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まずはよいニュースから。スマートウォッチや脳内のマイクロチップに間違いなく取って代わられるのだから、機械式時計は絶滅の危機に瀕しているのだといわれて久しいが、古きよきアナログウォッチは今もなお健在である。
新しいブランドや時計メーカーのすべてを追いかけるのはほとんど不可能に近いことになった。愛好家のグループ、ウェブサイトやポッドキャスト、Instagramのフィード。時計の世界そのものがこれまでになく多様化し、拡大しただけでなく、この世界に足を踏み入れるのも、ずっと容易になったのだ。
ところが、こうした成長は市場の圧力となっており、急かされての仕事はできない昔ながらのクラフトマンシップを誇りとする時計産業は、需要を満たせずにいる。需要と供給について多少なりとも知る人なら、希少性が価格を押し上げることを理解しているはずだ。特に2021年は、サプライチェーン不足とセカンダリーマーケット価格の高騰を抜きにして、時計を語ることは不可能だった。
この8カ月で価格が急落したため、このハイプウォッチ時代の三騎士であるオーデマ ピゲのロイヤル オーク、パテック フィリップのノーチラス、ロレックスのデイトナを詳しく見てみることにする。現在の市場におけるこれらの時計の位置と、今後どこへ向かうのかについてのヒントを紹介しよう。
しかしその前に、現在に至る経緯についての疑問と、さらに重要な次の疑問を解消しておきたい。
ハイプウォッチとは何か?
私は“ハイプウォッチ”という言葉が、それが時計コミュニティにもたらしたどんな影響よりもずっと、嫌いだ。この語はネット上の時計談義に広く浸透しており、たいていの場合、コレクターが個人的に嫌いなものや、明らかにセンスの悪い人がカッコいいと思うようなものを指す、便利な言葉として使われているように思う。とても批判的な雰囲気があるのだ。
とはいえ、誰もが知っている言葉だし、ほかによい選択肢もないので、この言葉を使うことにする。では、ハイプウォッチとは何なのか?
ハイプウォッチにはステンレススティール製も貴金属製もありうるが、現在最もよく知られているのはすべて前者だ。いずれにせよ、その時計には最初から金銭的価値を外部に告げる包装が施されている。努力せずとも、小売価格の何倍もの値で取引されることがあり、もはや単なる時計ではなく、本来の目的を飛び出して正当な資産へと進化したものなのだ。たとえその所有者がそうした認識を望んでいないとしても。
ハイプウォッチと呼ばれる時計は、今やカジュアルな愛好家にも知られ、人気があるほど有名だが、長年のマニアはこの事実に怒りをおぼえがちだ。ハイプウォッチとは、芸能人やインフルエンサー、ファッション関係者、その他の熱心な新参コレクターが売買する時計のことで、そうした人々は労苦せず、“正しい理由”で時計を購入していないとして、俗人扱いされている。
それらの価格は、数万ドルから数百万ドルまである。
「“ハイプウォッチ”という言葉を聞いて私が最初に思い浮かべるのは、ソーシャルメディアで誇大に宣伝され、暗号通貨長者たちに取引されて価格が高騰したスティール製のスポーツウォッチです」と、クリスティーズ国際時計部門の元責任者、ジョン・レアドン(John Reardon)氏は言う。彼はパテック フィリップ専門のプラットフォーム、コレクタビリティ(Collectability)の創設者として、過去数年間、リアルタイムでハイプの狂乱の進行を目撃してきた。
「私の考えでは、その構成要素とは、スティール製スポーツウォッチ、ソーシャルメディア、そして無限に思えるお金の山です」とレアドン氏は続ける。「ハイプにはポップカルチャーも必要です。有名人、お金、そしてソーシャルメディア上の希少そうな何か、これらを組み合わせると突然、ハイプの完璧な材料がそろいます。自己強化的なパターンなのです」
