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HODINKEEのスタッフや友人に、なぜその時計が好きなのかを語ってもらう「Watch of the Week」。今週のコラムニストは、ブルックリン在住の批評家であり、ニューヨークタイムズやガーディアン誌などの雑誌で活躍しているジャーナリストだ。HODINKEEデビューをお楽しみに。
ネットで見つけたダサすぎるバンドTシャツのリンクを友達にメールするのが好きだ。自分では楽しい暇つぶしだと思っているし、実際かなり面白い。よく考えてみると、友人たちがそれをどれほど面白がってくれているかはわからないが、それを許容して絵文字で応えてくれている。くやしいことに私はデッドヘッド(グレイトフル・デッドのファン)だ。だから掘り起こすTシャツのほとんどもグレイトフル・デッドのもの。
ちょっと解説させてくれ。もしあなたがネットでダサいバンドTシャツを探しているのなら、グレイトフル・デッドであればたくさん見つけられる。サーフィンをしていたり、“Keep it Green”(環境を守ろう)と書かれた農産物の箱を持ったスカルがシルクスクリーン印刷されていたりするものだ。ほかにはピンクのクマが、無造作な緑の絞り染めの模様のなかで踊っているものだってある。そして、私のお気に入り。ボストンでのショーの広告で、アイルランドの国旗の色の雷に打たれたスカルが、シャムロック(クローバー)に囲まれたデザインのもの。友人によると、このデザインは、土曜日の午後にフェンウェイ・パーク(ボストンにある野球場)の外で嘔吐している人に見えるそうだ。
その個人的なリサーチの過程で、最近、まったく別の、見たこともないカテゴリーのモノに出会った。それは、グレイトフル・デッドの腕時計だ。
ニクソンのタイムテラーという37mmのモデルで、金メッキのバンドがついたステンレススティール製の時計。文字盤には数字の代わりにカラフルなクマが踊っている。秒針は、デッドヘッズの車のバンパーステッカーによくある稲妻のような形をしている。ミヨタ製のムーブメントの上には、サイケデリックな螺旋模様が刻まれたケースバックが被せられている。これは、デッドのヒッピー・ディッピーのアイコンを時計に置き換えたもので、ありそうでなかったものだ。税込で2万2000円出せば、自分のものにできる。
ジェリー・ガルシアの絵画にインスパイアされたキーン社の靴や、ベン&ジェリーズの定番アイスクリーム、チェリー・ガルシア味など、デッドヘッズのグッズに対する欲求はとどまるところを知らない。最近、サザビーズで1967年のグレイトフル・デッドのオリジナルTシャツを1万7640ドル(約200万円)以上で購入した人がいる(この売却に関する記事をグループチャットに送ると、友人から「落札したのは君?ww」と返事が来た)。 アパレルブランド“オンラインセラミックス”(Online Ceramics)のエリヤ(Elijah)とアリックス・ロス(Alix Ross)のようなミレニアル世代のデザイナーが現れ、古いデッドのアイコンを模倣し、新世代のためにリミックスしているのだ。
しかし、この現象はこのひとつのバンドにとどまらない。音楽グッズはビッグビジネスであり、特に最近は、コレクターズアイテム全般の市場が爆発的に拡大している。2019年のグローバル・ライセンス・サーベイ(Global Licensing Survey)によると、ライセンス音楽グッズの世界小売売上は34億8000万ドル(約4100億円)だった。昨年もサザビーズで、かつてビートルズが乗った飛行機の客室乗務員(ビートルズではなく、ビートルズと一緒に飛行機に乗った人)が持っていたキャリーバッグが約3300ドル(約40万円)で落札されている。音楽グッズの魅力は、音楽そのものを超越したものになることもある。グッズが神話全体の一部となり、自分が生きているあいだにその一員になれなかったかもしれないクラブに所属していると主張する方法なのだ。
