数週間前、HODINKEE編集部のダニーが水晶玉を覗いて2023年を占った結果、デイトナのチタンモデルやシースウォッチなど、そういった類のものが浮かび上がった。今回、私も水晶玉を取り出し、友人たちの協力を得て、オークションと中古市場に焦点を当てて2023年を占ってみた。数人の友好的な専門家、12月と1月の数回のオークションの結果、そしてマイアミビーチ アンティークショーで出入り禁止を申し渡されない程度に可能な限りの取引を盗み聞きした結果導き出した、今年注目すべき動向を5つ紹介したい。
そう、お約束の“トレンド”だ。しかし、2023年に起こりうることで最高なのは、ここ数年のいわゆる収集を決定づけたトレンドが減少していくことかもしれないということだ。
「どちらかといえば、トレンドが沈静化しつつあるのは喜ばしいことです」と、Moncao Legendsを運営する(そして、私たちのお気に入りのフィフティ ファゾムズのコレクターでもある)アダム・ビクター(Adam Victor)氏は言う。この数年、誰もが同じような現行の時計を追いかけ、それこそ先日話題になったティファニー×ナイキのコラボどころではない熱狂ぶりだったわけだが、ここにきて人々は何か違うものを求めるようになった。FOMO(取り残される恐怖)は、もはや存在しない。パテックのRef.5711の価格は上がるどころか、下がる一方なので、今焦って手に入れる必要もない。
「二次流通、一次流通であれ、市場の真の健全性に仕掛けなどないのです」とビクター氏は付け加えた。「限定モデル、マーケティング、独占販売、ダイヤルカラーを変えるなどといった小手先はもう通用しないのです。本質的なおもしろさを追求することこそが重要です」。そして、その素晴らしい点は何か? 自分とっての本質的なおもしろさが他人にとって、例えば時計コレクターでコメディアンのケヴィン・ハートにとっての本質的なおもしろさとは異なるという真理に皆が目覚めることである。
今年のマイアミビーチ アンティークショーでは、昨年よりもバラエティに富んだ展示が数多く見られた。もちろんスポーツウォッチはまだあったものの、あらゆるブランドのヴィンテージやネオヴィンテージが人々を熱狂させていた(現行の時計の話題性は多少なりともなくなっていたようだ)。「あそこのパルミジャーニ見た?」、「あぁ、でもここのチューダーサブのフランス海軍モデルは見たかい?」といった掛け合いも見かけた。確かに、最高級のヴィンテージロレックスの取引がいちばん多かったかもしれないが、それ以上にほかのブランドの話題が多かった。パテックとロレックスのヴィンテージは引き続き安定しているが、人々はこれらの有望株以外の時計を発見し(あるいは再発見し)、より多くのブランド、より多くの年代にわたるバックカタログを深く掘り下げることに興奮しているように見受けられた。
多くの時計にとって今年は過去数年のように価格が上昇することはないだろう。そのため、人々は“トレンドを追いかける”必要性を感じないだろう。ゆっくりとひと息ついて、自分にとって実際におもしろいのはどんな時計なのかを考える時間があるのだ。それは私のでも、ケビン・ハートのでもなく、ミートアップで知り合って嫉妬を感じたことを認めたくない、あの人のでもないだろう。
80年代、90年代の時計が人気というのは、取り立ててニュースとなるようなことではない。しかし2023年、時計愛好家たちはこの時代の時計の見識をより深めていくだろう。確かにネオヴィンテージへの関心は、カルティエ、パテック フィリップ、オーデマ ピゲ、そして何社かの独立系時計メーカーから始まったかもしれないが、今年もさらに深化していくだろう。
「ネオヴィンテージといえば、世界3大ブランドの超薄型パーペチュアルカレンダーが一般的ですが、私はもう少し先を見ずにはいられません」と、この時代の時計の取引を専門とするWatch Brothers Londonのディーラー、ベン・ダン(Ben Dunn)氏は語る。「現在、ブレゲやブランパンのような有名どころのトゥールビヨンやミニッツリピーターパーペチュアルカレンダーを、元の希望小売価格より大幅に値引きされた金額で手に入れることができます。50~75%引きといったところでしょうか」
今年、愛好家たちは、どのようなネオヴィンテージウォッチがエキサイティングで、真の価値を提供してくれるのか、より見分けることができるようになるだろう。もちろん、ネオヴィンテージのロレックスやオメガは、特にキャンセル待ちの多い現行モデルに代わる価値ある提案となるが(90年代のIWCなど、挙げればキリがない)、いずれも量産された時計なので玉数は多い。