より正確に言えば、最近のハイプウォッチ現象は前述の3つのブルーチップモデルに代表されるが、あくまでも現行生産品や生産終了したばかりの現代のモデルだと考えるのが妥当だろう。ヴィンテージに“ハイプ”はまずない。リシャール・ミルの時計も条件には当てはまるが、生産数が特に少なく、メーカー希望小売価格も高いため、もっと付随的な位置にいる。そして、これら3つのモデルのほかには、同じブランドのコレクションのなかに仲間に入れられそうなものがいくつかある。パテック フィリップのアクアノート、ロレックスのGMTマスターII、ロレックスのサブマリーナーだ。
HODINKEEの寄稿者で、オンライン時計オークションプラットフォーム、ルーペ・ディス(Loupe This)の創設者でもある完璧なコレクター、エリック・クー(Eric Ku)氏は、この言葉を非常に率直に定義しており、わかりやすい。「このような時計を望むのに、時計愛好家である必要はもはやないのです。誰が持っていてもおかしくありません」
ファッション、スニーカー、ボードゲームなど、コレクターに特化したコミュニティのほかのハイプアイテムとハイプウォッチの違いは、最終製品の一貫して高い品質だと思う。ほかの場所ではよく、注目に値しない低品質なアイテムの代名詞としてハイプという単語が使われているが、時計業界ではそうではない。時計業界におけるハイプ部隊の最も有名なメンバーは、個人的にはファンでなかったとしても、否定しがたい、素晴らしい時計ばかりなのだ。
レアドン氏は、「人々は、何であれ需要が大きくて希少性が高いと思われるものには、高いお金を支払います」と言う。「私たちは、グローバルコミュニケーションがかつてない方法でかかわると市場がどのように動くかを、学んでいるのだと思います。文明が発達し、情報が瞬時に世界中に到達するなかで、ハイプにどのような価値を与えるかを学んでいるのです。これはある意味、非常に哲学的なことです」
市場について
ロイヤル オーク 15202やノーチラス 5711を、セカンダリーマーケットで元の小売価格で簡単に購入できたのは、それほど昔のことではない(10年も経っていない)。では、これほど短期間に前代未聞の価値高騰が起きたのはなぜか。結局のところ、新型コロナ関連の景気刺激策は、予期せずして市場に流入した多くの資金であるにすぎない。
旧友で、ウィンド・ヴィンテージ(Wind Vintage)の経営者でもあるエリック・ウィンド(Eric Wind)氏は、「いろいろな出来事が重なった」と言う。「これら購入者の多くはいわば新富裕層で、ある方法で富を誇示しようとしました。暗号通貨による富、そうでなくとも暗号通貨に触発された富の一種です。みんな、それが持つべきとされる、着るべきとされる、乗るべきとされるモノだから購入していました。それが部分的に、FTXの崩壊で現在私たちが見ているようなことにつながったのです。それは、そうした文化のエコシステムの一部だったのだと思います」
デイトナ、ノーチラス、ロイヤル オークといった時計のセカンダリーマーケットは、パンデミック以前にすでに上昇気流に乗っていたが、突然爆発した。2021年末、昨年の今ごろまでには、ロイヤル オーク 15202が10万ドル(約1320万円)近い価格で売られており、ノーチラス 5711/1Aはその数字を軽々と超え、デイトナは5万ドル(約660万円)に着実に近づいていて、成長に終わりはないように思われた。最近のモルガン・スタンレーのレポートには、WatchChartsのデータに基づくあり得ないような事実の指摘がある。「時計のセカンダリーマーケットにおける年間取引額では、これら“ビッグ3”ブランドが取引額全体の最大71%を占めている」。なんということだ。
その数カ月後、狂乱は頂点に達した。我々は今、これら3つの“ハイプ”ウォッチすべてが現時点での史上最高価格をつけたのは、2022年3月下旬だと指摘できる。同月のWatch Chartsのデータによると、ロイヤル オーク 15202が12万770ドル(約1594万円)、ノーチラス 5711/1Aが18万1992ドル(約2402万円)、ロレックスのデイトナ 116500LNは4万7145ドル(約622万円)の高値を記録している。
