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ジラール・ペルゴが長年における時計製造技術の常識を打ち破ってから10年。(2013年に)コンスタント・エスケープメントと呼ばれる斬新かつ優れたデザインの時計が発表されたことで、GP(ジラール・ペルゴ)は真のコンスタントフォース・エスケープメントの先駆けとなった。GPはその確かな技術的成果を収め、同年のGPHGでは“エギーユドール(金の針賞)”を受賞した。そして2023年、ブランドは同じ時計技術コンセプトをもとにしたネオ コンスタント・エスケープメントを、より小振りで洗練されたモデルとして発表した。
今年のOnly Watchカタログを見ていたなら、GPがネオ コンスタント・エスケープメントをこっそりとローンチしていたことにお気づきの方もいるかもしれない。そこには、今月上旬に私が手にした量産モデルの18Kピンクゴールドバージョンが掲載されている。
いずれにしても、今回の新しい時計はチタン製ケースで、45mm径、14.8mm厚(当初のモデルは48mmで、だいぶ小型化している)とより現代的なサイズである。また非常に近未来的なスケルトンルックを維持しながら、ひと目で読み取りやすくするために審美的な変更も加えられている。しかしそれ以上にネオ コンスタント・エスケープメントは10年に及ぶ研究開発と材料科学の大きな技術的進歩を経て、コンスタントフォース・エスケープメントを搭載した2本目の腕時計となった。これは実際に何を意味するのだろうか?
In-Depth: ジラール・ペルゴ コンスタント(フォース)・エスケープメントの仕組み
2013年にGPが発表した、オリジナルのコンスタント・エスケープメントに関する、ベン・クライマーの記事はこちらから。
2013年、ベン・クライマーはオリジナルのコンスタント・エスケープメントの登場を機に“コンスタントフォース”のテーマに取り組んだ。パワーリザーブと振幅のあいだに生じる問題を単純化するという観点から、その記事は必読である。簡単に言うと、レバー脱進機がカチカチ音を立てる通常の時計の問題は、ゼンマイがほどけると振幅が減少し、テンプに供給される力が弱まっていくことである。振幅が低下すると、正確さや精度が低下してしまう。腕時計に1500万円近く(ネオ コンスタント・エスケープメントは税込予価で1310万1000円)かけるのなら、できるだけ正確なものが欲しいと思うのは当然のことだ。
この問題に取り組む試みは何世紀にもわたって数多く行われてきた。2013年まで、ランゲのプール・ル・メリット(PLM) フュゼチェーン機構、F.P.ジュルヌのルモントワール・デガリテ機構ほど、この問題の解決に近づいたものはなかった。しかし、ベンが記事で指摘したように、これらふたつの解決策は、従来の脱進機と比べると一定の力を提供する。そこで2013年に、GPは時計の脱進機に直接中間装置を組み込んだ(脱進機の外側にあるルモントワールとは異なる)、非常に複雑な脱進機を搭載することで目的を果たした。文字盤の6時位置に鎮座する、露出した脱進機をご覧いただきたい。外観は先代モデルと驚くほどよく似ている。
実際、多くは前世代モデルと似ているところがある。そのため、この詳しい説明は10年前にベンが書いたものとほとんど同じに聞こえるかもしれない。当時、コンスタント・エスケープメントは材料科学の限界を押し広げ、それ以来技術的な飛躍の余地がほとんどなくなった。しかし、時計のサイズを3mm小さくするためには、文字どおりすべてを再設計する必要があり、そのプロセスを通じて約7日間のパワーリザーブ、自動スタート機構、より洗練されたブリッジデザイン、COSC認定、先代モデルにはなかったセンターセコンドなど、特定の機能を追加することができた。また、時計には新たに13件もの特許が追加され、シリコンパーツも増えている。しかし同じ基礎技術がなければ意味をなさない。
時計の原理に詳しくない方のために簡単に説明しよう。ある日、電車に乗っていた時計職人のニコラ・デホン(Nicolas Dehon)氏は、電車の切符を指に挟んで曲げて遊んでいた。彼は切符が“C”の字に折れ曲がるのを見た。Cに横方向の圧力がかかると、切符は不安定になるまで一様な量のエネルギーを蓄積してから折れ曲がり、結果として逆C字型の形状を作り出した。デホン氏はこのアイデアをロレックスに持ち込み、ロレックスもプロトタイプを製作したが、当時はシリコンの課題もあり生産には至らなかった。
最終的にデホン氏はジラール・ペルゴに就職し、そのアイデアを持ち帰って実用的なプロトタイプを作り、時計へと昇華させた。多くの時計とは異なり、ネオ コンスタント・エスケープメントムーブメントの輪列には、“5番車”がある。この歯車は、それぞれ3つの歯を持つふたつのガンギ車にエネルギーを送り、ムーブメントは2万1600振動/時で作動する。それぞれのガンギ車は同時にではなく、交互にエネルギーを得て、そのエネルギーを人間の髪の毛の6倍も細いシリコンブレードに送る。ブレードがレバーと連動してテンプに衝撃を与え、その過程は毎秒20回繰り返される。
上にシリコンブレードが見えるだろうか。この部品は基本的な形状を作成するためのフォトリソグラフィ(写真を用いたパターン作成技術)、部品を切り取るためのDRIE(深掘り反応性イオンエッチング)、酸化の除去、コーティング、そしてシリコンウェハーからの手作業による剥離(本質的には3Dプリンティングの逆で、パーツを削り取っていく)など、さまざまな技術を用いてラボで作成される。脱進機のゼンマイの厚さは120ミクロン、ブレードの幅はわずか14ミクロンだ。従来のヒゲゼンマイを作るなら、1枚のウェハーに500個を収めることができる。コンスタント・エスケープメントを使用するとその数は30まで減少し、コストが大幅に増加してしまう。
