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Interview シチズン機械式再活宣言 再び大きく動き出した機械式時計開発の舞台裏

2021年、シチズンの機械式時計の次世代を担うシリーズエイトがリローンチした。“モダンスポーティ”という言葉に隠されたデザインの真意と同社の機械式時計開発についてキーマンが語る。

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振り返ると、シチズンにとって2021年は“機械式再活宣言”とも言うべき新たなスタートを切る1年であった。その狼煙となる新たな試みがザ・シチズン(The CITIZEN)から生まれたCal.0200であり、そしてここで取り上げる8年ぶりにリバイバルしたシリーズエイト(Series 8)である。シリーズエイトは2008年の立ち上げ当時、“引き算の美意識”というコンセプトのもと、ムーブメントにエコ・ドライブを用いたシリーズであったが、このたび再始動するにあたって第2種耐磁性能を備えた機械式腕時計コレクションへと大きく舵を切った。そしてそのファーストコレクションとして「870 メカニカル」「830 メカニカル」「831 メカニカル」の3つのスタイルが発表された。

左から順に831 メカニカル(Ref.NB6010-81A)、870 メカニカル(Ref.NA1004-87E)、830 メカニカル(Ref.NA1015-81Z)。

 ライフサイクルが長い商材である機械式時計は開発の段階からタイムレスなデザインが求められるわけだが、その一方で時代性を完全に無視することは不可能に等しい。すなわち、この両輪のハンドルをいかに握れるかがプロダクトの生命線になる。そこでプロジェクトの先頭を切るシチズンの商品開発本部は“モダンスポーティ”というキーワードを掲げ、シリーズエイトを再始動させた。その経緯について伊藤惠己氏は、次のように話す。

「私たちが第一に考えたことは、

“新しい機械式時計のライフスタイル提案”でした」

– 伊藤惠己氏, シチズン時計 商品開発本部 商品企画部 第一企画課 シリーズエイト商品企画担当

 「ご存じのように、シチズンは長い間エコ・ドライブの製造に注力してきたのですが、それと並行して機械式時計も作り続けてきました。昨今のサステナビリティの流れもあり、2021年からの本格導入に向けて機械式時計の開発・製造を再開することが社内で決定されました。そこでシチズン全体での機械式時計のあり方をこの機会に見直すことになったわけですが、シリーズエイトだけにフォーカスしていたわけではありません。機械式時計のラインナップをピラミッド構造で考えたときに、ハイエンドとしてはザ・シチズン(The CITIZEN)にCal.0200を投入し、エントリーレンジでは以前から機械式を作り続けてきたシチズンコレクションがありました。しかし、ミドルレンジでの訴求は十分ではありませんでした。Cal.0200ではモダンなスタイリングにあえてクラシカルなスモールセコンドを合わせた個性的スタイルで、シチズンが本格的な機械式の見識をしっかり持っていること、そして装飾性や審美性を訴求しました。そしてミドルレンジではどういった訴求をしていこうかと考えたのが“新しい機械式時計のライフスタイル提案”でした。ミドルレンジでは、ほかのブランドのようなクラシカルなスタイルではなく、モダンなスタイルを提案してもいいのではないかと考えたのです。そしてミドルレンジを担う重要なブランドとして“ステータスよりスタイル”、“引き算の美意識”をコンセプトに持つシリーズエイトをこのポジションに位置づけました」

ブレスレットは装身具としての艶感にこだわった。

 年差±1秒以内という光発電エコ・ドライブの開発によって精度を極めたシチズンの次なる目標。それがすなわち、現代のライフスタイルに寄り添う新しい機械式時計の提案だ。

 「シリーズエイトはエコ・ドライブでスタートしましたが、もともとこのブランドはスペックや機能の訴求ではなく、デザインやスタイルの訴求をコンセプトとしていました。シチズンとしてのブランディング、マーケティング的な側面からもシリーズエイトではこのスタイル提案を最優先とした上で、国産時計としてほかにないものを作りたい。我々のチームには、そのような共通の目標があったのです。2008年の誕生当時から“モダン”というキーワードを設けていましたが、ブランドを再始動させるにあたって、まずはこのキーワードを再解釈することからデザインの思案が始まりました」

 “モダン”という言葉はとても抽象的であるし、時代によって意味合いが大きく変わる。

 「我々が考える“モダン”のイメージとして、ブランドが“引き算の美意識”というコンセプトを持っていたため、当初はミニマリズム的な削ぎ落とす解釈が思い浮かんだのですが、それが果たして今の時代にフィットするデザインになるのかと考えたときに少し違和感がありました。そこで現代的な要素として“スポーティ”という言葉を組み合わせて目指すべきゴールの方向を設定しました」

