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1996年、ショパールは本格的なマニュファクチュールとしての歩みを始めた。その出発点となったのは、マイクロローターとツインバレルを備えた薄型自動巻きムーブメントだ。以来、パーペチュアルカレンダーやクロノグラフ、チャイミングウォッチへと技術領域を広げ、2026年にはショパール マニュファクチュールが創設30周年を迎えた。
しかし、ショパール共同社長のカール-フリードリッヒ・ショイフレ氏が語るのは、そのスペックや複雑機構の魅力だけではない。いかに美しく、使いやすく、そして身に着ける人の感覚に響く時計へと技術を結実させるか。その思想こそが、L.U.Cの30年間を貫いてきたものだという。
カール-フリードリッヒ・ショイフレ(Karl-Friedrich Scheufele)
ショパール共同社長。1958年、ドイツ生まれ。創業家の4代目としてメンズウォッチ部門を統括し、1996年にフルリエにショパール マニュファクチュールを設立。翌年、創業者ルイ-ユリス・ショパールの頭文字を冠したL.U.Cコレクションを始動した。自社製マイクロローター式ムーブメントのL.U.C 96.01-Lを起点に、伝統的仕上げと技術革新を融合した本格的なマニュファクチュール体制を築き、ショパールのオートオルロジュリーを牽引している。
ショパール マニュファクチュールの30年を振り返る
L.U.C ストライク ワン チタン。Ref.168627-3003。943万8000円(税込)。時計の詳細はこちらの記事から。
佐藤杏輔(以下、佐藤)
ショパール マニュファクチュールを設立した当初から、複雑時計の開発は視野に入れていたのでしょうか。
ショパール共同社長、カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏(以下、ショイフレ氏)
もちろん、コンプリケーションを手がけたいという構想は、最初から持っていました。ただし、すぐに複雑時計を作ろうとは考えていませんでした。人間も走り始める前にまず歩くことを覚えなければなりません。それと同じです。私たちも最初に自社製ムーブメントの基盤を築き、そこから段階的に進んできたのです。
ただ、私は“ベーシック”という言葉があまり好きではありません。私たちが最初に発表したムーブメントは3針でしたが、決して単純なものではなかったからです。マイクロローター式の自動巻きを備え、とても手の込んだ設計でした。パーペチュアルカレンダー、クロノグラフ、パーペチュアルカレンダー・クロノグラフも手がけ、さらにストライキング機構の開発に取り組みました。2006年に最初のストライキングウォッチを発表し、そこからL.U.C フル ストライク、そして2025年のL.U.C グランド ストライクへと発展してきたのです。
登山に例えるなら、ひとつの山を登り終えるたびに次のより高い山を目指してきた。そんな30年間だったと思います。
ショパール マニュファクチュール初の自社製ムーブメントCal.1.96の系譜を受け継ぐ、L.U.C 96.40-L。初代L.U.C 1860のために築かれた設計思想と伝統的な仕上げを継承しながら、日付表示を省いた端正な構成となった。
L.U.C 1860 “アリューズブルー”ダイヤル。時計の詳細はこちらとこちらから。先日公開した記事「Three On Three 400万円台のドレスウォッチをHODINKEE Japan編集部がレコメンド」でも詳しく紹介している。
佐藤
現在のL.U.C 96.40-Lは、1996年に発表された初代ムーブメントの基本構成を受け継いでいます。なぜ当初の設計を長く維持できたのでしょうか。
ショイフレ氏
1996年に発表したムーブメントは、当時からとても洗練されていました。ツインバレルによって長いパワーリザーブを確保し、マイクロローターを採用することで、ムーブメントを薄くすることができました。また、一般的なセンターローターのようにムーブメントの半分を覆い隠さないため、機構や仕上げの美しさも十分に鑑賞できます。
精度も高く、ムーブメント全体の構成や装飾にも調和がありました。さらに当初からジュネーブ・シールを取得していました。当時存在していた自動巻きムーブメントのなかでも、最上位に位置するものだったと考えています。そのため、デザインなどを根本から変える必要はありませんでした。30年が経過した現在も同じ姿を保っていることが、このムーブメントをユニークでアイコニックな存在にしています。L.U.Cを象徴するだけでなく、自動巻きムーブメントのひとつのアイコンになったと言えるのではないでしょうか。
佐藤
外観はあまり変わっていないようですが、内部には改良が加えられているのでしょうか。
ショイフレ氏
現行のムーブメントは、30年前とまったく同じではありません。外観のデザインを維持しながら、細部を成熟させてきました。
