trophy slideshow-left slideshow-right chevron-right chevron-light chevron-light play play-outline external-arrow pointer hodinkee-shop hodinkee-shop share-arrow share show-more-arrow watch101-hotspot instagram nav dropdown-arrow full-article-view read-more-arrow close close email facebook h image-centric-view newletter-icon pinterest search-light search thumbnail-view twitter view-image checkmark triangle-down chevron-right-circle chevron-right-circle-white lock shop live events conversation watch plus plus-circle camera comments download x heart comment default-watch-avatar overflow check-circle right-white right-black comment-bubble instagram speech-bubble shopping-bag

Hands-On MB&Fのオロロジカル・マシンN°11 “アーキテクト”は、まさに手首の上の家だ (編集部撮り下ろし)

1960年代デザインに対するブッサーの情熱を注ぎ込んだこの新しい時計は、ニューヨークのアパートメントよりも部屋数が多く、MB&Fのデザインのなかでもとりわけ魅力的なもののひとつである。


2014年から本拠地としているドバイで、MB&FがHM11 “アーキテクト”をドバイ・ウォッチ・ウィークの前日に発表するという選択には、何か詩情的なものを感じる。この時計は逆説的ではあるものの、最近のブッサーのオロロジカル・マシンに見られる(こんなことは言いたくないが)予測の範疇を出ないクルマ的なデザインから、遠く離れたところにあるように見える。これは、ブランドが私に言ったように“手首のための家”なのだ。

 別に、MB&Fの時計が一般的に巨大なサイズであることを評しているのではない。HM11のサイズは直径42mmで(それでもかなり大きい)厚さ23mmと、比較的小さい。また、HM11の19万8000スイスフラン(日本円で約3355万円)という価格を非難しているのでもない。MB&Fのオロロジカル・マシンのほとんどは、まるでほかの“モノ”のような外観をしている(その多くはクルマだが、なかには意図せず……、そう、ナスの絵文字のようなものもある)。今回の時計は、モダニズムと有機的建築の哲学を取り入れた1960年代と1970年代の近未来的建築からインスピレーションを得ている。

MB&F HM-11 "The Architect"

 マッティ・スーロネン(Matti Suuronen)が1970年にグラスファイバー強化プラスチックでデザインした住宅、フトゥロは、MB&FのHMに対してしばしば目にするのと同じような反感(または信じられないというような反応)を受けた。インフレ調整後のフトゥロの価格は約10万5000ドルであった。その外観は、アンティ・ロヴァーグ(Antti Lovag)の“パレ ビュル”(水まわり設備なし)とチャールズ・ハートリング(Charles Haertling)の“ブレントンハウス”を足したような感じだ。ブッサーは実際のところ、妻はこれらの建物に住みたがらないだろうが自分は住んでみたいと認めている。ブッサーに“これはいい時計になりそうだ”と思わせたのは、“ブレントンハウス”に関するInstagramの投稿だった。

 上記のどの建物もそうであるように、どのHMも(HM5やHM8 Mark 2を除いて)自分のためにあると感じたことはない。しかし、少なくともそれらを解釈し、魅力を理解するために最善を尽くしている。

Charles Haertling Brenton House

チャールズ・ハートリングの “ブレントンハウス”。

 1960年代と1970年代を振り返ってみると、当時の建築家たちはしばしば伝統的なデザイン言語からの脱却を常に試みていた。伝統的なデザインは大衆にとって快適で親しみやすいものであったものの、近代的な建築技術、資材、工学的知見の活用による発展が難しかったのだ。このように聞くと、こうした建築家たちの努力と近代化デザインへのアプローチが、(意外にも)長年にわたってブッサー魅了してきたことに驚きはないだろう。不可能に近い形状のサファイアクリスタルや加工が難しいチタンなど、ブッサーのチームが乗り越えなければならなかったのと同じ課題が、そこにもおしなべて登場する。そして、デザインリーダーであるエリック・ジロー(Eric Giroud)は、これまでのように自動車業界に目を向けるのではなく、建築のバックグラウンドをHM11のレイアウトに反映させた。

