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本稿は2015年6月に執筆された本国版の翻訳です。
よくしつけられた時計愛好家になると、時計を最初に見たときに“これは自社製(インハウス)ムーブメントですか?”とはじめに聞くことが出来る。この言葉が何を意味するのか、どのようなムーブメントを自社製と呼ぶべきなのか、そしてそれを気にして何の役に立つのかといった議論は物心ついた頃から続いている。1990年代にニュースグループで議論していたことも覚えている。
一見すると(つまり一見するだけでは)優れたものと単にいいものを見分ける素晴らしい方法だ。時計製造会社が自社製ムーブメントを生産している場合、技術的なこだわり、より特徴的なデザイン、より高級な(それが何を意味するかは別として)製品といった何かを物語っている、という考え方だ。しかし長い目で見れば見るほど、このアイデアは当初よりもはるかに曖昧になり、役に立たないように思えてくる。
まず第一に技術レベル、機械的な創意工夫の度合い、ムーブメントの堅牢性や信頼性について、実際に何がわかるのだろうか? それだけでは何もわからない。パテック フィリップの優れたCal.2000は自社製ムーブメントであり、アマゾンにて100ドルで購入したセイコー5に搭載されているセイコー製Cal.7S26も、同様に自社製である(実際のところ、ほぼ同程度に自社製であると言える)。共通点の少ないふたつのムーブメントを見つけることはできるだろう。とはいえ、どちらも社内で開発されていることには違いない(私の知る限りではセイコーが優勢かもしれない)。
パテック フィリップの優れたCal.2000は自社製ムーブメントであり、アマゾンで購入したセイコー5に搭載されているセイコー製Cal.7S26も、同様に自社製である
第二に、外注されたムーブメントは必ずしも軽視されるべきものなのだろうか? この20年のうち、最も有名な複雑時計のひとつであり外注ムーブメントを改造した時計の申し子として、誰もが認めているのが、IWCが1993年に発売した“シャフハウゼンの軍馬”ことイル・デストリエロ・スカフージアだ。これはトゥールビヨン、ミニッツリピーター、ラトラパンテクロノグラフ、パーペチュアルカレンダーを搭載した、最高級のオールドスクールなグランドコンプリケーションである。さらにこれはバルジュー7750をベースにしている(しかしギュンター・ブリュームライン、クルト・クラウス、リヒャルト・ハブリングの3人組がこれを成し遂げた時点で、それを見分けるのは困難だっただろう)。
より一般的なレベルとして、私は昨年チューダーに、彼らが使用しているETA製ムーブメントに施した具体的なモディファイを共有する気があるかどうか尋ねた。そのリストには、ガンギ車の歯の修正、アンクルの修正、そしていくつかのモデルには耐衝撃アセンブリとレギュレーターのアップグレードなどが含まれていた。これらすべてが、すでに優れたムーブメントをさらに立派なものにしている。忘れてはならないのは、ETA 2892を嘲笑する理由はないということだ。10または50の一連のムーブメントを完成させるにはある種の才能が必要であり、また1日に10数秒の誤差で時を刻むことができるムーブメントを何万個も作るには、また別の才能が必要なのである。しかし後者も優れていることに変わりはない。
“自社製”の最大の問題のひとつは、垂直統合が二者択一の命題ではないことだ。ほとんどすべてのブランドは、ほかのサプライヤーから何かを供給されている。それはストラップとケースだけかもしれないし、テンプ、ヒゲゼンマイ、脱進機なのか、あるいはメーカーによってはその中間にあるすべてを他社から手に入れているかもしれない。我々はすべての部品の出所を正確に知りたいわけではない(まあそう思う人もいるかもしれないが、その人は精神科の助けが必要かもしれない)。結局のところ、軸受けやネジ、石がどこから来たのかを知ってもあまりおもしろくはないし、時計に実際に施される処理レベルについて何も教えてくれない。