店頭でのキャンペーン用に作られた機械式ムーブメントのミニチュア。

 このところの影響からファッションのカジュアル化に伴い、スポーツウォッチの需要が高まっているのは明らかで、空前のスニーカーブームの到来、かつてないほどのキャンプ人口の増加など以前にも増してスポーティなアイテムの活躍の場が広がっている。

 「そうして我々が導き出したのが“モダンスポーティ”というキーワードです。スポーティと言ってもガチガチのツールウォッチやマニアックなものではなく、幅広いシーンでつけられる、カジュアルにつけられるというニュアンスが必要だと思ったのです。チームとしての意思疎通にブレはありませんでしたが、社内全体へプレゼンを通すとなると、漠然とした内容では到底理解してもらえません。ただ、デザインが上がってきた段階で十分な手応えがあったので、じっくりと中身を詰めながら自分たちが思い描いていたプランを推し進めることができました」

骨太な雰囲気が漂う薄型に仕上げたケースバック。

 「新しいスタイル提案をすることはもちろん大切ですが、我々はシチズンという看板を掲げる以上、実用的な機械式時計製造の伝統を受け継ぐこと、国産時計メーカーとしての信頼性や安心感を製品に担保することも重要です」

 そのためシリーズエイトには新しい二つの機械式ムーブメントが採用されている。ひとつは831 メカニカルに搭載されているCal.9051、そして830、870 メカニカルに搭載されるCal.0950だ。ともにもともとあった9000系をベースに新開発されたもので、どちらも第2種耐磁性能を備えている。Cal.9051はプロマスターにも採用されているが、Cal.0950は今のところシリーズエイトのみに採用されているエクスクルーシブなムーブメントだ。両者の主な違いはパワーリザーブと精度である(その詳細は記事「シチズン シリーズエイトが870、830、831の3つの機械式モデルで再始動 2021年新作」をご覧いただきたい)。

 「Cal.9051は開発段階からプロマスターのダイバーズで使用することが決まっていました。ですが、シリーズエイトのためのスペシャルなものとして、もうひとつワンランク上のムーブメントが欲しいと考えていました。そうして開発したのがCal.0950です。Cal.0950はCal.0910(2010年に登場した自社開発のひげぜんまいを採用し、パーツ製造から組み立てに至るすべての工程を一貫して自社で行うマニュファクチュールムーブメント)をベンチマークに精度などを追い込んだ特別調整品になります。例えば、1958年発表のスーパーデラックスに代表されるように、当時、通常のムーブメントはシルバー色でしたが、特別調製品のムーブメントには金メッキが施されていました。この仕立てに合わせてCal.0950のローターも金メッキとなっています」

 そしてシリーズエイトの時計としての性格を決定づけるポイントとなっているのが、実は“裏蓋”なのだという。分厚くなるシースルーバックを避けてつけ心地を優先し、フラットに整えたスクリューバックが採用された。昔ながらの機械式時計づくりを思わせる、その硬派な姿勢はまさに隠し味としてシリーズエイトの魅力を一層引き立てている。

「ひと回りコンパクトに見直すことで、

今のサイズ感に落ち着きました」

– 堀川麻衣子氏 シチズン時計 商品開発本部 デザイン部デザインマネージャー

 堀川麻衣子氏は、830、831 メカニカルのデザインを担当したシリーズエイト復活の立役者の一人だ。

 「3針の機械式時計であることを前提に“モダンスポーティ”というイメージをいかに作り上げるか。それについて、社内でコンペ形式で絵コンテを作るところから製作が始まりました。同じ言葉でも捉え方は十人十色ですし、デザインに際して縛りが少なかったことはとても自由でしたが、逆にそれが難しかったです」

数字だけでは測りきれないケースのサイズ感。

 完成までに度重なる調整が行われたそうだが、マスターとなるデザインが決定してから迷いが生じたのは特に“サイズのバランス”だった。

 「実はファーストサンプルが上がった段階では製品版よりもサイズが大きかったんですよ。伊藤に見せると、これでは大きすぎるとダメ出しされて(笑)。そうしてひと回りコンパクトにしたのが、今のサイズなんです。830、831 メカニカルのサイズは40mmで、870 メカニカルは40.8mm。実際は830、831 メカニカルの方が小ぶりなんですが、実寸よりも大きく見えるという意見をよく耳にします」

特殊な3層構造のダイヤルは、金属ダイヤル、白蝶貝、そして格子状の金属プレートの3枚によって構成されている。

 「830 メカニカル」の特徴である白蝶貝と金属で構成された3層構造のダイヤルは女性らしい素材使いが個性を打ち出すことに成功している。

 「普段からより多くのインスピレーションを得るために時計以外のプロダクトをかなり見るようにしています。メッシュを用いたダイヤルのヒントになったのは建築物、工業製品、スポーツウェアでした」

