ADVERTISEMENT
※本稿は2018年6月に執筆された本国版の翻訳です。
高級ダイバーズウォッチを水中に持ち込み、時計のレビューをすることは、理に適っているようでいて無謀だ。一方で、スキューバダイビングをする人のなかでも実際に機械式時計を身につけている人は希で、高級時計を購入する人の大多数は、時計を水に浸けることなど考えてもいないだろう。では、あり得ない環境で品質を検証することに何の意味があるのだろうか? とはいえ、時計メーカーがダイビング専用の時計だと銘打つ以上、その機能を実地検証することは重要だと思う。その好例として、2018年春のバーゼルワールドで発表されたオメガの最新モデル、シーマスター ダイバー 300Mをカリブ海でのダイビングに1週間連れて行った。
オメガのダイバーズウォッチのラインナップにおいて、シーマスター ダイバー 300Mは一見、ダイビングボートに乗る機会が最も少ないように見える。対してシーマスター 300 コーアクシャル マスター クロノメーターは、1960年代にオメガが製造した偉大な名機を思い起こさせるクラシックなダイバーズ、プラネットオーシャンはスポーティで現代的なラグジュアリーツールウォッチであり、一風変わっているがハイスペックなプロプロフは、ウェットスーツの袖の上に装着する以外に居場所がないと思えるほどダイバーズウォッチに徹したモデルだ。シーマスター ダイバー 300Mは90年代半ば、ピアース・ブロスナン扮するダンディに髪を整えたジェームズ・ボンドの袖口に忍ばせる光り輝くアクセサリーとして誕生した。煌びやかなマルチリンクブレスレット、波打った形状のベゼル、スケルトン針、スタイル化されたウェーブ(波状)装飾ダイヤルなど、その特徴はツールウォッチとは正反対の典型的な“ドレスダイバーズ”だった。確かに007が正装のまま潜水艦のロックアウトを行う必要があったとしても、この時計なら対応できるが、私にはこの時計が炎天下で酸素ボンベを背負うようなシチュエーションを想定して作られた時計にはとても思えなかった。
正直に言うと、私は長い間ボンドが使用するシーマスターを軽く見ていたため、2018年4月にカリブ海に持っていく新作時計を選ぶ際にも、最初は新しいシーマスターを候補から外していた。しかし、HODINKEE編集長のジャック・フォースターから、この時計をぜひ試すべきだと説得されたため、私はしぶしぶ承諾した経緯がある。でも、試してよかったと思っている。この時計はバーゼルワールドでオメガの技術的ノウハウを宣伝するものとして話題になったもので、見た人のほとんどが好意的に受け止めていた。そして、ダイビングのための完璧な存在では決してないが、今日のダイバーズウォッチ購買層に最も適した時計かもしれない:ハンサムで、信じられないほどよくできていて、そして必要に迫られても自らを偽らずに能力を発揮できる、そういう時計なのだ。
シーマスター ダイバー 300Mのルーツは、オメガ初のダイバーズウォッチである1957年のシーマスター 300に遡る。1960年代には、ロレックスのサブマリーナーとオメガのシーマスターを着用するダイバーは同程度見られ、イギリス海軍のダイバーたちにも支給されていた。この時計は、目盛りが完全に周回したベゼルと剣状の針による実用性に加え、ねじれた“竪琴”のようなツイステッドラグによる華やかさが融合していた。私はオメガがシーマスター 300(例えば、Ref.166.024)の1960年代の外観をじっくり育てていれば、このモデルがサブマリーナーと同様に、現代の大衆的なアイコンとなっていただろうと考えてきた。しかし、オメガは1970年代にクラシックな外観を放棄し、角ばった球根のようなカラフルなシーマスターを発表した。これらの野心的な時計は、それ自体がクラシックな存在だったが、サブマリーナーの純粋な血統のような一貫した要素は欠けていた。1990年代に入ると、ダイバーズウォッチはリストコンピューターに取って代わられ、デザインは純粋な機能性から解放された。シーマスター ダイバー 300Mの登場は、1995年に公開された『007 ゴールデンアイ』でジェームズ・ボンドシリーズが再始動した時期と符合し、007御用達しとなったこの時計は、オメガにとって今日でも大きな影響力を及ぼすマーケティングの成功例となった。