 ブッサーとジローは、HM11を4つの部屋を持つ家として構想した。それはモンサントの“ハウス・オブ・フューチャー”のようなもので、中央のエリアとそこから枝分かれした快適なスペースを備えている。HM11の中央の空間には、ダブルドーム型サファイアガラスの下に、1分間で逆回転するセンターフライングトゥールビヨンが配置されている。この時計は2色展開で、ひとつはPVD加工を施した“オゾンブルー”の地板を、もうひとつは5Nゴールド製の地板を使用したもので、それぞれ25本ずつが用意される。しかし、こうした華やかな要素もさることながら、本当のパーティはHM11ハウスのサイドルームで開催されている。

MB&F HM-11 "The Architect"

 実用面の話をすると、HM11はHM3以降のすべてのオロロジカル・マシンと同様に、手首に斜めに装着して時間を読み取ることになる。そう考えると、これはMB&Fがこれまで製造してきた時計のなかでもっとも読みにくい時計と言えるかもしれない。私は幸運にも視力が1.0であるため、変わったダイヤルの色や針の組み合わせ、あるいはカルティエのタンク ア ギシェのような奇妙な表示であっても、視認性についてとやかく言うことはない。実際、この手のレビューでは“木を見て森を見ず”という状況に陥り、苦労することが多い。しかし、いずれにしても(そして今回も)、これらが実用的な時計というよりは、その名が明示しているように手首のための彫塑的な機械式時計であるということが重要になってくる。視認性と実用性を求めるなら、MB&Fの“レガシー・マシン”のラインナップから好きなものを選べばいい。レガシー・マシンでさえも市場で特別視認性に優れた時計とは言えないが、いずれにせよあなたが求めるものはHMではないだろう。

MB&F HM-11 "The Architect"

 この場合あなたが実際に購入することになるのは、1960年代から1970年代の偉大なデザイナーたちに向けた素晴らしいオマージュであり、全体的にポッドのようなデザインをさらに推し進めた意匠である。その証拠に、4つの部屋のうちひとつ目の部屋には、先端が赤い2本の白いアロー針が付いた小さなディスプレイが見える。しかもその針は0.6mmほどとかなり小さい。針はディスプレイの中央から放射状に伸びる短いロッド上の金属球を指しており、15分間隔ではシルバー色、それ以外の5分間隔では真鍮色となっている。その計時はアメリカの工業デザイナー、ジョージ・ネルソン(George Nelson)が手がけたボール クロック “Horloge Vitra”からインスピレーションを得たものだ。このデザインは私の記憶に深く刻み込まれており、HM11を見るまで誰の作品かを考えたこともなかった。そのすべてが高さ約11.45mmの窓のなかに収められているのだから、はっきり言って時計のフェイスとしてはそれほど大きなものではない。

MB&F HM-11 "The Architect"
Horloge Vitra George Nelson

“ボール クロック”。courtesy Vitra.

 トゥールビヨンムーブメントの水平面からこの時計(そしてこれから紹介するほかの部屋)のような垂直ディスプレイに動力を変換する方法として、このブランドは円錐状の歯車を採用し続けている。この時計のそれは私が覚えているどのHMよりも際立っており、MB&Fの時計をここまで魅力的なものにしている創意工夫を知るにはうってつけのモデルとなっている。

MB&F HM-11 "The Architect"

 ほとんどの現代建築プロジェクトと同様に、この時計でもエネルギー効率がキーとなってくるのだが、HM11は2種類の方法でそれを実現した。ひとつは2部屋目にある。そこにはパワーリザーブに相当するような表示があり、ゼンマイに蓄えられた96時間の動力をカウントダウンする。

MB&F HM-11 "The Architect"

 ひとつ目の部屋からふたつ目の部屋を見に行くのに、体を無理にねじる必要はない。それどころかこの時計は、直感的に、簡単にひねるだけで中心軸を中心に一方向に回転する。45度または90度ごとに位置が固定されるため、勝手に回ってしまうことはない。実際、45度だけ回転させれば、“ドライバーズ”ウォッチのようにより見やすくなる。これらすべてが長いラグを備える軽量なチタン製フレームに支えられている。

MB&F HM-11 "The Architect"
MB&F HM-11 "The Architect"

 3つ目の部屋は昨今あまり目にしない斬新なもので、摂氏と華氏のどちらかを選べる温度計となっている。事実、この時計は温度計を備えた数少ない近代的な機械式時計のひとつだ。この種の複雑機構はかつてポケットウォッチにも搭載されていたが(例えば、ユール・ヤーゲンセン作のものをいくつか見た記憶がある)、現代の市場ではボール社のものしか思いつかない。そのような時計は、着用者が一定時間手首から時計を離さなければ、体温が温度計の機能に影響を及ぼしてしまう。つまり、1日中体温を計測し続けることになるのだ。だが、この新しいHM11にはそのような問題はない。