だけどバンドグッズの腕時計だって? それは、私たちが “テイスト” 、趣味と呼ぶものの対極にあるふたつのスペクトラムの衝突であり、私には新鮮で奇妙に思えた。
ニクソンのホームページをさらに覗いてみた。踊るクマの時計だけでなく、「グレイトフル・デッド・タイムテラー・スリーベアーズ」という時計もあった。バルーンアニマルのように顔を伸ばした熊の笑顔の顔がズームアップされているモデルだ。アルバム『Steal Your Face』に収録されている、稲妻のついたドクロをモチーフにした2万9700円(税込)の時計もあった。それにスカルとバラの時計もあった。スカルの手の上で踊る2匹のクマが描かれている。
こうして私の当初の探求心に火が付いた。「ローリング・ストーンズ 腕時計」でググってみると、eBayに出品されているセイコー ガランテ ローリング・ストーンズ ウォッチ(バンド結成50周年を記念して2012年に発売された限定モデルらしい)の藪に入ってしまったのである。この腕時計はずんぐりしていて、バンドの舌と唇のロゴが特徴的で、派手な腕時計にはさらに奇妙に実体のないように見える。歯車はわずかに露出し、巨大な「XII」が睨みをきかせている。子供っぽい赤い唇と、大人向けの重厚なシルバーの歯車がリミックスされたこの時計は、全体的にダサいと言わざるを得ない。eBayでの再販価格は約3200ドルから5000ドルだ(約38万円〜60万円)。
「ガンズ・アンド・ローゼズ 腕時計」でググってみると、当時は「パラダイス・シティ」を何度も何度も聴くという妙に暗い時期で、アクセル・ローズ本人がHYTと共同でデザインしたと思われる時計がヒットした。ブラックとブルーで、グレイトフル・デッドのものよりもはっきりと、そして威嚇的な頭蓋骨が特徴だ。髑髏は、アクセルの腕の上で撮影されたとき、金属製の鎖が絡まるのと一緒に、時計からはみ出した状態になっている。この時計は、マイクロチューブに液体を循環させることで時刻を知らせるという、HYTならではの複雑なデザイン要素である「リキッドタイムディスプレイ」を備えている。ケースバックは金属加工されたサファイアクリスタルでシースルーになっており、レザーにはローズのサインとガンズ・アンド・ローゼズのロゴが縫いこまれている。この時計は10万ドル(約1200万円)。本当にぞっとする。
バンドTシャツの最悪な状態より、バンドグッズの腕時計の方がはるかにひどいということがわかってきた。そして、少なくともクラシックロックの領域では、その数は膨大だ。ビートルズの時計は、クラシックなフォントで書かれたバンド名とレイモンド・ウェイル ジュネーブのロゴが対照的な、控えめでつまらないものだ。ボブ・ディランのトリビュートモデルも同様で、長方形の文字盤の中央にシルバーでディランのサインをあしらったもの。音楽をより大きな音で楽しみたい人のための時計もある。ニクソンはメタリカとコラボして、バンドのロゴをあしらった様々なコレクションを作ったが、そのうちのひとつはフルブラックモデルだ。エアロスミスの時計は、複雑で退廃的で、何層もの金属のフィリグリーで覆われ、バンドの翼のロゴがトップにある。このロゴは暗闇でグリーンに輝くので、夜光好きの方も満足できるものだろう。
「アリアナ・グランデ 腕時計」「ビリー・アイリッシュ 腕時計」など、現代のポップスターの腕時計はあまり多くなく、バンドグッズの腕時計は往年のスターたちのものであることがうかがえる。
やり方はいたってシンプル。バンド名やロゴの権利を時計メーカーが取得し、あるいはバンドと直接的にコラボレーションする(私は、アクセル・ローズとHYTのクリエイティブチームが、どこかの会社の会議室で、膨らんだ青い頭蓋骨の詳細について打ち合わせをしている姿を想像したかったが、おそらく彼の音楽ライセンス部門の誰かが変更に同意していたのだろう)。こうした時計は、ニッチな市場向けのノベルティとして、限定版のコレクターズアイテムとしてリリースされることが多い。
