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HODINKEEのスタッフや友人に、ある時計を愛用する理由を語ってもらう「Watch of the Week」。今回の筆者はTalking Watches OBで、我々の旧友でもある俳優のキーガン・アレン(Keegan Allen)氏だ。現在、CWのテレビシリーズ『Walker』に出演している。
ロレックス エクスプローラー Ref.124270は、僕の手首の上に不思議に溶け込み、僕の一部となって消えていく。まるで実存的な体験をしているかのように。この時計はそのシンプルさで僕を落ち着かせてくれる、まるでセラピーのような存在だ。
エクスプローラーは、サブマリーナーと同様、ロレックスの時計製造における進化の傑作である。この時計はひとつのことを、しかもうまくやる。この時計はすべての人が自分自身のエベレストに登るのを助けてくれるのだ。
笑ってもらえれば嬉しい。なぜならサブマリーナーと同じように、僕の時計がする冒険といったら、膝までの深さのプールでのんびり犬かきしたり、手入れの行き届いた公園でヘッドフォンで時計のポッドキャストを聞きながら爽やかにハイキングしたりすることくらいだからだ。
もちろん、僕は人生の多くの“冒険”で時計を身につけ、アウトサイダーでありたいと思っているが、冒険の可能性があるからこそ、僕らマニアは声を上げ行動し、これらの時計を有名するキャンペーンにつながったのだろう。
不思議なことに、この時計には目的を感じるのだ。今まで以上に。でも、なぜなのかはまだわからない。ほかのどの時計でも、僕の痒いところに手が届くものを簡単に指摘することができる。しかし、エクスプローラーは不思議なもので、何がそうさせるのかわからないのだ。ただ、正しいと感じる。
エクスプローラーとふたりきりになればなるほど、時計を身につけるときに皆が使うこの愛すべき名前が、意識的に鋭く決定されたように感じられる。マントや鎧を身にまとったスーパーヒーローのように、この時計を腕につけると“探検家”になったような気がするのだ。実際、この時計を腕につけていると、僕自身がエクスプローラーになるようだ。ほかの名前はなく、ただ“探検家”なのだ。
すべてが不条理だが、僕はそれが好きなのだ。この時計は遊び心と控えめさが同居している。日付は必要なく、時間だけが表示されればいい。
このダイヤルは、僕の時計に関する長い冒険のなかで、最初の真実の愛だった。エクスプローラー Ref.1016は、現代のダイバーズウォッチや“今に残る”ヴィンテージを形成するスポーツシルエットの真髄のように感じられた。3、6、9のダイヤルレイアウトは、宝飾店でも山頂でも同様に目にすることができ、50年代前半のRef.6150、6350、6610といった古いモデルを思い出すきっかけにもなっている。
エクスプローラーの兄弟モデルを集めながら、エクスプローラーの入手には何年も迷っていた。以前はパテックフィリップのアクアノート 5168Gに夢中で(そしてリストロックされて)、それが僕にやってくれたように頂上まで簡単に連れて行ってくれるような時計はないと思っていた。5168Gは、時計マニア仲間に出会わない限り、カモフラージュされた機能性のなかに瞬時に消えてしまう時計の好例で、この時計が現代のアイコンであることを僕に思い出させる。それは舞台の中央に立ち、その特別な希少価値を際立たせるのだ。
パテック フィリップのアクアノート 5168Gがあれば何でもできるので、僕は“アクアノート”になったのだが、責任の重さに耐えかねて現実に引き戻され、いつも再浮上して地球に戻ってくることになった。
一方、エクスプローラーは僕の手首で目立たないのが心地よい。ただそこにあって不動なのだ。39mmから41mmのケースの時代に、この36mmのスポーツウォッチを腕につけて、僕は過去と現在の両方に通じる、完璧というウキウキする世界を楽しんでいるように思えてならない。
エクスプローラーの手首の存在感は、驚くほど心地よいものだ。無反射コーティングされたサファイアのトップハットを振って、ほとんどコズミックホラーのような漆黒のダイヤルを覗き込むと、僕の7インチ(約17.8cm)の手首がバランスよく感じられる。宇宙的な恐怖を感じるどころか、そのマジックエイト・ボールのような広大さに元気を取り戻すのだ。
夜光は暗闇で時間を知るために、原子炉からブーンと放射されるチェレンコフ放射を思わせるテクニカルな存在感を放つ。ブレスレットはあからさまに男性的でありながら、僕の好きなクラスプに向かって細くなり、アニマのささやきを感じさせる。5mmのクラスプは、どうしようもないほど自律的な時計に遊び心を与えてくれるだけでなく、正しいサイズであれば夏の暑さのなかでとても適切なのだ。
Cal.3230は、“パワーリザーブ、耐衝撃性、耐磁性”とともに、大きな飛躍を遂げたことは知っている(参考までに、ロレックスのウェブサイトから引用した)。僕はこの時計について常に調べ、言葉にされていない何かを探していることに気づくのだ。
エクスプローラーを手放せなくなった理由はたくさんあるが、言葉にすることができない。人生全般が急にややこしくなったように感じるとき、僕のエクスプローラーは心の安らぎを与えてくれるのだ。そこにあると思い出すと、そのクリーンなラインとデザインで僕に沈黙の時間を与えてくれる。
なぜ手首から離せないのか、その答えが出る寸前まで来ているような気がする。
エドモンド・ヒラリー卿がこのような時計の必要性を感じた歴史的瞬間があったことは誰もが知っている。彼の功績と僕の使用目的との壮大な二面性は、僕にも理解できる。しかし、この時計をつけると、エベレストに登ろうとする僕のインナーチャイルドが強くなるのだ。エベレストに登りたいとは思わないけれど、エクスプローラーを身につければ、登れると思えてくる。でもその代わりに、僕はここに座ってエスプレッソを飲みながら、心のなかでだけ山に登る。これを身につけると、僕はふたりの人間になる。“探検家”であり、観察者なのだ。
この時計が与えてくれるものすべてがあるのに、なぜほかのものが必要だろう?
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