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H.モーザーは、故郷のシャフハウゼンにあるスイスの時計メーカーと同じような存在ではあるが、スイスの伝統的な時計製造の中心地であるジュネーブやヌーシャテル、ジュウ渓谷から遠く離れているように感じる。この距離感は、物理的にも形而上学(けいじじょうがく)的にも、モーザーにお茶目な独立性を与えている。結局のところ、このブランドはヴァシュラン・モン・ドールチーズで作られた時計を世に送り出したブランドであり、また、スイスの貴重なアイコンを組み合わせたキッチンシンクをデザインしたブランドでもある(最終的には製品化されなかったが)。同社のCEOは、モーザーを国境を越えて隣国のドイツにもっていくというアイデア(冒涜だ!)を持ち出したこともある。
この度、最も注目を集める製品ラインのひとつであるスイス・アルプ・ウォッチに、可視光を99.965%も吸収する世界で最も暗い人工素材のひとつであるベンタブラックを文字盤に使用した50本限定モデルが登場。当初、科学的な用途で開発されたこの素材は、アーティストのアニッシュ・カプーア氏の独占ライセンスのもと、芸術的な用途にも使用されており、時計などの高級品にも使われる。モーザーは最近、ベンタブラックを文字盤に使用することに力を入れ ており、昨年はベンタブラックをまとった3種類の時計を発表した(記事「H.モーザー ベンチャー ベンタブラックに黒針が登場(編集部撮りおろし)」参照)。
ベンタブラックを表面に塗布することで、形、あるいは少なくとも視覚的に知覚する能力を多かれ少なかれ溶かしてしまう効果がある。詳細な彫刻は単なるシルエットになり、単純な円盤型であれば異次元への異世界の扉として再構築される。特に同じ2つのものを並べて、片方をベンタブラックでコーティングし片方をそうしないときには、形を知っているものが不気味なまでに空虚に見えるほどだ。
遠くから見ると、44mm x 38.2mm x 10.5mmのスイス・アルプ・ウォッチは、世界的に有名なある時計のデザインに非常によく似ている(どれのことかピンとくると思う)。そして6時位置には、風変わりなスモールセコンドが配されており、アップデート中のデジタル表示のようにも見える。思わず大笑いしてしまうようなジョークだ。
一方、針は非常に伝統的なスタイル。ブラックではあるものの、ベンタブラック文字盤の驚異的な光の吸収能力によって、針の色が薄く感じ、ダイヤル上に浮かび上がっているように見える。
ケースを裏返すと美しく仕上げられた1万8000振動/時で駆動し、100時間近くのパワーリザーブを誇る手巻きムーブメントが見える。本ムーブメントは、ご期待の通りH.モーザー社の自社工場で制作されているもの。スモールセコンドは完全に機械式で、ベンタブラック文字盤の開口部から確認できる。
ユーモアと大胆さ、そして気さくな面白さの裏では、H.モーザーの真摯な高級時計メーカーであることが分かる。それを忘れないことが重要だろう。彼らは自分たちでヒゲゼンマイも作っているのだ。これが最後のスイス・アルプ・ウォッチであり、一時代の終わりを告げるものでもあるが、同時に疑問も残る。彼らは、次に一体何を考えているのだろうか?
H.モーザー スイス・アルプ・ウォッチ ファイナル アップグレード: 38.2mm x 44mmのDLCを施したステンレススティール製、厚さ10.5mm。サファイア風防(表と裏)。手巻きの自社製機械式ムーブメントHMC324、1万8000振動/時、27石。パワーリザーブ4日間。6時位置にスモールセコンド。ハンドステッチのアリゲーターレザーストラップ(ピンバックル付き): 世界限定50本、340万円(税抜)
詳細は、H.モーザー公式サイトへ。
Photographs: ティファニー・ウェイド