もちろん、いったんピークを迎えたあとは下がるのみだ。同じWatchChartsのデータによると、ピークから9カ月後、2022年12月のセカンダリーマーケットにおける最高価格からの下落率はそれぞれ、ロイヤル オーク15202で33.3%、ノーチラス 5711/1Aは31.95%、ロレックスのデイトナ 116500LNは35.8%である。ではなぜ、“ハイプ”の頂点からここまで来てしまったのだろうか。
モルガン・スタンレーの同じレポートによると、「時計のセカンダリーマーケット全体の低迷の基本的な要因は、1)金融引き締め、2)世界的な消費者心理の混乱、3)これらの要因に関連し、株式市場やほかのアセットクラスにおける価格下落の影響を受けた資産効果」である。
2021年末から2022年初頭に見られた高値が主要なリファレンスで下落し始めると、オンラインコレクターたちは歓喜した。多くの長年の時計愛好家は、投機筋を締め出し、需要のある時計を“本物の”コレクターの手に取り戻すのに、こうした市場の調整は必要なことだと考えた。
私はそうした反応を理解できる。我々の多くは真の情熱を抱き、非常に多くの時間をかけて時計や時計製造について学んできた。我々にとって、価格は常に二の次だ。株や投機のために、ロイヤル オークのブレスレットに込められたクラフトマンシップや、デイトナのCal.4130に込められた創意工夫を無視するのは、冒涜のように感じる。だから、恥知らずな転売屋やうさんくさいトレーダーが損をしたかもと思うと、うれしくなってしまうのだ。自然な反応である。
私はここで、大金を運用するディーラーや小銭を稼ぐマニアを批判するつもりはない。“ハイプウォッチ”という呼び方が嫌いだとすでに認めたが、私が言うのはその程度のことだ。だが、ここで言いたいのは残念なことに、あるいはそうではないかもしれないが、我々は皆、ハイプウォッチに臨終前の最後の典礼を施すのが少しばかり早すぎたのではないかということだ。
そう、下落は確かで、もちろん心配ではある。とはいえ、決して世界の終わりではない。ブティックに入ってロイヤル オークやノーチラス、デイトナをメーカー希望小売価格で購入することはまだできないし、この3つのモデルの中古品を定価以下で購入することもできない。まだはるかに遠いのだ。
これはすべて時計の世界におけるごく最近の現象であり、2023年やそれ以降も価格が徐々に下がるとしても、この事実がすぐに変わるとは思えない。また、現在の低迷は時計に限ったことではないことにも注目すべきだ。今年はあらゆる種類の高価な収集品やその他の関連するアセットクラスが打撃を受けたが、時計のセカンダリーマーケットは実際、ほかの多くの市場よりもよく持ちこたえているように思える。
さらに、高級時計に対する関心が突然に冷めたというわけでもない。事実、HODINKEE社内のトラフィック指標を見れば、まったく逆なのだ。
まさに現時点の状況としては、我々は2022年オークションシーズンの最終部分にいる。時計の3大オークションハウス(クリスティーズ、サザビーズ、フィリップス。プレビューはこちら)すべてが、今週ニューヨークでオークションを開催(※)する。これらのオークションは、公の場での価格動向を見極める今年最後のチャンスとなる。
しかしその前に、これら3騎士を詳しく見てみよう。あなたが自分でやらなくてよいように、デイトナ、ノーチラス、ロイヤル オークに関する数字や結果を検証しておいた。以下に、それぞれの時計の“ハイプピーク”の瞬間と、現時点での評価、そして、今後どうなる可能性があるかを明らかにしてみたい。
※編注;翻訳記事公開時点でオークションはすでに終了しています。
パテック フィリップ ノーチラス 5711
ハイプピーク: やれやれ、どの瞬間を選べばよいのやら。2021年1月、ジュネーブのパテック本社が5711の生産終了を認めた時か、あるいは2021年4月の、CEOのティエリー・スターン(Thierry Stern)氏が“ヴィクトリーラップ”と呼んだグリーンダイヤルの5711が発表された時か。だが私は、唯一本当の答えは、ティファニーブルーのノーチラス 5711限定モデルが予想外に落札された時だと思う。ちょうど1年前の今週のことだった。
