このサイズでこれほど複雑な時計を作るのは、当時としては至難の業だった。だから本質的にごちゃついている。この時計にはタキメーターが付いているからなおさらそう見える。
MC: 皆さん、研究家のリッチに拍手を。あの文字盤でどうやって時間を計るの? 見にくそうだ。
RF: 拍手をありがとう。この大きさを維持した結果、文字盤にはたくさんの“欠点”ができた。でも、それがいい。トラックは重なっているし、ポインターデイトの目盛りの31日と1日が隣り合っている。でも私はそれが好きだし、何とかうまくいっているんだ。
MC: 確かに。狂っているようにしか見えない。私のアパートのなか(と頭のなか)はそんな感じ。それに知っていると思うけど、私は黒い文字盤が大好き。イエローゴールドとブラックは常に相性がいいね。
RF: その組み合わせに引かれるのは当然だね。YG製ケースにブラックの文字盤が入っているのは、パテックでは非常に珍しくて、多くのリファレンスではコレクション性の頂点とされている。この時計もその一例で、文字盤にモノグラムがあしらわれたユニークな1本だ。
MC: ああ、そうだね。6時位置を見よう。
RF: これはひとりの顧客のために作られた時計の一部だ。彼はいくつかのユニークピースを依頼して、夜光塗料が施された針、ブラックダイヤル、タキメータートラックなど、実にあらゆる手を尽くした。5004のユニークピースに求めるものはすべて備わっていると思う。なかでも白いクロノグラフ秒針がとても気に入っている。本当に目立つからね。多くのコレクターが初期の5004を好むのは、クロノグラフ秒針に大きなパドルのカウンターバランスがないからだ。
MC: ちょっといいかも。それと12時位置も気になる。ローマ数字が不要に感じるね。スタッズ型インデックスも気になる。このエド・ハーディ風の仕上げは何だろう? この時計のほとんどを占める地味な美学と衝突しているように思う。あるいは、むしろカオスをもたらそうとしているのかもしれない。
RF: そのディテールはユニークピースパテックのなかでもこの時代らしいもので、特にこの顧客のためのものだ。彼はインデックスを構成するシリーズのほとんどをリクエストしていた。だからこれを見ると、いつもこのシリーズを思い出す。彼の時計でなくても、文字盤にモノグラムが入っていても、それが彼のやり方だ。しかし彼でさえ、約10年前にエリック・クラプトンが発表したユニークピースからアイデアを盗んだことは本人も認めている。
MC: 彼はエリックのルックを盗んだのか! 自分が最初にやったと主張する古典的なウォッチマンだね。一体どうしたんだ?
ロレックス “ジャン=クロード・キリー” Ref.6036
MC: 宝石がセットされたデイデイトを選ぼうと思っていたのだけど、やっぱりキリーにしようと思う。<カタログノートを読む>非常に希少で保存状態のいい、イギリス市場向けの18Kゴールド製トリプルカレンダークロノグラフウォッチ。待って、これはなに?
RF: いいよ、待とう。君がなぜそれを選んだかわかった!
MC: もちろんYGのものを選びたくなるのは当然。しかもオイスターケースで、特に親近感があるのだと思う。延々と話している自分のエクスプローラーについては、それと完全に似ているわけではないけれど、オイスターケースは古典的だよ。ほかの誰にも真似できない完璧なロレックス。そして、アウタートラックの青のアクセント、これは復活させる必要があるだろう。ブルーのアクセントとYGケースは超イケてる。
RF: イギリス市場向けというのは、英語の曜日と日付ディスクだけだと思う。ちょっと残念だが、ここでは本物のグレートブリテンについて話しているのだと思った。
MC: そうなんだ。ほかのことについても教えて欲しい。
RF: この時計に限ったことではないが、YGのキリーは紛れもなく最もよく知られた例のひとつで、コンディションは異常なほどにいい。YG製キリーは否定できない。しかし、私がこの時計に注目しているのは市場力学についてだ。
MC: ああ、市場力学か。
RF: ちょっと待って。今シーズンのオークションには、大物コレクターが主に大手オークショニアで手に入れたコレクションを売却している。だからこそ販売記録がある。この時計が最後にフィリップスで販売されたのは、2018年のフィリップス&ブラックバードオークションだった。
MC: ニック・ビーブイック(Nick Biebuyck)に感謝の意を。では、それはいくらで売れたの?
