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Hands-On エルメス 時計“アルソーWOW”を実機レビュー

クラッシュ、ブーム、バン! これはエルメスによる手描きマザー・オブ・パールのコミックウォッチだ。いや本当に、我々は作り話をしたわけではないのだ。

豪華なエキゾチックレザーを使用したバッグからオーダーメイドのバターレザーでできた馬術用の鞍まで、エルメス自体が高級なファンタジーの世界にいる。

 1837年にフランス貴族のための乗馬用馬具メーカーとして創業したヘリテージブランドは今やレザーグッズのトップメゾンに君臨している。ヒマラヤの麓の洞窟で50年あまり静かに瞑想している仏教僧でもない限り、少なくともバーキンという名前は聞いたことがあるはずだ。

 職人技や工芸技術において最高峰として知られるそんなメゾンが、時計“アルソーWOW”のような複雑なものをつくることができるのは非常に理にかなっていると思う。

Wow Arceau watch

 ただ、このマルチカラーの時計に対する私の最初の反応は混乱、喜び、そして恐怖が入り混じったものだったと正直にお伝えしよう。最初は、“このきれいな色をしたマザー・オブ・パールダイヤルを見て“と言わんばかりのそれに小さく息を飲んだが、次に私の個人的な小さい思想も浮かんだ。“ボンシック、ボンジャンル(B.C.B.G - フランス上流階級のシックなライフスタイルのこと)を体現するエルメスが、一体なぜそんなものを作るのか”と。

 会議を終えたばかりの私はひとりで考え事をするために走ったり座ったりしていた。何度も“ワオ ウォッチ(Wow watch)”と声を出しながら(野暮な振る舞いだと思うが、まだ展示会モードの最中だったのだ)、今日5杯目となるコカ・コーラを飲んだあと、新しいメティエ・ダール “アルソー”に対する自分の気持ちを精神的に解きほぐし始めた。

 この時計は少しばかり個性的で、そして少しばかり注目されているように感じたが、脳の衝撃が和らいだあとに改めてみると実物は紛れもなく美しかったという思いへと落ち着いた。

 近くで見るとそれはとてもキラキラしており、また複雑さも持ち合わせていて、なんでも集めたがる私の傾向に必死に火をつけようとする小さな塊だった。私は折れた。エルメスの新商品という誘惑が加わったとしても、あまりにもおもしろくて無視することはできなかった。だから私はWOWに集中し、ほかのリリースを研究するロジカルな計画を放棄したのだ。

Hermes Wow watch

 もちろんエキセントリックなメティエ・ダール文字盤が好きな方であれば、これはホームランのように心に刺さるだろう。たとえあなたがもう少しパステル調でなくて、そしてもう少し手頃な価格のものを好んだとしても、この文字盤に施された職人技が驚異的であることを否定できないはずだ。

 直径38mmのこのアルソーの文字盤は、実はアーティストのユゴ・ビアンヴニュ(Ugo Bienvenu)氏がデザインした既存のダブルフェイスカレのミニチュアレプリカである。スカーフの表がマルチカラー、裏がモノクロアレンジで表現されているのと同じように、こちらのハンドメイドの文字盤も左右で異なる2種類の配色を施している。

Wow Scarf

ユゴ・ビアンヴニュ氏がデザインしたスカーフのカレ“WOW”。

 デザインをまず両面が見える黒いインクで描かれ、それがトレーシングペーパーのガイドラインに似た役割を果たす。そしてそのモチーフを片側ずつ塗りつぶして埋めていく。ディテールが非常に細かいミザンセーヌ(フランス語で作品の大体の筋のこと)は適度な奥行きがありながら、裏面にはパステルカラーが薄く透けて見える程度に仕上がっている。

 文字盤の最前面にある馬とヒロインは、よりシャープで濃密な顔料で描かれている。これは、まるで漫画のなかから魔法のように飛び出してくるような効果を狙ったものである。

Arceau Wow Watch dial painting
Arceau Wow Watch dial painting

 ホワイトゴールドケースの時計“アルソーWOW”には、柔らかい印象のパウダリーピンクと、青みがかったカラーの2バージョンがあり、どちらもエルメスの上質なカーフスキンストラップを採用する。エルメス・マニュファクチュール機械式自動巻きCal.H1912を搭載し、観賞するためのシースルーバックからその動きを見て楽しむことができる。さらに時計“アルソーWOW”のベゼルには82個のダイヤモンドがセットされ、各色ともに24本の限定生産となっている。

Wow watch exhibition caseback

 1個の文字盤をつくり上げるのに35時間かかるというから驚きだ。手作業でつくる工芸品や手間のかかるディテールには当然ながら高い値段がつくことが多い。作業台に座り、奇跡のような技を持つ職人が小さな筆と拡大鏡を使ってこれらを描いている。

 そうそう、時計“アルソーWOW”の値段は7万700ドル(日本円で約959万3000円、なお日本での発売はなし)だが、基本的には手首にミニチュアの絵画を乗せて歩くことになりそうだ。

Hermes Wow watch

 カフェイン中毒の私は著名な時計コレクター兼ローリーフェス(Rolliefest)の創設者、そしてフィリップスの元シニアインターナショナルスペシャリストであり親友のジェフ・ヘス(Geoff Hess)氏が、エルメス自慢のメティエ・ダールウォッチを所有していたことをふと思い出した。彼は最近、“アルソー 大空の熱狂(Les Folies du Ciel)”を購入している。私は彼に電話して、取引はどうしたのかと聞いてみた。なぜならジェフ・ヘス氏を知っている人なら、厳密には“アルソー 大空の熱狂”が彼の時計ではないことを知っているからだ。

Les Folies du ciel

“アルソー 大空の熱狂”(Arceau Les Folies Du Ciel)。

 「このような技術、気まぐれさ、そして遊び心あふれる要素の組み合わせは、まったくといっていいほどほかでは見かけません」とヘス氏は説明した。「これらのエルメスの作品は、まさに隠れた逸品の典型的な例だと私は考えています」。我々は彼のアルソーについてじっくりと語った。そしてヘス氏は完璧な紳士然とした態度で時計の文字盤の小さなディテールまで説明した。それはまるで何年もかけて発掘した貴重な化石を発見した人の話を聞いているようだった。

 「私はエルメスのメティエ・ダールウォッチには語られざる物語があるという決まり文句が嫌いです。でも本当にそうなんです」。ヘス氏と話したあと、この時計に少しだけ惚れ込んでしまったことは認める。彼は自分の“アルソー”をとても気に入っていたため、私は職人技が施されていない、もっとベーシックなモデルをネット上で探し始めた。「“アルソー”の形は19世紀のヘリテージである鞍作りや馬具作りのDNAを受け継いでいますが、ただしこの時計は手首に小さなアート作品を乗せているような感じがして、そこがとても気に入っています。本当に特別な感じがするのです」

 当初想像していたよりも時計“アルソーWOW”はエルメスの伝統に縛られているのかもしれない。バーキンのバッグではないが、ヘス氏にいわせると、この時計は気まぐれかつユニークピースのようでほかに類を見ないものだ。しかし24本のみの限定生産で、2回まばたきするといつのまにか消えてしまうかもしれない。