本文中のスイスフランおよびユーロの円換算額は、2026年8月末時点の為替レートを基準とした概算値です。2023年および2025年の数値については、それぞれ当時の為替レートで換算しています。また本記事のグラフは、公開統計に基づき、AIを活用して作図・デザインしたものです。
時計のニュースは、新作やブランドの発表を中心に日々更新されていく。一方で、スイス時計産業全体がどの市場で、どの価格帯で動いているのかは、個々のニュースだけでは追いにくい。そこで今回から、スイス時計協会FH(Federation of the Swiss Watch Industry、以降FH)の輸出統計、財務省貿易統計(Trade Statistics of Japan)、主要時計グループの決算資料をもとに、時計市場の輸出額や輸出台数、市場別・価格帯別の動きを半年ごとを目安に追っていくことにした。
初回は、スイス時計輸出については2026年1~7月、日本の輸入統計については記事執筆時点で公開されている2026年1~6月のデータを対象とする。数字を並べるだけでなく、実際の市場の変化がどこに表れているのかを確かめていきたい。
金額以上に減少する輸出台数
2026年1~7月の動向を見る前に、まずはスイス時計輸出がここ数年でどのように推移してきたのかを確認しておきたい。FHの年次統計によると、輸出額は2021年以降に回復し、2023年には267億スイスフラン(当時の相場で約4兆1800億円)まで拡大した。その後は2024年、2025年と2年連続で減少し、2025年の輸出額は255億5880万スイスフラン(当時の相場で約4兆6000億円)となった(編注;スイスフラン建てでは減少傾向にある一方、円換算額は為替変動、特に円安の影響を受けるため、同じ期間でも増加して見える)。
他方、輸出台数の減少は金額以上に大きい。FHによる2025年の輸出統計では、腕時計の輸出台数は、2023年の1692万6085本から2025年には1459万4270本まで減少した。2025年だけを見ても、スイス時計輸出総額は前年比1.7%減だったのに対し、腕時計の輸出台数は4.8%減となった。金額と数量は同じ動きをしておらず、スイス時計市場では、本数の減少に比べて金額の落ち込みが小さい状態が続いている(なお、FHの輸出統計は消費者への販売額ではなく、スイス企業が申告した輸出価格に基づくもので、最終小売価格を示すものではない)。
2026年1~7月、輸出額はプラスに転じた
では、2026年に入ってからの動きを見ていく。2026年1~7月のスイス時計輸出総額は154億5140万スイスフラン(日本円で約3兆円)となり、前年同期比0.9%増となった。腕時計に限ると、輸出額は147億6050万スイスフラン(日本円で約2兆8000億円)で1%増、輸出台数は865万8491本で3%増となっている。
輸出総額は、6月までの累計では前年同期比0.7%減だったが、7月単月の輸出額が26億2830万スイスフラン(日本円で約5000億円)、前年同月比9.6%増となったことで、1~7カ月累計では0.9%増とプラスに転じた。数量、金額ともに前年を上回ったことは好材料だが、ここで回復と結論づけるのはまだ早い。7月の伸びが市場全体の持ち直しを示すのか、それとも前年の特殊要因に対する反動なのかは、下期のデータと合わせて判断する必要がある。
アメリカが最大市場を維持する一方、アジアでは明暗が分かれる
市場別に見ると、アメリカは28億8040万スイスフラン(日本円で約5500億円)で、引き続き最大の輸出先となった。ただし、前年同期比では7.4%減となっている。FHは2026年上期の分析で、アメリカ向け輸出の減少について、2025年4月に追加関税の発表を受けた前倒し出荷による比較対象年の急増が影響していると説明している。
さらにFHの市場別統計を見ていくと、アメリカが最大市場を維持する一方、フランス、香港、イギリスは増加。日本と中国は減少した。なかでもインドは30.4%増、メキシコは15.3%増と、成長率では新たな市場が目立つ。
ただし、フランスの大幅な伸びも、そのままフランス国内の需要増を示すものではない。FHは、フランス向け輸出の増加について、ほかのヨーロッパ諸国へ再輸出される商品の物流経路が変わった影響を指摘している。輸出先の数字には、最終的な消費地だけでなく、物流拠点としての役割も反映される。
アジアのなかでも、動きは一様ではない。香港、シンガポール、韓国、台湾は前年を上回った一方、中国と日本向けは減少した。インドは1億9780万スイスフラン(日本円で約380億円)で30.4%増、メキシコも15.3%増となっている。輸出額の規模ではアメリカや日本、中国が大きいものの、伸び率ではインドやメキシコのような市場が目立つ。
