Introducing H.モーザーの新作シリンドリカル トゥールビヨン 驚くほど美しいスケルトンウォッチ

　2020年に発表したMB&Fとのコラボレーションモデルでは、モーザーはシリンドリカル（円筒形） トゥールビヨンを初めて搭載し好評を博したが、新作パイオニア・シリンドリカルトゥールビヨン スケルトンは、6時位置にその名を冠した調速機構の全体を露出し、12時位置には時分表示用のドーム型サブダイヤルを配した。このオフセンターされたサブダイヤルは、ファンキーブルー・フュメ（fumé）のカラーリングが特徴で、アプライドインデックスにはグロボライトと呼ばれる夜光性セラミックが採用されている。

　6時位置のシリンドリカル トゥールビヨンは、このモデルの主役である。ヒゲゼンマイは、シャフハウゼンにあるH.モーザーの姉妹会社プレシジョン・エンジニアリング社で一つ一つ手作業で成形。18世紀後半にイギリスの時計師ジョン・アーノルドによって発明されたデザインを発展させたものだ。円筒形（ヘリカルや球形とも呼ばれる）のヒゲゼンマイは等時性が高く、ヒゲゼンマイのほぼ完全な重心から生じる一定の振動周期により、振幅、姿勢差、パワーリザーブ残量に関わらず、あらゆる状況においてもヒゲゼンマイは同心円状に振動する。

 “200年以上前に発明されたヒゲゼンマイを再開発する方法を検討したが、もう誰もその方法を知りませんでした”と、H.モーザー社のCEO兼オーナーのエドゥアルド・メイラン氏は語る。“まず工具がもう存在していません。とても高価なものです。しかし、私たちプレシジョン・エンジニアリング社は、よりよい精度のためのソリューションを見つけるだけでなく、時計にちょっとした外観的ひねりを加える方法を見つけることが好きなのです。そこで、円筒形のヒゲゼンマイを再開発したのです”

　一般的な石留めではなく、セラミックベアリングを使用した強固な土台から垂直に伸びるヒゲゼンマイに注目して欲しい。このヒゲゼンマイには、摩擦を減らすためにふたつの端にブレゲ曲線がつけられている。円筒形のヒゲゼンマイは、その精度の高さから初期のマリンクロノメーターではよく使われていたものの、高さが必要なため、腕時計ではほとんど見かけない。H.モーザーとプレシジョン・エンジニアリング社は、円筒形ヒゲゼンマイの量産化に必要な能力を獲得し、その後、MB&F サンダードームをはじめ、様々なブランドに供給している。近年、円筒形ヒゲゼンマイが採用された他ブランドには、モンブラン／ミネルバ、ジャガー・ルクルト、ヴァシュロン・コンスタンタンなどがある。 

 “個人的にシンドリカル・ヒゲゼンマイを好む理由は様々です”とメイラン氏は言う。“ひとつは、マリンクロノメーターの歴史と、それに関連するすべてのものからです。ふたつのブレゲ曲線を備えていることも気に入っています。年間数十本を製造できるようなスケーラビリティ（生産規模）と信頼性を確保するために、私たちが再学習し、製造方法を見つけなければならなかったこともよかったと思います。また、美観にも優れています。円筒形のトゥールビヨンが動いているのを見ると、本当に心臓が鼓動しているかのようです。魅惑的ですよね。何度見ても飽きないし、精度にも大きな恩恵を与えます。つまり、理にかなっているのです”

　新生パイオニアでは、この円筒形ヒゲゼンマイに1分間で周回するフライングトゥールビヨンを組み合わせることで、時計の精度をさらに高めている。もちろんトゥールビヨンにはアッパーブリッジはないが、ケージそのものは手作業で仕上げられ、目立つアングラージュ（面取り）が施されており、H.モーザーの特徴であるカーブしたヒゲ留めを備えている。裏蓋にはトゥールビヨンとヒゲゼンマイのコンビネーションを支える、堅牢なV字型のテンプ受けが見える。18Kゴールド無垢製のスケルトンフルローターには、ムーブメントの中心から外側に伸びる4本のアームがあり、モーザーはこのローターに特別な注意を払ったという。

　MB&Fとのコラボレーションでは、リューズの向きを“デストロ（左利き用）”にしていたが、パイオニア・シリンドリカル トゥールビヨン スケルトンでは、伝統的な3時位置のリューズをねじ込み式に変更し、120m防水を達成した。ステンレススティールのケースサイズは42.8mm×15.3mmだが、ドーム型のサファイアクリスタルがケースの高さを3.6mmほど上げているため、より小さく見えるはずだ。

