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The Style Section プラチナ製ムッシュー ドゥ シャネルが再評価されるべき理由

これはモダンで完成度の高いドレスウォッチだ。

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Photos by Mark Kauzlarich

ときに時計について書くことが、知的な作業というよりもむしろ直感的な思索に近いものとなることがある。どちらが優れているというわけではないが、説明のつかない感情的な愛着が、思いもよらず無生物である時計に向けられるのだ。それはまるで、心に深く刻まれ忘れられない存在になるような感覚だ。脳の片隅にある“あとで使う”フォルダに埋もれるようなものではなく、部品ひとつひとつを分解・分析するほどの強烈な執着を意味している。まさにそれが、プラチナのムッシュー ドゥ シャネルに出合ったときに私に起こったことだ。この時計にふさわしいファッションの時代について考え始め、アンドレ・クレージュ(André Courreges)による1964年のムーンガールコレクションや、モッズ(モダニスト)が好んだ1960年代の超スリムなグレーの3つボタンスーツが頭に浮かんできた。また、マルセル・ブロイヤー(Marcel Breuer)のラッチオテーブル、1970年代にミロ・ボーマン(Milo Baughman)がデザインしたセイヤー・コギンのスティールドラムテーブルについても思いを巡らせた。これは感覚的なエクササイズであり、脳内にあるリファレンスのキャビネットをあさるようなもの。それぞれが自分のやり方であるのだ!

Chanel Monsieur watch

 2017年に発売された、プラチナケースに“グラン・フー”エナメルダイヤルを備えたムッシュー ドゥ シャネル。当初はシャネル初の“メンズ”ウォッチとして話題になったが、私はあまり関心を持っていなかった。だが昨年の春、シャネルが5番街に超煌びやかな時計とジュエリーのブティックをオープンした際、初めてムッシューを近くで見る機会を得た。そこでプラチナケースにダイヤモンドベゼルを配したモデルを試してみることにした(もちろんね)。“おもしろい”と私は思った。“とてもシックね”と写真を撮り、SNSに投稿してから、さりげなく時計を店員に返し、そのままココ・シャネルをテーマにしたチャームブレスレットに目を移した。“こっちのほうが私のスタイルに合っている”と思いつつ、ダイヤモンドの新作についてシャネルのスタッフと話すのが、まるで日常の一環かのように振る舞っていた。

 その後、その時計を撮影現場で再び目にした。今度はダイヤモンドなしだ。ときにはダイヤをあしらったバージョンを見る前に、まるで神(ここではシャネルの製造者)が意図したままの状態、つまり飾り気のない姿を見る必要がある。40mm径×10mm厚の時計は、モチーフに頼らずともシャネルらしいコードが際立っていた。深みのあるブラックエナメルダイヤルが特徴で、まるでインクのような黒いプールを冷たく滑らかなプラチナのベゼルが囲み、完璧に描かれた白いグラフィックがその美を引き立てているようだ。ガブリエル・“ココ”・シャネルがブランドのために築き上げたビジュアル要素のひとつである黒と白の使用は、きわめてシンプルでありながら効果的なデザインである。これはリトルブラックドレス、キルティングバッグ、ツイードスーツ、ツートンシューズ、パール、そしてシャネル No.5の香水と並んで、シャネルデザインの象徴のなかに位置付けられている。

Chanel Monsieur watch
Chanel Monsieur watch
Chanel Monsieur watch

 非常に角ばった時刻表示窓は6時位置に配置されている。プラチナで美しく囲まれたその窓は、サイズ的には強い存在感を放つものの全体的に調和したものだ。レトロフューチャリスティックな印象を与える“デジタルディスプレイ”だが、そのルーツは1830年代にさかのぼるしっかりと根ざした機械式複雑機構に基づいている。時刻表示窓の上には、秒針を備えた小さなインダイヤルがあり、そのすぐ上にレトログラード式の分表示がきれいに収まる。この分針は240°という長い弧を描き、そのあと180°以上を一気にジャンプする。また分針は前にも後ろにも動かすことができる。これは技術的な要素が多い時計であり、その理由も明確だ。というのもこのムーブメント(Cal.1)はフィリップ・デュフォー(Philippe Dufour)の弟子であるハイエンドな独立時計師、ローマン・ゴティエ(Romain Gauthier)が、シャネルの仕様に基づいて一部製造しているのだ(シャネルは2011年に彼へ出資を行っている)。