地域別では、アジアが67億8700万スイスフラン(日本円で約1兆3000億円)で全体の43.9%を占め、ヨーロッパが47億8180万スイスフラン(日本円で約9200億円)で30.9%、アメリカ大陸が35億1040万スイスフラン(日本円で約6800億円)で22.7%となった。ただし、アジアの輸出額は前年同期比0.5%増にとどまり、アメリカ大陸は4.1%減少している。
最大市場のアメリカが縮小して中国も低迷する一方、インドやメキシコのような成長市場が伸びている。現在の市場は、特定の地域が一斉に回復しているというより、成熟市場の調整と成長市場の伸長が並行して進んでいる段階にあるとみられる。
価格帯別に見る、両端が伸びる市場
本章におけるFHの価格帯別統計が示すのは、消費者が店頭で支払う小売価格ではなく、スイス企業が申告した輸出価格です。本文中の円換算も、この輸出価格を基準としたものであり店頭価格を示すものではありません。
価格帯別に見ると、2026年のスイス時計市場は単純な回復とは言いにくい。2026年上期は、輸出台数では輸出価格500スイスフラン(日本円で約10万円)未満の機械式時計が23.8%増加した一方、金額では500~3000スイスフラン(日本円で約10万~60万円)の価格帯が5.7%減少した。数量を押し上げる価格帯と、輸出額を支える価格帯が異なっている。
7月単月では、3000スイスフラン(日本円で約60万円)超の時計の輸出額が12.0%増加し、200~500スイスフラン(日本円で約4万~10万円)の価格帯も26.1%増加した。一方、500~3000スイスフラン(日本円で約10万~60万円)は3.9%減少している。3000スイスフラン(日本円で約60万円)超と200~500スイスフラン(日本円で約4万~10万円)が伸び、その間の500~3000スイスフラン(日本円で約10万~60万円)が弱いという動きは、いわばK字的な市場の分化と見ることができる。
ではなぜ中価格帯が弱いのか。FHの統計だけで特定はできないものの、FHは2026年上期の背景として、スイスフラン高、金価格の上昇、販売店による補充注文の慎重さを挙げている。こうしたコスト上昇と流通側の在庫調整が重なると、約10万~60万円の時計は、価格に敏感な層には高く感じられる一方、60万円超の時計ほどブランド力や希少性で価格を正当化しやすいわけでもない。購入判断を先送りされやすい価格帯になっている可能性も考えられる。
ひとつの背景として考えられるのが、物価や生活コストの上昇を受けた需要の二極化だ。価格に敏感な購入層は比較的低い価格帯へ移る一方、ブランドや希少性を重視する層は高価格帯に残る。その間に位置する約10万~60万円の価格帯は、両方の需要を取り込みにくく、弱さが表れやすい。
一方で、約4万~10万円の価格帯が伸びていることは、機械式時計そのものへの関心が失われたわけではないことを示している。重要なのは、どの価格帯で、どのような価値を持つ時計が選ばれているのかという点だろう。
素材別に見ると、7月の輸出額は貴金属製が3.7%増、スティール製が9%増、コンビが23.8%増となった。数量ではSS製が5.1%増、その他素材が15.1%増となっている。上期には、貴金属製が6.5%減少する一方でコンビは20%増加しており、金価格の上昇が素材選択に影響している可能性もある。
日本では輸入数量・金額ともに増加
日本については、記事執筆時点で公開されている2026年1~6月の統計を確認する。このデータによると、腕時計の輸入数量は33万126本で前年同期比8%増、輸入額は約2500億円で前年同期比21%増となった。内訳を見ると、クォーツ腕時計は15万3191本で14%増、輸入額は約400億円で40%増に。機械式腕時計は17万6935本で4%増、輸入額は2100億円で18%増となっている。数量では機械式がクォーツを上回り、金額では機械式が輸入額の大部分を占める構図となっている。
平均輸入単価は、腕時計全体で約75万円となり、前年同期比11%上昇した。機械式腕時計では約117万円で13%増、自動巻きでは約115万円で19%増となっている。日本では、輸入本数の伸びを上回るペースで輸入額が増えており、平均輸入単価の上昇も確認できる。
主要グループの決算から見る市場の変化
輸出統計に続いて、主要時計グループの決算を確認していく。ここでは会計年度や事業区分がそれぞれ異なるため、数値を単純に横並びにするのではなく、各グループがどの市場で成長し、どのカテゴリーに強みを持っているのかを見る。なお、非上場ブランドには同じ形式の決算を公表していない企業も多いため、ここでは公式資料で比較可能なグループを取り上げる。