“ボンド”シーマスターの最新モデルは、オメガが持つ技術的ノウハウの宝庫となっている。新モデルの詳細については、バーゼルでのジェームズ・ステイシーの紹介記事とジャックのハンズオン記事をご覧いただきたいのだが、ひと言で言えば、新モデル(なんと14もの派生モデルがある!)のビッグニュースは、優れた磁気耐性と計時機能を備えたMETASおよびマスタークロノメーター認定のCal.8800を採用したことにある。オメガの最も身近なダイバーズウォッチにこのムーブメントが加わったことで、57万2000円(税込。ラバーストラップ仕様)という価格に見合う、現実的な技術を備えた魅力的な選択肢となった。しかし、それだけではない(まるで深夜枠の通販番組のようだ)。素材にこだわるのであれば、オメガはシーマスター ダイバー 300Mに、傷のつきにくいセラミック製ベゼルだけでなく、同じくセラミック(ZrO2)で作られたダイヤルをも与えたのだ。
初代“ボンド”シーマスター以来、波模様のダイヤルがトレードマークとなり、ミッドナイトブルーやブラックのダイヤルに高い質感を与えてきた。初期のモデルでは短い波がぎっしりと敷き詰められた繊細なものだったが、セラミック製のダイヤルに描かれた波は、広い間隔で深くカットされた傑出した仕上がりとなっている。艶やかなダイヤルと波との光の戯れは、見る者を魅了する。水中で太陽光を受けたときの美しさは格別だが、ダイビング時における視認性は決していいとは言えない。
波模様のダイヤルは、賛否両論の多いモデルにあって、さらに賛否両論のある要素の一つだ。2つめの“好き嫌いが分かれる”特徴は、スケルトン針だ。これも過去のシーマスター ダイバー 300Mの名残である。1960年代のシーマスターは、その視認性の高さからイギリス海軍の潜水時計に採用されていたソード型の針で知られていた。このソード針をスケルトンにすることで、美観と引き換えに視認性は損なわれてしまった。この針の形状は複雑で、短冊状や点状の夜光が施されており、世界で最もユニークで認知度の高い“Lume Shot(編注:夜光塗料を発光させた状態で写真撮影すること)”の絵が得られる。この針を気に入る人もいれば、気に入らない人もいる。個人的には、2000年代初頭にカルト的人気を誇ったRef.2254 シーマスターのように、国防省仕様の剣をあしらったデザインが大変気に入っている。
そして、ヘリウムエスケープバルブ(HRV)だ。私はこれまで何度も、ほとんどのダイバーズウォッチに搭載されているこの“機能”が嫌いだと公言してきた。HRVはごく一部のダイバーにしか役に立たず、ケースに余分な穴を開けてしまうからだ。また、搭載されていれば、よりいい時計だと多くのダイバーズウォッチ購入者を誤解させるギミックでもある。オメガは、ヴィンテージ風のシーマスター 300 コーアクシャル マスター クロノメーターと60周年記念のシーマスター 300 コーアクシャル マスター クロノメーター 1957 トリロジーを除くすべてのダイバーズウォッチにHRVを搭載している。プロプロフにもHRVが搭載されているが、皮肉なことに、この時計の先代はHRVをまったく必要としないように開発されたものだった。シーマスター ダイバー 300Mでは、プラネットオーシャンと同様、HRVは自動排出ではなく、10時位置のリューズを手動で緩める必要がある。オメガは、このリューズを以前のバージョンから改良しており、誤ってバルブを開けたままダイビングをしても、時計の防水性が保たれるような構造にしたと主張している。私には、HRVの改良にこれだけの技術を投入するくらいなら、自動排出方式を採用し、減圧飽和潜水士がバルブを開けるのを忘れてはならない状況を解消してはどうかと提案したい。
ボネール島でのダイビングでは、加圧チャンバーなどでの減圧を必要としないので、ヘリウムエスケープバルブはしっかりとねじ込まれたままだった。オランダ領アンティルにあるこの島は、透明度の高い暖かい水、浅くて明るいサンゴ礁、そして素晴らしい難破船があり、ダイバーズウォッチを検証するには最適な場所だ。ほとんどのスポットは岸からアクセスできるので、窒素漬けの体が耐えられる限り、1日に何度でもダイビングをすることができる。私はシーマスター ダイバー 300Mを3日間ダイビングで着用し、持参したほかの2つの時計とつけ替えながら使用した。
自身のダイバーズウォッチにおける好みについて気づいたことは、何よりも着用感を重視するようになったことだ。このシーマスターは、信じられないほど着用感の優れた時計だ。大きさは直径42mmで、フラットな輪郭と美しくカールしたラグを持ち、過去のスピードマスターやシーマスターでお馴染みのオメガのフィーリングを備えている。私の貸出機には新しいラバーストラップが取り付けられていたが、これは私が使ってきたOEMストラップのなかでも最高のものの一つだ。二重に盛り上がりがある美しいデザインは私の好みではないが、長さ、しなやかさ、バックルは素晴らしく、オメガはストラップの余りを簡単かつ確実に通すことができるようにキーパーを設計した。ケースにしっかりとフィットしていることと、この時計の見事なプロポーションのおかげで、私が最近身につけた時計のなかで最も快適なものの一つとなっている。巨大なダイバーズウォッチは、ウェットスーツの上では格好いいのだが、いざフィンを干してビールを飲みに行くとなると、急に重荷に感じてしまうものだ。しかし、シーマスターは、それには当てはまらなかった。水中でレビューしていたほかの時計を外した後でも、海を出て休憩している間はシーマスターを手に取っていたのだから。
