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1980年代にチューリッヒの空港を通過する際、自分の位置を確認したり、時計を現地の時間帯に合わせたりするための場所が必要なとき、おそらく空港の中央にある“ミーティングポイント(Meeting Point)”と書かれた大きな箱型の看板の下にある時計に行き着いたことだろう。
それは、かつて町の時計がその町の道標であった時代を偲ばせる。チューリッヒ空港の時計は、空港内の時計を同期させるパテック フィリップの最新鋭の電子計時システムの特別衛星機であり、空港の威信をかけた設備であった。
この象徴的な時計が、時計ディーラーのCollectabilityとAnalog:Shiftの新しい展示会“ミーティングポイント(Meeting Point)”のインスピレーションとなった。30個以上のパテック フィリップの電子マスタークロックとデバイスが展示され、7月13日(水)からニューヨークのAnalog:Shiftのオフィスにて予約制で公開されている。8月末まで開催されるこの展示会は、この種のコレクションとしては最大級かつ最も歴史的に重要なものだ。また、パテック専用のヴィンテージおよび中古時計ディーラーであるCollectabilityのジョン・リアドン(John Reardon)氏は、これらクロックのコレクションをパテックがクォーツ開発競争の黎明期において果たした役割の証拠と形容している。
ボンドの悪役の隠れ家から出てきたような時代錯誤の大きな金属製ラックに収められた時計は、パテックの歴史のなかでもあまり研究されていない分野へ観客を誘う。展示期間中にAnalog:Shiftのオフィス内に足を踏み入れると、パテック フィリップが伝統的な時計製造ではなく、電子時計を背景にクォーツ危機を乗り越えた軌跡を覗き見るような感覚に陥るのだ。
1948年、パテックの社長アンリ・スターン(Henri Stern)がエレクトロニクス部門を設立したとき、彼はクォーツ時計技術に将来性を見出し、パテックらしいスタイルで、その習得に乗り出した。1952年に世界初の接点や可動部のない電子時計を、1956年には世界初の完全電子時計(なんと2×4ft、約60×120cm)、1958年には世界初の小型化されたクォーツクロノメーターを開発するなど、パテックは瞬く間に世界初の快挙を成し遂げたのだった。
その後も猛烈な勢いで開発が続けられた。1960年には、完全トランジスタ式の小型クォーツ時計、クロノトーム(Chronotome)を発表し、1962年までには量産され、スイス天文台で初めて認定された。クロノトームの精度は高く、ジュネーブとヌーシャテルの天文台は100分の1秒から1000分の1秒に計測単位を変更したほどであった。電池式の小型時計はマリンクロノメーターとして人気を博し、ケネディ大統領が「Ich bin ein Berliner!(私は一人のベルリン市民である!)」と演説した翌日に、ベルリン市長から贈られたのもこの時計である。
パテックの研究は時計に留まらなかった。1966年、通話監視装置と無線と電波で時刻を同期させる装置を開発した。半径2500km以内にあるすべてのマスタークロックは、レマン湖(ヴォー州プランジャン)にあるスイス時報送信局に接続することができ、のちに、より中心的な場所にあるフランクフルトの送信局にも接続することができた。
「1950年代から60年代にかけては、競争相手がいなかったのだと思います」とリアドン氏は言う。「政府や多国籍企業がパテックの技術を取り入れようとしましたが、追いつくのに時間がかかりました。セイコーが主な競争相手でしたが、彼らもしばらくのあいだ、遅れをとっていたようです」
パテックは最先端の電子工学の研究において、時計製造の異端児として活躍したが利益も稼ぎ出した。精度に高いお金を払ってくれる大きな機関が需要の中心だったからだ。1963年当時、クロノトームの小型時計でさえ約8800スイスフラン(現在のレートで約480万円)と、ほかのパテック腕時計の8倍もの価格だったのだ。
ほとんどの顧客は1964年に導入された、ふたつまたは3つの別々のモジュールからなるパテックのクロノクォーツT2またはT3ユニットに依存しており、これらはパテック フィリップの電子マスタークロックのカタログを支える屋台骨であった。これらの独立したクォーツ時計は、より広いシステム全体のクロックの数百または数千に時間を中継する信号を送信する前に、誤差が100分の1から1000分の1秒以内に収まることを確認するためにお互いをクロスチェックする機能を持っていた。
1960年代半ばになると、パテックは多くの顧客にシステムを提供するようになった。同社はフランス海軍、イタリア海軍、原子力発電所、鉄道駅、ラジオ・テレビ放送局、病院、チューリッヒ、ジュネーブ、フランクフルトの各空港、国連、バチカン、果てはNASAにまで時計を販売した。
また、この時期のパテックは他の一流時計メーカーと同様に、時計のダイヤル、ケース、ムーブメントを他社から調達し、自社で仕上げていたことも忘れてはいけない。ある意味、この電子時計はパテックにとって最も純然たる完全自社製造プロジェクトだったのだ。