オメガ コンステレーション オブザーバトリー。Photos by Masaharu Wada
スウォッチ グループの2026年上期決算資料によると、グループの2026年上期売上高は31億2100万スイスフラン(日本円で約6000億円)で、実勢為替ベースでは前年同期比2%増、為替一定ベースでは8.5%増となった。Watches & Jewelry部門は為替一定ベースで9.5%増となったが、グループ全体の営業利益は5200万スイスフラン(日本円で約100億円)、営業利益率は1.7%にとどまっている。
地域別では、アメリカが27%増、日本が20%増、インドが38%増、メキシコが26%増、サウジアラビアが41%増となった。ブランド別では、オメガのリテール売上が20%増加し、ロンジン、ティソ、ハミルトンも2桁成長を記録した。FHの輸出統計では、2026年1〜7月の腕時計輸出台数が3%増となっていた。スウォッチ グループの決算でも、比較的手に取りやすい価格帯を含むブランドの成長が示されており、数量面での回復を補足する材料となる。
ヴァン クリーフ&アーペル レディ アーペル ユール フローラル スリジエ。
リシュモンの2026年3月期決算によると、グループ売上高が224億ユーロ(日本円で約4兆600億円)となり、実勢為替ベースで前年比5%増、為替一定ベースで11%増となった。そのうち、Specialist Watchmakers(リシュモンの時計専門部門)の売上高は31億4900万ユーロ(日本円で約5700億円)で、実勢為替ベースでは4%減、為替一定ベースでは1%増だった。
日本のグループ売上は実勢為替ベースで2%増、為替一定ベースでは9%増となった。ただし、日本での成長にはカルティエやヴァン クリーフ&アーペルが大きく寄与した一方、日本におけるSpecialist Watchmakersの売上は前年を下回った。日本の輸入統計では腕時計の金額・数量ともに増えているが、輸入統計と、特定グループの小売・卸売売上は異なる段階の数字である。両者を並べてみると、市場全体の輸入が増えていても、すべてのブランドが同じように恩恵を受けているわけではないことが見えてくる。
タグ・ホイヤー モナコ クロノグラフ。Photos by Mark Kauzlarich
ゼニス クロノマスター スポーツ スケルトン。Photos by Shota Akiyoshi
LVMHのWatches & Jewelryは時計と宝飾を含む部門であるため、時計ブランド単体の実績としては読めない。今回の数字は、時計だけでなく宝飾を含む複合部門の動きとする。LVMHの2025年通年資料によると、2025年のWatches & Jewelry部門はオーガニック成長率3%、経常利益は2%減となった。一方で2026年上期決算資料では、第2四半期のオーガニック成長率は11%となり営業利益率も上昇している。
ただし、この数字を時計産業全体の回復とそのまま結びつけることはできない。この数字が示しているのは、時計と宝飾を合わせた部門全体の回復である。LVMHの決算からは、宝飾を含む複数のカテゴリーを持つグループでは、時計単体の動きとは異なるかたちで部門全体の業績を見る必要があることが分かる
ロレックス オイスター パーペチュアル 41。
ロレックスは公式決算を公表していないため、ここではモルガン・スタンレーとリュクスコンサルトによる推計値を参照する。それでも、スイス時計市場におけるロレックスの規模を考えるうえでは、参考となる数字だ。同報告書は、スイス時計ブランド各社の売上高や生産本数を推計したもので、2025年版ではロレックスの卸売売上高を110億スイスフラン超と見積もっている。ただし、これは企業が開示した決算値ではなく、外部調査による推計値である。スウォッチ グループ、リシュモン、LVMHの公式決算とは、出所と数値の性格が異なる点に注意が必要だ。
今回、実際に数字を並べてみることで、ニュースとして見聞きしていた変化を具体的なデータとして捉え直すことができた。輸出額や輸出台数、市場別の数字、日本の輸入単価、主要グループの決算をひとつずつ見比べていくことで、数字同士の関係も確認できた。数字同士を比較することで、個々のニュースだけでは見えにくかった市場の輪郭を捉えられたことが、今回の集計の収穫だった。
この連載では、今後も同じ指標を追いながら、時計業界の変化をそのつど確かめていきたい。次回は2026年8月以降の輸出統計と2026年通年の結果を加え、今回見られた動きが下期にも続いたのかを確認する。
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