これは、熟練した時計マニアなら誰でも知っていることだ。しかし、“自社製”のもっと大きな問題は、この言葉があまりにも多くのブランドによって酷使されたために、ほとんどのブランドが考えていることとは逆のことを意味するようになってしまったことだ。これを読んでいるあなたはどうか知らないが、ウォッチメイキングの歴史のこの時点で、“自社製”というフレーズを聞くと私は銃に手を伸ばしそうになる。技術や伝統の所有権を誇らしげに主張するどころか、実際には危険信号になっている。“自社製だって? その手は食わないよ”と自動的に考えてしまうのだ。ハンプティ・ダンプティは『不思議の国のアリス』のなかで、“私が言葉を使うとき、それは私が言ったとおりの意味になる”と話しているが、多くのブランドが“自社製”に関してそのように感じているようだ。(ボクシングの)ダッキングとウィービングの結果、メイウェザーが深刻な争いをしているように見えるように。
ハンプティ・ダンプティは『不思議の国のアリス』のなかで、“私が言葉を使うとき、それは私が言ったとおりの意味になる”と話しているが、多くのブランドが“自社製”に関してそのように感じているようだ
時計ライターが同じ言葉を繰り返したり、ブランドが使っているイタチごっこのような言葉を繰り返したりしても、何の役にも立たないことが多い。一部のブランドはそれを理解し始めているため、実際はそれを言わずに、すべてを社内で行っているように見せかけようとしている。「ムーブメントのキャリバー メイド・イン・ハウス 2015は、“私たちブランドのための独占的な創造物”です」というのは、よくある難読化の原因のひとつだ。このようなごまかしによって、ブランドはムーブメントが自社製造されていることをほのめかし、誰かがそれについて指摘してきたとき、実際にそんなことは言っていないと堂々と主張するのだ。
実際は素直なほうがいい。“このムーブメントは、(ここに名前が入る)によって改良を加え、ベースには堅牢で信頼性の高いETA 2892-A2を使用しています”は、ダサくて刺激のないフレーズかもしれないが、少なくとも正直者だ。それは我々がよく受けるような手のひらを返したような対応よりも、はるかに多くの信頼と自信を抱かせる。それに(名前を挙げる必要もないが)、最近はムーブメントの出自についてなどふざけたことで告発されるのにかかる時間は、ニューヨークからパリまで飛行機で移動するのと同じくらいだ。もしあなたがムーブメントを買って、自分のブランド名をローターに入れて、それを自社製とうたおうものなら、そのようなことを大声で、公に、繰り返し何度も訴えることを生きがいとするキーボード戦士の軍団がいるということを考えたほうがいい。
では、どのようなときに役立つのだろうか? 外注と自社製ムーブメントを両方使用しているブランドは、新しいムーブメントや一連のムーブメントを発表するとき、説明を加えることがある。確かに、熱狂的なマニアやジャーナリストが言うことに意味がある場合もある。ノモスのような企業が、ヒゲゼンマイに至るまでのほとんどを自社内で製造し、変わらぬレンジで提供できるのであれば、“自社製”というのはかなり魅力的な意味を持つ。しかし、ノモスが実際に行っていることをより詳しく説明して、通常、自社製ムーブメントが現実的な価格で提供できるというフォローアップがあるからこそ、それは素晴らしい意味を持つ。ノモスの“自社製”は紛らわしいものではなく、とても素晴らしいストーリーの糸口なのだ。そして皮肉なことに、社内で最も多くの自社製品を製造しているブランドほど、おそらくこの言葉を使わない。ノモスのウェブサイトでこの表現を見つけるのに苦労するだろう。実際悲しきかな、ロレックスやセイコーのようにほとんど、またはすべてのムーブメントを自社で行っているブランドの多くは、この言葉を気にしてすらいない。
パートナーが誰であるかを明かせば誰も軽んじることはないのだ。そんななか、マックス・ブッサー氏は、パートナーについて完璧な透明性を美徳とすることに成功したが、多くのブランドがそれに追随しなかった理由は、自身の首を絞めるほどの頑固さがそれを物語っている。彼のウェブサイトには、それらすべてが明記されている。1934年に亡くなった、近代パブリック・リレーションズの創始者アイビー・リーは、“本当のことを言うのだ。遅かれ早かれ世間は知ることになるのだから”と言い残したと言われている。最近では、この遅かれ早かれというのが一般的だ。通常、外注ムーブメントを使用する際の真の問題は、何かを隠し持っているかのように振る舞う場合だけなのだ。
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