RF: そのときは香港ドルだったので、いったん私の得意分野ではない計算をさせてくれ。40万ドル弱? ということは、今回は25万~50万スイスフランのエスティメートと、しっかりその範囲に入っている。ただその価格以上に、美術部門から拝借した前回のセールがクリスティーズのカタログに書かれているのがクールだ。時計の世界にも、所有者の証明の連鎖のような、美術品市場の仕組みが必要ではないだろうか。これは市場にとって健全なことで、販売と時計の価値を裏付けることになる。
MC: そうだね。私たちが耳にする出所は、ほとんどの場合、オリジナルオーナーの時計だ。
RF: 確かに。ただ時計市場が成熟するにつれて、このような別の種類の証明がもっと必要になるだろう。この時計はこことここで公に売られた、当時はこんな状態だった、どう違うかわかるだろう、とかね。
MC: 本当におもしろいと思ってる?
RF: うわー、後ろ向きだね。私はそう! その世界には学ぶべきものがあると思うし、時計の世界はもっと芸術と類似するものがあってもいいと思う。
MC: ここでいったん止めよう。時計は同じものはない。
RF: ああ、いやそうだね。決して同じではないだろう。でも芸術作品を価値あるものにする構造や道具は、時計にも応用できるかもしれない。
MC: 私は逆の見方をしている。時計は非常にはっきりしたもので、これらは限りあるもの。時計愛好家は構造やロジック、そしてそれを持ち続けたいという感情を好む傾向がある。ただし芸術、特に抽象芸術は解釈の余地があり、理解するのが難しく、それゆえに落ち着かない。
RF: 必ずしも対象物がすべて似ているわけではないし、コレクターが美術品を評価する方法がそのまま当てはまるわけでもない。私は時計を、芸術が有限である歴史的なオブジェとして見ているのだ。(デイヴィッド・)ホックニーなら15年間壁に飾っておくことができる。それは決して変わることはない。一方この時計は2019年に登場し、2023年の今日、ケースサイドに多くの経年変化が見られる。
MC: 彼はパティーナトークをしている。
RF: ただ変わったと言いたいだけだ。何年もかけて変化していく、身に付けられるものなんだ。所有権の管理や、過去の販売記録があることは、実際はもっと重要かもしれない!
MC: わかったわかった、受け入れよう。エリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor)のカフタンコレクションも芸術だと思えば、私も賛同できると思う。
ブレゲ クラシック・パーペチュアルカレンダー Ref.3050
RF: そうそう、このブレゲ。これはブレゲのあるべき姿だ。手ごろな大きさのケースに優れた仕上げ、ブランドイメージに合っていて、大きすぎず、(要素が)多すぎないパッケージだ。
MC: クラシックな美しい時計だとは思う。すぐに手に取るようなものではないけど。
RF: 何が気に入らないの?
MC: ちょっと退屈に見えるし、おじいちゃんが持っていそうな時計だよ。真面目すぎるんだ。
RF: 私は真面目な男だよ。
MC: リッチはそう思ってもらいたいんだね。そう、これはかなり真面目だ。エレガントな感じがするし、気に入っているよ。見ているとジェンタを思い出す。この時代、彼自身のブランドでつくった作品の多くを見てきた。そしてそれは私の好みからすると、小さくて古臭いような、非常に古典的な雰囲気を思い起こさせる。
RF: じゃあパーペチュアルカレンダーはどう? 使うだろうか?
MC: 興味ないな。パーペチュアルなら5004かGG(ジェラルド・ジェンタ)スケルトンで我慢するよ。いや、でもたぶん使わないだろう。
RF: 水曜日がいつなのか知るのに使えるかもしれないよ。
MC: 真面目なリッチ・フォードンは、私のことをとても無秩序な人間だと思っているようだ。
パテック フィリップ カラトラバ Ref.565
RF: お気に入りのパテックカラトラバは?
MC: もちろん96だ。
RF: おもしろい、私のブレゲのパーペチュアルをおじいちゃん時計と呼んでおいて?
MC: 96は違う。小さくてかわいい。とてもピュアに見える。カラトラバはとてもピュアなところがいい。でもほかに好きなのは、25...何だっけ? アンディ・ウォーホルが所持していたパテックなんだけど。
RF: ああ、2526だね。ベン(・クライマー)が選んだやつだ。そして君がエナメル文字盤が好きなのはみんな知っている。
MC: さて、これは何の時計だろうか? 565…? なぜそれが重要なのだろうか。
RF: 565はいいよ! パテック初の本格的なカラトラバだ。防水、防塵に優れ、今でも実際につけられる。
MC: 黒い文字盤は?
