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ヴァシュロン・コンスタンタンが2019年のSIHHで初代ツインビートを発表したとき、私は今のようなかたちで時計の世界に身を置いていたわけではなかった。当時の私は、今では興味を深めているような高価格帯の時計ではなく、自分が実際に購入を検討できる価格帯の時計ばかりを追っていた。だから、このモデルの存在を見過ごしてしまったのである。多くの人にとっても、どうやら同じように見過ごされていたようだ。この時計は、初代モデルとして非常に興味深い存在だったにもかかわらず、それほど多くは製造されなかったのではないかと思う。そんななかでこの1年以上、ツインビートがいずれ復活するという話を何度か耳にしてきた。そして今、その時計がついに姿を現した。内容はしっかりとアップデートされている。実機を手にしてみると、確かにこれはおもしろく、そして見応えのある時計だった。では、そもそもツインビートとは何なのか?
要するに、この時計は異なる振動数で動作するふたつのテンプを使い分けることで、3万6000振動/時(5Hz)で作動させる場合は約4日間のパワーリザーブを、8640振動/時(1.2Hz)のスタンバイモードでは約70日間もの駆動時間を実現している。しかも永久カレンダーでもあるのだ。技術的な側面については2019年の記事で詳しく取り上げているため、ここでは復活を遂げたモデルとしてのこの時計に、より焦点を当てていきたい。
ここで鍵となるのは技術的な側面だが、サイズ感もまた印象的である。永久カレンダーであり、デュアルテンプを備えながら、ケース径は42mm、厚さは12.3mmに収められている。プラチナケースゆえに重量感はあるものの、その複雑な機構を考えれば装着感はかなり良好だ。ヴァシュロン・コンスタンタンは驚くほど複雑な時計を作る一方で、残念ながら、それに伴ってサイズも大きくなりがちな傾向がある。かつてであれば、これはさほど問題にはならなかっただろう(とりわけ、こうしたハイエンドな一体型複雑時計の分野を支配していたパテック フィリップのようなブランドにとってはなおさらだ)。とはいえ、当時のスペックが現代の基準を満たしているわけではない。
ヴァシュロンは、この時計の技術的な見どころを正面からしっかりと見せながら、それでいて視認性も損なわないよううまくまとめている。そしてこれから触れる技術面での改良に加え、初代からは視覚的にもいくつかの繊細な変更が加えられている。ただ正直に言えば、新旧ふたつを目の前に並べて見比べない限り、私にはその違いを判別するのが難しく、ヴァシュロンにその詳細を説明してもらう必要があった。文字盤のギヨシェはわずかに暗いトーンとなり、インダイヤルはよりフロステッド仕上げが強められたことで、視認性が高まっているという。同ブランドの広報担当者によれば、これらはすべて視認性を高めるための変更であり、半オープンダイヤルになっているにもかかわらず、この時計は意外なほどよく読める仕上がりになっている。
正面から見ると、一般的な永久カレンダーに備わる表示の大半が確認できる。ただし、曜日表示は備えていない。たとえば、仕事を前倒しで進めようとして日曜日にこの記事を書いているような人にとっては、今日は月曜日ではなく、本当ならテレビでも見ていたほうがいいのだと気づかせてくれる、ありがたい表示ではあるのだが。もちろん、あくまで仮定の話である。月、日付、うるう年表示は非常に読み取りやすく、ダイヤル側のムーブメントの上に、支えもなく浮かんでいるかのように見える。
少し角度をつけて眺めると、各表示と、うるう年表示の小窓を支えるサファイア製ダイヤルが見えてくる。さらに、プレートに施されたフロステッド仕上げや面取りも確認でき、いわゆる“独立時計師レベル”の仕上げとまでは言わないまでも、なかなかいい表情を見せている。だが見た目において最も重要なのは、本来なら情報量が多くなりがちな文字盤のなかで、ポリッシュ仕上げのドフィーヌ針がしっかりと際立っていることだ。
ダイヤル上の9時15分付近と12時位置には、この時計で少しばかり興味深いことが起きていると示すふたつの表示がある。左側の表示は、ふたつのテンプのうちどちらが作動しているか、つまり時計がどのモードにあるのかを示している。12時位置のインダイヤルは、アクティブモードとスタンバイモード、それぞれのパワーリザーブを表示する。約4日間のパワーリザーブであっても、永久カレンダーとしては十分に見事である。永久カレンダーの調整はいつだって面倒なものだが、スタンバイモードで約70日間(前作の65日間から延長された)のパワーリザーブを備えるツインビートは、実のところ市場で最も扱いやすい永久カレンダーになり得る存在だ。