 ちなみに、新しく生まれ変わったシリーズエイトでは8から始まるシリーズナンバーが大きくなればなるほど、スポーティなデザインに近づくように設定されているという。続いて870 メカニカルを手掛けた徳山義介氏に開発にまつわるエピソードをうかがった。

「新しい2体構造ベゼルとすることで

バリエーション豊かな表現を可能にしました」

– 徳山義介氏, シチズン時計 商品開発本部 デザイン部 デザイナー

 シリーズエイトの新しい3つのコレクションに共通して言えるが、ソリッドなブロックを彫刻のように削ぎと落としながら直線と面を強調し、立体感を与えるという感覚でケースの面構成が生み出されるというスタイルだ。

 「私も堀川と同じく普段からさまざまなプロダクトを見るようにしていますが、ファッションはかなり参考しています。最近だと数年前に流行ったノームコアなムードはだいぶ薄れて、派手な色使いのアイテムを目にするようになりました。同じように時計の世界でも驚くほど大胆なデザインが増えていますが、もしかすると実用品としての腕時計が行きわたった反動なのかもしれません。そうした今の空気感からすると、あまりにもソリッドなデザインでは時代にそぐわないという判断から、870 メカニカルの顔となる2体構造のベゼルが生まれました。例えば、よりソリッドな印象を与えるなら単一ベゼルのほうがいいと思いますが、それでは少しシンプルすぎる。ですが、ベゼルを分割して2体構造とするとヘアラインやミラーなど仕上げの違いで光による表情の変化をつけやすいですし、あるいは色を変えることでバリエーション豊かな表現もしやすくなります」

 ただし時計のデザインは平面から立体にする過程で必ず不具合が出るため、そこでの調整は非常にシビアだったと言う。真新しいデザインを起こす場合はなおさらだろう。

立体化される前の平面画で細かな寸法の調整が行われる。

830 メカニカルのCAD画像①

 「技術担当者と何度もやり取りをして、技術的に実現できることを探りながら2体構造ベゼルの製造に適した加工精度を定める作業は本当に大変でしたね。パソコンの画面だと拡大も縮小も自在である反面、イマイチよくわからないということが多々あります。実寸でプリントアウトしたところで解決しないので、立体にすることがとても重要になってきます」

2体構造のベゼルはそれぞれ異なる仕上げを施すことで存在を高めている。

リューズは操作性を考慮して大きめだが、シリーズエイトのために新規設計された。

 シリーズエイトの特徴であるヘアライン仕上げも幾度となくテストが行われた。ここでの表情ひとつにも今の気分を反映させたと徳山氏は語る。

 「不思議なもので、仕上げの選択は素材の質感だけに限らず、時計全体の印象を大きく左右します。今回はわざと粗めのヘアラインを選んでインダストリアルデザインで見られるような重厚感を演出しています。また粗めのヘアラインでは光も適度に反射するため、時計をつけて手を動かした時にキラキラとした表情の変化を与えてくれます」

 その効果は絶大であり、腕に載せた時にこそプロダクトの存在感が高まるように計算されているわけだ。

度重なるテストによって理想のヘアライン仕上げが完成。

こちらはフラットな面に施されるヘアライン仕上げのサンプル。


つけた時の感動にトッププライオリティを置いたユーザー目線の新たな機械式

 再始動以降、シリーズエイトでは一貫してユーザーに対し、ライフスタイル訴求に軸を置いたコミニュケーションを取ってきた。一方で優れたムーブメントやスペックを備えているにもかかわらず、それほど声高にアピールしていなかったように思う。せっかくの魅力をなぜ積極的にアピールしないのかと疑問にすら感じていたが、今回の取材を通じてすべてが腑に落ちた。

 実用ツールとしての信頼性は言うまでもなく、ガジェットとして楽しめる、つけて気分が上がる機械式時計。そして腕につけたときの心地よさや、手を動かしたときに思わず見入ってしまうきらめき。陳腐な言葉かもしれないが、時計をつけたときに生まれる感動こそがシリーズエイトの本質なのだ。

 汎用性に優れたスポーティなデザイン、信頼性の証である第2種耐磁性能などの機能性、そして抜群の存在感を放つブレスレットなどは、それ自体が目的ではなく、そのすべてがユーザーに感動を与え、現代のライフスタイルと寄り添うために考えられたものなのだ。それゆえに日常的に使いやすく、シーンを問わずに活躍が期待できるのだろう。

 そんな次世代の機械式時計の醍醐味を実現させる原動力は、1918年創業の100年企業であるシチズンのDNAがあってこそ。そして再び大きく動き出したシチズンの機械式時計には、新しい機械式時計を作り出そうとする作り手たちの熱意が静かに、だが濃密に込められているようだ。

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Photographs by Keita Takahashi Words by Tsuneyuki Tokano