パテック フィリップが、ニューヨークにおける長年の販売パートナーであるティファニーの、LVMHによる買収を記念して製作したティファニーブルーの5711は、スイスの時計メーカーとアメリカの宝石商のパートナーシップ170周年を記念し、170本限定で生産された。
パテックにとって、なんであれシリアルナンバー入りエディションの製作は大きなことだが、ティファニーの最上級の顧客のためだけに作られ、しかも5711の最終版(そう、今回は本当の意味で)なのだから、これは大きな話題になった。しかし、この発表はティファニーブルー 5711の物語の始まりにすぎなかった。発表から1週間も経たないうちに、最初のモデルが、その収益すべてがチャリティにあてられるフィリップス・ニューヨークのオークションにかけられ、最終的に650万ドル(約8億5800万円)以上(すべてがスティール製ノーチラス1本のためだ)で落札された。翌月の2022年1月、私はこの650万ドルの5711の新しい所有者を世界に知らせる手助けをした(ヒント:ジェイ・Z ではない)。
「私にとってハイプウォッチとは、要約すると、ノーチラス 5711です」とウィンド氏は言う。「価値の大幅な高騰とそのあとの下落を追跡できる、最もよく知られた例です。パンデミックが始まったころはフルセットで6万ドル(約792万円)程度だったものが、今年の初めには20万ドル(約2640万円)近くまで上がり、今は9万ドル(約1188万円)くらいでしょうか。誰もが知っています。もちろん、ティファニーブルーの1件もあります」
そのあとかなりのあいだ、ノーチラスのニュースは聞かれなかった。5711は2021年末に正式に生産を終了し、次世代モデルであるホワイトゴールドの5811/1Gが正式に発表されたのは、2022年10月のことだった。
5711の生産終了とティファニーブルーの件が相まって、ノーチラス全体の知名度、ひいてはその価値を大いに高めたことに疑問の余地はない。
現在の状況: WatchChartsによると、ごく普通のSS 5711/1Aは、2022年3月上旬に18万ドル(約2376万円)以上でセカンダリーマーケット評価額のピークを迎えた。時を進めて現在は、平均12万ドルから12万5000ドル(約1584万円から1650万円)のあいだで取引されており、2021年12月中旬の価格と比べると8%ほど高い。
このデータは、モルガン・スタンレーによる時計のセカンダリーマーケットの現状に関する調査と非常によく一致している。「パテックのスティール製スポーツモデルの価格は、12カ月間同様の軌跡をたどったが、いくつかのモデルでより安定したトレンドを示唆するものが見られる。ピーク時からかなり価格が下落したにもかかわらず、ノーチラス 5711/1Aと5711/1Rの両モデルは、2021年末と比べると、今期末は注目すべき上昇を見せ、より持続的な成長過程に戻る可能性の兆候を示している」
ノーチラスのオークション結果は、もう少し変化に富んでいる。ジュネーブで行われた春季オークションの総括で、5711/1Aがアンティコルムで落札されなかったことを述べた。秋冬シーズンにもそうしたことが何度かあり、アンティルコムでも再びあった。5711の付属モデルにまで範囲を広げると、ジュネーブのサザビーズで5712(ロット51)と5711/1P(ロット58)がパスされたし、クリスティーズ・ドバイのオンラインオークションでも5726Aと5711/110Pが未落札に終わった。これらのオークション結果の問題は、現在の市場価格の下落を反映しない、過度に野心的なエスティメートに起因するところが大きい。
ルーペ・ディスについてクー氏は、「私たちの方法は、通常のオークションハウスよりも少し速いんです」と言う。「トレンドを見るのが彼らより速いので、基本的にこれらをもっと低価格で販売してきました。あるいは、それらはより低い価格を達成してきたとか、どんな言い方をするにせよ、とにかく安くなったんです。数週間前、5980 ノーチラスを販売しました。結局、全部込みで8万ドル(約1056万円)くらいでしたが、かなり低価格ですね。委託者は満足していました。彼は市場を理解していましたが、そのあと、親しくしている大勢のディーラーたちからメッセージが来たのはおもしろかったです。“おいおい、それは安すぎる。なんでそんな安値で売ったんだ?”と。私は、“これが市場価格だよ”と答えました。安値ではなく、市場価格だったんです」