シーマスター ダイバー 300Mの長年の不満点のひとつは、波形のベゼルにある。比較的フラットな回転ベゼルは、光沢のあるセラミック製で、大胆に発光する数字と目盛りが刻まれているが、従来のようなコインエッジではなく、広いフラット面を採用している。私はこのモデルでダイビングをしたことがなかったが、ベゼルが握りにくいという話は聞いていた。しかし、この時計では水中だろうと陸上だろうと、そのような問題が生じることはなかった。反時計回りの抵抗はちょうどよく、“波形”が交わる僅かな角が十分なホールド感をもたらす。また、ベゼルの高さが低いため、ウェットスーツを着ていても、ダイビングギアを身につけていても、引っかかることはない。
水中での満足度が低かったのは、ダイヤルと針の視認性だ。光沢のあるパターンが描かれたダイヤルにスケルトンの針を配しても、ひと目でわかるような決定的なコントラストが得られない。一方で、ダイヤルマーカーの特大のドットと目盛りは、セラミックの反射を利用した立体的でマットな輝きを放ち、光沢のあるダイヤルから際立って見える点は好感が持てた。
ボネール島の海岸にあるサンゴ礁から少し離れたところには、クライン・ボネレ(“小さなボネール”の意)があり、そこはボートでしかいくことのできない無人島だ。ある日、私は地元のダイビング会社であるVIPダイビングと合流し、無人島までボートで行き、午前中にダイビングをすることになった。同行してくれたのは、VIPダイビングのオーナーで、オランダ人時計愛好家のバス・ノイ氏だ。我々は青く輝くカリブ海に潜り、巨大なウミウチワや深みのある黒いサンゴ、そして急こう配に広がったサンゴ礁を泳ぐ魚の群れに目を見張った。私はダイビングのためにバス氏にシーマスターを貸したのだが、彼はとても気に入ったようで、絶対に返さないと脅してきたほどだ。その日の夕暮れにビールを飲みながら、ダイバーズウォッチがほとんど時代遅れになっている昨今ではあるが、バス氏と私は、その素晴らしさについて語り合った。
「私にとってダイバーズウォッチは、歴史と情熱の象徴です」と彼は感慨深げに言い、「水中でラグジュアリーな物を身につけるのは、やはり刺激的なことですよね」と続けた。
まさにそうだ。結局のところ、我々がダイバーズウォッチに引かれるのは、洗練された機能と質実剛健さを兼ね備えているからではないだろうか? 数十万円もするアクセサリーで、あえて砂や海水、水圧にさらすものがほかにあるだろうか? 水深26mの海中で自分の腕に目をやると、彫刻のようなSSケースの中で、歯車やバネの小さな列が時を刻み、1日数秒の誤差で時を刻むように微調整されていることを知り、とてもスリリングな気持ちになる。たとえダイバーズウォッチを水中に沈めることがなくても、繊細なドレスウォッチよりも我々をワクワクさせるのは、輝くような光沢と風雨への耐性を兼ね備えていることだ。シーマスター ダイバー 300Mは、この組み合わせを完璧に体現しているのだ。
シーマスター ダイバー 300Mのようなダイバーズウォッチを、本当に水中でテストする必要があるのだろうか? おそらくその必要ないだろう。より適切なレビューは、SUVとカーボンファイバー製のレーシングバイクをガレージで共有しているような、活動的で裕福な男性が1週間腕につけた感想だろう。現実的に考えて、シーマスター ダイバー 300Mを買う人のほとんどは、ダイビング用のタイマーとして買うわけではない。今はもう1960年代ではないのだ。それは問題ではない。だからこそ、現代のダイバーズウォッチでは、光沢のあるセラミックダイヤル、スケルトン針、波形ベゼルがまったく問題なく受け入れられるのだ。ダイバーズウォッチを現代的に解釈し、歴史的な要素に敬意を表しつつも、何かである必要はないことを認めているのだ。この時計は、ドレスダイバーズであることを誇りにしている。私はそれでいいと思っている。しかし、オメガはこれをダイバーズウォッチと呼んでいるため、誰かがそれを深く検証する必要があるということに過ぎないのだ。
Photography by Gishani Ratnayake