1990年代初頭、パテック フィリップのエレクトロニクス部門は閉鎖された。小型化、半導体回路の急速な発展、競争の激化、GPSによる時刻同期の普及に直面し、マスタークロックシステムは時代遅れとなったのだ。
今回展示されるコレクションの多くは、ドイツ人コレクターであるミヒャエル・シュルデス(Michael Schuldes)氏が、若くして時計の価値と重要性を見抜き、入手したものだ。68歳のシュルデス氏は、幼い頃から時計を見たり、カタログを見たりして、パテックの腕時計を手に入れることを夢見て育った。彼はフリーマーケットやアンティークショップを探し回る日々を送り、初めてパテック社のクロック、QM-1を購入したが、すぐに30倍の値段で転売してしまったという。
シュルデス氏は、パテックもきっと買い戻すだろうと商機を見出した。しかし、彼がさらに多くの時計を見つけ、それを売り戻そうとした時、パテックは興味を示さなかった。その代わり、パテックから送られてきた時計の説明書には電子時計の設計・販売に携わる著名人の連絡先が記されていたのだ。
やがてシュルデス氏はドイツのクロイトラー(Kreutler)社と関係を持ち、クロイトラー社が倒産した際に、同社の書類をすべて救出し、もともとこのマスタークロックを購入していた顧客の名前を教えてもらった。シュルデス氏は一時期、150以上のクロックを所有していたからだ。
2001年にアンリ・スターン時計代理店で働き始めたとき、パテック フィリップ USAで初めて電子マスタークロックを目にし、パテックに関するあらゆることに夢中になったリアドン氏は、これらの貴重な作品の収集も開始した。
「なぜパテックはニキシー管クロックを入門機の目玉にしたのだろう?」リアドンは問いかける。「壁の裏側に隠された、この時計を動かすための珍しい積層型計時システムは何だろう? これらの疑問はパテック フィリップの歴史のなかで信じられないほど過小評価されている分野を調査、収集、発見するというウサギの穴(超現実的な体験)に私を導いてくれたのです」
機会が巡ったとき、“マスタークロックシステムの究極のコレクションを作る”絶好の機会を逃すわけにはいかなかった。そこでリアドン氏は、10年以上の付き合いがあり、最近ニューヨークに拡充したブティックを再開したAnalog:Shiftの創設者であるジェームズ・ラムディン(James Lamdin)氏を頼って、この展覧会のためにチームを組むことにしたのだ。
これらの時計をメンテナンスするのは簡単なことではない。実はこの仕事は時計製造の専門家ではない、ランス・ステーリング(Lance Stehling)氏という人物に任された。その名も“ミスター・マザーボード”である。リアドン氏によると、現在この時計を修理しているのは世界でステーリング氏ただ一人だという。
ミスター・マザーボードは、電子機器の分解と修理を主な業務としている。ステーリング氏は2017年以降、新しい部品を作るなどして、これらの時計に400時間の作業を費やし、最近では展示の準備のために7日間働き続けたという。
コレクションの時計や装置のなかには、パテック フィリップがチューリッヒのクローテン空港のために製作したT3タイムタワー、バイエルンのグンドレミンゲン原子力発電所で使われている時計、NASAのゴダード宇宙飛行センターで使われているものなど、本当に魅力的なものが含まれている。このコレクションで最も重要なのはスイス国会のために作られたパテック フィリップのT3クロックで、この種のものとしては最大かつ最古の塔時計であり、ふたつしか知られていない二重塔時計のうちのひとつである。当時、マスコミはこの時計を“世界で最も重要な計時設備のひとつ”と呼び、20年以上にわたって国会議事堂の257の部屋を1000分の1秒の精度に保ってきた。
最も驚くべきは小型の電子壁掛け時計であろう。ロレックスの名前とロゴ、そしてパテック フィリップのプレートとシリアルナンバーが刻まれたこの時計は象徴的なグリーンの色彩を帯びている。リアドン氏によれば、パテック製の時計は、IWCを含むほかの多くの時計メーカーが、各社の設備間で時刻を同期させるために使用していたということだ。この時計はロレックスとパテックのダブルネームを持つ、世界でも数少ないアイテムのひとつである可能性が高い。
「これらは、まさにAnalog:Shiftが取り扱うべき時計なのです」とラムダン氏は語る。「伝統的なアナログの機械式計時機構から、今日のようなデジタル時代へと移行し始めた、歴史上の瞬間を表しているからのですから」
シュルデス氏は、自分のコレクションを手放すのは悲しいが、“パテック フィリップの電子時計の大家”として彼を知る人たちが持ち寄った新しい時計をすでに集め始めていると話してくれた。しかし、ミーティングポイントコレクションは、決して再現されることはないだろうと彼は言う。ヨーロッパ中からこれだけユニークなアイテムの数々を集めるための時間、情熱、知識を再び結集するのは、容易ではないのだから。
コレクションをご覧になりたい方は、info@analogshift.com までメールをお送りください。詳しくは、Analog:Shiftメーリングリストに登録するか、CollectabilityまたはAnalog:ShiftのInstagramをフォローしてください。
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