MB&F HM-11 "The Architect"

 温度計のデザインにMB&Fの熟練した時計製造技術が用いられているという理由だけでも、(あまり役に立たないかもしれないが)かなりスマートな機構である。この時計はバネ式温度計を採用しており、コイル状の金属は温度が上がると膨張し、下がると収縮する。時計職人が学んできたヒゲゼンマイの加工技術が、どうやら温度計の調整にも応用されているようだ。

MB&F HM-11 "The Architect"
MB&F HM-11 "The Architect"

 最後の“部屋”は、通常の時計であれば3時位置にある(この時計が時刻を見るためにセットされている場合、少なくとも)。この部屋にあるのは別の機能ではなく、時間設定用の透明なクリスタル製リューズで、ブランドはこの部屋を時計の玄関と呼んでいる。そこはリューズを載せるにふさわしい場所だが、当然ながらこれは普通のリューズはない。

 通常のリューズには2mmのガスケットが必要だが、このリューズはサイズが大きいために若干の見直しが必要だった。その結果、2組のガスケットにより一種のダブルエアロックのようになっており、合計8個のガスケットがリューズに使用されている(時計の内部には19個使用されている)。これにより20mの防水性を実現した。しかし、リューズのサイズが問題を引き起こした。時計の初期設計ではリューズを引き出そうとすると、ドーム型クリスタル内のわずかな空気の真空圧によって即座に吸い戻されてしまうのだ。その解決策としてリューズの容積を大きくすることで、引き出したときのわずかな容積変化の影響を緩和したのである。ほとんどのブランドが時計の薄型化に取り組んでいるなかでおかしなことではあるが、これはスマートで必要な選択で あった。

MB&F HM-11 "The Architect"

 この時計をつけていて気づいたことのひとつは、リューズが実際にムーブメントを巻き上げるわけではないということだ。しかし、これは手巻き時計である。エネルギー効率こそが鍵であることは前述したが、“家”が土台の上で回転するという事実は、単なるお遊びや余興ではない。時計回りに45度回転するたびに、カチッと音がするだけでなく、香箱に直接72分間の動力が供給される。10回ほど回転させると、HM11 のパワーは最大になる。

MB&F HM-11 "The Architect"

回転エネルギーをムーブメントの動力に変える、ムーブメント下部の歯車。

MB&F HM-11 "The Architect"

地板に使われている3重円の固定具は、ムーブメントのショックアブソーバとしての役割も果たしている。

MB&F HM-11 "The Architect"

 技術的な仕様や独創的な機能のために、私はおそらくいくつかのことを見落としている。そして、ひとつの重要な疑問も取りこぼしている。つけ心地はどうなのか、ということだ。まあ、HM11には高めの値札が付けられているが、熱心な買い手が50人はいると思う。そのうちの多くは、私と同じように時計のプレビューを見て、その疑問について自分なりの判断を下していることだろう。この時計の買い手が、つけ心地をそれほど気にするとは思えない。また、この時計を買う余裕のない人たちのなかには、装着感は大した問題ではないと軽口を叩く人も多いだろう。私は、42mm径(シーケンシャルEVOより2mm小さい)が手首にしっくりなじみ、スペック上の23mmほど厚みを感じさせないことに驚かされた。シャツの袖口にも収まるほどだ。しかし、みんなが言うとおりだ。そんなことはどうでもいい。

MB&F HM-11 "The Architect"

 もっとも重要な事実は、ブッサーがいつもどおり既成概念にとらわれない発想を持って、もはや時計とは何かという問題に挑んでいるということだ。昨年のシーケンシャルEVOほど技術的な革新はないかもしれないし、LM-101のようにブッサーのデザインの真髄を詰め込んだものでもないだろう。しかし、多くのブランドがリリースの内容を均質化させ(信じて欲しい、私は常に新しいブランドから同じような時計を作るというプレスリリースを受け取っている)、あるいは自己満足に陥っている現代において、ブッサーと彼のチームによってまたもやサプライズを期待できるということは、少なくとも私にとって心の安らぎになっている。