RF: これはとても特別なものなんだ。だからこそこのオークションに出品され、この見積もりが設定されている。
MC: 君が不十分だと言った、私が最初に選んだ96を覚えている? 皆さんはここからこっそりのぞいてみて欲しい。
RF: そうだね、申し訳ない。これはそれよりもちょっといいものだ。でも、それに関連付けることはできる。565はフランソワ・ボーゲル(François Borgel)製のケースを採用している。ボーゲルについて話す機会を逃すわけにはいかないのだ! 彼は伝説であり、防水時計の真の革新者だ。そして1800年代後半に彼が生み出したデザインは、最終的にこのケースに昇華した。時刻表示のみのケースのなかで史上最高のひとつであるこのケースは、当時、ほかのブランドにも模倣され、現在でも新しい時計に採用されている。
MC: 私はまだ96のほうが好きだ。これはハミルトンに似ている。
RF: そうだね、ハミルトンはボーゲルと565を参考にしているのかもしれない。
ロレックス デイトナ “チェリーレッド” Ref.6264
RF: 次はフィリップスだ。
MC: カタログをスクロールしてヴィンテージデイトナのセクションに差し掛かると、目が点になり、すごいスピードでスクロールしてスキップしてしまう。
RF: それは理解したが、ただこの個体に関しては間違っていると言わざるを得ない。ゴールドの6264は本当に特別だし、この文字盤は特に素晴らしい。
MC: 私たちの選択には黒文字盤というテーマを感じる。黒い文字盤が特別なのは私でもわかる。よし、続けよう...待って、なぜ“チェリーロゴ”なのか?
RF: これは6263 “ビッグレッド”より前に登場した、最初の赤い“DAYTONA”テキストであり、テキストサイズは小さめだ。またテキストは後発のビッグレッドよりも少し明るい赤色になる傾向があるため、チェリーの愛称が付いている。この時計の真におもしろいところは、そうでないところである。オリジナルダイヤルがケースに収められているのだ。これは“ポール・ニューマン・レモン”や“ジョン・プレイヤー・スペシャル”レベルのグループに属し、ダイヤルが交換されている可能性があるが、100万ドルの時計に匹敵する。しかし、このダイヤルは本当に珍しい…ほんのひと握りしか知られていないんだ。
MC: それは本当にいいことだね。
RF: よし、なにがお気に召さなかった?
MC: ヴィンテージデイトナを選ぶなら、6270がいい! パヴェは私にとって、ダイヤモンドの食物連鎖の最下層に位置する。バゲットカットかアショカカットがいい。つまりどうせ派手にするなら、とことん派手にしたほうがいいのだ。
おまけ: リシャール・ミル Ref.RM35-02 RAFA
MC: 特別にこのRMもやらない?
RF: もちろん。RMは入れざるを得ない。
MC: 私のこと? これはまさに魅力的だ。とてもアグレッシブで、写真だけだと正当に評価されないのがわかる。パヴェダイヤモンドの列は、写真ではゴミのように見える。
RF: 速報だが、私はパヴェダイヤモンドがあまり好きではない。
MC: 確かにパヴェはバゲットやほかのカットに比べて味気ないだろう。RMでない限り! この時計を見て、4年前の自分に会っていたら、“マライカ、これはいやらしくて気持ち悪い”と思っていただろう。フェラーリの赤だ。それをつけている人を応援できない感じ。ただRMを知れば知るほど、RMの魅力はそれを超えた先にあるのだと実感する。そしてそれは限定的でこそ輝き、期待をはるかに超えるのだ。
RF: わかったよ。詳しく教えて欲しい。
MC: RMは全力を尽くしている。正直言ってこのデザインはそれほど魅力的ではなく、ボンボンコレクションや、スマイリーシチュエーションのほうが好み。でも私はそのためにここにいる。声明のようなものだ。そして、RMは誰よりも優れた声明を出しているように思う。
RF: ここでは多くのことが起こっている。TPTのケース、特にそのサイドケースにハマっている。でも、明らかにこの時計は好きじゃない。
MC: もちろんそんなことはない。君の好みはとても予測しやすいので、いつの日か、“俺はこんな変なものが好きなんだぜ”と言って欲しい。
RF: 何でもいいよ。私はリシャール・ミルが好きだし評価しているが、これだけは違う。リシャール・ミルの革新性には常に敬意を払っている。もちろん、リシャール・ミルはほかのどのブランドよりも革新的だとも思っている。
MC: 私がRMについて言及しているのはそういうこと。彼らは誰もやっていないことをやっている。彼らの顧客は余裕があり、それを購入するだろうから。
RF: 私たちはリシャール・ミルに賛同してる! 最後にもうひとつ、リューズの話をしていいだろうか?
MC: とても大きいね。とんでもなく大きい。リューズの話は避けようとしたけど、リッチと私は思っている以上に意見が合うのだろう。
RF: まるで誰かがオーラリング(健康管理等ができるスマートリング)を普通のリューズに巻きつけたかのようだ。
MC: あのね、リッチと私は今回の会話のなかで、このリューズが不快であること、そしてふたりとも同じバイレードとディプティックのキャンドルが好きであることがわかった。きっと何か意味があるだろう。
RF: そう、それは何か意味があると思う。じゃあ、またね。