5711のグリーンダイヤルとティファニーブルーダイヤルのバージョンはどうだろう? グリーンダイヤルの5711/1A-014の直近の結果は、先月、ジュネーブのアンティコルムでの落札額が36万2500スイスフラン(約5183万円)、そして昨日、ニューヨークのクリスティーズ・インポータント・ウォッチズでは、オールインで35万2800ドル(約4657万円)だった。どちらの結果も、発表後のリファレンスの一般的な取引額(約40万スイスフラン、約5720万円)を少し下回った。そして、先月ジュネーブで開催されたクリスティーズのレアウォッチオークションで、ティファニーブルーの5711が(悪名高い最初の例以来)初めてオークションに登場し、300万スイスフラン(約4億2900万円)以上の価格で落札されたが、これは今年私が聞いていた市場価格とほぼ一致した結果だった。
グリーンとブルーの結果の違いは簡単に説明できる。結局、限定生産数が確認されているティファニーブルーの5711(170本)のような時計が、ある程度安定し、(たとえ、チャリティのために販売された最初の価格より低くても)価値を保つ一方で、生産数が限定されていないグリーンダイヤルの5711の価格が下落傾向にあるのは、理に適ったことだ。
今後の展望: 5711は去り、戻ってくることはないし、私の知る限りでは、我々はまだ5811/1Gが市場に出回るのを見たことはないが、パテックとノーチラスにとって短期的に心配すべきことは何もないようだ。彼らは最近の時計製造における価値保持の安定的な基準であるように思える。
WatchChartsのデータを使用したモルガン・スタンレーのアナリストによると、パテック フィリップの時計は2022年第3四半期に、小売価格から平均約64%の価値保持率を維持している。「価値保持率は1年前より15ポイント高く、小売価格の平均が上限5万ドル(約660万円)なのに対し、セカンダリーマーケット価格の平均は上限8万1000ドル(約1069万円)だった」
ノーチラス 5711とその仲間たちは決して不死身ではないが、不利な市場環境のなかでかなりよく持ちこたえてきたコレクションだ。とはいえ、今後数カ月、数年のあいだに低迷する可能性がないわけではない。数カ月前に、ほとんどのコレクターが気づかなかったであろう、ごく短いフリーズ期間もあった。
「最近、5711をほとんどどんな価格でも販売するのが大変だった時期がありました」とウィンド氏は言う。「市場価格が大きく下落しているあいだは、誰も落ちる剣をつかもうとはせず、みんなただ座って待っています。でも、この1カ月で価格が安定し、人々はまた購入するようになりました。選挙が終わってアメリカの政治体制にも不透明感がなくなりましたし、株式市場も最近はかなり安定して3万ドル(約396万円)以上になっています。株価が3万ドル以下だった9月には、新型コロナパンデミックの初期と同じように、時計市場は静まりかえっていました。ですから、明らかにパンデミック当初を大きく上回る水準で、価格が安定したと感じます」
ノーチラスの価格が再びこのポイントより下がるのは難しいだろう。
ノーチラス 5711のさらなる詳細については、トニーの最近のコレクターズガイドをお見逃しなく。
オーデマ ピゲ ロイヤル オーク 15202
サザビーズは今年2月から、ロイヤル オークのデザイナー、ジェラルド・ジェンタ(Gérald Genta)氏の作品のみを集めた3つのオンラインオークションを開催し、フィリップスとイネイチェンもそれぞれ、2022年5月にロイヤル オークのみにフォーカスしたテーマオークションを開催した。2022年5月10日、サザビーズでジェラルド・ジェンタ氏が個人的に所有していた唯一のロイヤル オークがオークションにかけられ、間違いなくすべてが決着した。それはサザビーズ・ジュネーブのインポータント・ウォッチズのライブオークションの一部として、200万スイスフラン(約2億8600万円)以上で落札された。