Chanel Monsieur watch movement
Chanel Monsieur watch Caliber 1

 ダイヤル構成はとても幾何学的で、ミニッツトラックに使用されたフォントの四角と円、シャープな角、5分ごとのマークの小さな黒い四角(スモールセコンドダイヤルの四角も同様)、そして角ばった針が、ミニッツトラックとスモールセコンド表示の円形のフォルムと絶妙に調和している。全体的にシャープではあるが、冷たすぎる印象はない。とくに目を引く幾何学的な要素は、ジャンピングアワー表示周りのフレームだ。これにより全体のデザインを引き締めており、もしこのフレームがなければ、または少しでも軽いデザインだったならばダイヤルはそれほど魅力的ではなかっただろう。そしてこの八角形のフレーム形状はシャネルNo.5の香水瓶と同様、パリのヴァンドーム広場の全体像を反映しているように見える。また右下の非対称なフォントもデザイン全体のバランスを見事に整えている。さすがフランスの名門ラグジュアリーブランド、シャネルの巧妙なデザインだ。納得できるだろう?

 これに関連して、ラグジュアリーブランドが現代の時計をつくる際のアプローチについて触れたい。私たちの業界で変化をよろこんで受け入れる人々にとって、エルメスとシャネルはオートオルロジュリーにおいて大きな進歩を遂げてきた。美しいケースデザイン、ディテールと素材への細心の注意、そして(私のささやかな意見ではあるが)彼らの比類ないタイポグラフィの融合である。シャネルのダイヤルに使用されるフォントは明確かつ角ばっていて、エレガントでありながら決して過度にインダストリアルでもないし、過剰に無骨でもない。エルメスがスリム ドゥ エルメスで見せたように、ビジュアルの細部まで一切妥協がないのだ。同様にタイポグラフィにも独自のこだわりが見られる。“実際のところ、ダイヤルのためにカスタムレタリングをつくる時計メーカーはますます少なくなってきている”と、元HODINKEEエディターのリズ・スティンソンは説明する。“多くの時計ブランドは既製のフォントを使い、それをダイヤルの限られたスペースに無理やり詰め込んでいるのが現状だ”。タイポグラフィに関して彼女が詳しく調査した記事は、こちらで読むことができる。

 確かに、シャネルは何世紀もの歴史を持つスイスの時計業界においては比較的新参者だ。ラグジュアリーブランドとしてこの市場に参入したのは1987年で、最初のモデルはクォーツムーブメントを搭載したプルミエールウォッチだった。以来シャネルは時計製造に真剣に取り組み続けている。シャネルは2001年にベル&ロスとコラボレーションし、2011年にはローマン・ゴティエに出資、その後この時計の製作にもブランドとして関与した。さらにはF.P.ジュルヌの株を保有し、2018年以降はケニッシ社を通じてチューダーとも提携関係を結んでいる。

 興味深いことに、最初のムッシューが発売されたのは2016年であり、ジャンピングアワーの複雑機構がInstagramでトレンドになるずっと前のことだった。今年の初めにショパール L.U.C クアトロ スピリット 25を試してみたが、その美しさには目を見張るものがあった。どうしても比較してしまうが、シャネルがこの時計で成し遂げていることは称賛に値する。優雅でありながらモダンなドレスウォッチを、過去の伝統に縛られることなく生み出しているのだ。シャネルは2016年に、市場の需要に合わせてステンレススティールのスポーツウォッチをリリースするという、一般的な選択肢を取ることもできただろう。しかし彼らはそれとは異なる道を選び、クラシックなドレスウォッチと現代的なデザインモチーフとのバランスを取った、より伝統的なアプローチを選んだのである。

Chanel Monsieur watch

 この時計が完璧だとは言わない。デザインの評価は個人の好みに左右されるものだ。だがシンプルなデザインを実現するには、ある種の勇気が必要である。ブランドが焦ると、往々にしてロココ調に走りがちで、ロゴを大きくしたり不要な装飾を加えたりして、派手で落ち着かない、そして長く愛されないデザインになってしまうことがある。確かに1224万3000円(税込み)もするし、従来のミッドセンチュリーのサイズとは違うかもしれないが、40mmというサイズはヴィンテージ愛好家と現代の消費者のあいだで程よいバランスを保っているといえるだろう。シャネルが自社の美学を貫き、余計な要素を削ぎ落とし、外部の雑音を無視したことは称賛に値する。