例えば、巻き上げに必要な時間を短縮するため、ワインディング機構の効率を改善しています。また、自動巻きローターが回転するときのノイズを抑えるために、ローターのベアリングも変更しました。部品同士の組み合わせや連動性も向上しています。それによって、ムーブメント全体の精度をさらに高めることができました。加えて、現代の生活環境を考慮し、磁力に対する耐性も強化しています。
つまり、見た目は同じでも機能面では着実に進歩しているのです。完成度の高い設計を変えること自体を目的にするのではなく、必要な部分を少しずつ改良し、熟成させてきた。それがこのムーブメントが過ごしてきた30年間なのです。
ショパールが、2026年のマニュファクチュール創設30周年に先駆けて2025年に発表したL.U.C グランド ストライク。メゾン史上最も複雑なチャイム機構を搭載する大作。Ref.161994-1001。1億3427万7000円(参考価格)。時計の詳細はこちらの記事まで。Photo courtesy: Chopard
佐藤
L.U.C グランド ストライクは、ショパールにとってどのような意味を持つ時計なのでしょうか。
ショイフレ氏
L.U.C グランド ストライクは、私たちにとって“エベレスト”のような存在です。これまで積み重ねてきたチャイミングウォッチと複雑機構の集大成と言えるでしょう。
開発には約1万1000時間を費やしました。ムーブメントには、肉眼ではほとんど見えないほど小さな部品もあります。組み立てだけでなく、すべての装飾を手作業で行うため、完成までには非常に長い時間が必要です。年間に製作できるのは、およそ2本に限られます。しかし、“エベレストに登った”ことで、それまで背後に隠れて見えなかった別の山も見えてきました。この時計が最終地点だとは考えていません。
例えば、チャイミングムーブメントをさらに小型化することも考えられますし、L.U.C グランド ストライクの先に、さらに何かを加える可能性もあるでしょう。どの方向に進むかはまだ申し上げられませんが、挑戦すべき余地は残されています。
佐藤
ショパールの複雑時計は、高度な機構を備えながら、現実的に着用できるサイズや操作性も重視しています。そうした姿勢の背景には何があるのでしょうか。
ショイフレ氏
時計はムーブメントだけで成立するものではありません。お客様が手首に着けるのは、ムーブメントそのものではないのです。時計とは、ケースやダイヤル、ストラップを含めたオブジェです。デザインだけでなく、重さ、サイズ、厚さ、ストラップの取り付け方、手首への収まり方まで、そのすべてを考える必要があります。
私はチームに対して、常に「この時計を誰が着けるのかを考えなさい」と伝えています。単に手首に載せたときの着け心地だけではありません。時計に触れたときの感触や、手に持ったときの重さ、操作したときの感覚まで含めて、持ち主が心からいいと思えるものにしなければいけないのです。
L.U.C グランド ストライクの操作レバーも、使う人が簡単に扱えるよう設計されています。しかし、その“簡単さ”を実現することは、決して技術的に簡単なことではありませんでした。複雑さをそのままお客様に押し付けるのではなく、私たちが内部で解決し、自然に操作できる時計として提供する。それがとても重要です。
佐藤
ショパールにとって、美しさと実用性はどのような関係にありますか。
ショイフレ氏
私たちの哲学は明確です。時計は美しくなければいけません。そして同時に実用的でもなければなりません。さらにサステナブルであり、品質が長く維持されるものである必要もあります。
素材や技術は、採用すること自体に意味があるのではありません。お客様にとって明確な付加価値があると判断したときにだけ採用します。
例えばチタンには、軽量でありながら堅牢で、長時間身に着けやすいというメリットがあります。一方で、腕時計にはある程度の重さがあったほうがいいと感じる方もいます。軽ければ軽いほど優れているわけではありません。
着けていることを忘れるほど軽い時計を好む方もいれば、貴金属特有の重さや存在感を好む方もいる。重要なのは、それぞれの人が美しい、心地よい、身に着けていて楽しいと思える時計を作ることです。技術力を示すためだけに、特別な素材や機能を極端に追求しても、最終的にお客様にとって実用的な時計にならなければ意味がないのです。
フランス・パリのグレヴァン蝋人形館のステージで演奏を披露するゴーティエ・カプソン(Gautier Capuçon)氏。Photo by Aurore Marechal / Getty Images
佐藤
チャイミングウォッチの音には、数値だけでは説明できない感覚的な魅力があります。ショパールは、そうした人間の感覚をどのように時計づくりへ取り入れているのでしょうか。
ショイフレ氏
時計は単なるオブジェではなく、身に着ける方の生活や人生の一部になるものです。1日中時計を着けている方もいますし、夜眠るときにだけ外す方もいます。時計は持ち主の身体の近くに長い時間存在し、その方と特別な関係を築きます。