このように非常に多くのオークションが(そして非常に多くのロットが!)、今年のはやい時期のゴールデンタイムに開催されたため、それに続くロイヤル オークの低迷はほとんど当然のことだった。考えてみてほしい。ジュネーブで開催された春の4つのオークションでは、220種類以上のロイヤル オークが出品され、重複出品はほとんどなかったのだ。参加者は増え続けたとしても、これらを買い占めるのに必要な資金と関心を持つ人は多くない。コレクターの、ある種集合的な疲弊は避けられなかった。
そして、それ以降は、我々が多かれ少なかれ目にしている事柄である。ロイヤル オークの有名モデルや人気モデルの価格は春の数カ月でピークに達し、そのあとゆっくりと下降している。先月のクリスティーズでの、エメラルドグリーンのロイヤル オーク パーペチュアルカレンダーの結果が示すように、これはすべてのロイヤル オークに当てはまるわけではないが、15202や15500のような元々希少性のない時計に当てはまることは間違いない。
現在の状況: ロイヤル オーク 15202STは、3月下旬に12万ドル(約1584万円)以上の高値をつけたが、現在は8万ドル(約1056万円)を少し超えたあたりで取引されている。1年前、2021年12月のセカンダリーマーケットにおける平均価格は9万ドル(約1188万円)近辺だった。一方、ロイヤル オーク 15500STは、15202と同時期に7万5000ドル(約990万円)を少し下回る価格でピークをつけ、現在は4万9000ドル(約647万円)あたりにあるので、昨年12月の平均販売価格4万6500ドル(約614万円)と比べるとわずかに上昇している。
もちろん、ノーチラス 5711と同様、ロイヤル オーク 15202も生産リファレンスから正式に引退し、16202に取って代わられた。ノーチラス 5811とは違い、ロイヤル オーク 16202は2022年の早い時期にリリースされたため、いくつかのモデルはすでにセカンダリーマーケットに出回っている。WatchChartsのデータを見ると、2022年4月に最初のリファレンスが登場したとき(価格は30万ドル以上! 約3960万円以上)から、16202が13万ドル(約1716万円)をわずかに超える位置にいる現在まで、価格がゆっくり下降している。かなり漸進的な世代交代だけで、15202と16202の現在のセカンダリーマーケット価格のあいだに大きな跳ね上がり(60%!)が生じたのだ。確かに、16202は話題の新作で数も少ないとはいえ、そのうち熱も冷めるはずだ。そうではないだろうか?
モルガン・スタンレーも同意見だ。第3四半期のセカンダリーマーケット価格の分析に、オーデマ ピゲとロイヤル オークに関するこんな一文がある。「オーデマ ピゲの価値保持分析の質は、ロイヤル オーク コレクションの2021年モデルのほとんどが2022年初めに生産を終了したため、最適でない可能性がある」
今後の展望: ロイヤル オークは50年の歴史を持ち、オーデマ ピゲの現在の収益の90%以上を占めると考えられている。そのため、今後どうなるかを明確に予想するのは少し難しい。オリジナルデザインからの興味深い進化には事欠かないが(最近ひっそりと行われたリリースをチェックするといい)、オーデマ ピゲが範囲拡大に注力しているのは明らかだ。コード11.59の継続的な開発がまさにそのことを証明している。特に、オーデマ ピゲのロイヤル オーク以外のデザインのなかで最も愛されているスターホイールが、ごく最近コード11.59のパッケージのなかで復活を遂げたあとは。
しかし、ロイヤル オークがブランドの象徴であるのには理由がある。このモデルの魅力、およびポップカルチャーとの関連性は、すぐに失われたりはしない。ブランド誕生50周年を経て、オーデマ ピゲがさらに発展し、範囲を広げるにつれ、コレクターや巨大な市場のどれほどが、ロイヤル オークに熱い視線を送り続けるのだろうか。ますます興味深くなっていく。
“ビッグ3”のほかのメンバーとは異なり、ロイヤル オークは今年、複数のテーマオークションが開催された唯一の時計だ。その結果、コレクターのあいだに生じる一定の飽和状態がかなり包括的なものとなり、オーデマ ピゲがロイヤル オークの開発を続けるのが難しくなる可能性もある。