裏側を見ると、その魔法のような仕組みがどう成り立っているのかがわかる。まずは上部から見ていこう。2019年の記事でも触れたように、このムーブメントはふたつの主ゼンマイを備えているが、それらはひとつの香箱のなかに収められている。各主ゼンマイがそれぞれ別の輪列を駆動する構造になっており、要するにこの時計はひとつのなかにふたつの時計が入っているようなものなのだ。そこに差動(ディファレンシャル)が組み合わされることで、切り替え時にはごくわずかな(一瞬では知覚できないほどの)間を置くだけで、一方を始動し、もう一方を停止できる。一方、片方の輪列が停止していても、別のディファレンシャルによって両方の主ゼンマイはほどけ続けることができる。
ムーブメントの下半分にはふたつのテンプを確認できる。どちらもフリースプラング式ではない。右側のテンプは振動数が8640振動/時(1.2Hz)と遅いため、3万6000振動/時(5Hz)で動く標準的なテンプよりもはるかに大きいことが見て取れる。この8640振動/時(1.2Hz)のテンプは慣性が大きいため、ヴァシュロンはヒゲゼンマイにより細い線材を用い、さらにパープルのシリコン製ガンギ車を採用している。下の写真では、モードセレクターのブレーキが右側へ移動し、8640振動/時(1.2Hz)のテンプを停止させる一方で、3万6000振動/時(5Hz)のテンプを自由に作動させている様子がわかる。アンスラサイトカラーのブリッジにはいくつかの入隅も見られ、未来的な印象を放っている。いわゆる雲上御三家の標準的な仕上げとは一線を画している。
裏側には見どころがかなり多い。とりわけ、システムが作動している様子を眺めながらモードを切り替えてみると、そのおもしろさがよくわかる。ここでもあらためて、各機能の仕組みとそれがどのように実現されているかを図解した以前の記事を参照してほしい。美観の話はさておき、この時計については、その素晴らしいコンセプトにもかかわらず、機能面でいくつかの初期的な問題を抱えていたことが、コレクターのあいだではよく知られていた。端的に言えば、信頼性が十分とは言いがたかったのである。だからこそヴァシュロンは、このモデルを再発表することを選んだ。今回のモデルでは、そうした問題はすべて解消されているという。スタンバイ時のパワーリザーブもさらに延長されている。
いったん動き出してしまえばその操作感は非常にシームレスである。ただし、私が受け取ったサンプルはほぼ箱から出したばかりの状態で、時計にはまったくパワーが残っていなかった。そこでゼンマイを巻き、さらに巻き、なおも巻き続けて、ようやく時計を始動させることができた。しかし、8640振動/時(1.2Hz)側のテンプが動かなかったのである。確認してみると、パワーリザーブはまだ1日分しかたまっていなかった。そこでさらに巻き上げを続けた。どうやらこの時計は、8640振動/時(1.2Hz)のテンプへ切り替えるために、1日分を少し上回る程度のパワーを必要とするようだった。ただその後いったん切り替わると、問題なく安定して作動し続けた。それ以降は、かなり楽しく着用することができた。
競合モデル
はっきりさせておきたい。市場には、これと本当の意味で似た時計は存在しない。ヴァシュロンが採用したダブルテンプのアプローチは斬新であり、ほかのブランドに見られるような奇抜さのための機構や、精度向上を目的とした仕組みではなく、基本的にはスタンバイモードとして機能する。そこに永久カレンダーを組み合わせることで、この時計はほかのどの時計と比べても、ほかの時計とはますます直接比較しにくい存在となっている。したがって競合を考えるにしても、かなり抽象的な話にならざるを得ない。それでもあえて、この時計を構成する要素ごとに分解して考えてみよう。
フィリップ・デュフォー デュアリティ、F.P.ジュルヌ クロノメーター・レゾナンス、そしてグルーベル・フォルセイ ダブル・バランシエ
シンプリシティの後継機とは一見してまったく異なる佇まいを持つ、フィリップ・デュフォー デュアリティ。