　このモデルは非常に複雑で、1千万円を越えるが、モーザーはこの新作がパイオニアシリーズのスポーティな雰囲気を維持しつつ、完全にスケルトン化された新しい美学のパイオニア（非常に意図的なシャレ）となるように細心の注意を払った。

　わずかにドーム型のフュメ・サブダイヤル、円筒形トゥールビヨンの立体的な鼓動、そしてアンスラサイトPVDコーティングされた美しい面取りの受け板の三拍子が、現代のデザインと昔ながらのアンティークなソリューションとを見事に融合し、まるで映画のようなドラマを生み出しているのだ。

パイオニア シリンドリカル トゥールビヨン スケルトンの価格は1127万5000円（税込）だ。先週紹介したエンデバー・センターセコンド コンセプト ライムグリーンと同様、限定生産ではない。

　H.モーザーの技術的な時計メーカーとしての名声は、このような楽しさやゲームに巻き込まれることでかき消されるように感じることがあるかもしれない。しかし、この会社は創業者一族に支えられた実直な時計メーカーであり、技術革新に非常に熱心な社風がある。パイオニア・シリンドリカル トゥールビヨン スケルトンのような重厚な時計でなければ、そのことが実感として伝わらないこともあるのだ。

　はっきり言っておくと、私は、時計職人が尊敬する時計職人ことアンドレアス・ストレーラー（キャッチフレーズは「選ばれし者たちのための時計師」）と共同でデザインしたH.モーザーのパーペチュアルカレンダーが、非常に出来がよくて使いやすいことや、ミニッツリピーターなどの高級複雑時計の領域でも競争できる能力を常に高く評価している。しかし、先週初めてパイオニア・シリンドリカル トゥールビヨン スケルトンを知り、そしてジュネーブで実物を見て、これほどH.モーザーの時計に夢中になったことはないと感じた。

　この時計は記録を打ち立てたわけでもなく、“画期的な”時計製造の成果を喧伝するものでもない。しかし、私がこの時計で最も評価するのは、真に稀なタイプのウォッチメイキングを、着用可能でスポーティなケース形状に組み込んでいる点だ。過去に円筒形トゥールビヨンの分野で実験を行ったいくつかのブランドを見ると、その結果生まれたものは、コンセプト的には面白いが現実の世界での意味を見出すのに苦労するほど巨大なデザインを持つ時計たちであった。

　パイオニア・シリンドリカル トゥールビヨン スケルトンは、そのパラダイムを変える存在だ。カジュアルに着用できる時計だとも感じた。ステンレススティールケースとPVD加工された受けは、高級時計であることを忘れさせるほど、これ見よがしでない雰囲気を醸し出している。少し大げさなものだろうか？　しかし、流行に流されないこの時計は、1年後、2年後に時代遅れに見えることはないだろう。

　この時計は、美的にも、技術的にも、そして腕につけたときにも、純粋に新鮮に感じられる。特にWatches & Wondersでは、40ものブランドが注目と熱狂を競い合っているなかで、これを実現するのは難しいことなのだ。

ブランド：H.モーザー（H.Moser & Cie.）
モデル：パイオニア・シリンドリカル トゥールビヨン スケルトン
リファレンス：3811-1200
直径:：42.8mm
厚さ：11.7mm（サファイアクリスタル風防を除く）、15.3mm（サファイアクリスタル風防含む）
ケース素材：ステンレススティール
ダイヤルカラー：ファンキーブルー・フュメ・ドーム型サブダイヤル、12時位置にサンバーストパターン、スケルトンダイヤル、地板と受けにアンスラサイトPVD加工
インデックス：アプライドグロボライト
夜光：あり、グロボライト
防水性能：120m
ストラップ/ブレスレット：ブラックアリゲーター手縫いレザーストラップ、スティール製フォールディングクラスプ付き

キャリバー:：HMC 811
機能：時、分
直径：34mm
厚さ：5.5mm (針、トゥールビヨン部分を含まない)
パワーリザーブ：74時間
巻上げ方式：両方向自動巻上げ
振動数：2万1600 振動/時（ 3 Hz）
石数：28石
クロノメーター公式認定：なし
その他仕様詳細：フルスケルトン、ゴールド製ローター、円筒形ヒゲゼンマイ、6時位置に1分間周回のフライングトゥールビヨン、スケルトンブリッジ、手作業で面取りしたテンプ受け、全体にダイヤモンドベベル仕上げ

価格：1127万5000円（税込）
限定版：なし