ロレックス デイトナ(特にRef.116500LN)
ハイプピーク: ロレックス デイトナは、ロイヤル オークやノーチラスとは大きく異なる。生産数が圧倒的に多く、流通網も広いだけでなく、現在のハイプウォッチの権威を主張すべき理由が最も多い。バーゼルワールド2016でセラミックベゼルを採用した現行モデルのデイトナ 116500LNが発表されて以来、地球上で最も人気が高く、入手困難な時計のひとつとなっている。
ノーチラスやロイヤル オークも常に人気だったのは確かだが、このふたつを取り巻く現在のハイプのレベルは、どちらかといえばゆっくり煮詰めるように始まり、2010年代半ばから後半にかけて勢いを増したあと、パンデミック中に完全に爆発した。一方、デイトナ 116500LNは、誕生した瞬間から“ハイプ”モード全開である。貴金属や宝石を配したバリエーション以外では、現行のデイトナは今日、数ある人気ロレックス時計のピラミッドの頂点に、いとも簡単に座している。
もちろん、過去1年間のWatchChartsのデータは、セカンダリーマーケット全体の浮き沈みに対応する一定の傾向を示している。ブラックセラミックベゼルのSS製デイトナ 116500LNの場合、3月上旬に頂点に達し、中古品の平均販売価格は4万7000ドル(約620万円)を超えた。
現在はどうか? 価格は平均3万5000ドル(約462万円)強だった2021年12月初旬から、前年比でわずかに下がり、3万ドル(約396万円)に留まっている。ちなみに、ロレックス デイトナ 116500LNの現在の定価は1万4550ドル(日本国内定価は172万400円)だ。
現在の状況: デイトナは“ハイプ”部屋の巨象のような存在だ。だから、多くの人々が所有したいと願い、長年待っているが、同時に彼らの多くは、新たに手に入れるのをあきらめてもいる。地元の正規販売店では需要が大きすぎるし、セカンダリーマーケットでの取引価格も高すぎるのだ。
同時に、ロレックスは、パテック フィリップやオーデマ ピゲに比べれば、まだまだ身近なブランドだ。つまり、ロレックスのマーケティングはもっと目につくし、平均価格も低いので、一般人を魅了するオーラを保っている。自分以外のコレクターは全員デイトナを所有しているんじゃないか、と感じることもある。
私の推測だが、これは過去1年間のデイトナのセカンダリーマーケット価格の推移と一致するのではないかと思う。
モルガン・スタンレーは WatchCharts のデータに基づき、「3Q22において、選び出した25本のロレックス時計の中古市場における価値保持率は上限42%であり、3Q21と比較して14ポイント低い」と分析している。「全体として、ロレックスの価格下落の主因は同ブランドのプロフェッショナルウォッチの下落にあり、SS製のエクスプローラー、エクスプローラーII(いずれも2021年4月発売)、GMTマスターII、デイトナはいずれも、価値保持率が前年比で20ポイント以上減少している」。同期間のノーチラスやロイヤル オークの下落に比べると、はるかに顕著である。
価格の下落はSS製116500LNだけにとどまらない。Talking Watches Part 2でジョン・メイヤー(John Mayer)が有名にした、イエローゴールドグリーンダイヤル デイトナ 116508は、最近オークション会場で厳しい状況に直面している。オークションで何年も、ドルで5桁後半から6桁前半で取引されていた116508が、2022年11月11日に行われたルーペ・ディスで5万1700ドル(約682万円)まで下落し、そのあと11月26日にクリスティーズ香港で行われたライブオークションでは、未落札に終わった。
今後の展望: デイトナ(およびほかの高価なロレックス スポーツウォッチ)についてコレクターが今一番知りたいのは、ロレックスの新しい認定中古品(CPO)プログラムが今後の価格設定に与える影響だろう。我々はすでに、ロレックスCPOプログラムにアクセスできるようになった最初のヨーロッパのブヘラブティックの、オンラインリストをいくつかチェックしたが、それらは現在の市場価格よりもはるかに高く設定されている。これは一体何を意味しているのだろう。今のところはまだ何とも言えない。