これら3本はいずれもふたつのテンプを備えているが、そのコンセプトへの向き合い方(あるいは目指している結果)はツインビートとは同じではない。デュフォー氏のデュアリティは、1996年に9万5000スイスフランで発表された、初のダブルテンプ式腕時計である。この時計は、ひとつの時計に搭載されたふたつの異なるテンプの振動を、機械式ディファレンシャルによって平均化する仕組みを採用している。理論上は、これによってより高い精度を得られるというわけだ。わずか9本しか製作されていないこともあり、現在では希少な個体がオークションに姿を現すと、300万ドル前後(日本円で約4億7000万円)で取引されている。グルーベル・フォルセイ ダブル・バランシエ(最初の6本限定モデルは2011年に39万スイスフランで発売)は、同じコンセプトを出発点としながら、そこにスフェリカル・ディファレンシャル機構(ふたつのテンプの歩度を平均化するための差動機構)を加え、さらにテンプを傾斜させている。いずれも特別に長いパワーリザーブを備えているわけではないが、繰り返しになるように、そもそも目指しているものが異なるのである。
グルーベル・フォルセイ ダブルバランシエール コンヴェクス。
F.P.ジュルヌ クロノメーター・レゾナンスの核にある存在意義は、その名のとおりレゾナンス(共振)という現象を時計の核に据えている点にある。ふたつのテンプを近接させて精密に調整し、レゾナンスによって互いの振動を整えることで、クロノメーターとしての精度を実現している。最新バージョンではルモントワールとディファレンシャルも追加されているが、これは当初から中核をなす要素だったわけではない。正規価格も比較的現実的で、20万ドル未満(日本円で約3200万円未満)に収まっている。とはいえ、正規価格で手に入れるのは非常に難しい。そして、ここまで挙げたどの時計も、ヴァシュロンがこの時計で実現しようとしていることを目指しているわけではない。ただ、ディファレンシャルという概念がブランドごとに異なるかたちで用いられているのは興味深い。なかでもヴァシュロンは、それを主ゼンマイに対して応用している点が際立っている。
F.P.ジュルヌ クロノメーター・レゾナンスにおける、ダブルテンプのアプローチ。
ブレゲ トラディション インディペンデント クロノグラフ 7077
本作は2015年に初めて発表された時計であり、2万1600振動/時(3Hz)と3万6000振動/時(5Hz)という異なる振動数で動くふたつのテンプを備えており、これもまた別の課題を解決するためのものだった。時計にクロノグラフを組み込む場合、そこには本質的な問題が伴う。クロノグラフを作動させると、その機構がいわば噛み合う瞬間に、振り角がわずかに低下してしまうのだ。そこでブレゲは、ふたつのテンプとふたつの輪列を備え、それぞれが計時機構とクロノグラフ機構を独立して駆動する時計を作り上げた。しかもそれだけではない。クロノグラフはブレードスプリング(板バネ状の蓄力スプリング)によって駆動されるのである。その詳細については、リンク先の記事で詳しく読むことができる。そう考えれば、この時計が大ぶりであることも理解できる。ケース径44mm、厚さ14.1mm、ラグからラグまでの全長は48.7mmというサイズであり、その独創的な解決策を、ややエレガントさに欠けるものにしている。視認性にも少し課題がある。ただ、ツインビートを永久カレンダーとして所有するのであれば、Ref.7077はよい補完関係にあると考えることもできる。より新しいモデルではカラーリングが見直されており、価格は1558万7000円(税込)である。
ウブロ MP-05 ラ・フェラーリと、F.P.ジュルヌ エレガント
最後の比較では、パワーリザーブに注目してみたい。候補にできる時計はいくつもあった。IWC ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー(約7日間)や、ランゲのランゲ31、そして新作のパネライ ルミノール トレントゥーノジョルニ(いずれも約31日間)を挙げることもできるだろう。しかし私の知る限り、ツインビートに迫るパワーリザーブを備えた時計は、2013年に登場したウブロ MP-05 ラ・フェラーリだけである。これは11個の香箱と約50日間のパワーリザーブを備えた、巨大でアグレッシブなスタイルの時計だ。付属する巻き上げ用ツールは、ほとんどホイールガンそのもののような代物だ。パワーリザーブインジケーターに加え回転式のデジタル表示も備わっているほか、トゥールビヨンも縦方向に搭載されている。2013年発表時の価格は約30万ドル(当時の相場で約3160万円)で、車そのものの価格のおよそ3分の1だった。現在では、サファイアケースを採用したアペルタ仕様(オープントップ版)を含むいくつかのバリエーションを、その半額程度、あるいはそれ以下で手に入れることができる。
ダイヤモンドをケースにセットした、後年のウブロ MP-05 ラ・フェラーリ。Photo courtesy Bonhams.