’90年代の時計の真髄は、伝統的な時計製造の再生にあった。独立系時計メーカーの誕生も、伝統的な時計製造と複雑機構に再び焦点を当てた大規模なメゾンも然り。シーマスター300やサブだけでなく(それらも素晴らしいということは認めつつも)、アイクポッドや超薄型パーペチュアルカレンダー、ダニエル・ロートもそうだったのだ。
「ネオヴィンテージの価値は否定できませんし、ネオヴィンテージは開かれた存在なだけに、好みの違いに関係なく、誰もが楽しめる時計が必ず見つかります」とダン氏は言う。同時に彼は警告も兼ねて次のように語った。「非常に価値のある分野ですが、モデルをよく理解し、自分でも調べてみてください。目下この分野は流行が目まぐるしく変わり、それに伴う投機や価格操作に晒されることも多いからです」
2023年はブレゲやブランパンなど、こうしたネオヴィンテージの大物に期待したい。
これはある意味、ネオヴィンテージの流れを汲む話題だが、同時に異なるものでもある。2022年12月のオークションプレビューで、2008年に発表されたジャガー・ルクルトのジャイロトゥールビヨン2をクレイジーな時計という論調で取り上げた。結果として、予想落札価格10万〜20万ドルの下限に近い11万3000ドル(約1490万円)で落札された。それでも、ジャイロトゥールビヨンを見て、“クレイジーな時計”だと思う人もいるようだ。
サザビーズの時計専門家ジョナサン・バーフォード(Jonathan Burford)氏は、2023年1月初旬に私にこう言った。「コレクションのスタイルは、流行と廃りがあります。しかし、ジャガー・ルクルトのジャイロトゥールビヨンのように、本当に希少で価値があり、複雑なものを手に入れることができれば、人々は必然的にそれに引き寄せられます。そういった時計のなかには、長いあいだ愛されることがなかったものもあります」。私が尋ねるまでもなく、彼はジャイロトゥールビヨンの話題を持ち出した。この時計に純粋に魅了されたのは、私たちだけではなかったようだ。
しかし、バーフォード氏が言うように、スタイルには周期性がある。ベンがオークションのプレビューで語っていたように、「2008年当時、最重要視されたのはコンプリケーションだった。時計づくり全体がそういう雰囲気だった。当時、スイス時計産業はそれを売り物にしていたし、高級時計の購買層のニーズにもマッチしていた」。今、これらの時計が最初に発表されたときにはいなかった世代の時計愛好家(*私も含め*)たちが、初めてこれらの時計を発見しており、私たちはその多くに魅了されているのだ。
ジャイロトゥールビヨンの落札結果はインパクトに欠けるものだったが、2022年12月のサザビーズのオークションでは、もう1本、バーフォード氏に聞かずにはいられない、落札予想価格を大きく上回った複雑時計があった。それがこのプラチナ製のオーデマ ピゲ ジュール オーデマ グランソヌリである。
その時計は、5万〜8万ドルの落札予想価格を大きく上回る23万9400ドル(約3164万円)で落札された。バーフォード氏は、6~7人の入札者がこの時計をしばらく追いかけていたが、2人の熱心なコレクターが最後の数回の入札を一騎打ちで争ったということだ。ジャイロトゥールビヨンはまだ不可解だが、このグランソヌリは、直径39mm、プラチナ製、グランソヌリとプチソヌリという、私が支持できる属性の複雑時計だ。
複雑時計の多くは、ネオヴィンテージの時代に生まれたものだが、別の形態を採るものもある。それが懐中時計である。クロノグラフを超えたヴィンテージだ。それらはジャイロトゥールビヨンのような、流行遅れになった現代の複雑時計すら凌駕する。
2023年は、複雑時計の真の“価値”にたどり着く前に、二次流通市場のRef.5711と同じ価格で手に入る本格的な複雑時計があることに、人々は気付き続けるだろう。今でもその値段で複雑なパテックが手に入るのだ(Ref.3940や3970J、あるいは5170を、いつでもいいから私にくれないか)。ヴィンテージ、ネオヴィンテージ、モダンと、複雑時計の評価はまだまだ成長の余地があるのだ。
「ネオヴィンテージ以外の市場として、ピアジェ、ヴァシュロン、ロレックスなど、70年代、80年代のジュエリーをベースにしたモデルのリバイバルがアツいですね」と、Watch Brothers Londonのダン氏は言う。ロレックスのキングマイダス、ピアジェのポロ、その他あらゆるブランドのストーンダイヤルやジュエリー寄りの時計などである。