実はその座屈効果(一定の荷重を超えて圧縮応力がある限界値を越えると変形すること)を映像でイメージするのは簡単なのだが(下の動画を参照)、まずは自分で理解してみたいというのであれば、上の写真を見て欲しい。ブレードが左右に座屈した波形が見えるだろうか。その上にあるふたつのガンギ車には3つの歯が見え、その盛り上がった斜面が青いロッカーに近づくにつれて回転し、その青いロッカーはシリコンブレードに緩やかに収まる受け側に連結している。ロッカーは受端に接続されており、受端自体がシリコン製のブレードのなかに静かに収まっている。下の動画はなんというか、ドラマチックでパンチの効いたものだが、そこにはテクノロジーの片鱗が垣間見える。
ほかのデザインは、過去のGPから得た古典的なインスピレーションを超現代的にしている。1860年、コンスタント・ジラール(Constant Girard)が3つの平行ブリッジを持つムーブメントのデザインをスケッチし、1867年に時計を製作した。この時計は同年のヌーシャテル天文台で一等賞を受賞したことで、現在も続くブリッジコレクションの基礎を築いたが、そのうちのいくつかはこの新作よりもはるかにクラシックな印象を受ける。これは現代における“架け橋”なのだ。
もし時計の外観がオリジナルのコンスタント・エスケープメントと大きく変わらないと感じているのであれば(センターに移動した時・分針を除き)、それは間違いではない。基本的な原理は変わらず、ムーブメントのサイズも同じ大きさである。ケースは明らかに変わっているが、45mmのケースを42.5mmまで薄くしたテーパー加工を施したことで、より現代的になった。また、ボックス型風防を使うことでムーブメントの動きと時刻を読み取るための光が多く差し込むようになった。しかしこの10年間で技術的な改善もあった。
ブランドは脱進機にシリコンの使用を増やした。彼らがシリコンで作れると考えていたすべての部品が、シリコンに置き換わったようだ。これは部品点数を(従来の280点から)266点まで減らすことと相まって、摩擦を減らし、効率を向上させる。また、ムーブメントのすべてのフェイス形状も見直され、その結果自動スタート機構が実現した。センターに針を置くと判読性は上がるが、輪列に沿ったすべての部分を作り直す必要もある。とはいえ、ムーブメントのレイアウトはおおむね同じで、手巻きのツインバレルから垂直に下部の脱進機へと動力が流れる。裏側から見るとシリコンの動きはよく見えないものの、実際に縦に積み重ねられたレイアウトをはっきりと鑑賞できる。
ネオ コンスタント ・エスケープメントの実体験は、確かに印象的だった。ブラックアウトされたブリッジと、パープルのシリコン製脱進機用ゼンマイによるポップなカラーリングが目を引く。私はオリジナルを扱ったことがないので、比較するための基準はあまりない。48mmというアイデアはかなりハードルが高いが、ただ2008年から2013年にかけて腕時計は“大きければ大きいほどいい”時代だったという事実もある。しかしその時代を経て、39~42mmあたりの現代的な適正サイズに人々が引き寄せられるようになると、今ではあまりできない技術的成果を多くのブランドが残している。
私は普段、45mmをつけやすいサイズだとは思わないが、ただチタンケースは手首を軽くしてくれるし、GPが10年前の功績を諦めなかったことは評価しなければならない。またこのようなテクノロジーを積んだ時計が、現時点ではこれくらいのサイズ感だという事実を受け止めているということもある。GPでさえ、さらに小型化できるのであればそうするだろうとも思っている。もしかしたら20年後にはこの技術がさらに小型になり、ロレアートのような腕時計に搭載されるようになるかもしれない。
繊細に見えるシリコンビットが宙空状態のまま、このような力を受けても長持ちするのか、私は少し懸念していた。10年前のベンの最初の記事に対するコメントにも同様の意見もあった。GPチームは、先代モデル(あるいはこの世代の時計)に問題があればすべての時計を修理し、新しい技術進歩をもとにアップデートすると話してくれた。それはクルマのブレーキパッドを交換するようなものだ、と彼らは言う。摩耗することもあるが、何十年も前のブレーキパッドが新古品だったとして、必ずしもクルマに戻したいとは思わないはずだ。
複雑な構造のため、ジラール・ペルゴは(発売時期である)2024年1月以降から年産50~60本の製造しか見込んでいない。その理由のひとつは、このムーブメントに取り組む資格を持つ時計職人が現在5~6人しか在籍していないことにある。前述したとおり、価格は1310万1000円(税込予価)だ。
ジラール・ペルゴのCEOであるパトリック・プルニエ(Patrick Pruniaux)氏に、このような複雑な時計を高価格で販売することについて、どのような市場を想定しているのか聞いてみた。彼は、もし過去がなんらかの指針になるとすれば、ハイエンドの技術的な知識を持ち、それを高く評価する人たちと、複雑な時計学を理解するためのとっかかりとしてこの時計を使う人たちが混在することになるだろうと言う。もし後者であれば、彼らは私が長いあいだ見てきたなかで最も技術的に複雑で、印象的な時計のひとつを選んだことになるため、私は彼らに賞賛を贈りたい。