それからF.P.ジュルヌ エレガントである。これを持ち出すのは、少し意地悪な比較をしたいからか? まあ、そうかもしれない。比較対象になり得るのか? これもまた、そうかもしれない。エレガントは現在の市場で最も注目を集めている時計のひとつだが、Titalyt仕様の48mmモデルでも、正規価格は約2万2000ドル(日本円で約350万円)である。もっとも、今後10年のあいだに手に入れることはほぼ不可能に近く、ブランド側もこの時計については、もはや新たなウィッシュリストの受付を行っていない。そのため、最近フィリップスのオークションで記録された落札価格はその10倍に達した。
今年初めに23万5000ドル(日本円で約3700万円)超で落札された、F.P.ジュルヌ エレガント。Photo courtesy of Phillips.
ここで比較対象となるのは、この時計が長い(8〜10年の)駆動時間を備えている点である。クォーツウォッチなのだから、それ自体は難しいことではない。とはいえ8640振動/時(1.2Hz)で振動するツインビートのテンプがスタンバイモードをもたらすように、エレガントにも独自のスタンバイモードがあり、手に取らずにそのまま置いておけば最長18年まで作動し続ける。つまり、大金を払って時計を買い、その後しばらく(ツインビートを着用するあいだの約70日間よりもさらに長く)まったく触れずにおきたいという人にとっては、エレガントがぴったりというわけだ。あるいは、18年に一度よりはもう少し頻繁に時計を着ける、という選択肢もある。
総評
私にとってツインビートに触れるのはこれが初めてではなかったが、このバージョンを体験するのは初めてであり、興味深いかたちで感心させられた。この時計は驚くほどクールでありながら、どこか控えめでもある。約束された機能を、非常によくまとまったパッケージのなかでしっかりと果たしており、技術的な内容は見た目からも伝わってくる一方で、不思議と節度も保たれている。ケース形状も、少なくとも近年の若いインディペンデントブランドが手がけるものの多くより、個性が感じられる(若いブランドの作品は、どこか汎用的で互いに似通って見えることが多い)。そして、クールなコンセプトではあっても、当初の想定どおりに機能しきれていなかったものをそのまま押し進めるのではなく、ブランドがいったん立ち止まって作り直す判断をしたことにも安心感がある。これもまた、大手ブランドから時計を買うことの利点のひとつである。
30m防水で、価格は35万ドル(日本円で約5600万円)超とうわさされることを考えれば、日常的に毎日着ける時計とはほど遠い。だが、そもそもスタンバイモードの要点は、この時計を毎日着ける必要がないというところにある。より幅広い顧客にとって、オーヴァーシーズに取って代わるほど魅力的かと言えば、おそらくそうではないだろう。それでもこれは、ヴァシュロンのハイコンプリケーションにおける技術力を示す、最も成功したデモンストレーションなのではないかと思う。その理由のひとつは、同ブランドのハイコンプリケーションのなかでも、とりわけ着用しやすいモデルだからだ。
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