時計のターゲットは、おそらく一般的な時計愛好家ではないだろう。これはファンのための時計だ。ビートルズのシリウスXMラジオを聴いているファン、彼らは古代の歴史を延々と分析し、それを最近のニュースのように取り上げている。スタジアムでのライブで、年老いたアクセルがステージを飛び跳ねるのを見るために何百ドルも払うファンたち。すでに他のすべての限定盤を所有し、自分の好きなバンドの神話と象徴をもう一度買いたいと考えているファン。
実は、ほとんどのバンドウォッチは、身につけるためのものではないのだ。それらは本棚に並べられる。折れ曲がったコンサートチケットの半券やサイン入りの宣伝用写真、スラッシュが捨てたギターピックやリンゴ・スターのヘアブラシなどとともに。
それでも、これらの時計は、時計としてもバンドグッズとしても成功しているとは言い難いものがほとんど。バンドグッズは、その音楽へのオマージュとして、かつて演奏され、聴かれた音楽を視覚的に思い出させるものであることがベストなのだ。オリジナルTシャツが人気なのもそのためで、音楽が作られた時代と場所を文字どおり記憶している。優れたレプリカは、音楽愛好家の緩やかなコミュニティ周辺に存在する図像の言語を取り入れることで実現できる。しかし、時計という形では、これらのアイコンやロゴはうまく調和しない。世界中のTシャツやポスターで目にするような書体で「The Beatles」とだけ書かれた時計は、付加価値を感じさせないのだ。2種類のコレクターズアイテムを、それぞれの本質を考えずに並べているような気がしてしまう。そしてもちろん、これらの多くは単にダサい時計になる。
時計は、マグカップやTシャツのように、ロゴのプラットフォームとしてうまく機能するような人工物ではない。時計は、それ自体が主張するものなのだ。時計にはロゴが入れられるかもしれないが(おそらく入る)、そのロゴは何よりもまず、ステータスやクラスについて何かを示すものであり、着用者や時計メーカーを超えた第三者的な存在について示すものではない。高級時計の所有者は、特定のブランドの時計に何十万も費やすことで、自分なりのファンダムを示していることは間違いない。だがそれは、その物自体に始まり、結局それだけに留まるのだ。何か他のものへの愛を表明するために時計を身につけるのではなく、その時計への愛を表明するためにつけているのだ。
逆説的だが、こうしたバンド時計の最高峰は、あまり自分を誇示しようとしない、市場のローエンドに存在するようだ。真面目な時計というよりも、記念品的な存在だ。また、手首に装着して時間を知るためのものという形態に、もう少し適応しようとするものでもある。
その点で、こうした時計のなかで一番好きなのは、最初に偶然見つけたクマが踊っている時計だ。親しみやすく、楽しく、そしてデザインという本質的な部分で遊んでいる。実際に身につけることを想像して、しばらく眺めている自分に気づいた。
驚くほど憧れに似た感覚を抱きながら、何週間かネットで検討し、ようやく試着することができた。金メッキのブレスレットは想像以上に重く、心地よい重量感があった。そして、その文字盤から私を見上げているのは、クマが踊るリングである。稲妻型の針が秒を刻む。私はこの時計を見るたびに、思わず笑みがこぼれるのだった。
この時計をつけて、愛用のグレイトフル・デッドのTシャツ(これはカウボーイに扮した骸骨が砂漠を走っているデザイン)を着て、リビングルームで満足げに座った。友人たちにその写真を送ってみた(ある友人は「信じられない」と言った。別の友人は、私が自分自身のパロディーになったと言った)。全体として、私は悪くないバンドグッズを見つけたような気がした。でも、これは私の偏見。結局、私はファンなのだ。
Photos, Tonje Thilesen