私たちは多くの電子機器に囲まれて生活しています。しかし機械式腕時計には、それらとは異なる特別なスピリットがあると信じています。時計師が組み立て、職人が手作業で装飾する。そこに携わった人々が時計に吹き込んだ精神のようなものが、持ち主の感覚に訴えかけるのだと思います。そして持ち主がその精神に共鳴したときに、時計との特別な関係が生まれます。
チャイミングウォッチは、視覚的な美しさだけでなく、聴覚にも働きかけます。時間を音として捉えることができるため、音の品質はきわめて重要です。単に音が大きければいいというものではなく、音色やその広がり方、心地よさまで考える必要があるのです。
佐藤
L.U.C フル ストライクの音作りには、音楽家であるカプソン兄弟も関わっています。時計と楽器には、どのような共通点がありますか。
ショイフレ氏
優れた演奏は、演奏家の技術だけでは生まれません。楽器そのものの歴史や、そこに宿るスピリットも重要です。例えば、ゴーティエ・カプソンさんが演奏に使用するチェロには約300年の歴史があります。チェロ本体だけでなく、弓も音を生み出す重要な要素です。長い時間を経た楽器と演奏家が一体となることで、聴く人の心に響く音が生まれます。
私たちはL.U.C フル ストライクの音を追求する際、ふたりと話し合いを重ねました。測定装置による数値だけではなく、音楽家が耳と感覚で捉える音の美しさを時計に取り入れたかったからです。L.U.C フル ストライクは、単に時刻を知らせるための腕時計ではなく、時間を音として表現し、聴く人の感情に訴えかけるアート作品だと考えています。
ザ・ビーハイブ テーブルクロック
Ref.95020-0172。世界限定30個。1029万6000円(税込)
ショパール マニュファクチュール創設30周年を記念し、レペ 1839(L’Épée 1839)との協業によって生まれた特別なクロック。創業者の時代からメゾンを象徴する蜂の巣を、深く彫り込んだSS製ディスクと金色の蜂によって立体的に表現。回転するディスクが時刻を示し、精密な時計機構と彫刻的な造形を融合した。SS製(ショイフレ家の3世代を象徴する3匹の蜂のモチーフは、金メッキを施したシルバー)。高さ25.8cm、直径16.5cm。機械式ムーブメント。
佐藤
ショパール マニュファクチュール創設30周年を記念した蜂の巣型のテーブルクロックには、どのような意味が込められているのでしょうか。
ショイフレ氏
蜂と蜂の巣は、L.U.Cにとって重要なシンボルです。蜂は1匹だけで仕事をするのではなく、互いに協力しながら勤勉に働きます。それは、私たちのマニュファクチュールにおける仕事のあり方にも通じています。私たちの時計は、ひとりの才能だけで完成しません。時計師、技術者、デザイナー、装飾職人など、多くの人々が協力して作り上げるものです。
テーブルクロックには3匹の蜂が配されていますが、これはショイフレ家の3世代を象徴するものです。家族経営の継続性と、世代を超えたチームワークを表しています。30周年記念モデルとして、通常仕様は30点、クリスタルを用いたチャイミング仕様は10点(こちらはすでに予約完売)を製作します。L.U.Cの歴史と、私たちが大切にしてきた勤勉さや協働の精神を象徴的なオブジェとして表現しました。
Photo courtesy: Chopard
佐藤
デジタル化やAIの進展によって、手仕事や工芸への関心は今後どのように変わると考えていますか。
ショイフレ氏
未来を考えたとき、職人技や伝統技術を若い世代へ継承する必要性は、今まで以上に高まっていると感じます。現在はデジタル技術やAIが急速に発展し、私たちはさまざまな電子デバイスに囲まれて生活しています。だからこそ、人の手で作られたものに、以前よりも強く惹かれるようになっているのではないでしょうか。
それは時計に限りません。革小物や家具など、人間が実際に手を動かして作ったものには、作り手の気配が残ります。人はそうしたものに愛着を感じるのだと思います。
私は、ショパールの時計やジュエリーを単に“プロダクト”と呼ぶことに、ためらいがあります。それらは単なる工業製品ではなく、職人の時間や技術、精神が込められたものだからです。特に若い世代のなかで、職人という仕事に関心を持つ方や、手仕事の哲学に惹かれる方が増えていることを感じています。
ですから、私たちにとって重要なのは技術を保存するだけではありません。どのような職人技が存在し、なぜそれが価値を持つのかまで含めて、次の世代にきちんと伝えることです。技術とともに、その背景にある考え方や精神も継承していかなければいけないと感じています。
ショパールの詳細は、公式サイトまで。
特に表記のない画像は、Photographs by Kyosuke Sato
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