HODINKEEヴィンテージウォッチの専門家、リッチ・フォードンがマイアミビーチ アンティークショーの後に所感を書いたとき、私はショーで印象に残ったエピソードを紹介した。私がディーラーと会話している最中に、あるイタリア人の紳士がコンベンションセンターのホールを回って手に入れたものを見せようと近づいてきて、ポケットからピアジェのヴィンテージウォッチを3本取り出してきた。それらはいずれも異なるストーンダイヤルを持ち、見たこともないようなゴージャスなブレスレットを付けていた。
ピアジェのヴィンテージウォッチを買い漁るのは、このイタリア人紳士だけではない。今週、俳優のマイケル・B・ジョーダンがニックスの試合のコートサイドでヴィンテージのピアジェ ポロを着用しているのを目撃したばかりだ。気品あるイタリア人からマイケル・B・ジョーダンまで、誰もが何かに注目しているとき、それはもう一度見直すべきときなのだ。
「これらの素晴らしい、しばしばエキゾチックなデザインは、価値と希少性の面で強烈なパンチ力を伴ってトレンドの主流に忍び寄っているのです」とダン氏は言う。
私は次の時計のミートアップで、誰もが金無垢のショパール デュアルタイムを身につけて現れると言いたいわけではない。これらの時計は実に奇妙で、ここ数年私たちが夢中になっているスポーツウォッチよりもジュエリー寄りだ(正直に言えば、広義にはいずれも装飾品なのだが)。これらは時間とともに味の出る嗜好品だ。しかしロレックス、ピアジェ、ショパールに至るまで、何百種類ものモデルがあり、今年はより多くの人が時間をかけてお気に入りの1本を見つけようとすることだろう。
現実を直視する時だ。時計市場は1年前よりも減速している。場合によっては、さらに失速しているかもしれない。最近のオークションを見てみると、売れ残りや落札予想価格を下回って落札された時計が多く、オークションハウスがかつて人気のあったモダンウォッチを大量に仕入れたことが原因である場合もある。特に、それほど特別でない時計や、客観的には特別でも、私たちが若干見飽きてしまった時計が該当するのだろう。
先週、Artcurialのオークションにてジュルヌのトゥールビヨン・スヴラン ルテニウムが売れ残り、36万7360ユーロ(約5219万円)で後出し販売された。同じ時計が56万7000ドル(7300万円)で落札された2021年12月から大幅にダウンしている。ジュルヌの台頭はパンデミックにおける最大の話題のひとつであり、このトゥールビヨン ルテニウムは99本限定のジュルヌ初期のレア中のレアウォッチである。皆がジュルヌのトゥールビヨンを下取りにしてロレックスのキングマイダスに買い換えるというわけではないが、市場が低迷すればするほど、パンデミック時にInstagramのフィードに溢れた時計から、別の時計に関心が移っていくことは十分あり得るのである。そして、市場を動かすには、さらに特別な時計が必要になるだろう。
「価格が若干引き下がった弱気な時計市場がもう1年長引くと、オークションに出品される状態のいい時計が少なくなるだろう 」と、HODINKEEのヴィンテージウォッチ専門家リッチ・フォードンは分析している。「売り手は、次の強気相場までホールドしておいた方がよいと考えるからだ。その結果、本当に特別な、最高のコンディションの時計が落札され、堅調なレベルの需要に供給が追いつかないことによる大きなプレミアムを得ることになるだろう」。確かに、スタンダードなトゥールビヨン ルテニウムはうまくいかなかったが、フェラーリの元トップ、ジャン・トッド(Jean Tod)氏のユニークピースは、結局2022年11月でも100万ドル以上で落札された。市場が不安定になるなか、時計コレクターが自信を持てるようにするには、ヴィンテージ、ネオヴィンテージ、モダンを問わず真の意味で特別な時計が必要なのだろう。
しかし、特別な時計は依然特別な時計なのだ。時計コレクターは相変わらず、希少なカルティエ ペブル、初期のポール・ニューマン デイトナ、そして来歴のはっきりしたパテックに夢中になっていることからも明白だ。しかし、その他の人々にとっては、2023年は市場がひと息つくまでの辛抱の年かもしれない。
トップ画像はそれぞれWatch Brothers London、Hodinkee Shop、Getty Imagesより提供