もしかすると、CPOの指定を受けた時計は非CPOの時計よりも市場プレミアムを維持し、中古市場はそれに応じて価格体系を調整するのかもしれない。もしかすると、CPOモデルの強気な価格設定がほかの市場にも伝播し、今春の高値に徐々に戻っていくのかもしれない。あるいは、たいした意味はないのかもしれない。
ロレックスとセカンダリーマーケットに関する別の大きな疑問は、供給量である。私はアメリカに拠点を置くいくつかの正規販売店から、ロレックスは過去数カ月間、最近の歴史のなかで(あるいはかつてなく)最も多くの時計を販売店に納入している、と聞いた。(今年のはやい時期にこの噂の確認を求めたが、ロレックスはノーコメントだった)
供給量が増え、ウェイティングリストに名を連ねた顧客の多くが満足すれば、需要が減って、中古ロレックス価格が下がるのが自然だ。最近、今年中にスイス西部に10億ドル(約1320億円)規模のロレックス生産工場をオープンするとの発表があったが、これはロレックスが、あらゆる可能な手段で生産量を最大化しようとしている証拠である。
2023年の展望
デイトナ、ノーチラス、ロイヤル オークのセカンダリーマーケットでの評価額の下落率が最も大きいのは、単純に、ピーク時の価格が最も高騰したためだ。今年の下落を含めてもなお、これら3つの時計とコレクションはすべて、3年前、5年前、10年前よりも高い、はるかに高い、中古価格を維持している。メーカー希望小売価格での購入? そんなのは無理だ。
「これらの時計の魅力は今後も色褪せないでしょう」とウィンド氏は言う。「本当です。私はこうした異常な価格変動を見るのは好きではなく、安定的な上昇を見たいほうですが、それでもこの2年間のポジティブな側面だと思うのは、パンデミック前と比較して、何百万もの人々が高級時計の存在に気づき、興味を持つようになったことです。認知度も知識も格段に向上しました。これは全体的に言ってポジティブなことで、今後はそうした人々をつなぎ止め、興味を深めてもらうことが必要です」
今から10年前に初めて腕時計を買おうとした人は、地元のショッピングモールに出かけ、フォッシルを買い、それで終わりだったかもしれない。でも今は、探しに行ける場所が飛躍的に増え、購入選択肢はより多くあり、そして、その興奮を誘う新しい時計について話せる愛好家たちももっとたくさんいる。
ハイエンドモデルも充実している。先月の今ごろ、ジュネーブで開催されたオークションに参加したし、先週末に終了した、香港での一連のオークションにもしっかりと注目した。これまでのところ、今シーズンのオークションの結果は堅実なものだ。決して安くはないが、無茶苦茶高いわけでもない。
「時計市場は、2019年の状況に近いと思います」とクー氏は言う。「そして、時計市場の人数の多さを考えると、まだ拡大の余地があると思います。さらに、現在の状況で素晴らしいのは、全体的な成熟度だと感じます。高値でも安値でも、取引は続き、時計は新たな価格で動いています。売れ続けているんです」
おもしろい。デイトナやロイヤル オークは、新世代富裕層のコレクターにとって、かつてのフォッシルやスウォッチと同様の存在なのだ。彼らが知っている時計、耳にしたことのある時計、見たことのある時計、きっといい時計、なのだ。
時計のエコシステムにおけるこうした役割を担うモデルは、時代とともに変化していくだろう。もしあなたが億万長者ではない時計コレクターなら、F.P.ジュルヌやクロノトウキョウのようなホットなブランドが、単にオーデマ ピゲやパテック、ロレックスに取って代わるだけではないことを期待しよう。新しいコレクターたちが、価格に関係なく、無数の選択肢に気づき、時計の世界を旅し続け、なにがしかのハイプではなく、ついに自分自身が本当に気に入るものを発見するのを期待しよう。
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